アクセル・ワールド・アナザー 無法者のヴォカリーズ   作:クリアウォーター

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第五十二話

 第五十二話 エピュラシオンの目的

 

 

 アトランティス最深部である、きらびやかな調度品で構成された玉座の間。

 その所々が、ゴウとプランバムの戦闘に巻き込まれ、現実であれば相当な値打ちが付きそうな品々が破壊されていくが、ゴウにはそんなことに気を配っている余裕は欠片もない。

 ──また来る! 

 古ぼけた玉座から立ち上がり、それから未だに一歩たりとも移動していないプランバムが、再度ライフルの照準を合わせるように右腕を突き出したのを見たゴウは、その場で立ち止まって目を凝らす。それから間を空けずにプランバムの袖口から、鉛色の鎖分銅が発射された。

 この鎖分銅をプランバムは発射時のみに限り、その軌道をコントロールできるらしく、こちらを追尾しながら単純な投擲では有り得ない複雑な軌道を描くので、動き回る方がかえって危険だった。すでに何度か食らってしまっているゴウは、被ダメージを最小限にするには寸前で避けるか、受け流すしかないと判断していた。

 蛇のようにうねりながらこちらを狙う鎖分銅が鳩尾にぶつかる寸前、ゴウは分銅に角度を付けた左腕を接触させると同時に腕を上げ、体は反対方向にしゃがみ込んだ。

 すると、軌道を逸らされた分銅が後方の大理石の床を削る音が耳に届く。

 実のところ、ゴウは鎖を用いる攻撃には割と覚えがあった。

 秋葉原のとあるビルに存在するローカルネット、アキハバラBG。このバーストリンカーの対戦の聖地と呼ばれる場所にゴウは時たま訪れては、普段ほとんど対戦する機会のない対戦相手達と戦っていた。

 その中で初めて訪れた際に対戦したデュエルアバター、グレープ・アンカーは鎖の付いた錨をメインウェポンに戦うバーストリンカーで、今でもゴウは度々対戦相手に当たることがあるのだ。

 そこそこ付き合いが長く、ライバルの一人と数えて差し支えない相手なのだが、『海賊として加速世界を生きる』ことを信条としている彼は、ダイヤモンド装甲を持つゴウを一方的に気に入り、どうもアンカーの中でゴウはライバルを通り越して『心の友』に認定されているらしい。

 ただ、そんなアンカー以上にプランバムの繰り出してくる攻撃は、レベル差を差し引いたとしても、その一撃一撃が精密かつ強力だった。

 

「くっ……!?」

 

 休む間もなく、プランバムの左腕の袖口から放たれた二本目の鎖分銅がゴウへと迫っている。一本目を受け流した不自然な体勢の状態で、回避は望めない。

 ──迎撃するしか……! 

 ほとんど反射的に判断を下したゴウは左腕を引くと、こちらに迫る鎖分銅の先端、握り拳大の分銅に意識を集中させた。狙いは一本目と同じ鳩尾か、それとも頭か、はたまた別のどこかか。

 集中は更に高まり、分銅を焦点に周りの景色がぼやけ、時間の感覚が緩慢に感じられていく。やがて、小さな螺旋を描いていた鎖分銅の軌道が直線的に変化し、その先に向けてゴウは拳を伸ばした。

 

「はあっ!」

 

 拳が分銅の真芯を捉えて勢いよく吹き飛ばすと、そのまま分銅はタペストリーの垂れ下がった壁面へとめり込んだ。

 

「──ぶはっ……!」

 

 時間の感覚が通常のものに戻ると、ゴウは大きく息を吐いた。向こうにとっての通常の一撃に、自分は全神経を集中させてようやくカウンターが取れる。相対する相手との実力差はやはりというべきか相当なものだが、それはゴウも覚悟の上であるし、体力も気力もまだまだ残っている。

 そんな格上の相手、プランバムはゴウによって受け流された一つ目と、跳ね返された二つ目。左右それぞれの腕から伸びる鎖を見やってから、両腕を軽く動かした。すると、鎖が彼の袖口へと吸い込まれるように戻っていく。

 

「……不自然な体勢での迎撃、見事」

「えっ?」

「こうもすぐに対応されるとは思っていなかった。以前遭った時には心意に溺れた者の典型としか印象を持たなかったが、改める必要がありそうだ」

「それは……どうも」

 

 分銅を完全に収納したプランバムの口から出たのは、意外なことにゴウへの賞賛だった。

 あまりにも想定外だったので、立ち上がったゴウは返事がぎこちないものとなってしまう。コロッサルといい、前回遭遇した時のこちらに対する印象が最低だったからか、逆に評価が上がっていくだけなのかもしれない。

 

「仮に必殺技を用いたとしても、私の分銅はああも簡単に吹き飛ぶような代物ではない。それを可能とする膂力。加えて、摩擦への耐性が高いダイヤモンドの装甲で受け流す技術。己の長所をよく理解し、それに見合う鍛錬もしているようだ。賞賛に値する」

「い、いやそれほどでも……」

 

 あまりに褒められるので、少しこそばゆくなるゴウをよそに、プランバムがわずかにプレッシャーを和げて、再び玉座へと座った。

 

「……私の、エピュラシオンの目的について知りたがっていたな。良いだろう、確かに貴様は実力を示した」

「!!」

 

 偶発的に遭遇した謎のレギオン。大悟を始めとしたアウトローのベテラン達でさえその存在を知らなかった、彼らの目的がようやく分かる。

 そのことにゴウは心臓の鼓動が刻むペースが速くなるのを感じながら、たとえ不意打ちを出されても対応できる距離で立ち止まると、プランバムが口を開いた。

 

「始めに問おう、ダイヤモンド・オーガー。貴様は加速世界の現状をどう思う?」

「どう思うって……」

迂遠(うえん)過ぎたか。では質問を変える。現在、東京各地に蔓延しているISSキットについてどう思っている?」

 

 ISSキットと耳にして、ゴウはすぐさま体が熱くなる。今も尚、その使用者が増え続けているであろう、使用者に負の心意発動を可能にする感染型の強化外装。それを蔓延させる加速研究会なる存在は、ゴウにとって許せるものではなかった。

 先週に七王会議が開催され、現在は王達がキットの本体に関わる何かがあるとされる東京ミッドタウン・タワーと、そこを守護する大天使メタトロンの攻略に向けて動いているらしいが、その進展の程はゴウには分からない。

 

「……加速研究会とかいう集団がその元凶で、キットをばら撒いているって聞いた。目的は知らないけど、やっていることは許されないことだと思っている」

「その名を知っているのなら話は早い。では、そういった者達は報いを受けなければならないと思わないか?」

「報い?」

「現実で犯罪行為をすれば、それに見合ったペナルティが課せられる。加速世界であっても、悪事を働く者は相応の罰を受けるべきだと、私はそう考えている」

 

 仮面を着けているプランバムの表情を窺うことはできないが、これまで冷淡なだけだった声が、どこか熱を帯び始めていた。

 

「このブレイン・バーストをインストールすることができた我々バーストリンカーは、誰もが一定以上の深さをした心の傷(トラウマ)を持っている。そうでなければ、それを核にしたデュエルアバターが生み出されることはないからだ。だからこそ、現実で少なからず周囲から異物扱いされていた我々にとって、加速世界はかけがえのない拠り所なのだ。加速研究会はその拠り所を脅かす、紛れもない『悪』でしかない。だが──」

 

 プランバムは一度言葉を途切らせると、玉座の肘掛けに置いた右手にやや力を込めてから続けた。

 

「それは奴らに限った話ではない。加速研究会は表立って活動を始めたことで、周知されたに過ぎぬ。……キットが広まる速度から見ても、おそらくは以前から何かを目論んで暗躍をしていたのだろうがな。しかし、その他にも人知れず悪事を働く者は、黎明期から存在していた筈。リアルアタック、フィジカル・ノッカー、PK行為。言い方は違えど、今日(こんにち)に至るまでそういった行為をする輩が蔓延(はびこ)っていることが最たる例だ」

 

 ゴウも大悟にリアル情報の漏洩がもたらす危険については、耳にタコができるほどに注意されていた。

 加速のもたらす恩恵を維持したいが為にバーストポイントを狙う者の他にも、リアルマネーで対象のバーストリンカーの全損を依頼として請け負う集団までいるらしい。そういった者達は凶器を用いての恐喝や、車に閉じ込めるといった監禁まがいの犯罪行為に手を染めることさえ平然と行うというのであれば、過度の警戒も無理からぬことではある。

 

「更に言えば、そこまでいかずとも見えない悪意は常に潜んでいる。それは──集団による迫害」

 

 ──『貴様は知らぬかもしれぬが、この加速世界では周りから不当な扱いを受けている者も少なからず存在する──』

 

 先のコロッサルの言葉がゴウの脳裏に響く中、プランバムの声がより強く軋んだように聞こえた。

 

「……その者に非があるならまだいい。だが、優れたアバターの力量や容姿に対する一方的な妬み(そね)み、その逆に劣る者への蔑み。それらを理由に非のない者に数を(かさ)にして迫害しようとする。自分達とて異物扱いされる孤独感を知らぬ訳でもないだろうに、それを他人に対して行う醜悪さよ。これが悪意でなくて何だというのか」

「じゃあ、エピュラシオンはそういった人物に対して、その……制裁を加えることを目的にしているってことなのか? でもそういうのって王達が目を光らせているんじゃ……」

「王? 王だと?」

 

 プランバムの声が不快げに、より一層低くなる。

 

「貴様の属するアウトローは世田谷エリアを拠点にしているそうだな。聞くが王や王の率いるレギオンが過疎エリアで活動する貴様らに、一度でも何かをしてくれたことがあったか?」

「い、いや……」

「奴らが後生大事にしているものなど、自分の治める領土と自分を敬う部下ぐらいだ。相互不可侵条約とて、我が身の可愛さに掲げただけの題目に過ぎぬ。条約に加入していない黒の王とて大差は無い、いずれもレベル9同士のサドンデス・マッチを恐れてのことだ。むしろその所為で、過疎エリアで活動するバーストリンカーが煽りを受けている場所さえ存在している現実を、私は各地を巡って実際に目の当たりにしてきた」

 

 強固な意志が窺える口調で断言するプランバム。

 ゴウ自身は王達に含むところはないのだが、大悟も六人の王による条約をよく思っていないと度々口にしていたことを思い出す。

 

「私は長年、この加速世界の歪みを解消しようと活動を続けていた。力を蓄え、活動する中で遭遇したPK集団を始めとする害悪共を潰し、その中で少数ながら私の考えに賛同し、共に歩む者達もできた。だがISSキットが蔓延しているように、問題は未だ解決に至っていない」

 

 再び声に熱が入るプランバムが玉座から立ち上がった。

 

「ブレイン・バーストが対戦格闘ゲームの形態を取っている以上、負けが込んだ結果、加速世界を去ることになってしまうのは致し方ないことだ。──だからこそバーストリンカーは正しくあらねばならない。他人に陥れられて退場することなど、あってはならない。故に我らエピュラシオンが秩序となる。悪事を働く者はエピュラシオンに裁かれると知らしめるのだ。そして、このアトランティスと《秘宝》の存在を知った時、私は確信した。これで私の望みを現実にできると。たとえ七大レギオンが阻もうが、返り討ちにできる力を得られるとな」

 

 プランバムは大仰に右手を掲げてから握り締めると、ゴウに向かって一歩、足を進めた。

 

「加速世界に潜む悪の一掃と秩序の維持。これこそがエピュラシオンの目的。ダイヤモンド・オーガー、今一度聞く。貴様はこの加速世界の現状をどう思っている? 私の考えは間違っているか?」

 

 問いかけるプランバムに対し、ゴウは即答することができなかった。

 プランバムが語り聞かせた加速世界の負の面が嘘偽りではないことは、一年以上バーストリンカーとして過ごしてきたことで、ある程度は理解しているつもりだ。また、彼がある種の信念を持ってこの場にいることも感じ取れた。

 だが、どうしてだろうか。

 

「……僕は、あんたが間違っているとは思わない」

 

 ゴウには何故だか──。

 

「──でも、正しいとも思えない」

 

 プランバムの考えを受け入れることができなかった。

 否定の言葉を受けて沈黙するプランバムから、先程と同等かそれ以上に重苦しい威圧感が放たれ始めるが、ゴウは臆さず、まだ明確になっていない自身の気持ちを言葉に変換していく。

 

「きっと、その考えは間違っていないだろうし、賛同する人もいると思う。でも何でかな、僕は嫌だ。そう……嫌なんだ」

 

 理屈も何もない、たどたどしく稚拙な言い分だと自覚したままゴウは続ける。

 

「仮に七大レギオンを退けられるような力があったとしても、それは新しい(いさか)いの種にしかならないだろうし……その秩序ある世界っていうのは、何だか窮屈そうで、楽しくない気がする」

 

 結局はそこに帰結する。この加速世界においてゴウは、誰かに縛られたくはないのだ。

 それは『加速世界を楽しむ』ことを重んじるアウトローの一員として活動していく中で、知らずに芽生えていた考えだった。

 

「それにきっと、自分の身に降りかかる困難は自分で乗り越えていかないと、意味はないんだと思う。誰かに背中を押されることはあっても、任せきりにしていたら何の為にもならない」

「……それが貴様の意思だと、自分の周りの者達の考えに流されているのではないと、断言できるのか?」

 

 そう訊ねるプランバムの言葉を受け、ゴウはこれまでの記憶を振り返る。

 予期せぬ如月大悟との出会い。漠然と変わりたいと願い、受け取ったブレイン・バーストプログラム。訳が分からないまま開始したムーン・フォックスとのデビュー戦と、レクチャーを受けて望んだ再戦。

 伸び悩む中、大悟に連れていかれた対戦の聖地。無制限中立フィールドで人知れず活動していた、アウトローメンバーとのエネミー狩り。最凶の存在《災禍の鎧》クロム・ディザスターとの戦闘。

 心意システムと呼ばれる未知なる力。ISSキットに冒されたシトロン・フロッグ、エピュラシオンとの遭遇、引き起こされた心意の暴走。大悟から叱咤を受け望んだ、心意修得の修行と打ち明けられた過去。

 かつてアウトローに所属していたクリスタル・ジャッジから告げられた幻のダンジョン、アトランティス。

 その他にも数々の思い出が甦る中で、ふと気付いたことがある。

 思えば、ブレイン・バーストのコピーインストールも、アウトローへの加入も、心意の修行も、重要なことを最後に決めたのは自分だった。

 大悟は大事な選択がある時に道こそ示していたが、一度だって強制はしなかったのだ。──選択の余地がなかったディザスターとの戦闘や、心意の修行でエネミーをけしかけられることもあったが、それはともかくとして。

 

「──できる。僕は一人のバーストリンカーとして、エピュラシオンの考えを受け入れることはできない。だから今ここでお前を倒す」

 

 そうきっぱりとゴウは言い放つと、絢爛な大広間に静寂が満ちた。一応は言いたいことを言ったゴウは、分かり合えない敵の反応を待つ。

 

「──若造が、一端の口を叩いたものだ。結局……貴様は愚か者だったということか」

 

 やがて苛立ちと哀れみ、失望。それらの感情をない交ぜにしたような暗い声が、突き刺すようにゴウに向けられた。

 それでも考えはもう曲がらない。

 

「どう思われようが関係ない。そう決めたから」

 

 そうしなければならないと、一度決めたことを意地でも実行する。

 一度は守ることができなかった矜持を今度こそ貫き通す為、ゴウはプランバムに、そして他ならない自分に対して告げるのだった。

 


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