アクセル・ワールド・アナザー 無法者のヴォカリーズ   作:クリアウォーター

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決戦篇 壱
第四十話


 第四十話 決戦前日

 

 

 わいわいと賑やかな喧騒がゴウの耳に入ってくる。目を開くと暖かな木漏れ日が薄く降り注いでいて、未だに梅雨の時期であることを忘れそうになってしまう。

 

「お疲れ。ちょっと休憩しようか」

 

 そう声をかけてきたのは、テーブルを挟んでゴウの対面に座る、金色の長髪をポニーテールに結った少女、早稲倉宇美だった。

 その容姿はゴウからすると、中学三年生にしては大人びていて、また日本人には見えない。彼女はイギリス人の祖母を持つクォーターであるが、イギリス人の血が容姿に濃く出ているからだ。

 そんな宇美は、ここに来る前にハンバーガーショップで買っていた、少し遅めの昼食を取り出し始めた。

 ゴウも宇美に倣い、自分の買った分のハンバーガーや飲み物を袋から取り出し、テーブルへ順に置いていく。

 今日は六月二十九日、土曜日。ゴウは半日授業の後、私服に着替えてから宇美と共に、《新宿中央公園》に赴いていた。

 何故ゴウが学校のクラスメイトでも同級生でもない宇美と、自分の住む世田谷ではなく、新宿で共に行動しているのかというと、その理由は先週の日曜日にまで遡る。

 先週の二十三日、日曜日。ゴウは大悟と一緒に、かつてアウトローのメンバーだった、クリスタル・ジャッジこと岩戸晶音と、目黒区にあるファミレスで対面することになった。

 その際に横浜に住んでいる晶音を、東京在住で晶音のいとこかつ《子》であり、そしてゴウのライバルでもある、ムーン・フォックスこと宇美が引き合わせる役を買ったことで、ゴウは宇美ともリアルで対面することになったのだった。

 紆余曲折の末、宇美がバーストリンカーになる以前から、晶音が一人で抱え込んでいた苦悩を聞き出すことに成功。その内容が今現在アウトローの調査対象であるレギオン、エピュラシオンに関わるものである可能性が非常に高い為に、一時的に手を組むことで話がついた。

 ゴウはこの際に行ったタッグ対戦中に、レベルアップとそれに伴うボーナスの必殺技を取得することで勝利を掴んだものの、バーストリンカーの生命線であるバーストポイントを、大量に消費することになってしまった。

 そんなゴウに、宇美がバーストポイントの提供を買って出たのだ。

 半ば勢いではあったものの、自分の判断でポイントを消費したのに思い最初は断ったのだが、宇美があまりにも強く頼み込むので、落とし所として今日の午後をタッグとして宇美と組むことで、ポイント回復の手伝いをしてもらうことになり今に至る。

 新宿は対戦のメッカとして名高いので、休日の昼過ぎともなるとタッグであっても、それなりの人数がマッチングリストに載っていた。

 これまでのゴウと宇美で結成したタッグチームの戦績は、三戦二勝一敗。即席チームとしては中々に好調である。

 

「──やっぱり大レギオンの幹部は格が違ったなぁ、体力も半分までしか削れなかったし」

「ですよね、何よりコンビネーションが抜群に上手い。お互いを見ていなくても、何をしているのか分かっているみたいでした」

 

 フライドポテトを片手に先程の対戦について話す宇美に、ゴウは相槌を打つ。

 三回目の対戦チームは、なんと新宿に拠点を置く青のレギオン《レオニーズ》の副官的存在である《二剣(デュアリス)》の二人、《コバルト・ブレード》と《マンガン・ブレード》だった。しかも、向こうから乱入を仕掛けてきたのである。

 少しだけ会話をしたところによると、どうやら見慣れないコンビである自分達、それも二人共ミドルランカーに該当するレベル6だったので、警戒の意も含めての乱入だったらしい。もっとも、ゴウ達が単純に対戦をしにこのエリアに来たことをすぐに見抜いたようだったが。

 リアルでも姉妹なのか、女武者達の完璧にシンクロしたコンビネーションは圧巻の一言で、結果としてレベル7の相手二人に奮闘はしたものの、最後は相手の必殺技でゴウは首を両断、宇美は胴切りされて敗北したのだった。

 

「僕、切断攻撃には耐性があるんですけど、まさか装甲の薄い首元をあんな距離からピンポイントで狙われるなんて……。戦闘スタイルから、てっきり近接系の技しかないと油断しました」

「あー、分かる。彼女達メタルカラーだけど、両方青っぽい色合いで青のレギオン所属でしょ? それでいて刀を使っていたら、初見であれは避けられないよね。だからあの状況だと──」

 

 昼食兼、対戦の反省会を始める二人。

 こうしたオープンスペースでブレイン・バーストに関して話すのはリアル割れの危険性があるのだが、案外全てがそうとは限らない。

 グローバル接続は切ってあるのはもちろんのこと、公園内には老若男女、数多くの人で賑わっている。それに加えて、見晴らしの良い屋外では盗み聞きをされる心配はないので(していればすぐに気付く)、少しトーンを落とせば肉声で話したところで特定される可能性はかえって低いのだ。

 

「──やっぱり機動力があると攻撃の当てやすさが段違いですね」

「上で狩りをするときは、晶音を乗せて動くことが多いんだ。それにしても、あの必殺技もサマになってきたんじゃない? 一度見た相手もあれを見たら警戒せざるを得ないし、ハッタリにもなる。ただ、私に乗った状態だと重すぎて潰れちゃうのがね……」

「あはは……それはすみません……」

 

 これまでのタッグ戦では、宇美が必殺技ゲージを溜めて《シェイプ・チェンジ》を発動したらゴウがその背に乗り、一気に距離を詰める作戦をメインにしていて、これはどのチームが相手でもかなり有効な手だった。

 ただし、ゴウが強化外装の《アンブレイカブル》を召喚したり、先週取得した必殺技の《モンストロ・アーム》を発動すると、《アンブレイカブル》は武器本体の重量で、《モンストロ・アーム》は巨大化した腕の重みで、ゴウを背に乗せる宇美が動けなくなってしまうのが難点である。

 

「ところで、ポイントの方はどう?」

「はい、もう問題はありません。予定より早くなっちゃいましたけど、元々レベルアップに備えて貯めていたし、平日の対戦でも少しは補填できましたから」

「え? あ、そう……」

 

 ゴウの何気ない返答に、宇美は急にしょんぼりとしてしまい、もそもそとハンバーガーを口にしだした。

 

「……どうしました?」

 

 今まで楽しそうだった宇美の変化にゴウがやや戸惑いつつ訊ねると、ハンバーガーを咀嚼した宇美が答える。

 

「ムグ……いや、自分から提案しておいてなんだけど、なんだかお節介だったかなって……」

「んー……? あぁ! そういうことですか」

 

 気まずそうに説明する宇美を見て、ゴウは少しだけ考えてからその理由を察した。

 どうも宇美は、自分が余計なことをしているのかもしれないと思っているようだ。無論、ゴウはそんなことは微塵も思ってはいない。

 

「お節介だなんてそんな……。早稲倉さんとこうして──」

「ゴホンッ!」

「じゃなかった……宇美さんとこうしてタッグを組んで対戦するの、楽しいですよ。戦略が広がって勉強にもなりますし」

 

 わざとらしく咳払いをする宇美に促され、慌てて言い直すゴウ。

 先週の最後にゴウは宇美に、「こうしてリアルで会ったことだし、私のことは名前で呼んでよ」と軽い調子で言われた。

 蓮美といい宇美といい、何故自分の周りの女子は名前で呼ばせたがるのかと、疑問に思うゴウだったが、さりとて気恥ずかしいと伝えるのも、何だかむず痒く感じたので了承したのだ。

 ちなみにその時の大悟は、「んじゃ、よろしくな。宇美」と全く気負わずに、あっさりと名前で呼んでいた。

 

「そ、そう? だったら良いけど……」

 

 努めて落ち着いて話している宇美だったが、口元はかすかに笑っている。

 そんな表情が大人びた顔付きなのに実年齢よりもどこか子供っぽく見えて、ゴウは内心微笑ましく思ってしまう。

 

「──ゴウはこうして直接私と対面した後でも、同じように接してくれるんだね」

「へ?」

「私はぱっと見て、その……外国人みたいでしょ? 実際四分の一はイギリス人だけど、それでも晶音や他の年の近い親戚達は、日本人の顔というか……」

 

 飲み物の容器の縁を指でつつとなぞる宇美。

 

「小さい頃は気にしていなかったんだけど、学年が上がっていく度に周りの目や声が気になり始めてね。中学生になると周りから敬遠されがちになって、一時期は学校の先輩に目を付けられたりもしてたんだ」

「そんな……」

 

 確かに子供は『異物』の存在に対して、過敏に反応するものだ。とりわけ人の容姿というのは、その人物を印象付けやすい。成長期の多感な時期にはそれを受け入れようとしない、排除しようとする者がいるのも不思議ではない。

 それでもゴウには、何をしたわけでもない宇美が理不尽に不当な目に合うのは納得し難かった。

 

「そのあたりが私の……フォックスを形成した《心の傷》なのかもしれない。そんな中一の終わり頃に、晶音が私にブレイン・バーストをくれた。誰一人同じじゃないデュエルアバター達を見ていると、文字通り世界が変わった気がしてね。そしたら私を気に食わない連中がいたって、私がそいつらの顔色窺うのが馬鹿みたいだって、思うようになったの。それで堂々としていたら、段々とクラスにも馴染めるようになった。すぐに二年生になって進級でクラス替えしたけど、また同じクラスだった子もいたから、不安もなかったし」

 

 ブレイン・バーストがきっかけで、良い方向を向けるようになったという宇美の話は、ゴウには非常に共感できるものがあった。きっと悪いところだけを見ていると視野が狭くなって、自分の周りには味方がいないように感じてしまうのだろう。

 だが、そんなことはないのだ。確かに出会う人間全てが自分を肯定などしない。

 それでも、自分を認めてくれる人達が確かにいる。それならば自分は多少迷いながらでも、前を向いて生きていけるのだから。

 

「ま、私を見たら、初対面の人は大概驚くけど。日曜日に会った時、ゴウも大悟さんも目ぇ丸くしてたの、すぐに分かったからね?」

「あー、あはは……」

 

 どうやら初対面の衝撃は露骨に顔に出ていたらしく、ゴウはごまかすように笑った。

 

「た、確かに驚きましたけど、それでも少し話を聞くだけでこの人はフォックスさんなんだなって、受け入れられましたよ」

「……そこだよ」

「え?」

 

 宇美は唐突にゴウを指差した。

 

「なんて言うのかな、素直? 純朴? ゴウって、人を変に疑ったりしないよね。ギャラリーで話をするようになってから何となく思っていたけど」

「素直……? まさかぁ、そんなことないです。どちらかと言ったら頑固な方ですよ、僕」

 

 宇美の指摘はゴウにしてみれば、まるでしっくり来なかった。自分の決めたことを譲らないところは小学生時代、友達にも一定の壁を作っていたからだ。

 ところが、宇美は首を横に振った。

 

「別に疑うことを知らないって言っているんじゃないよ。それに何でもかんでも受け入れていたら、ただの八方美人じゃない。そうじゃなくてさ、相手に対して真摯に対応しているの。だから晶音も初対面だったゴウの提案した対戦を承諾したんだよ」

「いや、だって、あの時は大悟さんがタッグを提案したし、宇美さんだって同意したからじゃないですか。別に僕はにゃにも──」

 

 なおも食い下がるゴウに業を煮やしたのか、宇美がゴウの両頬を摘んで、ぐにーっと引っ張った。

 当然、訳の分からないゴウは抗議の声を上げる。

 

「い、いひゃいれひゅ、なにひゅるんれひゅか!」

「確かに頑固なところはあるみたいね。でも人が褒めてんだから、そこは素直に受け取っておけば、い・い・のっ!」

「うっ!」

 

 宇美は語尾を強調して、ようやく頬を離した。

 両頬をさすりながら、ゴウは何故いきなり頬を引っ張られたのかと考えるが、追求しようとして同じことをされても敵わないので、それ以上食い下がらないようにした。

 

「痛たた……。話を戻しますけど、宇美さんは僕がそれまで知っていたままだったし、僕は別に変わりませんよ。それにブレイン・バーストを抜きにしても、宇美さんとこうしてリアルで友達になれて良かったと僕は思っています」

「…………!!」

 

 そう締めくくったゴウを、宇美は見つめたまま何も言わない。

 ──どうしよう、宇美さん黙っちゃったよ……。もしかして、会って一週間で友達呼ばわりは馴れ馴れしかった? でもブレイン・バーストじゃ、そこそこ長い付き合いだと思うんだけどな……。

 

「そう……」

 

 何を言えばいいのかゴウが焦って考えていると、先に宇美が口を開いた。ただその声はか細く、顔も赤い。しかも俯いてしまい、ゴウに顔を見せなくなってしまった。

 

「だ、大丈夫ですか!? もしかして体調が良くないですか?」

「違うの、平気。大丈夫だから……」

「だって顔が赤いですし、熱があるんじゃ……」

「大丈夫だったら! 今日はちょっと暖かいから暑いの! それよりほら、これ食べたらまた対戦始めるよ。明日に備えてパフォーマンスを最高にしておかなくちゃね……」

 

 そう言うと、宇美は残っているハンバーガーを一心不乱に食べ始めた。

 明日に備えるなら、程々にして切り上げるべきではないかと思うゴウだったが、宇美の迫力に圧倒されてしまい、黙って昼食を口に詰め込んでいった。

 その後ゴウと宇美は度々移動しつつ、レオニーズの名物コンビ、フロスト・ホーン&トルマリン・シェルを始めとしたいくつかのタッグチームと対戦し、度々負けもしたものの、全体的に見てかなりの良好な戦績を叩き出したのだった。

 

 

 

 数日前。加速世界、無制限中立フィールド某所。

 夜空には、怪物の耳元まで裂けた口のような三日月が浮かんでいる。

 周囲の建物は軒並み骨組みだけの廃墟。木々は真っ黒い枯れ木。どの方位を見渡しても十字架や碑石群、墓碑が連なっている。

 この陰気極まる《墓地》ステージの一角に存在する廃墟の陰に、二体のデュエルアバターの姿があった。

 

「──では、これを」

「どうも。わざわざありがとうございます」

「しかし、本当に良いのかい? あまりお薦めできるものじゃないよ」

 

 一枚の艶消しの黒色をしたカードアイテムを手にするデュエルアバターは、どこか青年教師のような印象をした、穏やかかつのんびりとした口調で訊ねる。

 その姿は何枚もの板を等間隔に並べて、人型に構成したような奇妙な姿で、色は二枚の指で挟んでいるカードとよく似た艶消しの黒。まるで影を立体化して、切り絵細工で作り出したかのようなデュエルアバターだった。

 

「ご心配なく。私はそこらの凡人達のように、力に溺れて自我を支配されたりなどしませんよ」

 

 積層アバターからカードアイテムを受け取るのは、丁寧な物言いにもかかわらず、相手を小さく嘲っているような、ほっそりとしたデュエルアバター。

 その姿は薄い月明かりの下にできた、廃墟の影の中に立っているので、体の輪郭しか見て取れない。

 

「まぁ、使わないに越したことはないのは確かでしょうが、あくまで保険です。この私が何年もかけた計画ですからね。万が一にも失敗などしませんよ。……貴方達の様にはねぇ」

 

 細身のアバターが嫌味をたっぷりと乗せた笑みを積層アバターに向ける。

 

「……ラスト・ジグソーはヘルメスコードのレースイベントで、目的だった心意システムの暴露こそしたものの、その後はレースイベントの賞品であるポイントを得られず、《災禍の鎧》になすすべもなく死亡。《サルファ・ポット》は《辺境農地化(ファーミング)実験》に失敗し、調教(テイム)したエネミーにも逃げられる始末。《ダスク・テイカー》に至っては、強奪した《飛行》アビリティに浮かれて悪目立ちした挙句、どこぞでポイントを全損したそうじゃないですか。いかに我々にはいくつもの計画があるとはいえ、こうも燦々(さんさん)たる結果とは──嘆かわしい」

 

 最近の表立った、自分達の所属する《サークル》メンバーの行動について、指を折りながらつらつらと並べていく細身のアバター。

 対する積層アバターの板で構成されている顔には文字通り表情がないので、いかなる感情も読み取れない。

 

「相変わらず手厳しいなあ」

「何を他人事のように言っているのです? 聞けば貴方、《災禍の鎧》の回収を失敗したらしいじゃないですか。おまけに《鎧》は加速世界のどこかに封印されてしまったとか……」

「いやいや耳が痛い。さては『彼女』に聞いたんだね?」

「知りたい情報を聞き出すついでですがね。相変わらずがめつい人ですよ。しかも対価に値するかは微妙な情報ばかりでした……やれやれ」

 

 自分の失態を持ち出されても飄々としている積層アバターの態度に細身のアバターは文句を言いつつ、受け取ったカードをストレージに収納した。

 

「さて、それじゃあお(いとま)しようかな。最後に忠告はしておくけれど、ソレは並列処理を重ねてだいぶ強化されているから、あまり侮らない方が良いよ。それでももう少しばかり負の心意を収集する必要はあるがね。《器》は相応しいものを確認しているし、上手くいけばそちらは明日にでも手に入るかもしれない」

「ほぉー、それは朗報ですね。健闘をお祈りしますよ」

 

 細身のアバターからの言葉だけの薄っぺらなエールを受けながら、背を向けた積層アバターは墓石の方へと歩き出した。

 そうして墓石の一つの影に足を踏み入れた途端、そこがまるで黒い底なし沼のように、積層アバターが影の中に身を沈めていく。

 細身のアバターはその現象が彼の能力によるものと知っているので、その様を見ても驚きはしない。

 そんな下半身までを影に沈めた積層アバターが、ひょいと細身のアバターの方を振り向いた。

 

「私も君の健闘を祈っているよ。君は確かにスパイとして優秀みたいだが、自分を過信しすぎるところがある。足元を掬われないように、最低限の注意はしておきたまえよ」

 

 振り向きながらそう言った積層アバターは、細身のアバターの返事を待たずに影の中へと完全に潜ってしまった。

 積層アバターが墓石の影を伝って別の影へと渡り、完全に気配が消えたことを感じ取ってから、細身のアバターは大きく鼻を鳴らした。

 

「……『自分を過信しすぎる』? 『足元を掬われないように』? お優しいですねぇ、副会長殿は」

 

 一人呟く彼の声には、明らかな侮蔑が含まれている。

 彼からしてみれば積層アバターの忠告など、煩わしい以外の何ものでもなかったからだ。失敗を責めてみてもどこ吹く風といった、あの態度も気に食わない。

 

 ──その言葉、そっくりそのままお返ししますよ。もう数日もすれば、寝首を掻かれるのは貴方の方かもしれないのですから。そして、ゆくゆくは姿も見せやしない会長も……。

 

 アイレンズを野心でぎらつかせながら内心で独りごちる細身のアバターも、積層アバターに続いてその場を後にする。

 そうして誰もいなくなった廃墟には、時折墓石の群れを通り抜ける、物悲しそうな風の音だけが空ろに響き渡っていた。

 


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