アクセル・ワールド・アナザー 無法者のヴォカリーズ   作:クリアウォーター

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第三十四話

 第三十四話 フール・オア・ピュア

 

 

 ガタァン!! 

 

 突然大きな物音がしたかと思うと、自分の隣にいるフォックスの前に、三メートルは離れていたカウンターのスツールに座っていた大悟が立っていることに、ゴウは気付いた。いかに戦闘時ではないとはいえ、まるで反応できなかった。

 

「……お前さん、ジャッジの何だ?」

「え……? いまそこに……え?」

 

 フォックスもゴウ同様に、大悟の動きに対する驚きのあまり、混乱しているようだった。

 

「あいつはまだバーストリンカーで……東京に戻っているのか? ここに来たのはあいつの差し金か?」

「ち、違……私は……」

「答えろ!!」

「師匠! 落ち着いてください!!」

 

 迫る大悟の姿に困惑しながらも、ゴウはフォックスを庇うように間に割って入ると、コングとメディックが大悟を押さえた。

 

「オーガーちゃんの言う通りよ。あたし達だって驚いているけど、まずは彼女の話を聞くべきだわ」

「座れって。そんな風に怒鳴られたら、話すものも話せないだろ?」

 

 メディックが宙で手を動かしてホームの設定を操作し、背もたれの付いた簡素な椅子を一脚、大悟の後ろに出現させた。

 残りのメンバー達も見守る中、やがて大悟が椅子に座る。

 

「…………悪かった。まさか……自分でもここまで動揺するとは思わなかった……。こんな恫喝じみた真似をする気はなかったんだ。本当にすまない」

 

 鬼気迫る勢いが消え、両膝に手を置いた大悟が申し訳なさそうにフォックスに向けて頭を下げた。

 

「そ、そこはもういいんだけど、ともかく……その様子からして、ジャッジを知っているのね? 私との会話で、ごくたまにだけどアウトローについて触れると、ジャッジはすぐに話を畳もうとするから、もしかしてと思ってオーガーにここを紹介してもらったの」

「そういうことだったのか……。あぁ、よく知っている……つもりだ。少なくても六年前までは。──オーガーに話して間もない内にこんな機会が訪れるとは思わなかったが、これも何かの巡り合わせか。……他の皆にも話しておかないといけないことがある。フォックス、お前さんにもな」

 

 

 

 大悟が自身の過去をゴウに語ったのはたった三日前のことだ。

 大悟はその時のように、リアルに関わる詳細な生い立ちまでは話さなかったが、自分の弟とその弟がブレイン・バーストをコピーインストールしたバーストリンカーについて、メンバー達とフォックスに説明した。すでに弟がこの世を去っていること、その《子》にあたるクリスタル・ジャッジとは仲違いに近い形で別れたまま、ジャッジが引っ越してしまい、東京を離れたことも。

 

「なるほどな、そういうことだったか」

 

 大悟が説明し終えた後、納得するようにキルンが口を開いた。

 

「カナリア・コンダクター、クリスタル・ジャッジ。ボンズ達と一緒に活動していたことは知っちゃいたが、どっちもワシがアウトローに入った時にゃ、もういなかった。話題に出りゃ、露骨に空気が重くなるから深くは聞かなんだったが、話を聞いた今ならそれも納得いくわな」

「でも私、ここ以外でジャッジさんの名前を聞いたことがないです……」

 

 リキュールもぽつりと呟く。

 この件を知っていたのは、アウトロー結成時のメンバーであるコングとメディック、そして大悟から直接聞かされた自分だけだとゴウは思っていた。

 しかし、カナリアとジャッジがアウトローを離れた後に加入する形となった、当時すでにバーストリンカーだったというキルンとメモリーは元より、ゴウがバーストリンカーとなる二年ほど前にアウトローのメンバーとなった、リキュールとキューブもある程度の事情は知っている様子だ。

 

「ジャッジは……私と一番年の近いいとこで、去年の新年度が始まる少し前に私にブレイン・バーストをコピーしてくれた。でも、私はジャッジが他の誰かと対戦している姿を見たことがないの」

「対戦をしていない……? エネミー狩りでポイントを賄っているってことですか?」

 

 ゴウはその行動には覚えがあった。

《親》である大悟は自分以外と対戦している姿を見せず、最初の頃はどうやってポイントを得ているのか謎だったが、その答えは無制限中立フィールドでアウトローのメンバーと共にエネミー狩りを行っていたからだった。

 理由としては、どちらかと言えば周囲に恐れられている自分が《親》であることで、ゴウが周りから色眼鏡で見られないようにした配慮であり、ゴウがアウトローに入った後はそれも不要と判断したようで、通常対戦を解禁していた。

 それでも基本的には乱入待ちがスタンスな上に、過疎エリアである世田谷ではハイランカーはほとんど現れないので、名を上げようとする挑戦者(命知らずとも取れる)と対戦するのをごく稀に見る程度だった。

 ところが、フォックスは首を横に振った。

 

「分からない。ジャッジはバーストリンカーとして、今までどうやって過ごしていたのかをほとんど話してくれないし、そもそも東京には住んでいない。週末に横浜からこっちに来て直結対戦をするのが恒例になっているの。向こうでエネミー狩りをしているかもしれないけど、私がレベル4になって以降、一月に一度くらいの頻度でエネミー狩りに行くぐらいで……」

「横浜……」

 

 ゴウが思わず声を漏らす。

 東京には全バーストリンカーの九割以上が存在している。ブレイン・バーストを配布されたのが東京在住の小学生達だった為に当然なのだが、どんなハイランカーであっても、そこはまだ保護者の庇護下にある子供。基本的に親の転勤などの事情があれば、引っ越しで東京を離れざるを得ない。

 そして、引っ越し先で他のバーストリンカーに遭遇する可能性は皆無に等しい。さりとてエネミーを単身で狩り続けるのもジリ貧だ。故にほとんどの場合は、東京を離れたバーストリンカーは緩やかにポイント全損による永久退場へと向かうはずなのだが、東京都と隣接する千葉県や神奈川県、特に都市としても比較的大きい横浜市は数十人規模のレギオンが存在するという噂を聞いたこともある。

 ジャッジも他のバーストリンカーに出会ってポイント全損を免れたのかもしれない。

 ──それにしても過去を明かさなかったり、大悟さんと似たような人なのかな……。

 ゴウの中でクリスタル・ジャッジの現実での人物像が、大悟に似た学生離れした青年のようなイメージで勝手に固まり始める。

 

「まさか横浜か……盲点だったな。それでフォックス。話を聞くにあいつは……ジャッジは何らかの悩みを抱えているんだな?」

 

 大悟の言葉が図星だったらしく、フォックスがビクリと反応してから、ゆっくりと頷いた。

 

「…………私が新米(ニュービー)の頃から対戦をしていると上の空というか、思い詰めたような顔をする時が何度かあった。それとなく探っていると、どうもリアルじゃなくてブレイン・バーストに関することみたいなんだけど、これは自分の問題だから私には関係ないの一点張りで……。つい最近、私もレベル6になって、改めて悩んでいることがあるなら話してほしいと頼んではみたけど返答は変わらなくて……。それが私を気遣っての行動なんだってことは分かってる……。でも、それでも私は……」

 

 それ以上は言葉が詰まってしまい、うなだれるフォックスを見て、ゴウはフォックスが意を決す形で自分に相談を持ちかけたのだと、ようやく実感した。

 しかし、フォックスの為に何をしてあげればいいのか分からずに、ゴウが悩み始めたその時。

 

「──直接話すしかないな。それもリアルで」

 

 そう発言する大悟に、全員の視線が注がれた。

 

「多分、ジャッジは自分でもどうにもならない袋小路に陥っているんだろ。そうなったらもう外部の人間が介入、崩さない限り状況は変わらない。フォックス、ジャッジは週末に東京に来るとか言っていたな? 来週……いや、できたら明日にでもお前さんから呼び出すことはできないか?」

「それは……向こうに予定がない限りは多分できるけど、リアルじゃなくて加速世界じゃ駄目なの?」

「会う度に毎回ダイブしているわけじゃないなら確実性がないし、無理に誘ったらすぐに怪しまれる。現実で会って一度席を設けちまえば、あの堅物の性格上、終わるまで退席はしないはずだ」

「そ、そうかもしれないけど……」

 

 フォックスが困惑するのも無理はないと、ゴウは思った。

 現実世界で引き合わせるということは、バーストリンカーにとって禁忌の一つである《リアル割れ》をするよう、暗に言っているからだ。この場合はほぼ明言しているが。

 ジャッジと大悟はすでにリアルで面識があるとはいえ、それは小学生時代の話だし、その場にフォックスも同席していなければ、ジャッジは姿を見せはしないだろう。

 

「……確かにお前さんのリアルを明かしてもらわないといけないことになる。それにアウトローじゃ、本来はリアルの詮索は御法度だ。白状すれば正直な話、これは俺自身の私情も入っている。それでも頼みたい。……どうか俺を信じてもらえないか」

 

 大悟が居住まいを正してから、深く頭を下げた。

 

「とっくに加速世界を去っていると、俺達と過ごした過去を忘れて生きているものとばかり思っていた。あいつがまだバーストリンカーとして生きているのなら、会って伝えなきゃならないんだ、あの時のことを」

 

 六年前、病気で余命が幾ばくもないことを悟った弟の経典にサドンデス・デュエルを申し込まれた末、ポイント全損させたことを大悟が指しているのが、ゴウにはすぐに分かった。

 

「あいつの赦しが欲しいわけじゃない、ただ事実を知ってほしい。そして、あいつが何かに苦しんでいるのなら助けてやらなきゃいけない。それが俺の義務でもある」

 

 本日何度目かの静寂の中、メンバーの視線がフォックスに注がれるが、当のフォックスの表情は明らかに迷っている。

 ゴウが見るにフォックスはまだ決心をするに足る、理由が足りていないように思えた。

 大悟の懇願は確かに叶えてあげたいと思うのが人情だろう。しかし、まともに会話をしたのが数度しかない者を信頼しろというのは、存外に難しい話だ。それこそ何度も交流を交えた親しい者でなければ──。

 そこまで考えた途端、ゴウは体に電流が走ったような気がした。そして、とっさに立ち上がると、ホーム中の視線が一気に自分に移るのを感じつつ、隣に座るフォックスの方を向いて、閃いたことをそのまま言葉に乗せた。

 

「──だったら、僕もその場に同席してリアルで会うのはどうですか?」

 

 シ────────ン………………。

 

 一瞬でそれまで場を満たしていた静寂の質が変わった。

 この状況を固唾を呑んで見守っていた緊迫した空気が、その場の誰もの思考が全て吹き飛び、ポカーンとなってしまったような間の抜けた空気に。

 一応ゴウにも理由はあった。

 フォックスが自分のリアルと引き換えに、バーストリンカー二人分のリアル情報を得られるという打算的なものや、これまで一年以上の年月を対戦やギャラリー観戦などで交流を深めた相手が同席するのなら、多少の不安も軽減されるのではないか、という自分なりの気遣いなどその他諸々の理由を、脳内でほぼ一瞬で考え付いてから提案したのだが、ほんの数秒後の自分でさえも、こいつは何を言っているんだと思えるほど、滅茶苦茶な理由だ。

 ゴウは今ほど、熟慮という行為の大切さを感じずにはいられなかった。

 ──あぁ、終わった。やっちまった……。

 今すぐにこの場から消えてしまいたい衝動に駆られながら、「何でもないです」と言って座ろうとしたその時──。

 

「ぷっ、くっ……」

 

 最初にフォックスが小さく噴き出した。それを皮切りにメンバー達が、そして大悟も、やがて耐え切れなくなったようにホームに笑い声が響き渡る。

 その理由が分からないゴウはデュエルアバターの体じゃなければ、顔が本当に発火するのではないかと思うほどの羞恥の中で一人戸惑っていた。

 

「わ、分かった……! いいよ、リアルで会おう」

 

 数十秒かけて、ようやく笑いが収まりつつある中でのフォックスの第一声はそれだった。

 

「はい、すいませんでした……。──って、へえぇっ? 良いんですか!?」

 

 もはや了承を得られると思っていなかったゴウは素っ頓狂な声を上げてしまう。

 

「はー、おかしかった。別にオーガーの言ったことがじゃないよ、だって言い方が……何の迷いもなく言うんだもん。迷っていたこっちが馬鹿みたいで、なんだかおかしくなっちゃって……」

「まったくだ。レベル5まで上り詰めて、リアル晒しますなんてあっさり言える奴なんかいないんだぞ」

 

 コングが同意すると、残りのメンバー達も頷く。

 

「それじゃあ、後で連絡先を伝えるとして……場所はそっちで決めてもらっていいか? その方がジャッジの警戒心も薄れるだろうし」

「分かった、そこは任せて。もし明日が無理ならその時も連絡するから」

 

 大悟と話を纏めるフォックスに、先程までの思い詰めた雰囲気は消えているようなので、恥をかいた甲斐はあったとゴウは納得することにした。

 

「エピュラシオンの方はどうする? ジャッジの件が片付くまでは保留?」

「いや、そっちも平行して進めよう。各々で情報収集ってことで。いずれにせよどっちも早々に解決した方が良さそうだしな」

 

 メモリーの質問に返答した大悟が立ち上がる。

 

「それじゃあ、ぼちぼちエネミー狩りといこうか。フォックスも良い機会だから来な。モヤモヤしたのなら、体を動かして発散するのが一番だ」

 


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