アクセル・ワールド・アナザー 無法者のヴォカリーズ   作:クリアウォーター

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BG篇
第六話


 第六話 真夏の遭遇

 

 

 御堂ゴウが如月大悟と出会い、ブレイン・バーストを知ってから、もうすぐ四ヶ月が経とうとしていた。

 現在は八月上旬。夏真っ盛りの夏休み。学校から出た宿題は夏休み最初の頃にすでに終わらせ、ゴウはのんびりとした日々を過ごしていた。

 しかし、それは現実世界での話であり、ゴウは加速世界へ足繁く通っていた。もっとも夏休みに限っての話ではないが。

 ゴウのデュエルアバター、ダイヤモンド・オーガーは対戦を重ね、現在はレベル3にまで成長していた。バーストリンカーとなった当初のゴウの見立てでは、夏にはレベル5、6にはなっているだろうと踏んだが、それを大悟に話すと大爆笑をされてしまった。

 聞けば現在およそ千人いるとされるバーストリンカーにとって、レベル4は登竜門。レベル5、6でもソロプレイでは膨大な時間がかかり、レベル7、8ともなれば、大レギオンの幹部クラスに限られてくるそうだ。その先は現在のリンカーの上限、レベル9の王達しか存在しない。

 レベル上げの困難な理由の一つに、王達こと《純色の六王》による《領土不可侵条約》が原因となっている、と大悟はどこかつまならそうに話していた。

 大悟曰く、レベル9に到達した王達はこの条約により、『加速世界に安寧をもたらし、存続をさせる』というお題目の元、実質的に加速世界を停滞させてしまっているらしい。確かにレギオン下位のリンカー達の早期ポイント全損は少なくなり、勝率も安定するが、レベルを上げようとすればするほどに困難になってしまったのだという。

 当然ながらレギオン未所属の者にはそのメリットは存在しない上に、六大レギオンに所属するハイランカーはほとんど領土外から出てこず、獲得している領土内では《マッチングリスト遮断特権》の恩恵を得て、対戦の乱入を拒否できる。これにより多少の例外はあるものの、基本的には同レベル帯でせこせこ戦っていくしかないのだと大悟は締めくくった。

 だが、これとは別にゴウは現在、若干の伸び悩みを見せ始めていたのだった。

 ダイヤモンド・オーガーは、強固なダイヤモンドの装甲と見た目にそぐわない膂力を誇る《剛力》アビリティで、初戦以外は負けなしでレベル2となった。ブレイン・バーストプログラムのコピーインストール元の《親》にして師匠である大悟にも「大したもんだ」と褒められたこともあり、ゴウは今まで経験してきたどんな物事よりブレイン・バーストに熱中していった。

 しかし喜びは長くは続かなかった。レベル2になってしばらくすると、徐々に黒星が増えていったのだ。理由は単純で、要は他のバーストリンカーがゴウに対して攻略法を編み出し、弱点を突き始めたから。

 一つは遠距離攻撃に対応しきれていないこと。距離を詰めようにも肉弾戦が主体のオーガーは、特に遮蔽物の多い対戦ステージでは、相手に隠れられると探すのも一苦労で、その間に更に距離を取られて良い的になってしまう。

 もう一つは、オーガーの持つダイヤモンド装甲は絶対に砕けないわけではないということ。自身で調べてみたところ、ダイヤモンドというのは確かに存在する天然鉱石の中で最高レベルの硬度を誇るが、一定以上の衝撃には割りと脆く、角度や勢いによっては現実のダイヤモンドも、金槌を上から振り下ろされるだけで砕けてしまうこともあるそうだ。

 ダイヤモンド・オーガーの体もまた、ダイヤモンドの特性を多く有している為、切断、貫通系の攻撃に比較すると、打撃系の攻撃に弱い。相手のレベルが一つだけ上であっても、腕力特化の近接系の拳や防御重視の緑系の装甲、打撃系の武器に対して打ち負けることが増えていった。

 もちろんただ負けっぱなしではないのだが、中々連勝とはいかず未だレベル4には進めずにいる。

 大悟とはメールや通話で話すことはあっても、実際に会うのは週の休日に一回会うかどうかの頻度だった。同じ学校に通う生徒同士なのに、校内で直接話したことは未だに一度もない。

 これは基本的に、互いに他人として学校では過ごすと決め合ったからだ。厳密には、大悟によって半ば強制的に決められたと言った方が正しい。理由としては接点のない自分達が話しているところを、他の人間に見られるのは好ましくないとのことだった。

《リアル割れ》を防ぐ一環だとしてもやり過ぎのような気もするが、ゴウとしてはこういった秘密の共有や特別な関係などは新鮮で、嫌いどころか満更でもなかった。

 大悟と会う際には直結対戦(ゴウはこれを対戦のカテゴリには含めず、《稽古》と称している)もしているが、大悟はいつも具体的なアドバイスはせずに、「自分で知恵を絞れ」としか言わない。

 大悟のデュエルアバター、アイオライト・ボンズには一度として勝利することはおろか、ダメージも碌に与えることはできずに、敗北記録は毎回更新され続けている。いかにレベル差があっても、体力の半分も削れず、必殺技は避けられ、掴みかかっても手技で捌かれ、装甲で防いでも拳や蹴りで割り砕かれる。それが毎回というのは、やはりそれなりに応えた。

 もっと強くなりたい。

 今まで『自分自身を高める』などという行動はおろか、考えもしなかったゴウの中に、そんな思いが胸の中心に居座り続けたのはいつ頃からだっただろうか。

 ──今日はどうしようか……気分転換がてら他のエリアにでも行って……。

 今日の予定を考えていたゴウは、母親に呼ばれて思考が中断される。一度大きく伸びをすると、何かしらのお使いかなと思いながら、気だるく自室から出ていった。

 

 

 

「あっつい……」

 

 昼前でも夏の陽射しは容赦なく地上を照らす。四方八方から聞こえるセミの鳴き声と汗によって体に貼り付くシャツが、より一層に暑さを際立たせているようにゴウは感じた。

 帽子を被っていなければ、熱中症になってその辺でぶっ倒れるんじゃないかと思いつつ、ゴウは母からの頼み事を終えて、本日の予定を木陰のベンチで休みながら考えていた。わざわざ冷房の効いた家から暑い外に出ているので、さっさと帰るのも勿体ない気がして、何回か対戦でもしてから帰るかと思っていた矢先──。

 

「あれ? やっぱ御堂君だ。久しぶりー……って、夏休みなんだから久しぶりに決まってるよね」

 

 ゴウの通う中学校の制服を着た、ショートカットに茶色気味のやや明るめな髪色をした女子に声をかけられた。剣道の竹刀入れを肩に掛けているところから部活帰りのようだ。だが問題はそこではなく──。

 

「や、やぁ、久し振り。部活帰り? 大変だね」

「うん。もぉー、午前中なのに道場の中が蒸し風呂みたいでさー。今時エアコンも無いんだよ? 信じられる? 部活終わりにシャワー浴びたのにもう汗ばんじゃって。……それで御堂君は何してるの?」

「親のお使い。いま終わって休憩してたんだ」

 

 何気なく会話が始まってしまったが実はゴウ、この女子の名前を憶えていなかった。

 体育の時に合同クラスで同じ時間に受けているので、隣のクラスであることと、授業で班を組んだこともあったので、一応何度か会話はしているのだが、夏休み前にようやく自分のクラスメイト全員の顔と名前を憶えられたゴウにとって、他クラスの人の名前まで憶える余裕はなかったのだ。

 確か彼女の友人達に『ハスミ』とかなんとか呼ばれていた気がするが、おそらくは名前だろうし、あまり面識の無い女子にいきなり名前で呼べるほど、ゴウは社交的な性格ではない。

 どうにか相槌を打ちながら、会話もそこそこにして、さりげなく別れようとゴウは立ち上がった。

 

「じゃ、じゃあまた学校で……」

「あっ、ちょっと待って、御堂君も汗だくじゃん。あたしの家すぐそこだから麦茶でも飲んできなよ。水分摂らなきゃ熱中症で倒れちゃうよ?」

「……へっ?」

 

 

 

 ゴウは今の中学校生活に特段不満を抱いてはいなかった。

 クラスメイトの男子にはつるむ相手も何人かいるので、授業での組分けにあぶれもせず、女子とは友達とまではいかなくても普通に会話もできる。

 

 ──『ブレイン・バーストにのめり込み過ぎて現実を疎かにはするなよ?』

 

 大悟からそう忠告されたのは、知り合ってから割とすぐのことだった。

 現実世界にせよ加速世界にせよ、どちらも自分の人生であり、片方だけあれば良いというわけではない。要はいわゆる『ゲーム廃人』になるなと言いたかったのだろう。

 考えたくはないが、万が一バースト・ポイントがゼロになりバーストリンカーでなくなったとき、それまで進路を始めとした現実世界の生活を疎かにして、ブレイン・バーストに全てを費やしていたら、残りの人生は無残なものとなるのだろう。果てはひきこもりとして親に寄生しながら生きていき、親も亡くなれば最期は孤独死まっしぐら……。基本的に生真面目な性格のゴウはそんな想像してしまい、背筋が凍る思いに駆られた。

 だからとは言わないが、ゴウは勉強も友達付き合いもブレイン・バーストの為に蔑ろにしようとは全く思わなかった。むしろしっかり両立してやる、と意気込んでいたぐらいだったのだが──。

 

「さぁ、上がって上がって、そこ右入って座ってて。すぐに荷物部屋に置いてタオル持ってくるから」

「お、お邪魔します……」

 

 まさか、名前も碌に憶えていない女子の家に上がることになるとは思わなかった。

 玄関には他に靴が無く、家族は出払っているようだ。つまり二人きり、小学生時代でも女子の家に遊びに行ったことのないゴウはガチガチに緊張していた。

 ──落ち着け、何を変に意識しているんだ。別に女子の部屋にいるわけじゃない、家族が食事をするテーブルの席に座っているだけだ、こんなの対戦の緊迫感に比べれば何てこと──うん、やっぱダメだ。大体飲み物なんかその辺の自販機で買えば済むことじゃないか。よし、ここまで来てアレだけど……帰ろう! 

 ゴウは頭の中で何とも情けない決意表明をして、立ち上がろうと──。

 

「はい、タオル」

「ぅえぃっ!?」

 

 いきなり声をかけられて奇声を発してしまったゴウに、「変な声ー」とくすくす笑いながら女子は汗を拭く為のタオルを渡すと、手早く冷えた麦茶とお茶請けの煎餅を用意した。受け取った麦茶は火照った体を冷やし、醤油味の煎餅のしょっぱさも良い具合だ。二杯目の麦茶を貰ってからゴウは一息ついてお礼を言った。

 

「ありがとう。飲み物にお菓子までご馳走になっちゃって……」

「いいのいいの、貰い物だし、たくさんあるから気にしないで。夏は年々気温が上がってるから、昔の感覚でいるとすぐに熱中症で倒れちゃうって前に聞いてさ。なーんか心配になって家に上げちゃったけど、おせっかいだったかな?」

「そんなことないよ! すごく助かったよ、本当ありがとう」

「そう? よかったー」

 

 女子の屈託ない笑顔に、顔が赤くなるのを感じるゴウ。顔から目を逸らすと制服のワイシャツが汗ばんでうっすら下着が──この馬鹿野郎、と頭を振ってゴウは立ち上がる。

 

「ご、ご馳走様でした。じゃあ僕はこれで。今度何かしらお礼はするから……」

 

 その時、玄関からガチャリと音がした。どうやら家族の人が帰ってきたようだ。

 丁度良い、軽く挨拶とお礼をしていこうとゴウが台所の入口に視線を向けていると、買い物袋を両手に持った、汗だくの背の高い男性が入ってきた。鍔の付いた帽子に半袖Tシャツ、ジーパンのラフな格好。どこか見覚えが──。

 

「ふぅー、ったく暑いったらねえな。あぁハスミ、ちょっと麦、茶、を……?」

 

 被っていた帽子を取ってこちらを見た男性は、ゴウを見て言葉が途切れ途切れになる。

 

「はいはい、麦茶ね。はいどーぞ。あっ大兄(だいに)ぃ、こちら隣のクラスの御堂君。御堂君、こちらあたしの兄。こんなナリして中三なんだよ。しかもうちの中学の」

 

 素早く用意したコップに麦茶を注ぎながら笑う女子こと如月さん。

 ゴウと大悟は数秒間お互いを見詰めてから、何とも言えない表情で挨拶をした。

 

「「……どうも」」

 


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