アクセル・ワールド・アナザー 無法者のヴォカリーズ   作:クリアウォーター

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決戦篇 弐
第四十六話


 第四十六話 プロフェッショナル 彼らの流儀

 

 

 コロッセオを思わせる闘技場の広い台座の上で、キルンとエピュラシオン所属の巨漢アバター、カーキ・クエイクが古代の剣闘士のように戦闘を繰り広げていた。

 キルンの両手持ちの金槌に対し、クエイクが張り手でこれに応戦する中、その相棒であるマダー・ボルケーノが突き出した右腕をキルンに向けて、静かに照準を合わせている。

 現在彼女の右手は、少女型アバターらしい細い指の付いた小さな手とは異なり、頂点に穴の開いた三角錐型に変形していた。その穴である銃口からは火山よろしく、直径七センチ近いサイズの赤熱した火山弾が、先程から隙を見計らってはキルンへと放たれている。

 

「そぉらぁ!」

 

 再び標的となったキルンはこれを見越して金槌を構えると、気合の入った声を上げ、見事なジャストミートで火山弾を打ち返した。

 

「ボルちゃん、危ねえ!」

 

 打ち返された火山弾がボルケーノに迫ると、その間に割り込んだクエイクが左腕に装備した円形の盾で間一髪のタイミングで防ぐ。クエイクはそのまま怯むことなくキルンに向かって突進し、盾で殴りにかかった。

 その様子をメモリーは遠巻きに眺めつつペンを紙に走らせ、これまで得た情報を書き込んでいく。

 ──ボルケーノは割とスタンダードな《遠隔の赤》。一発の威力は強力だけど、連発はできないみたいだね。体格からして素の身体能力も低そうだ。クエイクは茶色……赤と黄色の中間に位置するのに、戦闘スタイルは青系ばりの近接戦闘。あの盾型強化外装が、クエイクのアビリティに応じた補助効果をもっているのだとしたら……。

 そんなことを考えながらも、手を止めずに文字を書き込んでいくメモリーは、びっしりと書き記した紙にアイレンズから放たれるレーザーを当てて文字をスキャン、己の内へと記憶していく。

 デュエルアバターはそれぞれが持つ色の名前から、赤は遠距離タイプ、青は近距離タイプという具合に、ある程度の属性や傾向を把握することができる。

 これをカラーサークル上の中間色や彩度などに当てはめることで、より詳細に分類することができるのだが、これはあくまで基準の一つで例外も多々ある。

 例えば赤のレギオン、プロミネンスの副長を務めるブラッド・レパード。

 彼女のアバター色はその名が示すダークレッド、遠隔攻撃を得意とする赤系に属するが、彼女の基本戦法は動物形態になることでの、機動力を持ち味とした接近戦としている。もっとも、メモリーはレパードがその二つ名の由来となった、遠距離必殺技を持っていることも知っているが。

 例えばレオニーズ所属のバーストリンカー、フロスト・ホーン。

 薄青色の装甲を持ち、戦闘スタイルも大柄な体格に、額と両肩から伸びる角を用いた突進を得意とする、青系らしい肉弾戦を得意とするデュエルアバターだ。

 そんな彼は《フロステッド・サークル》という、自身を中心とした霜が発生する低温の空間を作り出し、アバターの体に纏わり付いた霜は出の早い連続技を阻害、逆に霜の重みで一撃に威力を込めた攻撃を増加させるという、補助系統の必殺技を持ってもいる。

 このように、各々の心を核にして生み出されたデュエルアバターは、まさに千差万別と言っても過言ではなく、必ずしも法則に全てが当てはまるとは限らない。

 更にはレベルが上がることで取得する必殺技やアビリティによって、デュエルアバターの成長結果は分岐していくので、より多様性と複雑さを生み出しているのだ。

 メモリーには自身の二つ名の《記録屋(アーカイブ)》が示す通り、そういったバーストリンカー達のプロファイリングをすることもブレイン・バースト内における楽しみの一つでもあった。

 

「──とりあえずこんなところかな」

 

 何度目かのスキャンを終えると、メモリーは持っていた万年筆と記入用紙をストレージにしまい込み、一人で二人を相手にするキルンの元へと駆け寄った。

 

「キルン、交代するよ!」

 

 メモリーの呼びかけに応じたキルンはクエイクの足元に金槌を振るい、クエイクが下がった瞬間に合わせて自身も大きく飛び退いた。

 

「もういいのか?」

「本音を言えば、もう少し引き出しを見ておきたかったけど、今回はあまり悠長に時間をかけてはいられないからね。この対戦の決め手は君だし、頼りにしてるよ?」

「応よ。ただ、ちょいとばかり時間がかかる。火山娘の攻撃は自力で避けるから、こっちは気にしなくていいぜ」

 

 クエイクとボルケーノの攻撃によって、キルンはレンガ状の赤茶けた装甲の数ヶ所にヒビや焼け焦げができていたが、声の調子はさほど変わってはいない。

 

「奴らもそろそろでかい攻撃を出してくんだろうから、気ぃ付けろよ」

「あぁ、でも心配しなくていい。これでも一応、近接型なんでね」

 

 キルンの忠告を受け取りながら、シャキンと小気味良い音を出して、手甲を伸張させるメモリー。その先端には、鉤爪の代わりに万年筆の意匠をした突起が伸びていた。

 本人が口にしたようにメモリーはカラーサークル上、《限りなく黒に近い青》である墨色なので、厳密には《近接の青》に分類されている。

 

「何だ? やっと二対二でやると思ったら、今度は金槌の方が下がるのかよ。ははーん、さてはオイラ達のこと、舐めてかかってるな? なぁ、ボルちゃん!」

「で、でも、クエイ君、油断しない方が良いかも……。あの人、ずっと私達が戦っているのを見ながら……紙? みたいなものに何か書いていたから」

 

 一人ずつでしか相手をしようとしないメモリー達の行為を侮辱と受け取ったのか、憤るクエイクをボルケーノが宥めると同時に注意を促す。

 しかし、具体的にそれにどういう意味があるのかまでは知らなそうな様子からして、メモリーは彼らエピュラシオンが、少なくとも自分達二人については、表面的かつ大まかなことしか知らないのだろうと判断した。

 もっとも、それも無理からぬことでもある。

 アウトロー内では比較的若輩である、ワイン・リキュールやアイス・キューブ、それにダイヤモンド・オーガーといった、現在でも地元で盛んに対戦を行っている者。逆に古参のハイランカーでも、これまでにも目立つ活動を多々していたアイオライト・ボンズなどは情報が集まりやすいのだろう。

 だが、メモリーとキルンの両名は、数年前から一ヶ月の通常対戦回数は片手で足りる程度か、そもそも通常対戦をしない月まであるくらいだった。また、その数少ない対戦内容も比較的地味なので、ギャラリーの記憶にも残りにくい為に情報が集まらないだろう(二人をギャラリー登録しているバーストリンカー自体少ない)。

 彼らのブレイン・バーストでの活動は、もっぱらアウトロー内で行われている。そして、今やごく少数の者達が彼らなりの流儀と強さを知っているのだ。

 

「別に侮ってはいないんだけどね……。さぁ、いくよ」

 

 メモリーが走り出すと、クエイクはすぐにボルケーノを自分の後ろへと下がらせる。

 右腕の手甲による刺突を繰り出したメモリーの一撃を、クエイクは前方に出した盾で難なく防いだ。

 

「侮ってない? ふん、真っ向から突撃してきてよく言うぜ」

 

 クエイクはメモリーの右腕を、空いている右腕で無造作に掴んだ。

 すると、メモリーの体に異変が起きる。

 

「っ!?」

 

 全身が小刻みに揺れ始め、痺れたように身動きが取れないのだ。

 そんな格好の的を、少し離れた距離からボルケーノが銃口を向ける。

 ──やっぱりだ、これは『振動』……。実際に食らうと中々効く……。

 おそらくは先程のキルンとの戦闘でも、クエイクは自分の攻撃に振動を加えることで威力を底上げし、キルンの金槌とも素手で渡り合っていたのだろう。こうして直接接触した相手の動きを阻害することもできるらしい。

 そこまで推測していたメモリーが、どうしてむざむざとクエイクの間合いに入ったのか。 

 それはひとえに、知らない技は間近で観察する、又は身を以って体感することでこそ真に相手の力量を測れるという、メモリー独自の考えに基づいての行動だった。

 当然、馬鹿正直に相手の攻撃や技を逐一受けるわけではないし、まともに攻撃を受ければそのほとんどが即死に繋がるエネミーは対象外だ。

 彼は勝算をきちんと考慮した上で、行動する頭を備えている。それは今この時でも。

 

「ブ、《ブラインド・スパート》……!」

「きゃあっ!?」

 

 振動の影響で少しどもり気味になりながら、メモリーが震える左腕をボルケーノへと向けると、万年筆の形をした手甲の先端から真っ黒なインク噴射され、ボルケーノの顔面に直撃した。

 

「ボルちゃん!? ──ぬおっ!?」

 

 続けて、パートナーの悲鳴に一瞬気を取られたクエイクの顔にも、メモリーは震え続ける体を無理やり捻って、右手から噴き出すインクをぶちまけた。

 メモリーの必殺技《ブラインド・スパート》は、発射したインクによってダメージを与えるのではなく、相手の視力を一時的に奪う技だ。相手の顔に当てなければ効果はないが、一度ヒットすれば水を用いても洗い落とせないインクが対象の表面に浸透し、確実に視界をゼロにすることができる。その効果は時間にして三十秒。

 用途としてはこの隙に相手の情報を記録、又は一方的に攻撃を加えることができるという補助系統の技に分類される。

 インクを浴びせられた拍子にクエイクが手を離したことで、メモリーは振動から開放された。そうして先に遠距離攻撃を潰すべく、視界が真っ暗になって戸惑うボルケーノの元へとひた走る。

 

「ぐっ……!? ボルちゃん! オイラに構わずやれ!」

 

 そんなメモリーが自分から離れたことを足音で理解したのか、クエイクが焦ったようにボルケーノに何かを促した瞬間。目が見えていないはずのボルケーノは素早く行動に移っていた。

 

「《ラヴァ・カーペット》!」

 

 ボルケーノが叫んだ途端、身に着けているワンピースドレスの裾が地面へと伸び出す。すると、滑らかそうなドレスの裾が、ドロドロとした粘りを含んだ溶岩流へと一瞬で姿を変えた。

 

「うわああああっ!?」

「ぐおおおお!」

 

 溶岩の波はボルケーノの元へ向かっていたメモリーのみならず、味方であるクエイクさえ巻き込んで、コロッセオの台座に広がっていく。この場で逃れられたのは、元々後方で待機していたキルンだけだった。

 足を焼かれながら溶岩から逃れたメモリーが振り返ると、ボルケーノの中心から半径十五メートルを超える範囲に、溶岩の絨毯が広がっていた。

 これを見たメモリーは、アトランティスの入口の扉や、このコロッセオの出口を塞ぐ黒い塊の正体を確信する。あれはボルケーノがいずれかの技によって生み出した、冷えて固まった溶岩なのだ。

 休む間もなく、同じく溶岩から逃れたクエイクが追撃を加えようとメモリーに迫っていた。その両足はメモリーと異なり、すでに溶岩が付着していない。おそらくは振動を駆使して、一気に払い落としたのだろう。

 しかし、痛みを堪えつつも、メモリーは迫るクエイクをしっかりと見据えていた。すでに発動しているアビリティを十全に発揮する為に。

 ──《振りかぶった左腕による横薙ぎの一撃》。

 脳裏にそんな言語化されたビジョンがよぎったメモリーが素早く膝を落とすと、ビジョン通りにクエイクが盾の付いた左腕を横薙ぎに振るった。

 メモリーはその隙を突いて、下段蹴りをクエイクの脛に見舞うと、クエイクが呻きながら膝を着く。

 立ち上がったメモリーは、続けて溶岩の中心にいるボルケーノを見ると、右手の銃口がこちらのやや上方に向けられていた。

 ──《頭部を狙った、落下を利用した火山弾を一秒後に発射》。

 再びのビジョンの後、メモリーは素早くクエイクの背後に回り込むと、やや助走を付けてクエイクの広い背中にドロップキックを食らわせた。すると、本来メモリーを狙っていた火山弾は、前方に蹴り飛ばされたクエイクの肩甲骨に着弾する。

 

「痛でえ!?」

「あっ、クエイ君!」

 

 援護のつもりが、味方に攻撃を当ててしまったボルケーノの慌てた声が響く。

 この勘以上の精度で行われる先読みこそが、メモリーのアビリティ《手記記録(メモランダム・ライター)》の本来の効果である。

 正確には対戦中に観察した相手の動き、必殺技、アビリティなどの情報を書き記して読み込むことで、相手の行動に対し、ある程度の予測を可能にするというもの。

 この『予測』を発動した際には必殺技ゲージを必要とせず、効力はブレイン・バーストから一度ログアウトするまで残り続けるという、破格の効果時間を備えている。

 しかし、この一見して万能にも思えるアビリティは、数多くの欠点も備えていた。

 第一に、通常対戦のように一対一の戦闘中に記録をすることは至難であること。

 情報を書き起こしてスキャンをするというプロセスが、言わばゲージ消費の代わりとなっているのだが、それを悠長に待ってくれる相手などいるはずもない。

 また、一度『予測』を発動させた相手に次回の対戦で再度『予測』を発動させるには、もう一度相手の行動を観察しなければならないのだ。

 次に、『予測』の精度は読み込んだ情報の量に応じて変化すること。

 情報をより多く読み込めば相手の行動を逐一に、それこそ未来予知に近いレベルにまで読めるようになるのだが、それには数十分かけて観察をする必要がある為、通常対戦でそこまで至るのはまず不可能だ(これは無制限中立フィールド内で、仲間に試したことによって判明した事実)。

 そして何より重要なのは、『予測』する際には相手の動きを視界に留めていなければならないこと。

 その上、仮に相手の動きが把握できたとしても、実際に対応できるかどうかは別の話である。つまりは死角からの狙撃や避けえない広範囲攻撃、目で追えない速度には基本的に無力なのだ。

 これらのことからメモリーはこのアビリティの副産物である、加速世界で自分が目にしたものを文字に起こして記録することのできる、記録能力のみをもっぱら使っている。『予測』に関しては戦闘の補助程度にしか使用していなかった。

 そんなメモリーに翻弄されてしばらく悶絶していたクエイクは、怒りを隠さずにメモリーを睨み付けながら立ち上がった。

 

「うう……もう許さねえぞ。よく分からないけどお前、オイラ達の動きを読んでるだろ。違うか?」

「さて、どうかな。それだけ君達の動きが分かりやすいのかもしれないよ?」

「言ってろ。いくら動きが読めたって、それに対応できない範囲で攻撃されたらどうしようもないんだろ」

 

 怒りで頭に血が上ってはいても状況を把握できる冷静さを持つ、クエイクの見た目や話し方にそぐわない対応に、メモリーは内心で意外に思いながらも同時に感心する。

 

「それは良い考えだけど……ちょっと遅かった。もう時間稼ぎは上手くいったからね」

「ん? どういう──」

「ク、クエイ君!!」

 

 後方に控えていたボルケーノがクエイクに大声で呼びかけたのとほぼ同時に、メモリーの背後にいつの間にかもうもうと立ち込めている、熱気を含んだ蒸気がメモリーの背中を撫でた。

 

 ズゥン……ズゥン……。

 

 蒸気の向こうから、重々しい音を立てながら何かが近付いてくるのを、クエイクとボルケーノが訝しげに眺めている。

 メモリーは近づいているモノの正体を知っていた。

 やがて蒸気のカーテンを突き破り、全長八メートルまで到達しそうな、巨大な人型の物体が姿を現す。

 柱のような両腕の先、右手は五指だが、左手は尖塔の屋根に似た杭状。超重量の上半身を支えるのは、体の割に短くも、腕よりも更に太い両足。首は無く、肩から直接頭が生えていて、顔の目、鼻、口、耳に当たる穴という穴から、白い蒸気がゆらゆらと噴出している。

 キルンの装甲と同様、全身が土色のレンガ状の装甲をした、土の巨人(ゴーレム)と呼ぶべき存在だ。

 

『待たせたな、メモリー』

 

 ゴーレムの腹部の隙間から頭を半分覗かせたキルンが、スピーカー越しに声を周囲に響かせた。

 

 

 

鍛造錬金(フォージング・アルケミー)》。

 クレイ・キルンが最初から取得していたアビリティの名称である。

 その効果を発揮するには段階があり、始めに必殺技ゲージを消費して窯を召喚し、ステージ内の固形オブジェクトを窯で熱する。

 次に、初期装備の金槌型強化外装である《メイド・ブレイカー》で、熱したオブジェクトを窯とセットで召喚される金床に打ち付けていく。そうして一定の回数を叩いたオブジェクトは、キルンが望んだ形状の物体に変化するというものだ。

 オブジェクトは物体に関係なく、キルンの装甲と同じ質感の武具に変化するので、その行為はまさに錬金術である。

 ただし、それらはストレージにこそ入れられるものの強化外装ではなく、厳密にはインスタントアイテムに分類される。つまりは破壊されても再度加速さえすれば、デュエルアバターの体力同様に修復される強化外装とは違い、一度破壊されてしまえばそれまでなのだ。

 ちなみに、キルンが知る中で強化外装を創り出せるデュエルアバターは、《銃匠(マスター・ガンスミス)》と呼ばれた先代赤の王レッド・ライダー以外には存在しない。彼の生み出す銃の質たるや、それを目にしたキルンを唸らせる逸品ばかりだった。

 新米(ニュービー)時代のキルンは剣や盾などの武器を作り出していたのだが、そもそもこのアビリティは基本的に対戦格闘のカテゴリーに含まれる、ブレイン・バーストとのかみ合わせが非常に悪かった。

 対戦相手を目の前にして、腰を降ろして悠長に武器を作る時間などない。だが、クレイ・キルンというデュエルアバターのポテンシャル、そのほとんどがこのアビリティに注ぎ込まれている以上、対戦に勝利するには使わざるを得ない。それ故にキルンにとっては、対戦開始からいかに早く武器を作り出せるかが勝敗を分けていた(当然、武器さえ作れば絶対に勝てるという話ではないが)。

 そんな彼に転機が訪れたのは、何度もポイント全損に陥りかけながらレベル4になり、無制限中立フィールドに赴くことが可能になった時のこと。

 ほぼ無限の時間が流れるこの場所でこそ、自分の真価を発揮できるのだと理解し、キルンの頭にとある構想が浮かんだ。

 それを作り出すのに、一回の鍛造では不可能だろう。ではパーツごとに分けて、一つずつ作っていけばどうか。

 キルンにも確証はなかったが、時間だけはいくらでもあった。

 無制限中立フィールド内を巡り、ひたすらオブジェクトを破壊してはその欠片を回収し、それらを金槌で打ち続け、手探りで試行錯誤しながら成型すること累計で数週間。簡素で粗雑ながら、巨大な右腕が完成した。

 自らの手で一から作り出した右腕に触れながら、手を握りこむイメージをする。すると、右腕がイメージ通りに動き、握り拳を作ったのだ。

 この理屈はキルン自身、今でもよく分かっていない。おそらくはイメージ制御系を基にした作用が働いているのだろうが、正直なところ理屈などはどうでもよかった。

 半ば意地になってまで、レベルアップ・ボーナスの全てをこのアビリティの強化に費やした甲斐もあったというものだ。

 自らが乗り込み、操ることのできる人型兵器を作り出せる。その事実こそが重要だった。男であれば一度は夢見るものだろう。少なくともキルンはそう思っている。

 アウトローに加入し、ホーム裏を工房として構えるようになってから幾星霜。

職人(アルチザン)》の成果、その(すい)を結集した奥の手が今、動き出そうとしていた。

 


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