アクセル・ワールド・アナザー 無法者のヴォカリーズ   作:クリアウォーター

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第四十三話

 第四十三話 待ち受ける罠

 

 

 ブレイン・バーストにおけるダンジョンとは、システム上では地上とは別空間に設定されている場所だと、あらかじめ聞かされていたゴウは──自分だけではないのだろうが、このアトランティスの名称を持つダンジョンはもしかすると加速世界の開闢以来、初めて攻略する者が現れたのではないかと考えていた。

 知らなければ、まず見つけられないであろう入口が現れるのは、半年に一度だけ。現在より約八年前にブレイン・バーストプログラムが配布されているので、つまりは今日を含めてたったの十七回しか攻略の機会が訪れなかったことになる。更には東京二十三区にバーストリンカーが密集している現状も加味すれば、可能性は十二分に有り得るだろう。

 そんなアトランティスは、入り組んでいて人が入るのも困難な地形が多い現実の洞窟とは異なり、ただの通路でさえも複数人が横並びで歩ける幅広さと、大柄なデュエルアバター三人が肩車をして腕を伸ばしても、天井には届かない高さを兼ね備えていた。

 また、足場が舗装され、壁面からはランプの明かりが備え付けられている通路を歩いていたかと思えば、発光する岩や鍾乳石がそこかしこに伸び、脇道には干潮によって姿を見せる潮溜まりや海面から突き出たサンゴ礁が見られる岩場へと道が変わる。

 更には潮の香りが立ち込める飛沫を散らす、海水の滝が流れ落ち続けている開けた大空間、謎のモニュメントが立ち並ぶ庭園が現れたりもした。天然の洞窟と人口の遺跡を融合した、広大な内部構造だ。

 そんな観光としては非常に見応えのあるアトランティスだったが、いくら進んでもエピュラシオンどころか、エネミーや仕掛けられた罠さえも出てこなかった。

 ゴウもダンジョン進入当初は全神経を集中させて警戒していたのだが、いくら歩いても脅威になるものが出てこないので、最低限の警戒心は残してはいるものの、他のメンバー達と一緒にダンジョンの多種多様な風景を見ては、感想を言い合っていた。

 そうした手放しには喜んでいられない進軍から三十分近く経とうとした頃、とうとう状況に変化が発生する。

 

「あれ? 行き止まり……?」

 

 ゴウは辺りを見渡してから、声を上げる。

 床や壁、天井さえもが、線のように細い継ぎ目しかない大理石で組み上げられた部屋へと辿り着いたのだが、出口が見当たらないのだ。

 部屋はゴウの通う中学校の教室と同じくらいの面積、対して天井までの高さは二十メートル近くと、やけに高い。部屋の中にはオブジェクトどころか、小石一つ落ちておらず、そのまっさらな空間がゴウにはかえって不気味に感じられた。

 他の皆もさすがに悠長には構えずに、部屋の中に何かしらの奥に続く何かしらの仕掛けがないだろうかと調べて回る。

 

「……あ~、駄目だな。どうも隠し扉の類も無さそうだ」

 

 壁のあちこちを叩きながら部屋を調べていた大悟が、神経を尖らせていたからか、腰を反らせながら伸びをする。

 

「もしかしたら、ここまでの道中に本当の道が隠されていたのかもしれないね」

「どうするジャッジちゃん。来た道を戻りながら調べてみる?」

 

 メモリーの意見やメディックの提案を受け、考え込んでいた晶音が口を開いた。

 

「そうですね……確かに見逃した抜け道があるのかもしれません。一度引き返して──」

 

 ガシャン! 

 

 まるでこちらの会話を聞いていたのかと思わせるタイミングで、入口の扉が音を立てて閉ざされた。

 ──閉じ込められた……!? 

 ゴウは入口があった場所に蹴りを放ったが、傷一つ付かない。

 ここまでの道中で、強度を調べる為に破壊したオブジェクトや壁はさして頑丈なものではなかったのだが、どうやらこの部屋は特別らしい。どうしたものかと考えていると──。

 

「上、気を付けて!」

 

 宇美が慌てたように叫び、その数秒後に何かが空を切る音がした。

 部屋の高い天井が、いくつもの大理石のブロック塊として降ってきたのだ。

 一つ一つは片手で掴める程度の大きさではあるものの、あまりにも数が多すぎる。当たり所が悪ければ、思わぬダメージを受けるだろう。

 

「皆さん、こちらへ!」

 

 部屋の隅に、四隅を柱が支える石英の屋根を作り出した晶音に呼び寄せられ、一同は大理石の雨から免れる。

 しばらくすると、石英に大理石がぶつかり続ける喧しい音が止まり、部屋の中が静まり返った。

 ゴウがおそるおそる石英の屋根から顔を出して上を覗き込むと、天井の大理石が落ちてきたことで、床の面積とほとんど変わらない大穴が空いている。

 まるで上下を反転させた、奈落の底を覗き込んでいるような感覚が湧き上がり、漠然とした不安を感じていると、リキュールが遠慮がちに皆に訊ねた。

 

「あの……何か聞こえてきませんか?」

 

 耳をすませてみると、確かに何かが聞こえる。これはまるで──。

 

「…………やべえな、こりゃ」

 

 コングが呻くように呟いた直後。

 天井の大穴から先程までの道中でも目にした、滝さながらの勢いで大量の海水が降り注いだ。

 

 ドッパァアアアアアアアアン!! 

 

 部屋中に一気に拡がる海水の怒涛に、ゴウ達は一瞬で呑み込まれてしまった。

 デュエルアバターは呼吸によって酸素を取り込む必要がないので、水中に放り込まれたところで溺れる心配はない。

 だが、海水で満たされた部屋はいかなる仕掛けか、身動きが取れないほどの勢いの激流が発生し、ゴウ達はまるで洗濯機に入れられた衣服のように流れに翻弄されていた。

 

 ──『もしもダンジョン内で、不測の事態で単独になりそうな時には誰でもいい、近くにいる奴にくっつけ。複数人でいるだけでも、一人より生存率はぐんと上がる』

 

 ホームでのミーティングで、大悟はそう言っていたが、これはさすがに『不測の事態』すぎた。

 

「っく……!」

 

 ゴウは何とか皆の状況を把握しようと、周りに目を向けようとする。

 激流と共に無数の泡が発生する中で、宇美が晶音を抱きしめながら流されている姿が、一瞬だけ見えたその時、不意に水の流れが変化した。それによって、部屋の内部をグルグルと回っていた体が壁際に引き寄せられていく。

 一体何事かとゴウが壁面に向けて首を捻ると、壁には大型のデュエルアバターでも簡単に通れる幅をした四角い穴が開いていて、海水ごと自分を吸い込もうとしている。しかも穴は一つではなく、高い天井まで伸びている四方の壁のそこかしこに開いていた。

 ゴウは吸い込まれまいと、その内の一つの穴の淵を掴んで堪えようとしたが──。

 

「わわっ……うわぁああああああああああ!!」

 

 そんな抵抗もむなしく、突起も存在しない淵から手はすぐに滑ってしまい、ゴウは一人穴の奥へと吸い込まれていった。

 水道の配管に詰められ、無理やり押し流される錯覚を抱きながら水流に流され続けていたゴウは、やがて開けた場所へと吐き出された。

 未だに水中だったが、ようやく体が自由に動くようになったことを確認し、上を見上げるとうっすらと光が見え、ゴウは上方へと泳いでいく。

 

「──ぷはぁっ……! ここは……」

 

 体が空気に触れたことを感じながら辺りを見渡すと、どうやら洞窟内に湧き出ている泉のような場所に出たらしい。

 岸に辿り着いたゴウは泉から這い出ると、深呼吸をしながら状況を整理し始めた。

 ──さっき歩いていた時には見覚えのない場所だ。何人か別の穴に吸い込まれたのが見えたけど、大丈夫かな。……ここにいても合流できるとは思えないし、今はとにかく進まないと……。

 

 体力がほとんど満タンに近いことだけは、幸運と言ってもいいだろう。

 皆の無事を祈りつつ、ゴウはこっちがダンジョンの奥だろうかと、勘で選んだ方へと歩き出した。

 

 

 

「他の人達は無事なんでしょうか……?」

「そんなに心配しなくても大丈夫よ、リキュールちゃん。皆、きっとうまくやっているはずだわ」

「ごめんよー……。俺、近くにいた二人と離れないようにするだけで精一杯でさー」

 

 リキュールとメディック、それにキューブの三人が、会話しながらダンジョンを進む。

 

「キューブちゃんもそんなにしょげないの。むしろグッジョブよ。おかげで十人中三人は、こうして固まって行動できているんだから」

 

 閉じ込められた部屋の天井から海水が降り注いだ時、キューブはとっさに両隣にいたリキュールとメディックの腕を掴むと、自らのアビリティによって両手に立方体の氷を纏わせることで、そのまま二人の腕ごと固定したのだ。

 激流に散々こねくり回されたものの、この行動によって三人は離れることなく同じ穴に引き込まれて今に至る。

 

「気持ちを切り替えて今は進みましょ。奥を目指しているのは全員同じだから、その内に合流もできるわよ」

 

 不安そうなリキュールと落ち込む自分を励ますメディック。

 当然、メディックも離ればなれになってしまった仲間達の身を案じているのだろう。

 しかし、状況がすでに変化している中で、いつまでも不安に駆られているわけにもいかない。この場所がどれ程に危険な所なのかは未知数だからだ。

 今のところは体力が大きく減少する場面はないが、次の罠で思わぬダメージを受ける可能性も充分に有り得る。

 そうならない為には過ぎたことを引き摺っていないで、前を向かなければならないのだ。

 今ここでは、頭では分かっているリキュールと自分、行動で実践するメディックとの経験の差が如実に出ていることをキューブは感じ取っていた。

 

「……んー? 何だろ、アレ」

 

 何度かの分かれ道を勘を頼りに進む中、キューブは道の先の曲がり角を指差した。

 このアトランティスに入ってから、通路を灯す明かりや光る岩々によって、暗さによる不便はなかったのだが、前方には一際明るい、一条の光が差し込んでいるのだ。

 光は不規則に動いていて、時折消えてもすぐに現われて道を照らしたりと、その謎の動きにメディックも首を傾げる。

 

「何かしら。先に開けた場所があるみたいだけど……」

 

 光を浴びながら更に近付いていくと、洞窟の先の地面が舗装された通路に変わっていた。

 この先がゴールとは思えないが、これまで目立つものも見られなかったので、三人は前へと進む。

 その先にあったのは、幾本もの柱が立ち並んでいるのが印象的な、所々が崩れた遺跡群だった。

 これまでの道中でも、似たようなものを何度か見ているキューブ達だが、異なる点が二つ。

 一つは、ここがかなりの広さをした空間であること。もう一つは建物の一角の屋根の上で、日光の如き光を放つ──何者かが立っていることだ。

 

「……敵でしょうか?」

 

 リキュールが己の強化外装である、酒瓶型の大型銃を召喚し、素早く構える。

 このダンジョン内で自分達の知らない人影があれば、それは少なくとも味方ではないだろう。

 メディックとキューブも油断なく身構えた。

 その気配に気付いたのか、かなり距離の離れた所にいた人影がこちらを向いて、今まで立っていた建物の屋根から飛び降り、軽やかに着地を決めると三人の元へと歩いて近付いてくる。

 

 近付くにつれて全貌が露になっていく人影の正体、それは白みが含まれた、明るい黄色のF型デュエルアバターだった。

 中肉中背をした体の各所にある装甲はそれ自体が光源らしく、歩く度に部屋のあちこちをサーチライトのように照らしている。つまり通路で見た光の正体は、このF型アバターの装甲から発せられるもので、彼女が動くことでこの場所に繋がる洞窟の通路に光が入り込んだり、抜けたりしていたのだ。

 透過処理のされたサンバイザーのような(ひさし)がついた頭部には、真っ黒なサングラスを装着していて、明るい色で構成されたカラーリングの中で、非常に際立っている。

 そんなF型アバターはメディック達と多少の距離を取りつつも、真正面で立ち止まった。

 そして大きく息を吸うと──。

 

「────おっっっっそ──────いっ!!!」

 

 少女特有の甲高い声で、思いきり不満をぶちまけるように叫んだ。

 

「アンタ達、どんっだけ待たせんのよ! もっとちゃっちゃと来なさいよ、もう!」

 

 キンキンと耳に響く声で、地団太を踏みながら文句を口にするF型アバターの態度に、身構えていた三人は一瞬だけ呆然となってしまった。

 

「……なぁなぁー、自分が光ってるのにサンバイザーとグラサンって意味あるのかなー?」

「う、うーん……。アバターのデザイン以上の意味はないんじゃないかな……」

「ちょっとちょっと、今はそこじゃないでしょ」

 

 小声で話すキューブとリキュールのやや的外れな会話を打ち切って、メディックが確認を兼ねて、F型アバターに訊ねた。

 

「えっと……あなたはエピュラシオンに所属するバーストリンカーよね?」

「はぁ、大きい声出したらちょっと落ち着いた……そうだけど? アンタ達こそアウトローのバーストリンカーでしょ? えー……ワイン・リキュール、アイス・キューブ、それにエッグ・メディック……だったかな。事前に聞いていた通りの姿だもんね」

「「「!!」」」

 

 F型アバターの言葉に、キューブ達は驚愕した。

 山下公園の桟橋から海の通路が現れる前に、エピュラシオンがアトランティスへ入ったことから、アトランティスの場所を知るクリスタル・ジャッジが来ることを、彼らが察知していたのは分かっていた。

 だが、目の前のF型アバターの言葉から察するに、彼らは自分達アウトローが来ることも事前に予測していたらしい。その上、構成するメンバー達についても知っているような口振りだ。

 

「三人揃ってびっくりした顔ね。ま、アタシ達もマスターから、こういう奴らが現れるかもしれないから頭の隅に入れといてー、みたいなことを昨日通達されたばかりなんだけどさ」

「その割には、そっちは驚かないのね?」

「マスターの指示は的確だもの。こうして待機していたのも指示されたから。待ちぼうけ食らったけどちゃんと来たことだし、それは良しとしましょ」

 

 ここでお喋りはおしまいとばかりに、F型アバターの気配が変わった。

 それを受けてリキュールが大きく後退し、キューブはメディックの前に立つ。

 

「そっちの強さは知らないけどさー、一人で三人を相手する気?」

 

 キューブは握り締めた両手に、ボクサーグローブのように立方体の氷を纏わせた。奇しくも近接系、間接系、遠隔系が揃ったパーティーなので、相手がどんなタイプであっても対応できる自信はある。

 

「そう言えば名乗ってなかったね。アタシは《サンシャイン・ソーラー》、レベルは7。確かに同レベル帯のアンタ達を相手するのは大変だけど……。──勝負はやってみなくちゃ分からないかもよ?」

 

 圧倒的に不利な形勢であるにもかかわらず、ソーラーは不敵な態度でそう言うと、その身に纏う装甲が一層の輝きを帯び始めた。

 


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