アクセル・ワールド・アナザー 無法者のヴォカリーズ   作:クリアウォーター

55 / 74
第五十五話

 第五十五話 ジャッジメント・タイム

 

 

 スコーピオンの手にするカードに、何故だか言いようもない不安を感じ取った晶音は、そのボイスコマンドを耳にして驚愕する。

 カードが溶けるように宙に消えると、節足動物の脚が絡み付いたような意匠をしたスコーピオンの胸部装甲、その左胸に黒色の半球が浮かび上がった。直径五センチ程度の大きさだが、半透明な紫色の装甲に浮かんだその一点の黒は異様すぎる存在感を放っている。

 そう晶音が思ったのも束の間、球体の中央に一筋の線が走ると上下に分かれ、生物的質感の眼球が現れた。眼球は血を思わせる深い赤色の輝きを放っている。

 

「ISSキット……! どうして!?」

 

 事前に聞いていた名前を晶音が口にした直後。スコーピオンの足下から、粘ついた闇色のオーラが噴出した。

 闇のオーラは輝く砂浜に触れた途端に、砂粒を消し炭のような黒ずんだ色へと変えていく。

 ──宇美から聞いた話では、影のような過剰光(オーバーレイ)だと聞いていましたが……。これではもう、完全な闇ではないですか……! 

 情報以上の力の奔流を前に戦慄する晶音をよそに、スコーピオンは自身の周囲に渦巻いている、禍々しい闇のオーラをしげしげと眺めていた。すると、オーラは徐々に範囲を狭め、まるで染み込むようにスコーピオンへと吸い込まれていき、体の表面に薄く纏わり付く形態へと変化していく。

 

「ふむ……」

 

 何かを確認するかのように両手を見つめながら、握り締めては開いてを繰り返すこと数回。スコーピオンは右手を握ると、ちらりとこちらを見てから、笑うようにアイレンズを細めた。

 

「《ダーク・ブロウ》」

 

 一瞬で闇のオーラがスコーピオンの右手に凝集し、無造作に振り下ろされる。それだけで、砂浜に地雷でも埋まっていたのかと錯覚させるほどの爆発が起きた。

 

「っ……!? フォックス、ごめんなさい!」

 

 闇のオーラと砂が混ざり合い、舞い上がってできた柱に晶音は一瞬だけ目を奪われるも、すぐに我に返った。心意の毒に加え、目の前のオーラに圧倒されて声も出せずに倒れている宇美に石英をぶつけ、その場から無理やり離脱させる。

 

「《ダーク・ショット》」

 

 続いて、降り注ぐ砂のベールの向こうから声が届き、晶音はとっさに右方向へ跳躍した。それでも完全には回避できず、左腕の肘から先が漆黒のビームに巻き込まれる。

 氷を当てられたように感じられた後、ビームに呑まれた左腕部分の感覚はすでになく、断面を焼け付くような痛みが晶音を襲う。それでも、おそらく回避していなければ、脆弱な装甲の自分では即死していたであろうことを考えれば、安いものだ。

 痛みに歯を食いしばりながら、晶音はすぐに宇美の元に駆け寄り、闇の心意技の発生源に向けて杖を構える。

 

「ジャッジ、その腕……」

「心配ありません……。片腕あれば杖は振れますし、仮に両腕が無くても石英は発生させられます……」

「ク、ククク……素晴らしい……」

 

 ようやく前方の景色が晴れると、スコーピオンが笑い声を漏らしていた。その前方には《ダーク・ブロウ》によって作られた黒ずんだ大穴ができていて、砂浜に巨大なアリ地獄が発生したかのようだ。

 

「実に素晴らしい……ここまでの威力とは! 奴め、『何が侮らない方がいい』だ。これならば策を巡らせる必要もない。すぐにでもナンバーツーに……いえ、それどころか……トップに立つことさえ夢ではない!」

「……?」

 

 溢れ出る力に、普段冷静なスコーピオンも興奮しているのか、独り言の範疇を超えた声量の台詞に、晶音はどこか引っかかりを覚えた。

 大悟達から聞いた話では、プランバム率いるエピュラシオンは、加速世界にISSキットが広まっていることを知り、実態を探っていたところでアウトローと出会ったという。その際にプランバムはキットを蔑むような様子だったとも聞いている。そうなるとエピュラシオンの方針として、キットを入手しようとするとは考えにくい。

 つまり、スコーピオンは他のメンバーに無断でキットを手に入れたと考えられるのだが……。

 

「……貴方は、エピュラシオンのトップに立つ為に、下克上を考えているのですか?」

 

 晶音が訊ねると、ピタリと動きを止めたスコーピオンがこちらを向いた。

 

「んん? あぁ、まだ生きていましたね。あー……これから加速世界から消える貴女達には関係のない話ですよ」

 

 すでに晶音達に興味を失ったかのような露骨にぞんざいな口振りが、晶音には余計に気にかかる。それ以上の企てがあるのだろうか。

 ──彼には後ろ盾か何かが……? 

 

「貴方は一体……。まさか……加速研究会に……?」

「……さぁて、何のことやら。お喋りは終わりにしましょう。今度は試し撃ちではありませんよ」

 

 はぐらかすスコーピオンが、晶音によって中程まで切り落とされた尾状パーツを頭上に掲げると、切断部からオーラが噴き出され、自切したトカゲの尻尾が再生するかのように、鉤状の毒針を含めた尻尾を形作った。言葉通り、本当に勝負を決めようとしているらしい。

 こうなれば晶音ができることは受けて立つことだけだった。機動力では最初から勝ち目はないし、宇美を置いて逃げるなどという選択肢は最初からありはしない。

 晶音は一度深呼吸をすると、精神を集中させ、迎撃の心意技の発動を準備する。その体からは白色の過剰光(オーバーレイ)が放たれ始めていた。

 黒と白。二つのオーラが膨れ上がっていく。そして、スコーピオンの左胸に寄生する血走った眼球が、かっと見開くと同時に二つの声が響いた。

 

「《玻璃晶壁(クリスタル・プロテクション)》!!」

「《ダーク・ヴェノム・デスストーカー》!!」

 

 晶音と宇美を六角柱の水晶が包み込み、結界のような防御壁を展開する。

 対するスコーピオンの毒針の先端からは、毒々しい紫色の濁りが混ざった黒い大槍が発射され、一秒にも満たない速度で巨大な水晶に到達した。

 スコーピオンの攻撃心意技と晶音の防御心意技。互いの技同士が激しく衝突し、相手の心意技を上書きしようと削り合う。

 

「ぐっ……くうっ……!」

 

 砂浜に突き立てた杖を残った右手で固く握り締め、晶音は全力で精神を集中させて防御壁を維持しようとする。

 それでも猛毒の大槍が水晶の結界との衝突面から、じわりじわりと水晶を削り取っているのが感じ取れた。黒と紫で構成されたマーブル模様のスパークが飛び散る様は、どこか粘ついた毒液を連想させる。

 おそらくは、本来必殺技だったものをベースに自身の心意技と融合させ、更にキットの力を掛け合わせて増幅しているのだ。スコーピオンの毒と、キットによる虚無属性の心意は対象を害するという点において、すこぶる相性が良いのかもしれない。

 

「そんなガラス板が、いつまで保つでしょうかねぇ!」

 

 いつの間にか通常とは異なる、歪んだ金属質なエフェクトがかかっているスコーピオンの声には余裕さえ感じられた。

 ──こちらはもう限界が近いのに……! 

 とうとう水晶の表面に、微小ながらも亀裂が入り始める。

 二十秒はとうに経過しているのに、スコーピオンから放たれている技の勢いは全く衰えていない。それどころか、まるでエネルギーが尽きないとでも言わんばかりに、更に勢いが増したようにも晶音には感じられた。

 以前は心意技を修得していなかったことで敗北を喫した。ほとんど独力で心意技を会得した今度は違うと思って望んだが、また負けてしまうのか。

 より集中しようと閉じた晶音の瞼に、傷心のまま横浜で暮らしていた自分へ手を差し伸べてくれた、かつての仲間達の姿が浮かぶ。

 お調子者ながら、締める時は締めるレギオンマスター。そんなマスターに小言を言いつつも、誰より彼を信頼していたサブマスター。その他にも個性豊かなバーストリンカー達が少しずつ集まって、遂にはリチェルカというレギオンを結成するに至った。

 晶音がレギオンへの勧誘を頑なに拒んでも、いつもエネミー狩りやダンジョン攻略に誘ってくれた、アウトローとはまた違う大切な居場所であり、友人達。

 本当は、スコーピオンを倒したところで大きな意味はないのだと、とっくの昔から分かっていた。それでリチェルカの皆が帰ってくるわけではないのだから。この場でスコーピオンを倒したとしても、全損に至らしめるまでの時間は割いていられないし、スコーピオンは対戦一回分のポイントを失うだけに過ぎない。

 では、何故自分はここまで必死になっているのか。それも晶音には分かっていた。

 ──何ということはない、只の私情です。皆を全損に追い込んだあの男に、一泡吹かせてやりたいだけです。でも、それは間違っていないのだと、私は自信を持って言い張ります。何故なら私も……この心だけは加速世界を自由に生きる、アウトローの一員なのだから!! 

 

 己の我を通す為の意地を原動力として、晶音は心意の水晶を展開し続けた。

 いつまで経っても破壊されない晶壁に、とうとうスコーピオンの方が耐えかねたかのような怒声を飛ばす。

 

「何故……何なのだ、お前は!? どうしてまだ消し飛ばない! 脆弱なガラス人形如きが作り上げた、叩けば砕け散る筈のガラスの壁が! あの日、偶然生き残っただけの、悪運が強かっただけの女が! 私に利用される多くの駒、その内の一つに過ぎない存在がぁ!!」

「ガラス人形じゃない……私はクリスタル・ジャッジ! 貴方に裁きを以って、報いを与える者です!!」

 

 スコーピオンに負けじと、晶音も声を張り上げる。

 そうして、闇の心意技はとうとう威力が減衰し始め、やがて途絶えた。

 役目を果たした水晶の結界もやや遅れて、音もなく消えていく。消耗はひどいが、晶音は膝を着くこともなく真っ直ぐにスコーピオンを見据えた。

 

「今度はこちらの──」

「舐めるな……」

 

 すぐに心意攻撃を発動しようとする晶音だったが、それよりも早く、スコーピオンが右手をこちらに向けて突き出していた。いつの間にかそのアイレンズは、左胸のキット同様の深紅に染まっている。  

 晶音は今の衝突の反動から、次の心意技発動まで至っていない。

 宇美も今の状態では動くことはできないだろう。

 ──間に合わない! そんな、ここまできて……。

 

「ハハァ! 私の勝ちだ……! 《ダーク・ショ──」

 

 高らかに勝利宣言をするスコーピオンの右手から、闇の力が今まさに発射されようとした、その瞬間だった。

 

 ガシャッ! 

 

 何かが施錠されたような金属音が響き、スコーピオンの右手に凝集していた闇のオーラが、ふっと消えた。

 同時に左胸に貼り付いているキットから、血の色を湛えた虹彩から光が失われていく。続けて、眼球は瞼を閉じていき、黒い瞼が生気の抜けたような灰色に変わると、音も立てずにスコーピオンの胸から転がり落ちた。

 

「………………はい?」

 

 あまりに想定外の出来事にスコーピオンは間抜けな声を上げ、それまで埋め込まれていたキットが抜け落ちたことでできた半球型の穴を、呆然とした面持ちで凝視している。

 事情は分からなかったが、晶音は千載一遇のチャンスを見逃しはしなかった。体から過剰光(オーバーレイ)を輝かせ、杖を掲げて叫ぶ。

 

「は、話が違──」

「《玻璃印晶(クリスタル・シール)》!!」

 

 何かを呟くスコーピオンの頭上へと出現したのは、全長十二メートル、直径三メートル近い幅をした、一点の曇りも無い水晶の円柱。見ようによっては巨大な印鑑を思わせる物体が、晶音の杖を真下へと振り下ろす動きに連動すると、有無を言わさずにスコーピオンを押し潰し、その身を粉砕した。

 

 

 

「──《禁固刑(インプリズンメント)》」

 

 出現したのは、二メートル四方の水晶の檻。四方は格子、天井と床が平面の独房の中には、鮮やかな紫色の死亡マーカーが回転している。

 檻の前に立ち、囚われのマーカーを晶音はしばらく睨み付けていたが、やがて目を離して宇美に声をかけた。

 

「行きましょう」

「うん」

 

 それからしばらく無言で歩き、地底湖と砂浜の空間が完全に見えなくなった所で、宇美が晶音に訊ねた。

 

「……アレ、意味あるの?」

「ないといえばないです。せめてもの意趣返しですよ」

 

 死亡中のバーストリンカーには、基本的に必殺技やアビリティ、心意技でさえ干渉することはできない。しかも、死亡によって一時間の待機を課せられているバーストリンカーには、死亡した場所を中心に十メートルの範囲に限られるが、幽霊のように周囲の者には見えずとも、物体をすり抜けて動き回ることは可能である。

 つまり、幽霊状態のスコーピオンが律儀に檻の中で復活を待っているとは限らないのだが、それは晶音も承知の上だった。

 

「あの牢獄は、あれ以上意志を込めても強化できませんが、半オブジェクト化しているので私が死亡かログアウトをする、もしくは心意技を使用して破壊しない限り、永続的にあの場に存在し続けます。後は……変遷が起きるかですね。ですが、復活したスコーピオンが自力で破壊するか、仲間に破壊してもらう可能性の方が高いでしょう。ともかく、しばらくは囚われの身というわけです。プライドの高いあの男には、あの状態は屈辱でしょうね」

「ふーん、なるほどね。ま、確かにいい気味か」

 

 スコーピオンが死亡状態になったことで、宇美の体を苦しめていた心意の毒は消え去ったようだ。今は足取りも軽やかに、同情の余地のない相手の処遇について納得すると、宇美は別の話題を持ち出した。

 

「でも……どうしてアイツのISSキットが急に取れたのかな? 解除もしてないのにさ」

 

 宇美の疑問はもっともだ。あの時、自分達は元より、スコーピオンさえも明らかに動揺していた。あれほどに大きな隙ができなければ、さすがにあの晶音の一撃だけで勝負が着くことはなかったのかもしれない。

 ちなみにスコーピオンから分離したキットは、戦いが終わってすぐに跡形もなく崩れ去ってしまい、調べようもなかった。

 

「私にも分かりません。……もしかすると、キット本体に何らかの影響があったのかもしれませんね」

「本体って、ミッドタウンタワーにあるかもってあの? でも凄いエネミーが守護しているんじゃ……」

「ええ。七大レギオンが策を講じたのか、あるいは加速研究会にも不足の事態が起きたのか……。いずれにせよ予測の範疇を超えません」

 

 スコーピオンを倒した晶音には、新たな懸念事項ができていた。

 それはスコーピオンが正体も目的も不明の集団、加速研究会との何らかの関わりがあるということ。構成員からキットを譲り受けたのか、あるいはスコーピオン自身が構成員の一人なのか。

 キット装着者はキットによって、精神を蝕まれていると聞いていたが、スコーピオンには多少の(そう)状態は見られたものの、必殺技と混合させるほどに使いこなしていた。

 それに下克上をするのかと問い詰めた時のあの態度。明らかに何かを企んでいた様子がどうにも気にかかる。そもそもナンバーツーやトップがどうというのは、エピュラシオンについて指していたのかどうかも分からない。

 そして、一応は(おそらく忠誠心は皆無であろうが)彼のマスターに当たるプランバム・ウェイトは、この件に関与しているのか。スコーピオンの背信に気付いておらず、密かに操られているのか、それとも──。

 事実が何であれ、今は考えるよりも足を動かすしかない。晶音は懸念を頭の隅に置いて、隣を歩く宇美に首を向けた。

 

「……今回は貴女に借りができてしまいましたね。貴女がいなければ、私はスコーピオンを倒すことができなかったでしょうから」

「そんな、やめてよ。私、不意打ちくらいしかダメージ与えていないし……。それよりもジャッジ、凄かった! 心意技を三つも出してさ! ……私もあんな風に心意技を使えるようになれるかな?」

 

 感謝する晶音に照れ臭そうに返す宇美は、一転して尊敬の眼差しを向けてきた。普段は大人びているのに彼女は時折、実年齢より幼い子供のような仕草を見せる。

 ──意志の力でスコーピオンの心意技に抵抗していましたし、頃合いでしょう……。

 

「……今度、教えましょう。まずはどの系統を使えるのか、見極めることから始めないといけませんね。ただし、貴女は貴女の道を行きなさい。私の後を追う必要はないのですから」

 

 ついつい小言気味な言い方になってしまったが、それでも顔を輝かせて頷く宇美に、晶音は柔らかな笑みを返すのだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。