アクセル・ワールド・アナザー 無法者のヴォカリーズ   作:クリアウォーター

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第四十九話

 第四十九話 エッグノッグをロックで一つ

 

 

 広い空間に一瞬で拡がった閃光は、メディックとキューブはもちろん、後方の柱の上に控えていたリキュールの目も眩ませていた。

 視界はある程度はすぐに回復したが、それでもリキュールには前方にいる者達を輪郭しか判別できず、味方に誤射する可能性から射撃ができない。

 続けて、ガシャンと何かが合体したような音がした直後に、誰かが前方へ跳んでいた。

 

「《エッグ・シェルター》!」

「《マキシマム・ソーラー・レイ》」

 

 必殺技を叫んだことで、リキュールは飛び出した人影がメディックであると気付いた。メディックが必殺技を唱えるのとほぼ同時に、ソーラーの必殺技を唱えた声も耳に届く。

 ようやく視界が鮮明になると、二つに割れた巨大な卵の殻がメディックの頭上と足下から出現して噛み合わさり、メディックをすっぽりと収納する。

 その先には、先程まで宙に浮いて熱線を放っていた、光る球体を背中に装備したソーラー。祈るように組んだ両手が突き出され、そこから今までの十倍近い出力の熱線が発射された。

 

 本来なら力自慢の近接型数体がかりで袋叩きにされても、一分近くは持ち堪えるメディックの《エッグ・シェルター》。その卵殻の表面が、直撃した熱線によって数秒で赤熱し、砕け散った。即座に熱線がメディックの身を焦がし始め──。

 

「《立方氷片(キューブロックス)(ウォール)》!!」

 

 不意に途切れた。

 アイスグリーンの過剰光(オーバーレイ)を放つ氷の壁がメディックの前方にそびえ立ち、熱線を遮断しているのだ。壁は一辺が五十センチほどの立方体でできた無数の氷で構成され、隙間なく組み合わさっている。

 

「リキュ────ル!」

「《モロゾフ・カクテル》!」

 

 心意技の防壁を作り、メディックに肩を貸しながら後退し始めるキューブの大声を受け、柱の上に立つリキュールは愛銃《デカンター・ショット》を肩に掛けると同時に必殺技を発動し、その両手に酒瓶が一本ずつ生成される。

 酒瓶を逆さに、先端近くの細い部分に握り直してから、右腕を振りかぶって一本目を投げる。回転する酒瓶は放物線を描き、キューブの発生させた氷の壁を越えると、そのまま必殺技を発動し終えたソーラーの足元近くに落下し、中身が割れると同時に火の手が上がった。

 

「チッ……!」

 

 追撃を阻まれて舌打ちするソーラーをよそに、リキュールは間髪入れずに二本目の酒瓶を、一本目と同じ場所に投げ込んだ。

 

「そういうことか……! ミラ、下がって!」

 

 絶妙なコントロールで飛来する酒瓶に気付いたソーラーが、目の色を変えてミラージュに退避を促し、自身も逃走を開始する。

 すぐに二本目が燃えている地面に投げ込まれると、炎は爆発的に勢いを増し、周囲を赤く染め上げた。

 リキュールの必殺技《モロゾフ・カクテル》は、簡潔に言うと火炎瓶のことである。酒瓶が割れると直後に発火し、二本を別の敵にぶつける、同じ場所に投げて炎の勢いを増加させるなどで、攻撃だけでなく陽動や進路の妨害にも使用できるのが利点だ。

 先程ミラージュの隠れていた建物に向けて撃った《イグナイト・バズーカ》のように、蒸留酒(リキュール)の名を冠する彼女は射撃の他、アルコールによる引火を用いて戦うバーストリンカーである。バーテンダーじみたその軽装故に自身の耐久力こそ低いものの、一撃の瞬間的な攻撃力はアウトローの中でも上位に食い込む。

 そんなリキュールは二本目の火炎瓶を投げてすぐにキューブ達と合流し、手頃な場所にあった建物の一つに入り込んだ。

 

「ふぅー……助かったわ、キューブちゃん、リキュールちゃん」

「メディック、残りの体力はどうなってんのー……?」

「うーん……四割を切ってる。さっきの技で一気に半分持ってかれちゃったわ。多分だけど、あの太陽モドキの強化外装がブースターかバッテリーの役割もしているみたいね。いま思えばあたし達との戦闘の合間に、自分の装甲の光を当てていたし」

 

 キューブが心配そうに状態を窺う中、極大の熱線によって全身が黒く焦げ、装甲の一部はひび割れや融解さえしているメディックは座り込んではいるが、相手の分析をできる余裕は残っているようだ。

 

「あれだけの威力はそう連続には出せないはずだけど、体に直接装備し始めたから、それだけでエネルギーをリチャージしているかもしれないわね。もうネタが割れた以上、こっちを撹乱する以上に幻覚系の技は使わないでしょうけど……いずれにせよ短期で決着を着けなくちゃだわ。はぁ……あそこで不意打ち食らっちゃうなんて、あたしもまだまだねぇ」

 

 反省気味に首を振るメディックを、リキュールには責めることなどできなかった。リキュールもまた、あの時構えた銃の引き金を引くのに、少なからず躊躇を覚えたからだ。

 本来ならソーラーが動いた時点で、脚を撃ち抜くべきだった。相手は自分の体の動きに関係なく攻撃可能で、そもそも幾度も光を発していたのだから、両手を挙げていたところで不意打ちを仕掛けるにあたって支障はないのだ。それが分かっていて、それでも撃てなかったのは、彼女らの境遇に少なからず同情してしまったからに他ならない。

 

「あの人達も、必死なんですよね……」

 

 口に出さずにはいられず、自分に言い聞かせるように呟くリキュール。だが、すでに腹の内は決まっていた。

 

「……まぁね。あちらさんにも事情はあるみたいだけど、それでもあたし達が負ける理由にはならないわ」

「難しいとこだよねー……。でもそのへんは倒してから考えるしかないでしょ」

 

 メディックもキューブも同様の考えらしい。

 相手が負けられない戦いに挑んでいるとはいえ、それで手心を加えることは相手にも、何よりこれまで戦ってきた自分の積み重ねたものに対する侮辱でしかない。

 違う考えを持つ者はいくらでもいるのだろうが、この加速世界で生きる為に少なからず他のバーストリンカーを蹴落としている以上、リキュールはそう考えることは間違いではないと信じていた。

 メディックが場の空気を切り替えるように、パンと音を立てて両手を軽く合わせる。

 

「それじゃ、モタモタしている暇もないことだし、作戦会議といきましょ。目には目を、心意には心意を。二人共、どんな技が使えるのかしら?」

 

 

 

 手早く済ませた話し合いの末、作戦は決まった。後は実行あるのみ。

 この作戦が成功するか否かの大役を担うことになったリキュールは、緊張しつつも迷うことなく足取りを進めていた。おそらくは、この心意技が当たりさえすれば勝敗は決する。

 問題は相手の片割れであるミラージュの幻覚技によって、回避されてしまうかもしれないことだ。

 心意技を初めに教えられた者は、ほとんどがその威力を目の当たりにすることで、使えばその時点で勝敗が決すると思ってしまうが、それは大きな間違いである。

 心意技は《心の傷》から生み出され、絶望などの負の感情を基にした負の心意は、使用者の精神に悪影響(実際に使用者がどう捉えるかはともかく)を及ぼす。

 傷を受け入れたり乗り越えることで発生する、希望などの正の感情を基にした正の心意でも、技の威力、発動速度、射程範囲、命中精度、持続時間のいずれかに偏りが見られる。それは人間の心が明確な形を持たない、不安定で不定形なものである以上、当然のことでもあった。

 要するに心意技はブレイン・バーストにおいて、事象の上書きというシステムの領域に足を踏み入れた強力な力であっても、万能ではないのだ。

 先程までミラージュが発動させ続けていた幻覚の心意技にしてもそうだ。持続時間とこちらの五感のほとんどを欺いていたことこそ驚嘆すべきものだったが、結果だけで言えば、ソーラーの立ち位置を誤認させていただけに過ぎない。

 こちらの(あずか)り知らない意図があったのかまではリキュールには分からなかったが、例えば周りの建物が迫ってきて、自分達を押し潰そうとする幻覚を見せれば、ソーラーを攻撃するどころではなかっただろう。

 リキュールの心意技は弾丸として形作られるものなので、発射した弾丸を回避されればそれまでだ。今回確実に当てる為には、標的が本物であるかを確認する役目が必要になる。今回その役目を務めるのはキューブだ。

 炎に遮られ一度は退いたソーラーとミラージュはすぐに見つかり、キューブとの交戦に入ったのを、リキュールはそれが見える建物の二階の陰から見守っていた。

 

「そーらっ!」

 

 キューブが再び両手を立方体の氷で包み、ソーラーの前に出たミラージュにラッシュを仕掛けていく。

 だが、強く押されればそのまま折れてしまいそうなほどに細く、おおよそ物理戦闘が不向きな見た目とは裏腹に、ミラージュはキューブのパンチを両腕でのガード体勢を取りながら、これに耐えていた。緑系なので防御力が高いということもあるのだろうが、上手く体を揺らすことで衝撃を逃がしているらしく、その様子は積雪の重量にも耐えうる、柳の柔軟なしなりを思わせた。

 

「シィッ……!」

 

 ミラージュも受けに徹するだけでなく、鋭く尖った指の付いた細長い腕を伸ばしては、鞭のように振るってキューブへの応戦を開始する。

 そんな中でソーラーは二人の戦いを見ながらも、あちこちに目を向けてリキュールとメディックの不意打ちを警戒しているようだった。

 メディックの言っていたように強力な熱線を撃たないのは、エネルギーのチャージする関係もあるのだろうが、キューブと接近戦をしているミラージュを巻き込んでしまうからだろう。

 今ならソーラーを狙えるだろうかと、リキュールが考える中、戦況が変化を見せ始めた。

 

「《ファントム・ミラージュ・スクリーン》……」

 

 ミラージュのローブの袖口から薄い緑に色づいた靄が噴き出し、ミラージュの輪郭が揺らめき始める。靄が周囲へと一気に拡散すると、キューブの目の前にいたミラージュが消えていた。それだけでは終わらない。

 

「おぉ~……」

 

 周りを見渡して驚くキューブを中心に、何人ものミラージュがどこからともなく出現しては、キューブを取り囲んでいく。明らかに幻覚系の必殺技。効果がすぐ近くにいたキューブ一人ではなく、身を隠して距離を取っているリキュールにも及ぼしていることから、景色自体を欺いていると考えられる。

 ミラージュ、つまり蜃気楼とは本来、大気中に二つの異なる温度の層が形成され、空気密度に極端な差が生まれた結果、光が屈折することでその場にある物体が浮き上がったり、逆さまになって見える自然現象の一つである。

 しかし、あの靄程度で光が捻じ曲がるほどの異なる温度層を作られているとは思えないので、この必殺技は蜃気楼の語源となる『大蛤(おおはまぐり)が吐き出す息によって楼閣を作り出した』という逸話を基にしているらしい。

 要は現実の自然法則を無視して生み出された幻影で、おそらくは効果時間の終了までは、仮に《モロゾフ・カクテル》を投げ込んだとしても、幻影が消えることはないのだろう。

 何よりキューブの援護をしてしまえば、自分の居場所が割れる可能性が高くなるので、心苦しいが助けには入れない。

 キューブを取り囲んだミラージュの群れが、一斉に腕を振るってキューブへと殺到していく。

 正体を見極めようとキューブが氷を右足に纏い、その場を一回転して下段蹴りを繰り出したが、蹴り足はミラージュ達をすり抜けるだけだった。

 にもかかわらず、再び振り回され始めたミラージュの腕の鞭は、互いに絡み合ってキューブの体のあちこちに当ると、キューブを傷付けていく。どうやら実体も混じっているらしい。

 そんな戦況の中、ソーラーが腕を前方に突き出して両手を組み、背部に付いた球体が再び光を放ち始めていた。

 ミラージュ諸共にキューブを攻撃するのかとも考えたが、先のパートナーの身を案じていた様子から、リキュールはすぐに思い直す。おそらくタイミングを見計らって必殺技を発射する算段なのだろう。ならば、こちらが狙う相手はソーラーだ。

 ──タイミングは彼女が発声を開始した直後。大丈夫、決められる。一人じゃないんだから……。

 リキュールは一度だけ深呼吸をして、銃を構え直す。

 その時は十秒も満たない内に訪れた。

 

「《マキシマム──」

 

 ──今! 

 全神経を集中させたリキュールの耳にソーラーの声が届くと、リキュールは建物の陰から出て狙いを定め、心意技を放とうとする銃が淡い光に包まれ始めた、その瞬間。

 ソーラーが体を方向転換させて、伸ばした腕をこちらへと向ける。その顔がにやりと笑ったのを、リキュールは確かに見た。

 ──ブラフ……!? 

 自分達のことが見えるどこかに、こちらがスタンバイしているのを見抜いていたソーラーは、炙り出す為に必殺技を発動するように見せかけたのだ。事前にこちらがその威力を見ている以上、何かしらの動きがあると踏んでいたのだろう。その読みは見事に当たっていた。

 

「《マキシマム・ソーラー・レイ》!!」

 

 勝ち誇るように高らかに必殺技を叫ぶソーラー。

 建物ごと破壊できる威力のある熱線を受ければ、脆弱な耐久性の自分が数秒で蒸発することはリキュールには分かっていた。──そして、メディックがこの状況を読んでいたことも。

 

「《ファーストエイド・バンデージ》!」

 

 どこからともなく伸びてきた真っ白な包帯が、ソーラーの頭部に巻き付いた。

 

「ムグゥ!?」

 

 驚くソーラーをよそに、包帯の伸びた先を握るメディックがぐいと引っ張ると、繋がっているソーラーの狙いは外れ、見当違いの方向に発射された熱線は遠くの岩壁を削っただけで終わる。

 

「散々惑わせてくれたお返しよ」

「《千鳥足(ハング・オーバー)》!」

 

 メディックが得意げに言い放つと同時に、リキュールの発射したワイン色に輝く弾丸が、ミイラよろしく包帯で頭をぐるぐる巻きにされたソーラーの腹部に命中した。

 

「ソラ……!?」

「おーっとっとっとー、油断しちゃ駄目だよー」

 

 すでに必殺技の効果が消え、窮地のパートナーに気を取られたミラージュの隙を、キューブは見逃さない。

 

「《コメット・ストライク》!」

「がっ……!」

 

 必殺技によってキューブは氷の塊と化すと、彗星の如き速度でミラージュに突撃し、()ね飛ばされたミラージュは錐揉み状に回転しながら地面に落下する。

 倒れ伏すミラージュに、リキュールはソーラーと同じように心意の弾丸を撃ち込んだ。

 

「何を……した、の……?」

 

 訊ねるミラージュの声に力がなくなっているのは、キューブの必殺技と銃弾に撃たれたダメージよるものだけではない。

 

「ウ~……(ふぁな)せ~~……」

「よいしょ、よいしょ……。お客さん飲み過ぎよ~……なんて。ホントはこういう風に使う技じゃないんだけどね」

 

 包帯の端を握るメディックが、その先に繋がるソーラーをずるずると引き摺って移動する中、包帯頭のソーラーが呂律の回らない舌で喚いている。

 それもそのはず、ソーラーは、そしてミラージュも現在、リキュールの心意技によって酩酊状態に陥っているからだ。

千鳥足(ハング・オーバー)》は、平たく言うと撃たれた相手を泥酔させてしまう心意技で、未成年であるバーストリンカーに、アルコールに対する耐性はほぼ皆無といっていい。体力を削る毒とも、体を痺れさせる電撃とも違う未知の状態異常に、彼女達が抗うすべはなかった。

 

「さぁ、畳みかけるわよ」

 

 メディックがぐったりとしたまま立ち上がれないミラージュの元までソーラーを運ぶと、握っていた包帯を手から離す。そうして、黒焦げになっている腰周りのアーマーにセットしてある、卵型の手榴弾を引っ張り出しては並べ始めた。

 キューブとミラージュの交戦中に、生成した手榴弾をストックとして保管していたのだ。この状態で反撃を食らうと場合によっては、その拍子に誤爆するおそれがあるので滅多に使わない手だと、リキュールは以前にメディックから聞いたことがある。

 やがて、全ての手榴弾を並べ終えたらしいメディックがその場から離れていく。

 後はリキュールが最後の役目を果たすだけだ。

 メディックのゴーサインを確認したリキュールは、地面に転がる手榴弾の一つに向けて発砲した。すぐに身を翻して建物の奥へ跳ぶと、連続した爆発音が響き渡る。

 音が止んでから、建物の床に突っ伏したままリキュールが振り向くと、サンシャインイエローと柳色、二種類の光の柱が屹立し、二人のバーストリンカーが死亡したことを知らせていた。

 


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