アクセル・ワールド・アナザー 無法者のヴォカリーズ   作:クリアウォーター

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第三十七話

 第三十七話 僧と狐 鬼と司直

 

 

 暗転から視界が回復して始めに目に映ったのは、神殿を思わせる純白の建物群だった。

《月光》ステージに似ているが、見上げた空は夜空ではなく、光沢のある乳白色に染まっている。神聖系の上位に位置する《霊域》ステージだ。フィールド全体の景観は数あるステージの中でもかなり美しい部類に入る。

 ゴウは自分の現在位置が五、六階建ての建物の屋上にいることを把握してから、視界上部に表示されている相手の名前を改めて確認する。

Crystal(クリスタル) Judge(ジャッジ)》レベル7、その下に《Moon(ムーン) Fox(フォックス)》レベル6。ジャッジは元より、最近まで同レベルだったフォックスもレベルが一つ上になり、数字の上ではどちらもゴウより格上である。

 

「よくやってくれた」

 

 隣に立つ、アイオライト・ボンズとなった大悟に、ゴウはいきなり褒められた。

 通常の直結対戦では現実でどんなに密着していても、対戦相手と最低十メートルは離れるが、タッグパートナーは同じ座標に出現する。

 

「いきなりどうしたんですか?」

「対戦の提案をしてくれてさ。俺から言い出したところであいつは……ジャッジは受けてはくれなかっただろうから」

「えっ? でも、だってケーブルまで用意していたじゃないですか。てっきり僕は、師匠がこの状況になることを想定していたと思っていたんですけど……」

 

 ゴウも大悟も直結対戦によるこの空間には自分達の他には晶音と宇美しかいないので、本名で呼び合ってもリアル割れが起きたりはしないのだが、常の習慣によってアバターの呼び名に切り替えていた。

 

「ケーブルは思考発声が必要な時に備えて一応用意していただけだよ。……アウトローでも話したが、俺はずっとジャッジに恨まれているとばかり思っていた。でもそんなことはなくて、それでいてあいつは別の何かを抱えて苦しんでいる」

「師匠……」

「直接見て確信した。傍から見ればエゴでしかないだろうが、それでも今回は無理にでもこちらが踏み込んで、あいつがひた隠しにしているものを暴いてやらなきゃならないってな」

 

 確かにそれは晶音本人には喜ばれないだろう。

 だが、ゴウは数日前に対戦自体を避けていた時、大悟に半ば強制的に対戦をされた末、己の本音を吐露するに至った。おそらくあの過程がなかったら、心意技を制御することは今でもできていないだろうと断言できる。

 だからこそ先程ゴウは、初対面の晶音に対戦を申し込んだのだ。きっと拳を交えれば分かり合えるものがあると信じて。

 

「……しっかし、昔から変わらない奴だよ。あのカッチリした話し方、初めて会った時からあれだぜ? つくづく堅物で頑固──」

 

 話していた大悟がいきなり口を閉じた。相手二人の必殺技ケージが上昇を始めたのだ。

《霊域》ステージ最大の特徴である、至る所に存在する正八面体のクリスタルを破壊したのだろう。あらゆるオブジェクトの中でも非常にゲージのチャージ率が高く、聞いた話では無制限中立フィールドで破壊すると、稀にアイテムカードが出てくることもあるらしい。

 

「動き始めたな。降りるぞ、開けた場所の方がこっちに有利だ」

 

 大悟はそう言うと、屋上から一気に地上へと飛び降りた。生身なら投身自殺でしかないが、そこはレベル8のデュエルアバター。見事に受身を取り、着地を決める。

 

「よーし……」

 

 ゴウもそれに倣い颯爽と飛び降り、着地の勢いで地面に敷き詰められたアラベスク模様のタイルを踏み砕く。さすがに無傷とはいかないが、ダメージは数ドットの減少で留めた。今回は壁を伝って降りるよりも、大幅に時間を短縮する為に落下を選択したのだ。

 

「まずは簡単にジャッジの戦闘スタイルを説明する。ただ俺の知っている情報じゃ、レベル4の時点での話だから、それよりもずっと成長していると思え。とりあえず移動を──俺から離れろ!」

 

 ガイドカーソルが消えた次の瞬間、大悟が叫んだ。

 ゴウが即座に指示に従うと、突如として目の前に白い壁が地面から出現し、同じく距離を取った大悟と分断される形となる。それだけに留まらず、壁からは大小無数の突起が飛び出し、ゴウは壁から更に大きく後退することを余儀なくされた。

 道の端から端までを隙間なく塞いでしまった障壁は、ステージの建物とはまた違う素材で形成されているようだが、そもそもこんなギミックは《霊域》ステージには存在しない。

 よく見てみると壁から突き出た突起は大きさこそまばらだが、結晶状の多角形で構成されていた。

 

「これは……水晶?」

 

 ほとんど直感的にゴウは呟いていた。ステージギミックでなければ、相手チームの仕業であり、ムーン・フォックスはこんな技を持っていなかったはずだ。つまり──。

 

「厳密には石英です」

 

 声のした方を振り向くと、すでに四足獣形態の宇美とその背中に乗っている初めて見るデュエルアバター、クリスタル・ジャッジが脇道から姿を現した。

 裁判官(ジャッジ)の名が示す通り、ゆったりとした法服を身に着けているが、胸の部分にあるスカーフも含めてシースルーのように透けていて、光の加減で輪郭が薄く見える装甲を装備した華奢な体が露わになっていた。

 頭に被った角柱形の帽子も、曇りガラスのように後ろがかすかに透けて見えている。極め付けに右手には、先端に拳大のクリスタルが嵌め込まれた杖を持っていて、この杖もガラスから加工したかのように透明。何から何まで透明尽くしのアバターだ。

 ダイヤモンド・オーガーの装甲も、目を凝らせばアバターの素体が見えるほどに色のないクリアパーツであるが、透明度という点においてはジャッジに比べれば見劣りしてしまう。

 

「一般的には、石英の中でも透明なものを水晶と呼ぶことが多いのですよ。成分的には同じものと思っていただいて結構です。──フォックス、後は手筈通りにお願いしますね」

 

 楚々とした動作で晶音が宇美から降りると、宇美は小さく頷いてから、石英の壁と少しだけ距離を取り、助走を付けてから駆け出した。突起にぶつかる寸前で必殺技を叫ぶ。

 

「《ハント・ダイブ》!」

 

 ビルの三階分の高さがありそうな石英の壁を、宇美は軽々と飛び越えて、大悟のいる向こう側へと行ってしまった。

 ここでようやく二人の作戦の意図がゴウにも読めた。

 

「……フォックスさんの機動力で一気に接近してから壁を作ってタッグを分断、弱い方を先に倒してから後は二対一で仕留める、ってところですか?」

「作戦はその通りですが、卑屈な言い方をしますね。別に貴方を弱いなどと思ってはいませんよ、ダイヤモンド・オーガー」

 

 晶音が杖の先端をゴウに向ける。

 おおよそ戦闘には不向きな見た目からは想像できないプレッシャーが放たれ、ゴウの気をより一層引き締めた。

 

「貴方についてはフォックスからよく聞いています。その戦い方もね。少しフェアではありませんが、それもまたブレイン・バーストの醍醐味。対戦の中で私を知り、対応してみせなさい」

「望むところです。この対戦、勝ってみせます!」

「よく言いました。それでこそアイオライト・ボンズの《子》──いきますよ!」

 

 晶音が高らかに叫んで杖を振るうと、石英群が前方の地面から突き出し、ゴウに向かって殺到した。

 

 

 

 ゴウと晶音が戦闘を開始した一方で、壁を挟んだ向こう側では、すでに大悟と人型形態に戻った宇美が拳を交えていた。

 ──中々の動きをする。《親》のあいつは近接格闘タイプじゃないし、本人のセンスが良いのか……。

 大悟は初めて対戦する宇美の攻撃を捌きつつ、動きをつぶさに観察していた。ギャラリーでゴウとの対戦を何度か観たことはあったが、やはり実際に体感しないことには完全な力量は推し量れないものだ。

 一つ一つの攻撃力はダイヤモンド・オーガーには及ばないものの、隙を見ては尻尾も含めた強力な攻撃を狙ってくる。全身を余すことなく使う動きは、実際に攻撃を繰り出されるまで見極めるのにもかなり手間取る(これに比べると大悟にとって、ゴウの動きは正直な分、割と読みやすい)。

 

「体の動かし方をよく知っているな、何かのスポーツ経験者か?」

「……小学三年生まで器械体操を少し」

 

 打ち合いの中で意外にも宇美は返答してくれた。ある程度は信頼してくれているということだろうか。

 そう思ったのも束の間、今度は宇美がサマーソルトキックの要領で後方宙返り、いわゆるバク宙をして蹴りの代わりに硬質化させた尾による一撃を放ってきた。

 今の体勢では避けられないと判断した大悟は息を深く吸いながら、体の前で両肘を曲げて肩より少し高い位置で静止させる。

 

「──フッ!」

 

 そして、宇美の尾が当たるより一瞬早く、大悟は両腕に捻りを加えながらほとんど真下に掌底を打ち込んだ。両者の攻撃がぶつかり合い、互いが弾かれたように後方へと吹き飛ぶ。

 力が乗り切らない体勢だった故に型が完全ではなく、大悟は無傷とはいかなかったが、直撃よりも遥かに受けるダメージは少なかっただろう。

 本命の一撃に対応された宇美の小さな舌打ちが聞こえた。

 

「今の動きは何? そっちこそ何か格闘技をやっているの?」

「現実で格闘技の心得はないが、長いことバーストリンカーやってるもんでな。今のは発勁(はっけい)の真似事だ。モノにするには時間とコツが要るんだが……まぁ、そこは年の功ってやつだわな」

 

 バーストリンカーが古参であるほど、強者の傾向にある理由の一つは経験値の量にある。無数の対戦をこなし、膨大な時間を加速世界で過ごしてきたことで、自分のデュエルアバターの最善の戦法をより熟知し、扱えるようになるからだ。

 その中で必殺技やアビリティとは別に、現実の子供では肉体的にも時間的にもまず不可能であろう、現実の格闘技を含めた『技術』をデュエルアバターの身で修得する者がいる。大悟もその内の一人であった。

 また、そういった者の中には相手の放った攻撃に体の一部分を沿わせて無力化、攻撃で発生した運動エネルギーをあらぬ方向へ転換してしまう、《柔法》なる技術を体得した黒の師弟が加速世界に存在することを大悟は知っている。

 

「……お前さん達の狙いは分かっている。こっちとしては向こうを加勢したいが、目の前の相手に背を向けるのも失礼な話だよな」

 

 大悟が宇美の後ろで道を塞ぐ巨大な壁を感慨深げに見やる。当時の彼女ではゲージがフルチャージであっても、ここまで巨大な石英を発生させることはできなかった。東京を離れてレベル4から、三つもレベルを上げるのには並々ならぬ苦労があったのだろう。

 それに、これまでの攻防から宇美が本気で戦っているのは充分に分かった。

 それで良い。この対戦で大悟達は厳密には、晶音と宇美に勝利することが目的ではない。対戦を通して晶音の本音を引き出すことこそが真の目的である。

 もしもパートナーである自分が手加減をすれば、晶音がそれを見抜いてしまう。そうなればこの対戦自体、無意味なものになることを宇美は理解しているのだ。

 ──お前さんも、良い《子》を持ったんだな……。

 感傷から意識をすぐさま対戦に引き戻し、大悟はどうしたものかと頭を働かせ始める。

 

 壁の向こうに行く方法がないわけではない。そもそも遠回りしてでも別の道から行けば済む話だが、目の前の宇美が簡単に行かせてくれはしないだろうし、いかにレベルが自分より下であっても、無防備に背中を向けることは敗北に繋がる。

 

「なら、どうする気?」

「そうだな……せっかくの《霊域》ステージ、クリスタルをどんどん破壊して派手にいこうか!」

 

 宇美の質問を返した大悟は言うが早いか宇美に背中を向け、壁とは逆方向に駆け出した。

 事前にゲージを溜めている宇美と違い、今の打ち合いでようやく二割溜まるかといった程度の必殺技ゲージ量の大悟は、ひとまずその場を後にすることを選んだ。必殺技を持たずとも、ゲージが溜まればやれることがあるからだ。

 

「あっ! このっ……言ってるそばから背中向けてるじゃない!!」

「わはははははははは!! 戦略的撤退と言え!」

 

 喚く宇美に一応反論しておく大悟は、その間にも猛ダッシュで距離を離していく。

 

「させるか、《シェイプ・チェンジ》!」

 

 このまま自分を放って晶音に加勢しても、後で横槍を入れられて戦況を覆されることを宇美が懸念することは大悟の読み通り。

 再び狐の姿になった宇美が、大悟の思惑を阻止するべく追いかけ始めた。

 

 

 

「──もう終わりですか?」

 

 開戦時より大分距離が離れた晶音の声が、片膝を着いたゴウの耳に届いた。

 ──さすがにレベル7……強い。

 最初に晶音に言われた通り、ゴウは対戦の中でクリスタル・ジャッジについて分析し、いくつか分かったことがある。

 まず彼女の戦闘スタイルは、石英を出現させて攻撃や防御を行うものであり、石英は発生から一定時間が経つと消え、これには必殺技ゲージを消費しない。

 だが、最初に発生させた壁は未だに道を塞いだままだ。これには必殺技ゲージを消費していたことから、ゲージを消費して発生させた場合の石英は、おそらく破壊しない限り対戦終了までオブジェクトとして残り続けるのだろうと判断する。

 近接系アバターにとっては天敵のような存在だ。向こうは距離が離れていても一方的に攻撃を繰り出し続けられる上、おまけにこちらが石英を破壊しても、《焦土》ステージのオブジェクト並みに必殺技ゲージはほとんど溜まらない。

 しかし欠点も確かに存在する。まずゴウにとって、破壊すること自体はあまり難しくはないこと。

 一度に発生させられる石英の量には限りがある上に(なければ手が付けられない)足場が必要らしく、何も無い宙から出現することはないこと。

 発生スピードは遠隔系アバターの銃火器に比べれば遥かに遅いこと。加えて石英を発生させる際には、晶音が持っている杖の先端にあるクリスタルが一瞬だけ光るので、回避のタイミングを図るのは容易いことなどが挙げられる。

 ここからは推測になるが、ゴウを壁から離しつつも、晶音自身もそれに続いて少しだけ前進している。このことから、自分を中心とした一定の距離までしか石英を発生させられないなどの制限があるのだろう。

 そして、この手の特殊な攻撃方法を持つデュエルアバターは、身体能力がかなり低いパターンが多い。ポテンシャルのほとんどが強化外装、ないしアビリティにほとんど割り振られているからだ。

 問題はこれらの欠点を踏まえても、晶音は強敵だということだ。意識を前方の石英に向けざるを得ない状況を作り、その際に横や背後から別の石英で攻撃してくる。そうして着々とこちらにダメージを蓄積させていく。実に堅実な手だ。

 ゴウも必殺技の《アダマント・ナックル》や《ランブル・ホーン》で突破口を開こうとしてはみたものの、石英で幾層も壁を作られ、晶音に触れることさえできなかった。

 現在のゴウの体力は残り七割強。対して晶音は未だに無傷である。

 ゴウはアウトローでの手合わせを除くと、今までレベル7以上のバーストリンカーとの対戦数は数えるほどしかなく、また半分以上体力を削ったことも何度かあったが、その全ての対戦で一度とて勝利したことはない。ゴウがレベル5になってから数ヶ月経つが、ハイランカー達の壁はまだまだ相当に厚いものなのだ。

 目の前の晶音もまた、そんなハイランカーの一人である。

 それでもゴウは弱気になるわけにはいかなかった。この一戦はただの対戦ではない。頑な晶音の心の内を、対戦を通して引き出すことが目的なのだ。このまま一方的な展開で負けてしまえば、何も晶音に伝えられはしない。

 今と同じく負けられないと誓った、先週のフロッグとの無制限中立フィールドでの戦闘を思い出す。あの時は結局、自身の矜持を守れずに終わった。

 しかし、今回は二の徹は踏めない。あの時の苦い経験さえも糧として、強くなると決めたのだから。

 

「────まだだ」

 

 立ち上がったゴウは右手を空に向けて掲げた。

 

「着装、《アンブレイカブル》」

 

 頑丈さとその重量から強力な一撃を誇る金棒を召喚し、両手に持ち替えて握り締める。

 ──機動力は落ちるけど、もう出し惜しみはしていられない。石英をいくら出されようが、破壊しながら距離を詰める…………我ながら脳筋じみてんな。

 力押しの、作戦と言えるかも分からない考えに、ゴウは内心自嘲気味に笑っていた。だがそれで良い。

 硬い装甲とその身の剛力を以って、対戦相手と真っ向から立ち向かう。それこそが、このダイヤモンド・オーガーの持ち味だ。

 

「まだ終われないんです!」

 

 距離の離れた晶音にも届くように声を張り上げて前進していくと、すぐさま晶音の杖の先が光る。目の前には石英の塊、先程までの石英よりもやや大きい。

 それでもゴウは避けずに金棒を大きく振りかぶってから、石英に向けて思いきり打ち据えた。

 衝突した場所から一気にヒビが広がり、石英が砕け散る。そのまま突き進むゴウを見て、晶音がわずかにたじろいだ。

 

「うおおおおおおおおおお!!」

 

 ゴウは大きく吼えながら、あくまで晶音に向かって最短の距離で突き進んでいく。道を塞ぐ石英も、足を絡め取ろうと足元から発生する石英も、背後から迫る石英も、その全てをただひたすらに粉砕した。

 取得当時はまともに持ち上げられもしなかった《アンブレイカブル》は、今や自在に扱えるようになっていた。ボーナスの選択を間違えたかと当時は嘆いたものだが、あの時の選択は正しかったのだと、今なら胸を張って答えられる。

 とうとう晶音との距離が五メートルを切った。この距離なら石英発生のスピードよりも、走っているこちらの攻撃の方が早い。まずは攻撃の基点であろう杖の破壊を狙う。あれが《アンブレイカブル》より強固であることはまずないはずだ。

 金棒を腰元に構え、横薙ぎに振るおうとしたその寸前。

 晶音が杖の先端をゴウに向けた。先端は尖っているが、それ自体に貫通力があるとは思えない。ではその意味は──。

 

「《パーフォレイト・パニッシュメント》!」

 

 晶音の杖から直径二十センチ近い、真紅に輝くレーザーが発射される。

 必殺技を晶音が言い終える前に、すでにゴウは《アンブレイカブル》をとっさに手放し、杖の延長線から体を無理やり捻って避けていた。それだけでは甘かったと気付くのは、体を捻ったまま後ろを向いた時だった。

 最初はもう一人の自分が、そっくり同じ態勢で動いているのが見えた。次にそれが鏡のように磨き上げられた水晶の塊に映った己自身だと気付いた。最後にその水晶へ一度は避けたレーザーがぶつかると反射し、ゴウの左側の横腹を貫いた。

 

「ぁぐぅっ……!」

 

 たまらずゴウは蹲る形になる。

 水晶の鏡はそのまま真っ直ぐに反射されれば、技を放った晶音自身に戻ってきてしまうからか、レーザーの発射角度から垂直よりやや傾いていたことがゴウにも幸いした。そうでなければ腹に風穴が開いていただろう。それでも今の攻撃で三割以上も体力が削られてしまったが。

 

「……大したものですね。レベルが下の相手に、ここまで力押しで距離を詰められるのは久々でした」

 

 晶音がゴウに対してそんな感想を漏らした。ゴウが怯んでいた隙に素早く後退し、すでに攻撃の届く範囲から逃れている。

 

「せっかくだから問いましょう。ダイヤモンド・オーガー、貴方は先程『まだ終われない』と言っていましたね?」

「それが……どうかしましたか?」

「対戦に勝利したいと思うことはバーストリンカーなら当然です。けれど、貴方からはそれ以外の理由があるように感じられます。ただ、いきなり対戦を申し込んできたりと、考えまでは読めません。そこまで粘るのは……必死になるのは何故ですか?」

「…………」

 

 確かに晶音から見たら、こちらの行動は不可解に映るのだろう。しかし、ゴウにしてみれば、それは特別おかしいことではなかった。

 

「……僕は師匠に恩返しがしたいんです」

「恩返し? いかに彼が《親》であってもそこまでする義理はないでしょうに」

 

 傷口を手で押さえながら立ち上がるゴウを見ながら、ますます分からないというように晶音が眉をひそめる。

 

「それだけとは言いませんけどね……。でも義理はありますよ。僕は出会った頃から、あの人に助けられてばかりなんです」

 

 レーザーに貫かれた横腹を押さえていた手を離し、ゴウはしっかりと晶音のアイレンズを見据えた。

 

「傍から見たら何てことのない、ちっぽけなことかもしれない。師匠自身、気にも留めていないのかもしれない。でも──僕は救われたんですよ」

 

 たった一度しか渡せないブレイン・バーストプログラムを授けてくれた。自分が無意識に生み出していた《心の傷》に対して、対戦を通じて真っ向から向き合い、受け入れる術を教えてくれた。加速世界では師として、そして現実では友人として、いつしか大悟はゴウにとってかけがえのない存在の一人になっていた。

 

「……少し前にお互いの身の上を話す機会がありました。その時にあなたや弟さんのことも聞いています。師匠にとってあなたは大切な存在で、たとえ望まれていなくても助けになりたいと考えているみたいなんです」

 

 思えば最初に大悟がこのダイヤモンド・オーガーの姿を見た時に、誰かと見比べているようなことを呟いていた。おそらくオーガーの透明なダイヤモンド装甲に、クリスタル・ジャッジの水晶装甲を重ねていたのだ。

 

「それに相談をしに来たフォックスさん、あなたと一緒に活動していたコングさんとメディックさん、他のアウトローメンバーだって、あなたを心配している、もちろん僕も。僕が体を張る理由としては充分すぎますよ」

「……そうですか」

 

 ほんの一瞬だけ、ゴウには晶音の表情が柔らかくなったような気がした。見間違いかと思い目を凝らそうとするも、晶音は杖をゴウへと向け、すでに先程同様の明確な戦意を感じさせる視線を放つ。

 

「では、それが口だけではないと、この対戦を通じて証明して見せなさい。貴方やボンズ風に言うなら……それがバーストリンカーなのでしょう?」

 

 晶音はゴウが手から離した《アンブレイカブル》を石英で包み、ゴウが簡単に回収できないようにする。

 対戦が再開されて早々に手札の一つを使えなくされたゴウだったが、これまでただ晶音と話していただけでなく、その間にも頭では勝利する為にはどうしたら良いかをずっと考えていた。

 そして一つの案が浮かんだ。何一つ確実性もない賭けだが、このまま戦っていても負けは見えている。

 腹を括ったゴウはいきなり走り出し、その場を離れた。

 

「!? 何を……」

 

 敵前逃亡するゴウの進路を、石英で塞ごうとする晶音だったが、今まで自分に攻撃しようと接近していた相手が、突如逃げを決め込んだことでわずかに反応が遅れたのか、すでにゴウは一番近くの神殿風の建物に入り込んでいた。

 追撃はない。やはり姿が見えない相手には、石英での攻撃のしようがないようだ。入口を事前に塞がなかったのは必殺技ゲージの節約と、接近しなければゴウは攻撃の手段を持たないと事前に宇美から聞いていたからだろう。

 そんなゴウには今、晶音の攻撃されない時間が何より必要だった。そうして晶音が追って来ない内に階段を昇りながら、ある選択をする為に指を動かし始めた。

 


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