アクセル・ワールド・アナザー 無法者のヴォカリーズ   作:クリアウォーター

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第五十話

 第五十話 玉座の間

 

 

「……ごめんなさいね」

 

 メディックは少しだけ申し訳なさそうに、目の前の寄り添い合っているようにも見える、二つの死亡マーカーに向けて謝った。

 

「ちょっと小ずるい戦い方になっちゃったけど……でもそこはお互い様。もし今度会った時は、心意技なしでやりましょう」

 

 きっとソーラーとミラージュにとっては、開戦当初から心意技を使うほどに重い一戦だったのだろう。だが、だとしても負けてあげるという選択肢がない以上、こちらとしても勝利する為に心意技を用いて対抗したのだ。

 

「今回は二人にかなり助けられちゃったわね」

「そんな! メディックさんがあの人達の策を見抜いていなかったら、勝てませんでしたよ」

「そーそー、三人いたから勝てたんだよー」

 

 ダンジョンの奥へと歩き出したメディックが隣を歩くリキュールとキューブ、ブレイン・バーストにおける後輩達を褒めると、それぞれが謙遜を見せる。

 

「何言ってるのよ、もー。心意技だって、しっかりと実戦で使えていたじゃない。二人共、自分のデュエルアバターの特色を活かした良い技だったわ。もっと胸を張りなさいな」

 

 オーガーがアウトローに加入する少し前にレベル6になった二人に、メディック達は心意システムの存在を教えた。

 心意システムについて知る者は極々少数ながらも存在している為、その相手と対戦ないし、無制限中立フィールドで交戦した際に使われた時の自衛手段として授けたのだ。

 

「そー言えばさ、オーガーの心意技はどんなものなんだろうねー? 結局バタバタして聞けずじまいだったけどさ」

 

 そう言ってキューブが首を傾げる。

 本来はヘルメス・コードでの一件で心意システム暴露を受け、止む無くその翌週のアウトローの集会で、オーガーに心意システムについて教える予定になっていた。

 これは憶測の流布や情報の錯綜などで、オーガーが混乱してしまう可能性を防ぐ為でもあったのだが、それよりも前にオーガーは自力で心意技を発動し、暴走まで引き起こしてしまっていた。

 それを聞いた時はメディックを始めとした数人は、すぐにでも心意技を制御するようにさせるべきだと主張したが、オーガーの《親》であるボンズはそれに待ったをかけ、自分に任せてほしいと懇願をしてきた。

 その後、無事に心意技を修得したという、オーガーの変わらぬ雰囲気と振る舞いに、仲間達は大いに胸を撫で下ろしたのだった。

 

「そうねぇ、ボンズちゃんが付きっきりで指導したらしいし、それなりのものでしょうね。もしかすると、今回それを見る機会もあるかもしれないわ。それにしても……オーガーちゃんもそうだけど、他の皆は無事なのかしら……?」

 

 おそらくは自分達と同様に、エピュラシオンのバーストリンカーと接触しているであろう仲間達のことを心配しつつ、メディックは胸の内で静かに無事を祈った。

 

 

 

 時はゴウがコロッサルの相手を大悟に任せ、奥へと進んだ頃。

 長い階段を下った先にあったのは、天井まで届く巨大な両扉だった。ゴウがここまでこのアトランティスを進んできた中で、一番大きな扉だ。

 見た目に違わない威圧感が発せられているその扉に、ゴウはためらわずに手を当てる。すると、扉は完全には開き切らないものの、どんな巨漢のアバターでも入れるであろう幅まで、音もなく開いた。

 扉をくぐったその先は、広大かつ豪奢な大広間だった。

 高い天井に吊り下げられた大小様々のシャンデリアを始め、壁面はきらびやかな柱や芸術的な装飾が施されていて、複雑怪奇な模様の刺繍がされたタペストリーが等間隔に並んでいる。大理石の床は鏡のように磨き抜かれ、極め付けには部屋の入口から奥までの一直線にレッドカーペットが敷かれていた。

 何から何まで豪華絢爛な空間に息を呑むゴウだったが、一つだけ不釣合いな物があることにすぐに気付いた。それはレッドカーペットの先、数段の段差を挟んで据え付けられている古ぼけた玉座だ。全体は長い年月をそのまま放置され続けた末に、くすんだ青銅を思わせる。

 そんな高い背もたれの玉座に腰かけているのは、金属質の光沢を帯びた青灰色をした、一体のデュエルアバター。真正面の扉が開かれているというのに、うなだれたまま微動だにしないその者に向かって、ゴウは歩みを進めていく。

 ゴウが玉座の前の段差で足を止めると、玉座に座るデュエルアバターがようやく顔を上げた。縁をいくつものリングによって顔面に固定している、何の装飾も模様も施されていない無貌の仮面。だが、その仮面の下からは確かな視線が感じ取れる。

 

「…………貴様か」

 

 ゴウを見るや、前と変わらない青年とも壮年男性ともつかない軋んだ声で迎える、エピュラシオンの首魁であるプランバム・ウェイトに、ゴウは怯まずに問い詰めた。

 

「プランバム・ウェイト……。ここで何をしているんだ? このダンジョンの《秘宝》は一体──」

「それならば、既に手に入れた」

 

 ──やっぱり……! 

 ゴウは内心で大きく動揺しても、それをおくびにも態度には出さなかった。プランバムが玉座に座っているのを見た時点で、そのくらいの推測は立つ。だが、想定されていた一つのケースとはいえ、こうなってしまえば事態は今日一日での解決は望めないだろう。

 

「……だったら、仲間をダンジョンのあちこちに散らばらせて、自分はふんぞり返っている理由は何だ。目的を達成したなら、ここにはもう用はないだろう?」

「…………今の私は意識を強く集中することで、このアトランティス内にいる全てのバーストリンカーの存在を、おぼろげながらに感じ取ることができる。方々へ配置した同胞達が、貴様らアウトローと同じ空間に今もいることもだ」

「……?」

 

 ゴウの話を取り合う気がないのか、プランバムは脈絡なく話を始める。

 アウトローの仲間達が先程までの自分と同様に、エピュラシオンのメンバーと交戦状態になっているというのは、コロッサルとの会話で分かっていた。しかし、プランバムがその様子をこの場で感じ取っているというのは、にわかには信じ難い話だ。そんなずば抜けた範囲の感知能力を持つバーストリンカーの存在を、ゴウは聞いたことがない。

 

「もっとも、これはあくまで《秘宝》の副産物に過ぎない上に精度も然程(さほど)高くはない。先程までコロッサルと交戦し、それからここに辿り着いた者が誰かであるかも、知ったのは直接貴様を目にした今のことだ。……貴様の代わりにコロッサルと交戦しているのは何者だ?」

「……アイオライト・ボンズ」

「ふむ……そういうことか」

 

 ゴウの答えにプランバムは自らの顎下に手を当てると、得心したように呟いた。

 

「それで貴様がここに来たという訳か。コロッサルであればそう判断するだろう。ならば、私も応えなければなるまい。我が大願の成就にも未だ、時が必要だ」

 

 時……つまり、まだここにいなければならない理由があるということだろうか。

 ゴウを前にして尚も座り続けていたプランバムが、ここでようやく玉座から立ち上がった。流体金属で形作られた服の袖が、動きに合わせてひらひらと揺れる。

 そんなゆったりとした動きをするプランバムは以前と同様に、プレッシャーを発し始めていた。

 

「お前は……。お前達は一体何を企んでいるんだ」

 

 否定と冷たさの混じる威圧感を受けても、一歩も引かずにゴウはプランバムを問い詰める。ここまで来ても、未だにエピュラシオンの具体的な目的が一向に分からないからだ。

 加速世界の歪み、有り様を正すとプランバムとコロッサルも口を揃えて話すが、そもそもそんなことが一つのレギオンだけで可能なのだろうか。

 かつて東京の四大ダンジョンには、《七の神器(セブン・アークス)》と呼ばれる強力な強化外装がダンジョンごとに一つ安置されていて、現在はその内の三つを七王の一部が所持していると聞く(残りの一つの在り処は不明らしい)。神器の力が所持者を王たらしめているのか、王と呼ばれる者だからこそ、神器を手に入れることができたのかまではゴウには分からないが。

 加えて晶音からは、アトランティスについて記されたアイテムを仲間と読み解く中で、アトランティスの《秘宝》を手に入れた者は絶大な力を手に入れるらしいと説明を受けたが、正直に言ってしまうとたかだか一つのアイテムによって、そんな大それた力が手に入るとはゴウには到底思えなかった。

 仮に神器級の強化外装やアイテムだったとしても、加速世界そのものをどうこうできる力があるとは考えられないのだ。もしもそんなものがあるとしたら、一人のバーストリンカーが得られる力の領分を越えている。

 

「改めて聞く。僕らがこのダンジョンに来ることを想定して、仲間達に門番をさせて、目当ての物を手に入れて、エピュラシオンはその先に何をしようとしている?」

「…………」

 

 立ち上がった場所から一歩も動かず沈黙するプランバムに、ゴウは畳みかけるように問い詰め続けた。

 

「コロッサルから少しだけ聞いた。加速世界で不当な扱いを受けている人の為に活動していると。でも、それがどうしてこのダンジョン攻略に繋がるんだ。アイテム一つで何が──」

「知りたければ」

 

 問い詰めるゴウを、何の感情も窺わせない声でプランバムは遮った。

 

「知りたければ、私に貴様の実力を見せてみろ、ダイヤモンド・オーガー。知っているだろう。このブレイン・バーストにおいて、力無き者に成し得ることなど何一つありはしないと」

 

 そう断言すると、プランバムはゴウに向けて右腕を伸ばし──。

 アトランティスにおける、新たな戦いが始まった。

 

 

 

 水没した地面から突き出ている岩が点在している場所で、コングは苦戦を強いられていた。その理由の一つは、目下交戦中の敵にとって、ここが有利な場所であることだ。

 ここは地面が平坦ではなく、あちこちが緩やかに隆起と陥没をした構造になっているので、場所によって浅くは膝下、深くは胸に届くまで水深が変化する。この《水域》ステージをより厄介にしたようなフィールドでは、ほとんどのデュエルアバターは万全の動きができないだろうが、コングの相手には関係なかった。

 

「──シャアアッ!」

 

 水面が揺らめいた数秒後にコングの左後方から、ワニの頭をしたデュエルアバター、インディゴ・クロコダイルが大口を開けたまま、水中から襲いかかる。

 

「うおっとぉ!」

 

 おそらくこの場所で水深が一番低いであろう、膝下まで水が浸かった場所で奇襲に備えていたコングは、どうにかこちらを狙う牙から逃れた。

 クロコダイルはガチンと空を咬むと水飛沫を立てて入水し、再び姿を消す。戦況はこの繰り返しが続いていた。

 最初は突き出た岩に登って、水中から襲撃を逃れようとしたコングだったが、迎撃の足場としてはかなり不安定な上に、クロコダイルの攻撃は岩を砕くのに十分な威力を持っているので、かえって隙ができて危険になるだけだった。

 しかも、潜水したクロコダイルの藍色のボディカラーは水の色に溶け込んでしまい、移動することで発生する水面の動きによって居場所を判断するしかない。完全に地の利は向こうにある状態だ。

 レベル差はコングがクロコダイルより一つ上だが、加速世界における対戦フィールドというのは、時としてその差を容易く埋めてしまうものだ。

 低温下の《氷雪》ステージは火属性の攻撃を薄めてしまうし、《暴風雨》や《霧雨》ステージはその視界の悪さから、レーザー系統の技に若干のマイナス補正がかかる。

 逆に金属に囲まれた《鉄鋼》ステージでは電撃や磁力を利用した技は強化され、《草原》ステージで使用する火を用いた技は、延焼することで本来以上の効果を発揮する(自分が巻き込まれる可能性もあるが)。

 補助効果や妨害効果のギミックを含めた、自らにとって利となるフィールド、不利になるフィールドを把握することは、バーストリンカーが勝利するのに欠かせないものなのだ。

 そういった意味で、クロコダイルがこの場所で敵を待ち受けていたのは、非常に理に適っていると言えよう。

 ただ分からないことに、クロコダイルは未だに人型のままで一向に動物形態になろうとしなかった。動物系のデュエルアバターは一定のレベルにまでなれば、大抵が《シェイプ・チェンジ》を取得する。レベル7まで上り詰めたクロコダイルが取得していないというのも考えにくい話だ。

 必殺技ゲージを温存する理由があるのか、他に作戦があるのか、いずれにせよ『今のまま』では窮地を脱することができないコングが頭を悩ませていると──。

 ザバァ、と水を滴らせながら、何故かクロコダイルが立ち上がった。水に腰元まで浸かっているクロコダイルを見てコングは首を傾げる。

 

「どうした、休憩か?」

「…………」

 

 クロコダイルは対面しているコングを睨んだまま何も言わず、長い口吻をした顔は心なしか不機嫌そうにも見える。

 

「おーい、聞いてんのかー? ……ワニさんやーい」

「………………のか」

「あん?」

 

 ぼそりと唸るような声がかすかに聞こえた。

 何を言っているのかは分からずにコングが聞き返すと、それが引き金になった。

 

「てめえは……俺を……舐めてんのかああああ!!」

 

 いきなりクロコダイルが激昂し、尾を持ち上げてから水面に勢い良く叩き付け、水柱を立たせた。

 

「うおー……おいおい、何キレてんだよ」

「うるせえ! これがキレずにいられっか!! 威勢の良いこと言っといて逃げの一手じゃねえか、ああ!?」

 

 八つ当たり気味に尻尾で水面をバンバンと叩くクロコダイルに、少し圧倒されてしまうコングは落ち着かせようと声をかけるが、どうにも火に油を注いでいるようだった。

 

「そうは言うけどよ、ここはお前のホームグラウンドだろ? こっちだって大変なんだぞ。有利な場所陣取っておいて、そりゃないだろ」

「この場所に来たのは指示されたからだ、俺の意思じゃねえ。それに俺が気に入らねえのは別にあんだよ」

 

 そう言うと、水面を叩くのを止めたクロコダイルが、短くも尖った爪の生えた指をコングに突きつけた。

 

「俺には分かるぞ。てめえが手ぇ抜いてやがることがなぁ」

「……別にそんなつもりはねえよ。ただ、ここが俺にとってのゴールじゃないってだけのことさ」

 

 クロコダイルの指摘にコングははぐらかすように頭を掻いた。どうやらこの男は粗暴な性格に見えて、きちんと観察眼も備えているらしい。

 そう、何もコングはクロコダイルを侮ってなどいないし、手を抜いてもいない。気を抜けば、大ダメージを食らうことは充分に理解しているし、苦戦しているのは本当のことだ。

 ただ、この先も戦闘があることは目に見えている。仲間の状況が分からない以上、ここで全力を出し切ってしまうわけにもいかなかった。

 だが、それこそがクロコダイルにとって逆鱗に触れたようだ。

 

「そこだよ。てめえはダメージを極力受けないようにして、俺に勝とうとしてやがる。温存してんじゃねえよ。今この瞬間、先のことも互いの立場も関係ねえ。俺とてめえ、真剣勝負をする為にここにいるんだろうが」

「…………!」

 

 その主張には、激情の中にどこか悲痛さが込められていた。まるで自分がいないように、避けられているように扱われることを、何よりも恐れている子供のような──。

 コングとしてはそれに応える義務など本来ありはしないのだが、クロコダイルの戦いにかける真摯さに対し、打算的な行動をしていたことを少しだけ恥じた。

 ──……皆、悪いな。もし勝っても、その後に役に立てないかもしれねえ……。でも、ここまで対戦に真剣な奴相手に死ぬ気でやらないなんてよ、間違いだと思うんだ。

 コングはここにはいない仲間達へ胸の内で謝罪をすると、両頬をぴしゃりと叩いて自分に活を入れる。そして改めてクロコダイルへと向き直った。

 

「俺としたことがゴチャゴチャと考えすぎてたな……。ろくにリスクも背負わないで勝とうなんてのは、虫の良い話だった。──よっしゃ、仕切り直しだ。ここからはマジでいくぜ、クロコダイル」

「……フン、良い目付きになったじゃねえか。今度は嘘じゃなさそうだ。さっきまでのことはチャラにしてやるよ、コング」

 

 コングの言葉を受けて機嫌が治ったらしく、クロコダイルはアイレンズをギラギラと輝かせていた。その随分と単純な性格にコングは苦笑する。

 そのまま向き合って動かない両者。しばしの間、その場を静寂が包む。

 そして、何を合図にすることもなく二人は同時に叫んだ。

 

「「──《シェイプ・チェンジ》!!」」

 


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