アクセル・ワールド・アナザー 無法者のヴォカリーズ 作:クリアウォーター
第三十五話 出会いに感謝を
「──いつもあんな感じなの?」
エネミー狩りを終え、これからの動きを改めてアウトローで整理してから、共にポータルへと向かうフォックスに、ゴウはそう訊ねられた。
「何の話ですか?」
大悟に「送ってやれ、ゲストだからな」と言われて、行きと同様にフォックスの隣を歩くゴウは首を傾げる。
「アウトローのこと。皆で集まってワイワイ話したり、エネミー狩りをしたり、その……新鮮で楽しかったから」
「えーと……フォックスさんはジャッジさんと、ここにダイブしてるんですよね? いつもとは違うんですか?」
「どちらかというと私の為に付き合ってくれてるような感じ。──別に嫌々付き合ってもらってはいないからね、誤解しないように」
「そ、それはもちろん、分かってますよ。でも、他のレギオンに入ろうとか思ったことはないんですか?」
「んー……? レギオンって存在を知った時は少し興味があったけど、今は特に。ソロでもジャッジにいろいろ教わりながらここまで強くなれたし」
そのジャッジの教えが相当に上手いのか、はたまたフォックスのセンスが良いのか、現在フォックスはレベル6。本来ソロでレベル4以上になるのはかなり厳しいので、これはかなり凄いことだ。
ゴウも厳密にはソロだが、アウトローでは仲間達から様々な対戦でのコツなども教えられているし、週に一度は高確率でエネミー狩りをしている。
エネミー狩りに関しては、ほとんどポイントの実入りが無いが、ごく稀にやたらに大量のポイントを得られるエネミーを倒すこともあった。しかし別の日に同種を倒しても、再び大量のポイントは得られなかったので、これに関しては何かしらのランダムなボーナス程度にゴウは捉えている。
「……今だから言うけど私ね、実はオーガーには結構、感謝してるんだ」
「か、感謝? 僕、別にお礼を言われるようなことは何もしてませんけど……?」
全く身に覚えがないゴウは戸惑いながらも否定しようとすると、フォックスが首を横に振る。
「ううん。バーストリンカーとして早い時期から会えて良かったと思えるもの。今回だってアウトローを紹介してくれたし。まさかジャッジと昔一緒に活動していた仲間だったなんてね」
「それは僕も驚きましたけど……。でも僕はあなたをアウトローに連れていっただけですよ。僕自身、ジャッジさんについては何日か前に師匠から名前を聞かされた程度ですし──痛てっ」
ぺしっと頭を
「そこはどういたしましてーって言っておけばいいの! 謙遜もあんまりすると嫌味っぽく聞こえるよ。……まぁ、オーガーらしいと言えばらしいけど」
「は、はぁ……すみません」
──そう言われても事実だしなぁ……。
ゴウからすれば他に言いようがなかったのだが、フォックスは結局勝手に納得してしまう。
こうなると叩かれ損のような気がしていると、フォックスが再び訊ねる。
「……オーガーは最初に私と対戦した時のこと、憶えてる?」
ゴウには忘れようはずがなかった。
大悟からブレイン・バーストをコピーインストールされた翌日のことだ。どういったアプリなのかさえ知らなかったのに、突如対戦を仕掛けられ、気付けば自分の体がデュエルアバターになっていたのだから。
「訳の分からない内に知らない場所に知らない姿でいたら、いきなり知らない誰かにボコボコにされたんですよ? 忘れられるわけないです……」
「あはは、ゴメンゴメン。さすがにそんな事情までは知らなかったもの。──あの頃はレベル2になったばかりだったんだけど、ジャッジが何かを抱えていることに初めて気付いてね。問い詰めても教えてくれなくて、しばらくの間は少し喧嘩気味になった。その鬱憤晴らしも兼ねてやたらに対戦していてさ」
ゴウは思い返すと、こうして話す仲になったことを差し引いても、確かに今に比べるとフォックスは当初もっと刺々しかったような気がする。
「次の日に乱入された時は、昨日の今日で挑んでくるなんて身のほど知らずだな、とか思ってた。レベルも1のままだったから軽く捻るつもりでいたんだけどね」
大悟から対戦について教えられたゴウはリターンマッチを仕掛けて、苦闘の末にフォックスに逆転勝利を決めることができた。あの対戦での勝利によって、ゴウはブレイン・バーストに強く惹きつけられたと言っても過言ではない。
「いきなり劣勢にされて、今度は優勢になって、お互いに死力を尽くして。最終的には負けたし悔しかったけど、不思議と充足感もあったんだよね」
「充足感?」
「そ。あの頃の対戦は負けた時はもちろん、勝っても何だかスッキリしなかった。でも、あの対戦は自分の全力を出し切ったからかな、久々に燃えた、やり切ったって感じがしたんだ。多分、オーガーが他の対戦相手の誰よりも、心の底から真剣に私とぶつかってくれたからだと思う」
「真剣に……」
あの対戦中、ゴウはフォックスから反撃を受けて一気に不利になり、もう負けたと諦めかけていた。しかし弱い自分を変えようと、今までに無いほどに気力を振り絞って立ち上がったのだ。
あれが以前までの自分とは、少し違う考えを持つようになったきっかけの一つだと、ゴウは今でも思い返すことがある。だが、どうやら影響を受けたのは自分だけではなかったらしい。
人の行いは他人に何かしらの影響を与える。
そんな当たり前のことをゴウは今更ながらに実感した。
「その後でジャッジとも仲直りできたし、先週だってフロッグにやられそうだった時に助けてくれたし、だから、その、何て言うか……いろいろありがとう」
《荒野》ステージの乾いた風に乗った声が耳に届く。
もじもじと恥ずかしそうに両手をいじるフォックスの姿が何だか新鮮で、ゴウは言葉が出てこない。どことなく気まずい沈黙が辺りを包み始める。
──なんだろうこの不思議な感じ……。こんなの今まで──。
「…………なんか言ってよ!」
「痛だだだだ!?」
フォックスがいきなりゴウの首筋にかぶりついた。
すると、先程のエネミー狩りで残っていた必殺技ゲージが少しずつ減少していく。フォックスのアビリティ《
「《シェイプ・チェンジ》!」
必殺技ゲージを吸い取ったフォックスは完全な四足形態に変わると、キッとゴウを睨んだ。
「じゃあね! 連絡は今日の、なるべく早い内にするからよろしく。それと今の会話は誰にも言わないように。絶対だからね!」
そう早口にまくし立ててから、尻尾を一振りしたフォックスは、ポータルのある方向へ脱兎の如く駆け出す。あっという間に姿が小さくなり、やがて岩が陰となって姿は見えなくなってしまった。
「いきなりどうしたんだろ……?」
残されたゴウはフォックスの行動理由がさっぱり分からず、しばらく呆けたまま立ち尽くすのだった。
ほぼ同時刻、アウトローにて。
「しっかし、驚いたよなぁ」
今日の集会を終えて解散となった後も、このホームにはアウトローと名乗る集団の創設メンバー達であるコング、メディック、そして大悟の三人だけが残っていた。
ちなみに残りのメンバーは、ジャッジと付き合いの長かった彼らだけで話すこともあるだろうと、気遣って先に帰っていった。
「漠然としすぎよぉ。ジャッジちゃんがまだバーストリンカーだったこと? 《子》であるフォックスちゃんがここに来たこと? それともフォックスちゃんがリアルで会うのを了承したこと?」
「全部だよ。だって六年以上音沙汰なかったんだぜ? さすがに全損なりアンインストールなりしたかと思う方が普通だろ」
「それはまぁ……そうねぇ。フォックスちゃんは去年の四月よりちょっと前にブレイン・バーストをコピーして貰ったって言っていたし、それまではともかくとしても、今は少なくとも東京に来ているんだから、私達に会いに来てくれれば良いのに」
「──そりゃ、《親》を全損させた奴がいる場所に来たいとは思わんだろうよ」
コングとメディックの会話に、大悟がやや暗い声で口を挟んだ。
ジャッジは経典が同意の上の対戦の末に、大悟に討たれた事実を知る由もないだろう。最後に自分を見るジャッジの表情を、大悟は今でも憶えている。口を引き結んで、今までに見たことがないぐらいにこちらを強く睨んでいたあの顔を。
コングとメディックは顔を見合わせてから、大悟を励まし始めた。
「げ、元気出せよ、ボンズ。リアルで会えることになったんだし、あの時の事情を知ればきっとジャッジだって許してくれるって」
「そうよぉ! そうしたらここに戻って来てくれるわよ。そうなったらフォックスちゃんも一緒にメンバーになってくれるかも──」
「事実を伝えるだけだ、許してもらう為じゃないってさっきも言ったろ。それに今回はあいつの抱えているトラブルなり懸念事項なりを解決する為に会うんだ」
「でもよぉ……」
「くどい。本当なら向こうから来ない限り介入するべきじゃないんだ。それでも会おうとしているのは、自己満足と思われても仕方がない」
一度は決裂してしまった間柄、向こうからしてみれば、余計なお世話であることを大悟は重々承知している。だが事情は知らなくとも、苦悩しているというかつての仲間を放ってはおけなかった。現実世界で対面している数少ないバーストリンカーの一人であるなら尚更だ。
「……分かった、それについてはもう言わないわ。──それにしてもオーガーちゃんてば、凄いこと言うわね。自分もリアルで会うだなんて」
一転、クスクスとメディックが楽しそうに笑う。
「あぁ……あれはさすがに予想外だった」
大悟としても、まさかこんな展開になるとは思いもしなかった。
そもそもバーストリンカーにとって、リアル情報の流出は何よりも避けなければならない最優先事項である。それは普段から大悟もゴウへ耳にタコができるほどに常々言っていることだ。
これは昔が現在よりも、リアルアタックが横行していたことも理由の一つである。なにせ加速世界では百戦錬磨の強者であっても、現実では小学校低学年の子供、複数人でかかれば物理的に抑えることは容易いし、その現場を大人に見つかったところで、ほんの悪ふざけ程度にしか見られないからだ。
やがて時が経つに連れ、ソーシャルカメラの更なる普及、年齢層が自然と引き上がることによる社会的なペナルティに対する意識、大レギオンの監視の目などでフィジカル・ノッカー、つまりPK行為を行う者は大幅に減少した。
しかし同時に、年齢層が上がることは車両や凶器の使用、違法アプリを作成するプログラミング技術、リアルマネーでPK行為を引き受ける集団まで現われることにも繋がり、より凶悪な存在になっていることも問題だった。
それほどに学業や部活動のスポーツを始めとする事柄に、加速が与える恩恵は強力で魅力的なのである。とはいえ純粋にゲームとして楽しむ者が多いことには変わりなく、アウトローメンバーも大悟が知る限りでは、加速を勉強やスポーツに積極的に利用する者はいないはずだ。
「古くからバーストリンカーだった俺達とはまた考え方が違うのかもしれないな。それでもオーガーも馬鹿じゃない。デビュー当時から対戦をしているフォックスだからこそ、あんな申し出をしたんだ」
「フォックスの方もオーガーを信頼しているみたいだったよな。先週ここに来た時も、あんな傷だらけで第一声が『オーガーを助けて!』だったしよ。多分ボンズの言い分だけじゃ、うんとは言わなかったろ」
「まぁな。そこはオーガーに感謝だ」
コングに言われるまでもなく、それは大悟にも分かっていた。
当然ながら何事にも馬鹿正直に従うわけではないが、基本的に人の言葉を素直に受け止め、信じられるのはゴウの持つ美点の一つである。
会ったばかりの自分からブレイン・バーストのコピーインストールを了承した時から、数日前に助言を受けつつも心意システムの修得するに至るまで、その性根は変わっていない。
《親》としても、そして友人としても、これからもその根幹が変わらないでいてほしいと密かに願っていた。そんな自身の性分を彼が自覚しているのかはともかく。
「加速世界も時代の節目に向かっているのかもな。新しい存在がどんどん古い存在を追い越そうと、前に前にと近付いてきている気がするよ」
座っていたソファーに深く腰かけ、大悟はそんなことを呟いた。
それを聞いたコングが、メディックに小声で感想を漏らす。
「なぁメディック、ボンズってたまーに爺さんみたいなこと言うよな……」
「シーッ。本人も無自覚みたいだからそういうこと言わないの」
「…………聞こえてんぞ」