アクセル・ワールド・アナザー 無法者のヴォカリーズ   作:クリアウォーター

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第四話

 第四話 対戦について学べ

 

 

 放課後。ゴウと如月は昨日と同じ喫茶店で、直結状態の思考発声で会話をしていた。

 中高生の世代では、直結ケーブルの長さが男女の親密度を表すなどという俗説まで流れる昨今において、会って五日も経っていない人間と直結をするなど、ゴウはこれまで想像もしていなかった出来事だ。もっとも相手は異性ではないが。

 人生は分からないものだと、ブレイン・バーストにおける加速と対戦の関係について如月から聞きながら、ゴウはしみじみと思う。

 如月はキャラメルフラペチーノを片手に説明を続けている。その容姿からは、どうにも似合わない光景だ。

 

『──というわけでバーストポイントが無くなれば、ブレイン・バーストは自動アンインストールされる上に二度と加速はできなくなる。それを防ぐ為にバーストリンカー、つまりブレイン・バーストプログラム所有者は戦っている……って聞いてるか?』

『は、はい! 聞いてます聞いてます! でも……その条件って厳しすぎませんか? 第一にアプリのインストールも、プログラムを持つ《親》がコピーインストールして《子》にできる一回に限られるなんて……。アンインストールされた人達が運営にクレーム入れて修正、とか今まで起きなかったんですか?』

 

 独特なルールだらけのブレイン・バーストだが、その中でも再インストール不可能については、あまりにもシビアだ。そんな状態でどうして運営はやっていけるのか、そもそもCMや宣伝すら聞いたこともないのに儲けがあるのか、と俗っぽい邪推までしているゴウに対し、如月はうむ、とだけ頷く。

 

『もっともな意見だな。だが運営に関して考えてもあまり意味はない。プレイヤーにほぼ干渉してこない上に、ゲーム内に広告は出ない、課金システム諸々の代金の請求も無い、謎だらけだ。もしかしたらこのゲームをしている時点で……話が逸れたな。とにかく、アンインストール後に《加速》なんて技術を周りに話しても信じやしない。……そいつには証明するプログラムもすでに無いわけだしな』

『えーと……じゃあ、ポイントがゼロになる寸前で教えたら……』

『有り得ないとは言わないが、やっぱり考え辛いな。バーストリンカーの条件の一つはニューロリンカーを生まれて間もなくから常時装着し続けた人間、要は子供しか存在しない。そして子供は自分が特権を持っている限り、それを必死で隠す。手放さない為にな。ブレイン・バーストの配布から約七年、今日まで世間に噂さえ流れなかったことが、それを証明している』

 

 ニューロリンカー第一世代の販売が十五年前、つまり最年長でも十五歳の人間しかバーストリンカーにはなれないのは分かるが、一体運営が何を考えているのかますます気になるゴウは、アイスコーヒーをストローでかき回しながらうーん、と唸る。

 

『それじゃ、とりあえずそのあたりの話は置いといて、これからポイントを得るために戦い続けないといけないんですよね。でも僕そんな自信は……』

『大丈夫だ。まさか最低限の指導もしないままで対戦になるとは思わなんだが、それも良い経験としておこう。さて、続きはお前さんのデュエルアバターを見てからだな。それじゃ加速してから俺のアバターの名前を選んで対戦してみな』

 

 再び朝の初戦闘を思い出して意気消沈するゴウは、如月に苦笑しながら励まされ、頷いた。

 

『はい、それじゃ……「《バースト・リンク》」

 

 コマンドは肉声で唱える必要がある為、思考発声から肉声に切り替えて、ゴウは周りに聞こえない程度の小声でコマンドを唱えた。

 途端に加速を知らせる音と衝撃が意識を叩き、景色が一面青に染まった《ブルー・ワールド》とも呼ばれているらしい《初期加速空間》から、グローバル接続をしていない状態での直結通信により、一つだけ表示されているアバター名に対戦を申し込む。

 その瞬間、世界が変わり始めた。

 

 

 

 本日二度目の加速世界の風景は、月が輝いていた一度目と異なり、真っ赤な紅葉がはらはらと散る、純和風といった白塗りの壁が立ち並ぶ景色となっていた。

 鬼のような姿のデュエルアバター《ダイヤモンド・オーガー》の姿になったゴウは、石敷きの小道をしばらく歩いていると、対戦相手の如月と思わしきアバターを見つけた。

 一言で表すと、歴史の授業で目にしたことのある僧兵。

 上半身には袖と丈がやや短い薄手の着物を、下半身は裾を括った厚手の袴を思わせる装甲をそれぞれ纏い、頭は布を巻いた頭巾に包まれ、目元以外はほとんど見えない。足と一体化している下駄の分を差し引いても、現実の如月と背丈はほぼ同じの長身だ。

 アバターの色は全体的に沈んだ色調の青色で、和服めいた装甲から覗く手首や足首、帯代わりに腰元と、各所に巻かれている数珠らしき装飾とアイレンズだけは、青みの強い(すみれ)色をしていて他の部分よりも際立っている。

 

「ここは《平安》ステージって呼ばれているフィールドだ。この姿とマッチしているから俺は割と好き。っと、改めてよろしく《アイオライト・ボンズ》だ。加速世界ではそうだな……『師匠』とでも呼んでくれると嬉しい」

 

 ゴウに気付いた如月が、わずかにエフェクトのかかった声で、アバターネームでの自己紹介をする。

 現実でもどこか只者ではない印象の人物だったが、デュエルアバター姿の如月は独特な威圧感を放っていた。長い年月を積み重ねた老僧の質素かつ厳かな雰囲気とでもいうのか……どうも上手く表現できないが、そんな気配を醸し出しているようにゴウには感じた。

 

「よ、よろしくお願いします、如……師匠」

 

 ゴウがぎこちない挨拶を返すと、如月はやけにじっと見てくる。

 ──そんなに僕の姿、変かな? 確かに身長からして現実とは違うけど……。

 ゴウが困惑する中、如月は何やら静かに呟いていた。

 

「……透明な装甲。でもあいつはもっと……」

「師匠? ……如月さん?」

「あぁ悪い、ちょっとな……。しかし金剛石、ダイヤモンドの鬼か、良いじゃんか。ハイカラだし、それだけで通り名になりそうだ」

 

 どうにもごまかされたように感じたが、とにかく今は当面の問題の解決をしなければならない。ゴウは気持ちを切り替えて、頭を下げる。

 

「それじゃ、えっと、ご指導お願いします!」

「そう硬くなるなって。さて、三十分って結構早いからな。まずは──」

 

 

 

 始めに《対戦》についての基本的なレクチャーを終え、続けて如月はアバターの特色について話し始める。

 

「アバターの色ってのは、それだけで大まかな戦闘スタイルが分かってくる。赤は遠隔系、青は近接系、緑は防御、黄色は間接って具合でな。もちろん例外だっていくらでもあるし、経験者であるほど、自分の一長一短を理解してカバーしようとする。俺も近接系で格闘タイプのアバターだが、遠距離タイプへの対抗策だって一応持ってはいる。それにステージや相手との相性によってはレベル差があっても、勝利は十分に有り得るもんだ」

「あの、このゲームのレベル上限ってどうなっているんです? 僕はレベル1、師匠はレベル8だから、単純に八倍のレベル差があるってことですか?」

「いや違う。現在バーストリンカーの最大レベルは9。ちなみに到達者は今までに八人存在していて、それぞれが巨大な《レギオン》──ネットゲームでのギルドだと思っとけばいい、そこのマスターを務めている。所属人数と治めている《領地》の規模から《王》なんて呼ばれていてな、仮に今のお前さんが二十人いたとして、この王一人を相手に一斉に迫ったところで勝機はゼロだ」

 

 如月は軽い口調だったが、アイレンズの奥は真剣で、とても冗談を言っているようには見えない。どうやらこのブレイン・バーストでは、レベルが1つ上がることはプレーヤーにとって、とても重要であるとゴウは理解する。

 

「そんなに凄い人達が……。じゃあ、師匠もどこかのレギオンに所属していたりするんですか?」

「いや、俺はどのレギオンにも所属していない。現在およそ千人いるバーストリンカーの中で、王達のレギオンに所属しているのはおよそ過半数を少し超える程度。残りはそれ以外の中小レギオンやソロで活動している。その中で俺はソロだが、一応つるんでいる奴らはいる。そのあたりは追々説明するがその前に……」

 

 如月はゴウの目の前に、びしっと指を二本立てる。

 

「差し迫った課題が二つある。まず一つはお前さんのアバター、ダイヤモンド・オーガーの性能の把握。次に今日対戦したムーン・フォックスと再戦して勝利する。できたら明日には」

「明日ぁ!?」

 

 あまりに急な話に、声が上擦るゴウ。

 

「今日こてんぱんにされた相手に、たった一日で勝てるわけがないじゃないですか! それにレベルだって──」

「さっきのは初心者と王の話であって、レベル1でもレベル2に勝てる可能性は十分ある。何よりもよ、悔しくはなかったか? 手も足も出ないまま一方的に負けてよ」

「っ……!?」

 

 如月にそう言われ、ゴウは言葉に詰まる。

 相手は格上、自分は対戦経験ゼロ、負けたのは当然だったし仕方がなかっただろう。だが本当は、いくら不意打ち(厳密には今回のは正面からだったが)を食らったとはいえ、相手に反撃一つできずに敗北したことに対して何も感じないほど、ゴウは達観も諦観もできていなかった。納得ができる落としどころを探し、心のどこかで言い訳をしていたのだ。

 そんなゴウの心境を如月は見抜いていたのだろうか。それとも目の前の僧兵にもかつてそんな経験があったのだろうか。

 

「……負け癖が付くと立ち直るのに時間がかかる。バーストリンカーってのは誰であれ、大なり小なり闘争心を持つものだ。その闘争心がデュエルアバターを動かす動力源になる。ダイヤモンド・オーガーを信じろ。自分の心が作ったアバターを」

「……僕は、勝てますか?」

「勝てる。もし自分を信じられないなら、俺を信じろ」

「僕が勝つ為に協力してくれますか?」

「もちろんだ。色々教えるのも《親》の務めの一つだからな」

 

 ──そうだ、まだたった一回負けただけじゃないか。僕自身、このアバターのことをまだ何も知らない。きっと自分だけの力が必ずあるはずなんだ。

 如月に心の本音を引き出され、ゴウはデュエルアバターの体に力が宿った気がした。

 

「僕……勝ちたいです。もう一度戦って、今度は勝ちたいです!」

 

 本心を吐露するゴウに、如月が微笑むようにアイレンズを細める。

 

「よく言った、それでこそ男だ。よし、まずは自分のアバターの特性を知らないと話にならん。インストメニューを開いて──」

 

 

 

 対戦の残り時間をアバターの性能の確認と相手への対策の考案に費やしたゴウは、その後にもう一度如月と対戦した。デュエルアバターでの体の動かし方を覚える為、如月に模擬戦と称してボコボコにされながらも(最後は《ドロー》にしてもらったが)、対戦を経験したことで、一応の自信は付いた気がする。

 対戦終了後、元の喫茶店に戻った時にはゴウの意志は固まっていた。

 

「ありがとうございました。明日の朝は必ず勝ちます!」

 

 帰り際に如月に礼を言うゴウは、対戦時間中に把握したダイヤモンド・オーガーの力なら、きっとムーン・フォックスに勝てるはずだと確信する。

 

「頑張れよ。まぁ、さんざん勝てと言っといて何だがな、本当に重要なのは楽しむことだ。月並みだがゲームは楽しくやらなきゃ意味ないだろ?」

 

 そう言って去る如月の後ろ姿を少し眺めてから、ゴウも自宅に向かう。

 帰りの道中、ゴウは自分でも不思議なほどにやる気に満ちていた。今まで周囲で喧嘩などの争いごとが起きたとき、『自分の決めたことは何があっても譲らない』という自分の悪癖(少なくともゴウ自身はそう思っている)が出ない限りは、波風立てないように事態を収めようとしていた。にもかかわらずゲームとはいえ、今は相手と闘うことをためらわずに倒そうとしている。

 自分は一体どうしてしまったのだろうか。結局ベッドに潜って眠る時になっても、ゴウにはその答えが出ることはなかった。

 


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