アクセル・ワールド・アナザー 無法者のヴォカリーズ 作:クリアウォーター
第五十一話 男二人、
それぞれが異なる色の光に包まれながら、コングとクロコダイルは人ならざる姿へと変化していく。
水に浸かるコングの両脚が少しだけ短く、されどより太く。がっちりとしたブーツ状の足の爪先が五本指に分かれ、接地面積が更に広がる。両肩が盛り上がり、元々逞しかった二の腕が二回り以上大きくなる。胴体も腕と同様、全体的に肉厚になり、骨格が人間とはやや異なる類人猿のそれと化した。
対するクロコダイルはそれ以上の変貌を遂げていた。
水中に体を半分近く沈め、頭部がより大きくなると同時に、首は頭と肩との境界が曖昧になるほどに肥大化していく。胴体と尻尾がより太く、長く伸びて、鱗状の装甲が隆起したその風貌は、知らぬ者から見ればエネミーと見間違えるかもしれない。
──トプン。
先に仕掛けたのはクロコダイルだった。ほとんど音を立てずに潜水すると、水面を波立たせてコングへと直進する。
襲撃のタイミングを寸前まで確定させない行動であることは承知の上であるコングは、全感覚を研ぎ澄ませてこれに備えた。
水面から大顎が飛び出すコンマ数秒前に、先読みしたコングは水の抵抗を受けながらも、クロコダイルの左側面へと素早く回り込む。
「──フゥンッ!」
コングは振り上げた両腕を、クロコダイルの無防備な首元へと思いきり叩き込んだ。だが──。
「グル……!」
並みのデュエルアバターの装甲なら、容易く陥没させるコングの豪腕による一撃を受けたのにもかかわらず、小さく唸るクロコダイルの装甲には、わずかな凹みができただけだった。
──硬ってえ……!
むしろコングの方が打ち付けた両手に若干の痺れを覚える中、Uターンをしたクロコダイルが再度迫る。とっさに体を捻らせたコングだったが、今度は回避し切れなかった。
「グアッ……!」
体に牙が突き立ったことを感じた瞬間に、コングに激痛が走る。クロコダイルがそのまま通り過ぎてから傷の具合を確認すると、左側の横腹の一部が無残に抉り取られていた。
「この状態の初撃を躱されたのは久々だったぜ」
「そりゃどうも……──!?」
体の半身を水面に覗かせたクロコダイルからの賞賛に、軽口で返そうとしたコングだったが、目を見開いた。自分が一撃を与えたクロコダイルの首元の傷が、ゆっくりと修復していくのだ。その様を見たコングは、すぐにその答えに辿り着いた。
「
「察しが良いな。そうとも、敵の体を噛み千切り、喰らうことで体力を回復するアビリティ、《
ブレイン・バーストにおいて、体力回復という行為は非常に希少なもので、故にそのアドバンテージは対戦相手にとって大きな脅威となる。何せ向こうは傷付いても回復できるのだから、痛み分けになっても最終的なダメージの比率は、基本的にはこちらの方が高くなるのだ(互いに与えるダメージの差もあるが)。
頑丈な装甲と相まって、かなり厄介な相手にコングは歯噛みする。
──噛み付き以外の攻撃なら回復しないのは幸いなんだが、長期戦はヤバいな……。
「まさか、エネミーでもない奴に食われるなんて思いもしなかったぜ」
「そら、休んでる暇なんかねえぞ!」
戦略を立てる間を与えまいと、クロコダイルが再び突進してくる。愚直に噛み付きを行うことこそが、自分にとってベストな戦法だと分かっているようだ。
だが、コングとて幾度も死線や窮地を超えてきたハイランカー、やられっ放しになる気など毛頭ない。
回避後に急いで近くにあった岩に登り、コングはすぐに水中へと飛び込んだ。クロコダイルを視界に捉えると、飛び込みの勢いも利用して、力強く水を掻く。そのままクロコダイルの下へと潜り込むと、そのままクロコダイルを真下から一気に持ち上げた。
ゴリラ形態になったことで大きくなった手で、がっちりとクロコダイルを掴んでいるコングはそのまま岩に叩き付けようと試みるが、これが結果的には悪手だった。
「《スケイル・ツイスター》!」
やや短くなった手足をぴったりと体に付け、口吻から尾の先端までがピンと直線になったクロコダイルが、瞬時に高速回転を始めたのだ。その勢いにコングは掴んでいた手をあっさりと引き剥がされる。
それだけに留まらず、藍色の竜巻と化したクロコダイルは、その鱗状の装甲でコングに接触した部分を容赦なく削り取り、縦向きになりながら水を巻き込み、膨れ上がっていく。
装甲と体力が削られたコングは水と共に巻き込まれ、最後にはあらぬ方向へと放り出された。
「くあ~……今のは効いた──あ?」
水面に叩き付けられて呻くコングは、クロコダイルの姿が見当たらないことに気付いた。先の必殺技で見渡す限り水面はひどく波立ち、視覚での居場所の判別は不可能だと判断した次の瞬間。
「──シャアアアアアアアア!!」
コングが背後を振り返ると、大口を開けて水中から飛び出したクロコダイルが避ける間もなく右肩にがっちりと噛み付き、その勢いのまま水中へと押し倒された。
コングは自身が動物型のアバターであることもあって、己のアバターのモデルであるゴリラを始めとした、動物の生態についてある程度の関心と知識を持っている。その中にはワニも含まれ、この体勢が非常にまずいことも十分に理解していた。
強力な咬合力を備えた大きな頭部を持つワニはその体の形態上、捕らえた獲物を前肢で押さえることができない。その為、一口で収まらない獲物は自らが回転することで、その体をバラバラに引き千切るのだ。この習性はワニのツイスト、あるいは
クロコダイルがそれを実行するであろうことを、瞬時に悟ったコングの取った行動は、耐えるのでも顎をこじ開けるのでもなく、反撃だった。
「《ドラミング・ビート》!」
水の抵抗も、食らい付いたクロコダイルも関係なく、コングが胸を両手で叩き始めると、ポコポコポコポコ! と軽快な太鼓のリズムが水中に鳴り響いた。
同時にコングを中心に、全方位に発生した音の衝撃波がクロコダイルを襲う。
「ゴッ、ゴゴッ、ゴゴゴゴゴゴゴアアッ!?」
堪えていたクロコダイルだったが、衝撃波の発生源であるコングに直接触れていることで全身を振動にめった打ちにされ、ついに牙を離して周囲の水より少し遅れて吹き飛ばされていく。
その後も、周りの全てを弾く衝撃波を発する陽気な音をしばらく奏でていたコングは、ようやく手を止めて起き上がった。元の場所に戻ろうとする水が体にぶつかる中、確認した右肩の装甲には痛ましいヒビが走っている。もう数秒遅かったら、あの万力のような顎に装甲を噛み砕かれ、右腕ごと
「へへ……。ざまあ見やがれ、ワニ公」
「──やるじゃねえか」
コングの声に反応して、ぷかりとクロコダイルが水面から顔を出す。
「普通の奴は俺に噛み付かれたら、必死に引き剥がそうとするんだがな」
「そしたら肩ごと持ってかれるだろ? あれだけ深く噛まれたら、こっちからじゃ外せねえよ」
「正解だ。だが、まだまだ俺が有利だぜ。衝撃に吹っ飛ばされはしたが、ダメージは大したことねえ」
「だろうな」
「あ?」
コングは強気な姿勢のクロコダイルに向けて頷いてみせると、クロコダイルが不可解そうな声を出す。
「俺はもうノッてるからな、覚悟しやがれよ。今度はこっちの番だ」
そう言うとコングは思いきり息を吸い、胸を張る。数秒の溜めの後、顎が外れんばかりに大きく口を開けると、この場所全体を揺るがす大音量の咆哮を轟かせた。
「──ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
誰よりも近い場所で《
「おぉ……! おお!! 何だよ、オイ……
負けじと空気を切り裂く叫びを発するクロコダイル。
吼える二匹の獣の内の片方、先に動いたクロコダイルがジェットスキーさながらの速度でコングに襲いかかった。
幾度目かの大顎が迫る中、コングは肩の痛みを無視して両腕を高く持ち上げると、自分の鳩尾まで届いている水に向けて、渾身の力で叩き付ける。すると、半径数メートルの範囲の水面が大きくたわんだ後、水飛沫に変じて全方位に弾け飛んだ。明らかに、先程クロコダイルに打ち込んだ一撃よりも威力が増しているその理由は、先の《ドラミング・ビート》によるものである。
至近距離に存在する、全てのものを吹き飛ばすほどの音の衝撃は、あくまで副次効果に過ぎない。本来の効果は自身に向けての支援効果、身体ステータスの一時的な強化である。
水による移動の阻害も解消したコングは、拳を地に着けたナックルウォークで走り出した。水飛沫のカーテンを突き破るクロコダイルの元まで、その見た目からは想像もできない速度で一気に到達すると、拳を地面から離して立ち上がり、下から掬い上げるようなアッパーカットを放つ。
「ムン!」
「なっ──ゴオッ!?」
今まで突き進んでいた水が途切れていること、コングが自分の目の前にいることにようやく気付いたクロコダイルは、下から襲来する拳が下顎にクリーンヒットし、地面と平行状態だった体を大きく仰け反らせた。
仰け反ったことで露わになった無防備なクロコダイルの腹部に向けて、コングは腕力だけでない、腰の捻りも用いたラッシュを何発も打ち込んでいく。当然ながらクロコダイルの腹部にも装甲はあるものの、異常に硬い体の上半分に比べれば幾分か薄い。
「ゴボボ──ゴォ……オォアッ!!」
藍色の装甲を散らばらせながら、苦悶の呻き声を上げていたクロコダイルが、弾かれていた水が戻り始める中で体勢を立て直すと、長い尻尾を鞭のようにしならせ、お返しとばかりにコングの頬を張った。
鞭どころか、丸太がぶつかったのではないかと錯覚するほどの衝撃に、首が折れそうになるのを歯を食いしばらせて耐えたコングはクロコダイルの尻尾を掴み、力任せにぶん投げた。ここで《ドラミング・ビート》の効力が消えたが、そのまま休むことなく投げた方向へと泳いでいくと、すぐに水深が下がっていく。
そこは先程までコングが陣取っていた、この場所で一番水深の浅い所だ。変身によって足が少し短くなった分、水は膝上よりやや高めの位置にまで届いているが、この程度の深さなら存分に動くことができる。
「《マッドネス・ダンス》!!」
コングは先とは異なる必殺技を口にするとクロコダイルに迫り、水面を撫でるように振るわれる尾の一撃を跳躍で避けると、前蹴りをクロコダイルの背中に当てる。
「シャッ!」
そんな蹴りなど効かないとばかりに身を翻したクロコダイルの牙を避け、コングは更に両腕でエルボードロップをクロコダイルの背中に落とす。
──まだまだ、もっと……。
それからしばらく、回避しながら攻撃を当てるコングに、クロコダイルが苛立たしげに反撃するという構図が続いた。だが、コングの攻撃はほとんど効いていない。頭部から背中にかけての、クロコダイルの装甲が特に頑丈な部分にしか攻撃していないからだ。
その癖、その場から逃さないようにどこか大げさに動き続け、必殺技を口にしたのに何も起きない状況を、クロコダイルはどう対応するか図りかねているようだった。そして、戦況は再び動き出す。
──そろそろいくぜ。
必殺技を叫んでから数十秒後。コングが踵落としをクロコダイルの背中に入れると、踵が当たった箇所が大きく凹んだ。
「ゴオッ!?」
それまでものともしなかった箇所へ、看過できないダメージを与えられたことに驚愕するクロコダイルは、すでに素早く攻撃範囲から下がったコングを睨み付けた。
「てめえ何を──」
「へへ、種も仕掛けもありまくりってな!」
《マッドネス・ダンス》の効果、それは発動することで必殺技ゲージが徐々に減少し、絶え間なく動きながら攻撃を当てていくことで、繰り出す攻撃の威力が増していくというもの。
欠点としては、発動中は他の必殺技との併用ができないこと、攻撃力は体力ゲージを持つ存在、つまりはデュエルアバターやエネミーに当てなければ上昇しないこと、ある程度の動きがある動作をし続けなければ、効果が消えてしまうことが挙げられる。それ故にコングは発動後、常に踊るように動いているのだ。
クロコダイルの装甲が強固な部分、逆の見方ではダメージに鈍いとも取れる部分を敢えて攻撃し、加えて攻撃威力の上昇を勘付かれないよう、これもまた敢えて加減をしてコングは攻撃を続けていた。そして何度目かの攻撃で再び全力を出し始めたことで、クロコダイルにはいきなり攻撃の威力が跳ね上がったように感じられたのである。
そのまま一気に攻勢に転じるコングの攻撃は、ヒットするごとに威力を増して、クロコダイルの体にダメージを与えていく。
突き、蹴り、肘打ち、膝蹴り、体当たり、頭突き。あらゆる攻撃を繰り出す大猿の戦舞に、水辺において食物連鎖の頂点に位置する鰐が圧倒されていくという、自然界ではまず有り得ない光景が広がっていた。
水の深い場所に移動さえもさせないコングの連撃を受けるクロコダイルが、怒りにアイレンズを大きく見開き、牙を剥いた。
「《スケイル──ぐぶぉ!」
必殺技の発動を許さずに、コングはクロコダイルの腹を蹴り上げる。
その威力に息を詰まらせたクロコダイルは必殺技の口上が止まり、くの字に折り曲がりながら宙高く舞った。
それでも尚、獰猛な捕食者の眼は死んでいなかった。重力によって落下が始まる前に、大きく口を開けて吼える。
「《ハングリー・クラッシュ》!!」
クロコダイルの大きく開かれた上顎と下顎、その延長線上に半透明の藍色をした光が広がり、巨大な
クロコダイルのアイレンズに今日一番の動揺が浮かんだ。自分を蹴り上げ、真下にいたはずのコングがいないのだ。クロコダイルが何故だと戸惑う前に、すぐに答えの方からやってきた。
「──ァァァァアアアアアアアアアア!!」
地上から離れているクロコダイルより更に上、落下するコングが声を張り上げながら、クロコダイルへぶつかった。この拍子にクロコダイルの必殺技はキャンセルされる。
コングはクロコダイルを蹴り上げた時、すぐに近くにあった岩の一つによじ登ると、一息に跳躍したのだ。その理由はクロコダイルの必殺技を回避ではなく、とどめの一撃を決める為。
コングは落下によりクロコダイルの体を水平の状態にすると、硬い鱗が並ぶ長い背中に両膝を乗せ、左手で尾の中程を、右手で口吻をがっちりと掴んだ。
「グウウウウウウ……!!」
「お前のアゴの力は半端じゃないけどな、俺の握力だって中々のもんだろ!」
コングは自慢げに叫ぶと、更に両腕を曲げて力を込める。
これにより、掴まれているクロコダイルの体がエビ反り状態になっていく。口を閉じられ、唸り声しか出せないクロコダイルに必殺技は出せず、人型に戻ったところで、完璧にホールドされているこの状態ではどうすることもできない。
「これぞ名付けて……えーと……そうだ! コング・バスタ────ッ!!」
即興で技を名付けたコングは、尚も手足をばたつかせて抵抗するクロコダイルを下敷きにして地面へと着地した。あまりの落下の勢いに水はほとんどクッションにならず、飛沫と水柱に変じる。
衝撃がクロコダイルの腹を打ち、その背骨を砕いたのをコングは感触で確信した。口吻を掴んでいた右手を離した瞬間──。
「ぐっ!?」
クロコダイルが、それまで掴まれていたコングの右手に向かって首を捻った。
とっさに背中から降りて避けようとしたコングだったが、完全には避け切れずにバチンと音を立ててクロコダイルの口が閉じられ、右の掌の半分が食い千切られる。
自分の一部を飲み込まれたコングは、クロコダイルが《
すでに限界だったのだろう、装甲は追撃を加えられたことで簡単に砕け散り、衝撃が素体部分まで到達すると、クロコダイルは爆散した。
その寸前、コングは確かに見た。クロコダイルかすかに口を開いたのを。確証はないのだが、コングには何故だかその横顔が、どこか満足げに微笑んでいた気がした。
「……大した執念だよ」
人型に戻り、半分呆れ気味の賞賛の言葉を藍色の死亡マーカーに向けて送ったコングは、自分の状態を確認していく。一部が食い千切られた左の横腹と右手、砕かれかけた右肩の装甲に、体の至る所が荒いやすりがけをされたように削られている。左手を見やると、どうやらクロコダイルの尾を掴んでいだ時に尖った部分が食い込んだらしく、掌にはラインを描いた傷が付いていた。今更ながらに痛みを感じ、それだけ無我夢中だったことに苦笑する。
「とにもかくにも……相手のホームグラウンドで倒せたわけだし、生きてるだけでも良しとするか。──ちょっと休憩っと」
コングは後ろに倒れ込み、仰向けの大の字になって「は~……」と息を吐くと、ぷかぷかと水に浮きながら束の間の休息を取り始めた。