アクセル・ワールド・アナザー 無法者のヴォカリーズ   作:クリアウォーター

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第四十一話

 第四十一話 思い出の場所

 

「──それで距離を離して態勢を立て直そうとしたら、相手の刀のリーチが一気に伸びて首を落とされました……」

「そうかそうか《二剣(デュアリス)》と……。まぁ、レギオンの幹部クラスと戦えるなんて滅多にないことだし、良い経験ができたと思っときな」

 

 六月三十日、日曜日。

 昨日の新宿での対戦について話すゴウと大悟は、過去にゴウが初めて無制限中立フィールドにダイブした、駅前のダイブカフェの一室にいた。

 半年に一度のみ現れるという幻のダンジョン、アトランティスの内部に存在する謎のアイテムを狙うと思われるレギオン、エピュラシオンの企みを阻止する為に、ダンジョン出現の時間に合わせて待機しているのだ。

 今日び珍しいワイヤレス対応不可、グローバル接続をするのにもテーブル下部に位置するルータにケーブルを接続する必要があるダイブカフェを選んだのには、一応の理由があった。

 バーストリンカーの間では無制限中立フィールドへダイブする際、ルータやハブなどを介した有線接続状態による、自動切断タイマーを用いたセーフティが推奨されている。

 万が一、フィールド内部でその場で身動きが取れなくなったり、何らかの理由により連続で死亡する事態になった場合に、緊急回避として現実世界へ帰還できる数少ない手段だからだ。

 今回の設定したタイマーによる切断の時間は十二時三十分。

 加速世界では三十分は現実時間での約三週間にもなってしまうので、本来はここまでタイマーの時間を長く設定することはそうそうないのだが、ダンジョン内でタイマー切断による強制ログアウトした場合、そのデュエルアバターの無制限中立フィールドでの次の出現座標が、ダンジョン内のログアウトした位置になってしまう。

 今回、目的地のダンジョンであるアトランティスは、今日の十二時より三十分間のみ出現するらしいので、最悪の場合アトランティスの出現時間を過ぎてしまったら、次回アトランティスが出現する半年後まで、アトランティス内に取り残されるか、無制限中立フィールドにダイブすることさえできないのかもしれない。

 加えて、アトランティスの内部がどういった構造や仕様をしているのかが全く分からないので、下手をすれば何日もダンジョン内を進まなければならない可能性も有り得ると、晶音は懸念していた。

 仮に誰かがログアウトした際に、現実世界に意識が戻って再度タイマーを設定し、再度ログインするのに十秒かからなかったとしても、残りのメンバーがその場で待ち続けるのも、ログアウトした者を残して先に進んで一人にしてしまうのもリスクが大きすぎるのだ。

 それらの事態への考慮を含めた上で、長時間空けてのタイマー設定を行ったのである。

 もっとも、タイマーをセットしての加速は他のダイブスペースでもできるのだが、今回ここを選んだのはセキュリティに重点を置いたことと、完全防音の部屋なので気兼ねなくブレイン・バーストについて話せることからだ。

 

「──それで今でこそ、あの二人は加速世界でも指折りの剣士だけどな、昔は小獣(レッサー)級エネミー相手に泣きベソかいたり、《鉄腕》に都庁ビルの天辺から吊るされたり、二人がかりで斬りかかっても《矛盾存在(アノマリー)》に軽くあしらわれていたんだぞ」

「《鉄腕》に《矛盾存在(アノマリー)》……。ネガ・ネビュラスの幹部格じゃ、あんまり参考にならなそうですね……」

「……ちょっと晶音。さっきからほとんど話さないけど大丈夫なの?」

 

 そんなダイブカフェの同じ室内には、会話するゴウと大悟の他に女子二人の姿があった。

 一人は宇美、もう一人は今回ダンジョンまでの案内人でもある晶音である。

 晶音はダイブの時間が迫るにつれ、段々と口数が少なくなっていた。現在は表情が強張り、明らかに緊張しているのが見て取れる。

 

「別に、何の問題もありませんよ」

「そんな顔じゃ、宇美も心配するだろうよ。腹は決めたんだろ?」

 

 心配そうに話しかける宇美に対して、努めて落ち着いたように振る舞う晶音の強がりを見抜き、問いかける大悟。

 

「……簡単に言いますけれどね、六年振りにあそこに行くのですから、多少の緊張くらいはします。それに、二人にも最初に何と言おうかと思うと……」

「多少ってお前さん、ガッチガチじゃねえか。大体、俺と先週会った時だって驚いたのは最初だけだったし、それにあいつらとももうチャットで少し話しただろ?」

「あ、貴方はコングやメディックとは違いますし、チャットは文章だけで、直接顔を合わせるのとでは勝手が違います。たとえ相手がデュエルアバターの姿であっても」

「……中々に失礼なこと言われた気がしたが、今は聞き流してやる。さぁ、そろそろ時間だ。覚悟決めろよ」

 

 すでに今回の作戦行動の説明については、先週のファミレスでのタッグ対戦後にアウトローメンバーを交え、テキスト形式のチャットミーティングを行うことで済ませていた。

 まずは一度ホームであるアウトローに全員集合してから、晶音が事前に用意している《トランスポーター・カード》によって、ダンジョン出現地点の近くまで転移する手筈となっている。

 この場にいる四人が決めたダイブ開始時間は、十二時の十秒前。すでにその時まで一分を切っていた。

 ダイブまでのリミットが迫る中で、ゴウはこれから行くことになるダンジョンへの期待や、再び合間見えるであろうエピュラシオンへの不安などを始めとした、様々な感情が渦巻いていた。

 ただし恐れはない。隣には大悟や宇美に晶音、アウトローの仲間達がいるからだ。

 そうして、ついにその時が訪れる。

 

「……カウント始める。五、四、三、二、一」

「《アンリミテッド・バースト》!」

 

 大悟によるカウントダウンの後、ゴウは加速世界への扉を開く鍵となるコマンドを唱え、千倍に加速された時が流れる世界への扉を開いた。

 

 

 

 幾度も体感した、光の中を上昇してから闇の中を下降して足が地面に着く感覚の後、ゴウは己のデュエルアバター、ダイヤモンド・オーガーとなった姿で目を開いた。

 一定期間内にステージ属性が変化する無制限中立フィールドは現在《水域》ステージ。

 視界が暗転から回復する前に、足首のあたりまでが水に沈む感覚があった為、ゴウの頭の中ですぐに候補に挙がったステージの一つだった。

 屋内であるダイブカフェにいたものの、強い陽光が降り注がれている。このステージでは建物が全て、白く日焼けしたコンクリートの骨組みへと変化するからだ。ダイブカフェはビル内の地下にあったので、まるで陥没した穴の中にいるかのよう。壁面を伝い、地上から地下へと水が静かに流れ落ちている。

 

「移動するには少し不便なステージだね」

 

 ゴウのすぐ近くに立つムーン・フォックスとなった宇美が見渡しながら、開口一番にそんな感想を漏らした。

 このステージの特徴は地面が一面の澄んだ水に覆われているところで、とても見晴らしが良いのだが、慣れていないと急な動きをした際に、水に足を取られて転倒しやすいという地味に厄介な一面がある。

 

「今から十二時になるまで約二時間四十分。余裕はあるけど、アウトローに着くのがちょっと遅れるかもよ?」

「その点なら心配要りませんよ、フォックス。まずはここから出ましょう」

 

 宇美の疑問にクリスタル・ジャッジとなった晶音が答えた。水晶から作り出されたような姿が、日差しを受けて以前に見た時よりも輝いている。

 地下にあったダイブカフェから階段を一行が上ると、青空をそのまま鏡で反射したような水面が広がっていた。立ち並ぶ建物は全てが同一の骨組みだけとなっているので、爽やかながらもどこかうら寂しい光景だ。

 晶音が右手に握る杖を小さく前にかざすと、先端に付いている水晶が輝いた。すると、晶音の能力によって前方に白い石英が水面から突き出し、幅が二メートル程の通路が作り出されていく。

 

「ほぉー、こりゃ良いや」

「これで水に足を取られることはありません。この足場もしばらくすると消えますから、早く進みましょう」

 

 アイオライト・ボンズとなった大悟の感心したような声を受けた晶音は、ゴウが見るに心なしか少しだけ得意げな様子で先頭を歩き始めた。

 晶音が生み出す石英の即席の橋を渡り、度々オブジェクトを壊しつつ、必殺技ゲージを溜めながら一行が進むこと数十分。

 

「あっ……」

 

 不意に晶音があらゆる感情をない交ぜにしたような、短い声を上げて立ち止まる。

 周りの骨組みだけの建物群から、明らかに浮いている木造建築の平屋が、晶音の後ろに続くゴウにもよく見えた。

 

「懐かしいだろ? 内装は家具とかが少し増えたが、外装は昔と変わっていないからな」

「そうですね……。懐かしい、それなのに昨日も見たばかりのような、不思議な気持ちがします……」

 

 大悟に同意しながら、アイレンズを細める晶音が再び歩を進め始めた。

 すでにプレイヤーホーム《アウトロー》が目視できる地点まで来たからか、晶音はもう石英の通路を出現させず、細波(さざなみ)を立てながらゴウ達は進む。

 とうとうアウトローの目の前に辿り着くと何故か大悟が足を止めるので、ゴウは不思議に思って大悟の顔を見た。

 

「師匠?」

「ジャッジよ、せっかくだからお前さん、先に入りな」

「わ、私からですか? でも……」

 

 ホームの前に手を向けて促す大悟に、晶音は躊躇しているようだった。

 おそらく中にいるメンバーにどう接すれば良いのか分からないのだろう。プレイヤーホームであるアウトローが出現しているということは、鍵を持つ誰かがすでに到着しているということなのだから。

 そんな晶音の背中を、宇美が優しく押した。

 

「大丈夫だよ」

 

 宇美はそれ以上何も言わずに、見守るように晶音を見つめる。

 それだけで《親子》に通じるものがあったのか、意を決したように晶音が玄関ポーチ前の段差を上り扉の前に立つと、一度だけ深呼吸をしてからドアノブを回して扉を開けた。

 扉が開くと聞こえてきた複数の声が、水を打ったかのように静まり返る。

 

「ええっと……その……お待──」

「「ジャッジ!!」ちゃん!!」

「きゃあ!?」

 

 お待たせしましたと言おうとしたのだろうか。到着の挨拶を晶音が言い終える前に、二つの人影が声を上げながら晶音に突進してきた。

 人影達は驚きの悲鳴を上げる晶音と一緒に玄関を超え、冠水した地面に勢い良く転がり落ちる。

 ちなみにこの時、段差の下にいたゴウ、大悟、宇美は素早く横に避け、巻き込まれるのを回避していた。

 

 バシャアアァァン! 

 

 水飛沫が派手に飛び散る落下地点に、二体のデュエルアバターが晶音の上と下からそれぞれ抱き合い、サンドイッチ状態になって転がっていた。

 

「よぉジャッジ! ひっさびさだなぁ、おい! ──っぶぶ、水が……あ、どっかぶつけてないか?」

「こうしてまた会えるなんて夢みたいだわ! テキストチャット越しじゃ、どうも実感が湧かなかったけど……昔のままね美人さん! あっ、昔のままなのは当たり前よね、デュエルアバターだもの。とにかく……また会えて嬉しいわ!!」

 

 落下時の衝撃を防ぐ為か、クッションのように晶音の下にいるコングと、晶音の上に覆いかぶさる形となっているメディックは、晶音に息もつかせぬまま喋り出す。

 どちらもアウトロー結成前から晶音や大悟と共に過ごしていたバーストリンカー、この喜びようも無理はない。

 

「ひ、久し振りなのは分かりましたから……まずは二人とも離してください……」

 

 強烈なハグに喘ぎながら訴える晶音によって、ようやく二人が離れる。

 

「熱烈な歓迎だな。俺の時は対面した直後にぶん殴ってきたってのに」

 

 過去にアウトローとの関わりを絶って、単独での活動をしていた際に再会した時のことを言っているらしい大悟が三人の元へと近付くと、コングとメディックが口を揃えて反論をした。

 

「ボンズにはあれが熱烈な歓迎だっただろ?」

「そうよ、それにジャッジちゃんにはまた今度よ。今回はダンジョンのこともあるから、そっちを優先しないとね」

「え……?」

「──そろそろ良いかな?」

 

『また今度』の部分に反応する晶音をよそに、思い出話に花が咲きそうな大悟達を呼び止める声がホームから聞こえてきた。

 ゴウが振り返ると、声の主であるメモリーの他に、キューブ、リキュール、キルンと、残りのメンバー達が入口から姿を現している。

 

「皆さん、もう着いていたんですね」

「僕らも着いてから、そこまで時間は経っていないけどね。メディックとコングは何時間も前からいたらしいけど」

 

 メモリーがゴウに答えながら、残りのメンバー共々こちらへと集まってくる。

 

「《石英鉱脈(クォーツ・ヴェイン)》か。また顔を見られるたぁ驚きだな」

「わぁ、綺麗な装甲……」

「本当だ、やっぱ俺の氷よりもずっと透明だねー」

 

 思い思いに感想を述べるメンバー達に、晶音が向き直ってお辞儀をした。

 

「かつて見た方も、お初にお目にかかる方もいらっしゃいますので改めて名乗りましょう。クリスタル・ジャッジです。今回は皆さんの御助力を(いただ)けることに感謝を──」

 

 (かしこ)まりながら挨拶を始める晶音に対して「固い固い!」と一斉に制止が入り、メンバー達が順に簡単な挨拶をし始めていく。

 そんな様子を眺めていたゴウの隣に並ぶ、宇美が嬉しそうに呟いた。

 

「あんなに慌てて……。それなのに彼女、何だか楽しそう」

「濃い人達ばかりですからね。でも、先週のフォックスさんもあんな感じでしたよ?」

「本当? そうだったかなぁ……」

 

 ゴウがフォックスと話している内に自己紹介が終わり、コング達に連れられた晶音がアウトローの中へと引っ張られていくので、ゴウも続いて入っていく。

 アウトローに入った晶音が内部を見渡していると、マスターキーを持つメディックがホームストレージを操作し、ゴウには見覚えのない一人がけ用の白いソファーを出現させた。

 

「これは……ずっと取って置いていたのですか?」

「ジャッジちゃんのお気に入りなんだから、捨てられるわけないじゃない。ほらほら座って」

 

 メディックに背を押された晶音がソファーへ腰かける。感触を思い出しているのか、ソファーの肘掛けを撫でながら、晶音はアイレンズを静かに閉じた。

 

「…………またここに来ることができて、本当に良かった」

 

 しばしの沈黙の後に噛み締めるように呟いた晶音の声は、かすかに濡れているようだった。

 


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