アクセル・ワールド・アナザー 無法者のヴォカリーズ   作:クリアウォーター

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第五十九話

 第五十九話 考える(あし)

 

 

「なっ……!?」

 

 盾に変化したプランバムの右腕に攻撃を阻まれ、言葉を失うゴウ。

 大悟も同じように攻撃を防がれているのが、プランバムの変化した左腕の向こうからどうにか見える。

 続いて、盾の中心がまるで小石を投げ入れられ、波紋を描く水面のように波打ったような気がした。それが何なのか理解する前に、ゴウは反射的に飛び退く。

 直後、青灰色をした太い槍状の物体が、ゴウの立っていた場所へと突き出され、続いて角度を変えた二本目、三本目が襲いかかる。

 

「くそ……!」

 

 たまらず距離を取るゴウに、同じく下がった大悟が合流するなり質問してきた。

 

「確認するが、あれはさっきまでお前さんが戦っていた時には見せなかった技だよな?」

「さっき説明したので全部です。確かに手の内全部を見せたとは思ってませんでしたけど……。でも、あんなの無茶苦茶ですよ! 水銀みたいに流動的で、でも硬さはある。大体、プランバムって鉛のことでしょう? どうしてあんなアビリティが……」

 

 取り乱しまではしなくとも、ゴウは少なからず困惑する。

 ゴウはチタン・コロッサル同様に、プランバム・ウェイトについてもその名前から戦闘スタイルなどが分からないかと、事前に調べていた。

 プランバムとは元素記号でPbと記され、ラテン語で鉛を指す。

 ブレイン・バーストではシステムが表示する言語はほぼ全てが英語なので、プランバム・ウェイトとは偽名なのではないかという意見もアウトローで挙がりはした。実際、無制限中立フィールドでは自分以外の名前が表示されないので、プランバムが適当に名乗っている可能性も有り得なくはない。しかし、そう名乗る以上は少なくとも、何かしらの関連性はあるのだろうとゴウは考えていた。

 鉛は用途として、その比重の大きさから放射線の遮蔽材。そして、釣りに使うおもりなどが主に挙げられる。

 加えてプランバムの固有名であるウェイトとは、おもり、体重、重さなど質量に関わる単語である。

 これらのことから、プランバムが先端におもりである分銅が付いた鎖分銅を使用したり、触れた対象を重くする《重圧付加(プレス・アディション)》なるアビリティを持っていることは、何らおかしくはないとゴウは思っていた。

 だが、あのようにスライムよろしく体が変形するのは、明らかに鉛の特徴から外れている。

 

「ちょっと待ってろ。少し視てみる」

 

 再び正面に対峙する形になったプランバムの両腕が元の形に戻っていく中、大悟の額のアイレンズが輝きを放つ。《天眼》アビリティを発動したのだ。

《天眼》は戦闘中の相手の動きを先読みするのに加え、ある程度の透視に近い能力もあるらしいが、プランバムの変化まで読み取ることはできるのだろうか。

 

「これは……」

「何か分かったんですか……?」

 

 発動してすぐに反応を見せる大悟にゴウは訊ねる。

 

「上手く説明し辛いが、あいつの体の隅々に何かが駆け巡っている……。発生源は左胸。つまり、あの金色の塊が『絶大な力』とやらを与えているってことだ」

「正解だ」

 

 大悟の推測に対して答えたのは、他でもないプランバムだった。

 

「そのアビリティ……《天眼》と言ったか。こちらの内部まで視認しているのなら、恐るべきものだな」

「そんなに都合の良いものじゃない。それだけお前さんの変化が分かりやすかっただけの話だ。それかアイテム自体が体から露出しているからか……。効果は何だ? 腕を変化させる、それだけじゃないだろ」

 

 大悟の追求に、プランバムは少し考えるような仕草をしてから頷いた。

 

「……良かろう。ここまで来た貴様らにも知る権利はある。《オリハルコン》の力、その一つ……それは、デュエルアバターのポテンシャルを最大限に引き上げることだ」

「ポテンシャル……?」

「最大限……」

「文献となったアイテムに記されていたことを、私はそう判断した」

 

 ゴウと大悟が首を傾げていると、プランバムは腕を宙に伸ばしてインストを操作したらしく、右手にハードカバーの外装をした古ぼけた本が出現した。

 

「これを読み解きこそしたものの、私も半信半疑だった。このブレイン・バーストというゲームのバランスを著しく崩す存在だ、かの《七の神器(セブン・アークス)》以上に。だが、こうして身に宿した以上、それは本物だったと認める他ない。──これはもう不要か」

 

 そう言ってプランバムは本を放り投げると、右手の五指が細く鋭い剣状に変化し、指を軽く動かすだけで、本を切り刻んだ。何の感慨もなさそうに足元に散らばった残骸を眺め、それがすぐに消滅したのを確認してから、プランバムはこちらを見据える。

 

「ダイヤモンド・オーガー、貴様の言う通り、私は鉛のメタルカラーアバター。鉛の特徴はかいつまんで言うと重さ、そして軟らかさだ。もっとも、鉛以上に比重の大きい金属も軟らかい金属も存在するが。ともかく、私は《オリハルコン》をこの身に宿らせたことで、それらの特徴が最大限に増幅され、このようなことができるようになったということだ」

 

 剣と化していたプランバムの五本の指が徐々に縮み、元の指の形に戻っていく中、ゴウは内心戦慄していた。話が本当なら、とんでもないチートツールだし、プランバムは文献で予想はしていても、実際に使用したのはついさっきということだ。ゴウの目にはすでに使いこなしているように見えるというのに。

 

「師匠……」

 

 ゴウは隣に立つ、ブレイン・バーストにおいて最も信頼する存在に小声で語りかける。この状況下でも歴戦の猛者はきっと対抗策を編み出してくれると信じて。

 

「オーガー……。お前さん、残りの体力は?」

「六割そこそこです。師匠は?」

「四割を切っている。それと、さっきまでのコロッサルの戦いで、両腕と右脚があまり思うように動かん。……控えめに言ってピンチだな」

「なるほど……って、ええぇ!?」

 

 何気ない調子で深刻なことを伝える大悟に、ゴウは大声を出してしまう。

 

「いや、だって……さっき走ってたじゃないですか!」

「腕を振る度、足が地面に着く度に痛むけどな。だからって手の抜ける相手じゃないし……ピンチと言うか、大ピンチだな」

「別に言い直さなくて良いです……。あの、対抗策とか、何か案があったりしますか?」

「さっきと変わらん、尋常に勝負するだけだ」

 

 あっけらかんと答える大悟に、たまらずゴウは喚く。

 

「そ、そんなの無理ですよ! だって相手は王クラスなんでしょう!?」

「あぁ、少なくとも今の奴は万全の俺よりも強い」

「だったら尚更です! こっちは二人揃って体力がほぼ半分しか残っていない、おまけに師匠は両手と片足を痛めて本調子じゃない、これじゃもう勝て──」

 

 勝てるわけないとゴウが口にする前に、スカーンと音を立てて顎に衝撃が走った。

 大悟が薙刀を回して石突を当てたのだ。

 

「な、何するんですか!」

 

 手加減はしているのだろうが、貴重な体力をわずかながらに削られ、ゴウは思わず大悟に食ってかかる。

 

「落ち着け。ケリも着いていないのに負けを認めるなと教えたはずだ。常に万全の状態で敵と戦えるとは限らないともな」

「う……」

 

 諭されてゴウが口ごもると、その様子を見た大悟が軽く息を吐く。

 

「いいか、勝負は強い方が常に勝つとは限らない。そんな単純な話じゃ──」

「話し合いはそこまでだ」

 

 さすがにこれ以上待つ気はないのか、プランバムが会話に割り込んだ。

 

「貴様らには、私がこの力を完全に修得する為の(にえ)になってもらう。直にここへ到着するだろう残りの者達も含めて、バーストポイントが全て消えるまで」

 

 プランバムが右腕を肉厚の大剣に、左腕は先端が膨れた鈍器に変貌させると、それらは着いただけで簡単に床を削る。

 それを見た大悟が一歩、ゴウの前へと出た。

 

「頭が冷えるまで、少し俺が戦っているのを見ていろ」

「え? い、いや、一人じゃ無茶ですよ! 僕も──」

「今のお前さんが前に出ても、すぐに死ぬ。いいから見ていろ」

 

 大悟は前を向いたまま、有無を言わせない調子でゴウに言い聞かせる。

 今のプランバムに単身で挑むのは、あまりに無謀だ。体力が心許ない状態なら尚のこと。

 それが分からない大悟ではないはずなのに、どうしてなのかとゴウが思っていると、大悟は時折見せる、やや古めかしい口調で話し出した。

 

「ダイヤモンド・オーガー、我が唯一の《子》であり弟子よ。お前さんはレベルを上げ、ミドルランカーの域に到達しただけでなく、《心の傷》と向き合うことで心意技を修得し、実戦で使用できる段階まで鍛錬した。強くなった、本当に。故に今一度、初心に立ち返れ。そして、これまで得た経験を思い出せ。さすれば今この時でさえ、お前さんは一つ強くなれると俺は信じている」

「その根拠は……? どうして断言できるんですか!?」

 

 駄々をこねる子供のようだと自覚しながら叫ぶゴウに、大悟はようやく振り向いた。いつになく温かみが感じられる眼差しを向けて。

 

「《親》が《子》を信じられないでどうするか。いつの日か、お前さんも《子》を持てば分かる時が来る。決心しても再度迷い、揺らぐことは恥ではない。また前に進めば良い、それだけのこと」

 

 そう言って、正面に向き直った傷だらけの僧兵は、足も含めた全身の負傷もまるで感じさせない速度で、自らが格上と認めた相手へと挑んでいった。

 

 

 

 今と似たような光景をゴウは見たことがある。

 半年近く前。五度目の出現となった、新たな《災禍の鎧》との見稽古をさせる為に、大悟がゴウを無制限中立フィールドに連れ出し、《災禍の鎧》ことクロム・ディザスターと交戦した、あの時に似ている。

 

「っははははははぁ!!」

 

 以前同様に嬉しそうに笑う大悟だが、状況は些か以上に異なっている。

 まず、大悟が頭巾も上半身の着物型装甲も身に纏っておらず、素手ではなく強化外装である薙刀を手にしていること。そして、相手であるプランバムが、あの時のディザスターよりも強いということ。

 菫青と鉛色。二色の刃が幾度もぶつかり合い、火花を散らす。鍔迫り合いにならないのは、大剣と化したプランバムの腕の膂力に敵わないことを、大悟が理解しているからだろう。

 大悟は絶えず動くことでプランバムの攻撃を避け、薙刀で受け流し、合間を縫ってはプランバムに攻撃を繰り出していく。しかし、力を込めた攻撃は武器に変化した腕に受け止められ、隙が少ないが浅い攻撃は、伸縮と硬質化をする流体金属の服に弾かれてしまう。

 それでも《天眼》を発動し、プランバムの動きを先読みしながら果敢に攻め立てることで攻勢に出させない大悟は凄まじいが、常よりもわずかに動きが鈍いことがゴウには分かっていた。

 今にしてみれば、この場所に来た大悟がすでに《インディケイト》を手にしていたこともおかしかった。確かに柄が伸ばせるあの薙刀によってゴウは助けられたが、大悟は強化外装の使用に何やらこだわりがあるらしく、普段は軽々に使わないのだ。

 推測の域を出ないが、大悟はコロッサルとの戦闘で全身を酷使したことで、戦力カバーの意味も兼ねて、すでに強化外装を召喚した状態でこの場所に来たのではないだろうか。離れたこの場所からも地響きが聞こえたほどだ、戦いは熾烈なものだったのだろう。

 それにゴウと戦っていた時のコロッサルは、必殺技もアビリティらしきものも使っていなかったし、あれが全力だったとはとても思えない。

 大悟が奮闘する中、ゴウはその場から動けずにいた。ただし、勝負を諦めたのではなく、大悟に言われたことを反芻しているからだ。

 プランバムはどの道全員を手にかけようと考えているからなのか、棒立ちのゴウよりも先に、厄介な大悟を倒そうとしているらしく、こちらには目も暮れない。

 ──初心に立ち返れ……。これまでの経験を思い出せ……。

 大悟に言われた言葉を声に出さずに、頭に浮かべる。

 これまでも大悟はブレイン・バーストに関して助言、もしくはヒントを出してくれていたが、ゴウ自身が導き出すまでは基本的に明確な答えを教えてくれはしない。今回も同じだとしたら……。

 ──ブレイン・バーストにお手軽なパワーアップは基本存在しない。レベルアップにしても対戦で積み重ねたポイントを消費してるんだし……。

 原点、すなわちゴウが強くなりたいと思ったのは、一つの事件を経た幼い自分が無力だと実感したからである。ただ、体を鍛えたりすることが先決とは思わなかった。自分が間違いだと思うことには反対し、正しくあることこそが大事だと自分なりに考え、実行して生きてきたつもりだ。

 ──それが知らず知らずの内に《心の傷》になっちゃったけど、結果的にブレイン・バーストに巡り会えたんだし、それは結果オーライにしよう。

 今回もそう。プランバムが力で今の加速世界を矯正しようとする考えを、正しいと思えなかったからゴウは否定して挑んだ。傍から見てどう思われるかではなく、ゴウが自分の心に従った結果だ。

 ──でも、《オリハルコン》を装備したプランバムに怖気付いた……。僕も大悟さんも体力が削れていて、相手の力が数段上だって分かったから…………ん? 

 何やら引っかかりを覚え、ゴウは思考の焦点をそこに当てる。

 これまでも強敵とは幾度も戦いはした。エネミーも含めて、中には対峙しただけで、漠然と勝てないと悟った相手もいた。だが、これまで相手が格上だと分かりはしても、自分は明確に実力差を推し量れていただろうか。

 ──そう考えられたのは、これまでの経験で僕の観察眼が鍛えられたから……? 

 その考えに至ると、ゴウの脳が急速に回転し始める。

 そもそも対戦において、レベルが一つや二つ上だからといって、それで勝利が確定するとは限らない。ステージやデュエルアバターの相性、何よりも相手との動きの読み合いに制することが勝利に繋がる。

 ブレイン・バーストを始めてから数ヶ月後。しばらくゴウは負けが続いた。それは対戦相手達がゴウの動きに対策を立てるようになったから。つまりは分析、パターンを読み始めたからだ。

 大悟に連れられたアキハバラBGでの経験を経て、それからは力押し一辺倒から、相手の攻撃を見切り、受け流すことも覚え始めて勝ち星を増やしていった。

 そうして今、ミドルランカーと呼ばれるレベル6にまで至る。

 大悟とプランバムは未だにどちらの攻撃もクリーンヒットはしないが、大悟もいよいよ捌き切れなくなっていて、体の端々に新しい傷が作られ始めている。戦況が不利なのは明らかだ。

 それでもゴウはすぐには飛び出さずに、二人の戦いを見ながら考え続ける。

 ──プランバムの言葉を信じれば、他の皆もここに向かってきている。だったら、皆が合流するまで退くべきだけど、大悟さんはそうしてない……。それは……勝算があると見抜いたから? 

 ゴウから見て、大悟は割と……ではなくかなり好戦的だが、全くの向こう見ずではない。

 エピュラシオンのメンバーと初めて邂逅した時は、状況と戦力差から撤退を考えていたと話していたし、ISSキットをばら撒いている加速研究会の拠点と思われる、東京ミッドタウン・タワーにも大天使メタトロンが守護していることから、殴り込みをかけようとはしなかった。

 ──自分一人じゃ勝てないことを、大悟さんは分かってるんだ。それでも退かないで出張った理由……。それは、取り乱した僕を落ち着かせることと、僕にプランバムの動きを見せること……? 

 確証はない。しかし、大悟は自分を信じると言ってくれた。ならばその信頼には、《子》であり弟子であり、そして現実の友達として応えるべきだ。

 ゴウが一つの結論に至ると、プランバムが右腕で薙刀を受けると同時に、元の腕の形に戻した左腕で、大悟の腕を掴んでいた。

 

「ぐっ……!」

 

 舌打ちする大悟が、すぐにその場に両膝を着いて倒れ込む。プランバムのアビリティ《重圧付加(プレス・アディション)》によるものだ。腕を元に戻したことから、どうやら本来の手でなければ、アビリティは発動しないらしい。

 腹は決まった。今動かなければ、いつ動くというのか。

 プランバムが右腕の刃を掲げる中、ゴウは走り出した。

 

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