アクセル・ワールド・アナザー 無法者のヴォカリーズ   作:クリアウォーター

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第六十六話

 第六十六話 (あまね)く衆生を救う掌 剣携えし剛力の雷神

 

 

「悲體戒雷震 慈意妙大雲 澍甘露法雨 滅除煩悩燄──」

 

 ──もう少し……。

 心意技の準備に、大悟が数分かけて唱えている読経も残りわずかとなった一方で、仲間達が一歩も退かずに海竜へ立ち向かい続けている。

 

「《樹海隆盛(ジャングル・パーティー)》!」

「《縛粘埋土(マッド・デイモン)》!」

 

 コングが組んだ両手に、キルンが金槌に、それぞれ過剰光(オーバーレイ)を宿らせて大広間の床に叩き付ける。すると、深緑色の光に輝く樹木や蔦、赤茶色の光を放つ泥の濁流が床から発生し、リヴァイアサンに絡み付いてその場に押し止めた。

 

「よし……キューブ、頼んだよ。《推墨進(ブラック・スラスター)》!」

 

 続いてメモリーが両腕に薄墨色の過剰光(オーバーレイ)を発生させると、万年筆の意匠をした手甲の先端から勢いよくインクが噴き出していく。本来、機動力を上げる移動拡張の心意技なのだが、インクの高圧噴射を利用したハイジャンプは、メモリーを天井に手が届く高さまで飛翔させた。

 

「いっくよー、《立方氷片(キューブロックス)(モニュメント)》!」

 

 メモリーの跳躍のタイミングを見計らって、キューブが心意技を発動する。

立方氷片(キューブロックス)》は無数の立方体型の氷を発生させ、キューブの意思により様々な形態を取ることが可能な心意技である。

 木々と固まった泥に縛られて動けないリヴァイアサンの真上に、大型トラックが牽引するコンテナ並みの大きさをした直方体の氷塊が発生した。

 

「せああああああああ!!」

 

 メモリーが両腕を上に向け、再度インクを噴射させながら落下していく。氷塊めがけて両足で蹴りを入れると、両腕の手甲から噴射しているインクの推進力によって、落下速度の跳ね上がった氷塊がリヴァイアサンに直撃する。

 

「──────────ッッッ!!」

 

 氷塊は巨体に垂直に伸びる背鰭の一つを押し潰し、リヴァイアサンが顎を外れんばかりに開いて絶叫した。

 その大口に狙いを定める銃口が一つ。

 

「《イグナイト・バズーカ》!」

 

 ライフル銃からバズーカ砲に形態が変わった強化外装《デカンター・ショット》を肩に担ぎ、リキュールが必殺技の弾丸を発射した。弾丸は狙い通りにリヴァイアサンの口内へと着弾すると、たちまち炎が上がり、リヴァイアサンが頭を振りかざして暴れ回る。

 

「メディック! 《卵》だぁ!!」

「はいはーい! いくわよぉ、《栄養満点活力源(エクストラ・エナジー・エッグ)》!」

 

 メディックの両手に薄く黄色みがかった過剰光(オーバーレイ)が灯ると、金色の鶏卵にも似た物体が一つ生成される。

 

「コングちゃん!」

「あー……んぐっ」

 

 メディックの投げた卵を、駆け寄るコングがキャッチし、ためらいもせずに飲み込む。

 そうしている内にリヴァイアサンが木々と粘土の束縛を蹴散らし、煙がくすぶっている口から怒りの咆哮を上げると、コングがこれに負けない大きさで吼えた。

 

「《シェイプ・チェンジ》! ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」

 

 二つの咆哮が大広間に響き渡る。

 完全なゴリラの体型になったコングは、今までの比ではない速度でリヴァイアサンに接近すると、手負いで包帯を肩や手に巻いているのにもかかわらず、樹上で過ごす猿も顔負けの動きで巨体を駆け登っていく。あっという間に頭部にまで移動すると、片手でリヴァイアサンの後頭部に伸びる角を握り、空いている片手でやたらめったらに顔面を殴り始めた。

 

「オオオオオオオオオオ!!」

 

 大猿が繰り出す殴打の一つ一つの威力は尋常ではなく、海竜の鋭く尖った歯の数本をへし折り、頑丈で厚い鱗さえ砕いていく。

 リヴァイアサンもたまらずに頭を振り乱してコングを払い落とそうとするが、万力のように握り締めたコングの手は角から離れようとしない。

 この異常なまでのコングの攻撃力の増大と高揚状態の原因は飲み込んだ卵、メディックの心意技によるものだ。

 続けてコングはリヴァイアサンの左右の角の根元に移動すると、今度は獣形態になったことで指が生えた両足で、角をがっしりと掴んで体を安定させてから必殺技を発動した。

 

「《ドラミングぅぅ・ビートぉおお》!!」

 

 胸を叩くことで響く軽快で陽気な音とは裏腹な、強烈な衝撃波の後、心意技に続き必殺技で強化が重ねがけされた体で、コングはリヴァイアサンの脳天に向けて連続で殴打をしていく。

 

「ララララララララララララララララララララ!! ゴリラァァァァッシュ!!!」

 

 立て続けに頭部への膨大な衝撃を受け続けたことで、とうとうリヴァイアサンはスタン状態に陥り、長大な体が地響きを立てながら倒れ伏した。

 

「それ、畳みかけろぉ!!」

 

 コングのかけ声に応じて、暴れていたリヴァイアサンに巻き込まれないよう、遠巻きになっていた他のメンバー達が次々と追撃をしていった。すでにリヴァイアサンの体力ゲージの一段目は削り切り、二段目もみるみる目減りさせていく。

 

「──具一切功徳 慈眼視衆生 福聚皆無量 是故応頂禮」

 

 そして、とうとう大悟の心意技発動の準備が完了した。

 

「ボンズ、終わり──あ……」

 

 大悟の手に絡めた数珠が放つ過剰光(オーバーレイ)が群青から青紫、枯草色と絶えず変化し続けている。それは光の当たる角度によって様々な色を見せる、菫青石(アイオライト)そのものだった。

 

「綺麗……──!?」

 

 振り返った晶音が感嘆の声を漏らしたその時、突如として途轍もない震動が発生した。激闘に巻き込まれ、壊れていない調度品が見当たらない大広間全体を揺らしている。

 

「……向こうも、良い具合に盛り上がっているみたいだ」

 

 ゴウとプランバム、互いの全力を込めた一撃のぶつかり合いによるものだと、大悟には直感的に分かっていた。

 

「ありがとうよ、ジャッジ。さぁて、散々待たせた分の働きはしなくちゃな」

 

 護衛に就いていてくれた晶音に礼を言うと、大悟は合掌した両手はそのままに、リヴァイアサンめがけて一直線に駆け出した。

 仲間達が、この場にはいないゴウが、こうして共に戦っている。これに報いずにいることなどできるものか。

 スタン状態から回復したリヴァイアサンが、黄金の両眼に憤怒の炎を宿して起き上がり、集中攻撃をしていた仲間達を八つ裂きにしてやると言わんばかりに、体中の鰭から真空の刃を発生させた。

 当たれば欠損は免れない鎌風を、《天眼》で先読みして回避しながら、大悟は逃げ回る仲間達に向かって声を張り上げる。

 

「全員、俺より後ろに!」

 

 今や数珠どころか、全身から様々な色に変化する過剰光(オーバーレイ)を迸らせて向かってくる大悟を目にして、仲間達は軽口も叩かずに一斉に退散した。

 そうして前方にいるのは、神獣の名を持つ荒ぶる海竜のみ。ならばこちらも、神に連なる存在の名を冠した技で対抗しようではないか。

 

「《菩薩(ボーディ・サットヴァ)千手観音(サハスラブジャ)》!!!!」

 

 足を止め、大股を開いて技名を発する大悟の背後に、三重の巨大なリングが出現した。まるで神仏から発せられる後光、光背(こうはい)にも見えるものの正体は、大悟が心意で形作った腕の肘から先、その集合体である。

 その数、しめて千本。

 

「喝」

 

 大悟の一言を合図に、千の腕がリヴァイアサンへと怒涛の勢いで押し寄せていった。

 

 

 

 稲妻を思わせる過剰光(オーバーレイ)を纏ったゴウの《アンブレイカブル》による一撃と、プランバムの心意技である乱回転する黒い球体が空中で衝突している。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「がああああああああああああああああああああ!!」

 

 ゴウは球体を破壊し、その先のプランバムを攻撃しようと。

 プランバムはこのままゴウを球体によって押し潰そうと。

 両者共に血を吐くように叫んでいた。

 ──重い……! 見た目よりもずっと高密度だ、こんなに小さいのに……。

 金棒と衝突している球体はその場に留まり続け、びくともしない。その上、どうやら引力を持っているらしく、空中で衝突しているというのにゴウの体は一向に地面へと落ちず、角度をずらそうとするも、金棒は球体に吸い付いて離れなかった。

 まるで超圧縮した星の地表に打ち込んだかのようだが、ここで退くこともできない。向こうが引き寄せているのなら、裏を返せばエネルギーが分散しないということだ。それを逆手にしようとゴウは両腕に一層の力を込める。

 

「ぐ……ぐ、おお……おおおおおお……!」

 

 ゴウが力を込めれば込めるほどに、互いの過剰光(オーバーレイ)の境界面から激しい火花が散る。数秒か、数十秒か、衝突から時間の感覚が曖昧になり始めてきたその時、わずかに球体が奥へと動いた。

 ──よし……! このまま──。

 これに希望を持ち、ゴウが押し勝とうとした瞬間、プランバムの鋭い声が飛んできた。

 

「我々は加速世界を正す者……。そう、我らは《粛清者(エピュラシオン)》なり!!」

 

 プランバムが開いていた右手を握り締めると、唐突に球体の表面が全方位から潰れた。ゴウの攻撃によってではなく、プランバム自らの意思によるものなのは明白だ。

 理屈よりも先にゴウの頭に警鐘が鳴り──。

 

 カッ!!!! 

 

 潰れた球体が目を焼かれそうになるほどの強い閃光を伴う、凄まじい衝撃波を発生させた。

 

「…………ぅあ?」

 

 視界が元に戻ったゴウは、宙にいた自分が岩壁にめり込んでいることを理解した。

 体力は残り一割弱。なんと、あの炸裂したエネルギーの塊を至近距離から受けて、一割程度しか体力が削れていない。通常の状態であれば即死していただろう。

 それだけこの《建御雷(タケミカヅチ)》を発動している状態が、破格の防御力を持っているのだということにも驚きつつ、埋まっている岩壁から這い出てゴウは上を向く。

 プランバムは未だに健在だった。指向性のない衝撃波の爆発はプランバムにも牙を剥いたはずだ。しかし、先程まで宙に立っていた場所から、より岩の天井に近い場所へ移動している以外には変化が見られない。閃光で一時的に視力を失っていたゴウには分からないが、何かしらの防御手段で対応していたのだろうか。

 ──心意技は決して万能じゃないって大悟さんは言ってたけど、あそこまでいけば充分万能だな……空中に立ってるし。

 戦慄を通り越して、もはや笑えてきそうなゴウは、ふと宙の一点を視界に捉えた。

 プランバムの作り出した球体があった場所に、その残骸らしき小さな塊が漂っている。すでに技は終了したのではないかとゴウが訝しんでいると、残骸と共に周囲の空間がぐにゃりと捻じ曲がった。

 空間の(ひずみ)はみるみる内にひどくなり、中心に黒い穴が形成された瞬間、ゴウは体が穴へ強く引き寄せられるのを感じた。先程プランバムに腕を向けられた時の比ではない引力だ。

 ゴウが衝撃波を受けても離さなかった《アンブレイカブル》を地面に突き立ててしがみ付いていると、先の衝撃波により地面や壁が砕けてできた、部屋中の大小様々な瓦礫が黒い穴へと吸い込まれていく。その様子を見て、ゴウは黒い穴の正体を半信半疑で口にした。

 

「まさか、ブラックホール……!?」

 

 その強大すぎる重力は時空を捻じ曲げ、光さえ逃れられないという宇宙の墓場。膨大なエネルギーの塊である星が寿命を迎えた後に発生するといわれているのが、ブラックホールだ。

 つまり、プランバムの心意技は高密度の球体を星に見立てたものだったのだ。敵が引力を発生させる星で潰れなければ、至近距離で星を爆発させて吹き飛ばす。それでも生きているのなら、爆発した星である球体の存在した場所に発生する、究極の重力を以って跡形も無く消滅させる三段階の攻撃。間違いなく、プランバムの奥の手だろう。

 

「我が道を阻むもの、すべからく死すべし!!」

 

 宙で仁王立ちになり、両腕を掲げて高らかにプランバムは叫ぶ。左胸の《オリハルコン》から黄金色の輝きを放ち、全身から発生する鉛色の過剰光(オーバーレイ)をより黒ずませながら。

 とうとう瓦礫だけではなく、壁や地面、天井さえも剥がれるように崩れ、ブラックホールに吸い込まれ始めていった。

 ──どうする、ブラックホールなんかにどうやって対抗する……! 

建御雷(タケミカヅチ)》で強化した体であっても、あの黒穴に吸い寄せられれば、耐え切れる保証はない。プランバムの限界を待つにしても、《アンブレイカブル》を突き立たせている地面の方が、先に剥がれて吸い寄せられてしまいそうだ。現に細かい亀裂が徐々に広がっている。圧倒的に時間が足りない。焦燥がゴウの胸中を埋め始め──。

 

 ──「……落ち着いて」

 

 不意にゴウの耳元で穏やかに囁きかける声がした。

 それは最初よりもかなり小さくなってきた、しかし未だにこの部屋中に流れ続けている歌声と同じ、経典の声。

 誰もいない背後を振り向くゴウに、経典の声が告げる。

 

 ──「いいかい? 心意システムとは、発動した人間の強固なイメージによって、ブレイン・バースト内で引き起こされる事象を上書きする現象なんだ。発動するのに尋常でない経験や願望に基づく確信が必要になるけど、もう実際に発動させている今はそれらを置いておいて……。要はあの黒い穴は、彼のイメージによってブレイン・バースト内に生み出されたブラックホールもどきであって、現実に存在するとされるブラックホールではないのさ」

 

 すらすらと淀みのない経典の声による説明は、ゴウには目から鱗だった。

 言われてみれば、本物のブラックホールなど誰にも体験できるわけがなく、より近い場所にいるプランバムは影響を受けていない(ゴウの知らない何らかの対策を施しているのかもしれないが)。何より、あのサイズではどうなのかは知らないが、ブラックホールが発生した時点で目に見える距離にいては、何が起きたのか理解する前に即死してしまうのではないか、といった様々な疑問が湧いてくる。

 そして、第一にブレイン・バーストはディティールやダメージ判定などにリアリティーを追求している反面、仮に心意システムを抜きにしても、物理法則を案外無視している面が多々見られる。それらはプレイヤーが己の意思で、己の体としてアバターを操作する際に対戦が成り立たなくなる部分の辻褄を合わせているという、ブレイン・バーストがあくまで仮想空間であり、ゲームなのだという事実でもあった。

 しかし、それでもどうやって突破すればいいのかは、ゴウには見当も付かない。

 

 ──「おいおい、君は無意識だったかもしれないけど、その姿は君のイメージした『強い自分』だろう? これまでの君の人生経験と憧れ、もっと言えば渇望したものの集大成だ。それらの核として、神様にあやかってつけた名前の心意技はそんなチャチな代物じゃないはずだよ」

 

 経典の声が、ゴウの背中を押すようにそう言うと──。

 

 ドドン! 

 

 突然、大きな音が響いた。

 ゴウが首を向けると、肩から伸びるアーチに並んだ太鼓型のパーツの一つが、まるで帯電しているかのように激しいスパークを発生させて全身に流れていく。それからもドドン!! ドドン!!! と立て続けに太鼓は鳴り響き、鳴る度に音は大きくなり、過剰光(オーバーレイ)は強くなっていく。

 しめて八度、全ての太鼓が鳴る頃には、ゴウの放つ過剰光(オーバーレイ)は屹立する光の柱と化していた。

 ──何だろう……この胸に火が灯る感じ……。

 金剛石の雷鼓(らいこ)から流れる力と打ち鳴らされた音が、恐怖や不安といった負の感情を払い退け、勇気付けてくれているかのようにゴウには感じられた。

 

 ──「その太鼓はただの飾りじゃないみたいだね。これで準備は整った。君の希望から生まれた力を、彼の絶望から生まれた力にぶつけてやるんだ。念の為言っておくけど、チャンスは一度きりだよ」

 

 経典の声に言われるまでもなく、ゴウには分かっていた。地面に突き立てていた《アンブレイカブル》へ過剰光(オーバーレイ)をより纏わせていくと、ついに地面が崩壊し、体が浮き上がる。

 

 ──「……今はまだ、背中を押されてようやく発動できるそれも、いつかきっと自分だけでできるようになるさ。忘れないで、何よりも自分自身が己の可能性を信じることが大事だってことを……」

 

 その言葉を最後に、ゴウの耳へ届いていた経典の声は聞こえなくなった。それとは別に、流れ続ける歌声も効果が終わりに近付いているのか、徐々にか細いものになっていく。

 経典の声とのやり取りに、何故かゴウはさほどの違和感を抱いていなかったのだが、心意のブラックホールに吸い寄せられている今、その理由について考えている暇はない。プランバムのブラックホールを突破する為の、一つのイメージを練り上げていく。

 

「──っ!? うっ! ぐっ!」

 

 重量ある金棒を再び大上段に構えると、ゴウは体が上下逆さの状態になってしまった。更にはブラックホールに吸い寄せられた岩がいくつも体にぶつかる。声を上げるが、逆さになった状態で、それでもイメージを絶やすことはしない。

 ──体勢は関係ない……! 集中しろ……。今の僕ならこれくらいダメージにはならない。この状態でも反動をつければ当てられる。タイミングを見誤らないようにして……。

 やがて、この速度なら爪先が数秒後にはブラックホールに触れるであろう所まで吸い寄せられると、ゴウは背中を仰け反らせて全身に力を込め、腹筋運動の要領で体を起こして金棒を振り下ろす。

 

「はああああああああああ!!」

 

 ゴウの振り下ろした《アンブレイカブル》はいつの間にか金棒ではなく、柄頭(つかがしら)に環状の飾りの付いた、内反りで片刃の大太刀へと変化していた。

 

「《布都御魂(フツノミタマ)》!!!!」

 

 それはゴウがかつて祖母から聞いた、雷神・武御雷神(タケミカヅチノカミ)。かの雷神が地上に授けたという魔を払う神剣。

 その数年後に、何のきっかけだったか自分でも憶えてもいないが、調べて知った剣の形を頭に思い浮かべ、強化外装を触媒に心意の力を流し込んだ、今のゴウがイメージできる究極の一撃。

 

 ──ふつ。

 

 渾身の力を込めて放ったゴウの一太刀から発生したのは、溢れんばかりの過剰光(オーバーレイ)と裂帛の気合にまるでそぐわない、そんな小さな風切り音。しかし、引き起こされた事象は途轍もないものだった。

 振るった刃の軌道は、延長線上に位置する天井から壁面を通り、地面の一部までが両断されて谷底のように裂けている。その裂け目は深く、奥まで見えない。

 この大規模な斬撃は、もののついでとばかりにブラックホール、そしてプランバムの右腕と右脚を両断していた。

 

「ば……莫迦な…………何が……」

 

 呆然とした声を上げ、宙に立っていたプランバムの体がぐらりと傾く。

 そうしてほんの一瞬、前後不覚に陥ったプランバムの隙をゴウは見逃さなかった。ブラックホールが両断されたことで引力が消え、地面に落下していく岩塊を足場に次々と飛び乗り、稲妻の如き速度で上へ上へと駆け上がっていく。

 技を終えると、大太刀は役目を終えたかのように消滅してしまい、もう手には残っていなかった。おそらく技の威力に耐えるのには一撃が限度だったのだろう。

 

「《アダマント──」

 

 ゴウが右腕を腰に当てて引き絞ると、プランバムが気付いて左腕を動かすが、それでもゴウの攻撃に対する防御は間に合わない。

 

「──ナックル》!!」

 

 ゴウの輝く正拳突きが、プランバムの左胸に埋め込まれた《オリハルコン》に直撃し、そのまま両者は天井の裂け目の奥へと上昇していく。まるで天地が逆転し、雷が天に昇っていくかのように。

 

「ぐおおおおおおおおおお!! ……あ、ああ……ああああああああああ!!」

 

 拳を受けた《オリハルコン》を激しく明滅させて叫ぶプランバムは、それでもまだ生きていた。左腕を痙攣させながらもゴウの腕を掴むと、がくんと上昇の勢いが急激に減速していく。

 

「わ、私の心意……破られる、とは……。だ、だが、勝つのは──私、だああああぁっ……!」

「ぐっ……!?」

 

 絞り出すようにプランバムが叫ぶと、一瞬だけ離した左手でゴウの首を掴み、二人は凄まじい速度で落下していった。明らかにアバター二体分の重量の落下速度ではない。プランバムの持つアビリティ《重圧付加(プレス・アディション)》によるものだ。

 ──そうか、もう……。

 心意の鎧を纏う自分に何故アビリティが効果を及ぼしているのかと考えていると、ゴウはようやく装甲が通常のダイヤモンド装甲に戻っていることに気が付いた。心意技が解けているのなら、アビリティの影響も受けるのは当然だ。

 力を貸してくれていた経典の歌声も、もう完全に消えている。

 

「諦めろ……。貴様の、負けだ……。とうに……限界を超えている、だろう……」

 

 プランバムの仮面は左上半分が砕け散り、アバターの素顔の四分の一が露わとなっていた。楕円形をしたアイレンズは弱まった声に反して爛々と黄金色に輝き、眼差しに狂気と妄執を湛えている。

 

「…………」

 

 プランバムによって鉛のように重くなったゴウの体は、無茶な心意技を発動し続けていた反動で激痛が苛み、それ以上に精神が、魂が消耗したことで意識が遠のきそうになる。しかし、それでも。

 ──負けたくない……。僕は──この男に、勝ちたい!! 

 ゴウは諦めていなかった。満身創痍であるはずなのにゴウの胸には熱いものが宿り、全く冷めようとしない。

 この高度から地面に落下している時点で、ゴウの死亡は確定している。たとえ必殺技で落下の衝撃を和らげようが、一割を切ったゴウの体力では耐え切ることなどできないし、尋常ならざる執念を見せるプランバムがどう着地しようとしているのかは知らない(すでに正常な判断ができていない可能性も有り得る)。

 にもかかわらず、ゴウは何が何でもプランバムに勝利したかった。このまま共倒れになることはどうしても認められない。

 それはバーストリンカーがデュエルアバターを動かすのに必須な動力源、胸を熱く焦がし、滾らせる闘争心によるものだった。

 ──動いてくれダイヤモンド・オーガー、加速世界の僕……。お前の……僕の力は、今こそ必要なんだ! 

 他ならぬ己の心から創り出された、己の分身たる金剛石の鬼に、ゴウは強く念じながら全精力をかき集め、全身に力を込めて抗い続ける。

 その願いがデュエルアバターか、はたまたブレイン・バーストのシステムか、一体何に通じたのか。ゴウは胸に感じていた熱が、血管を通るように体全体へ流れていくのを感じ取った。

 すると、始めに肩がぴくりと動いた。順に肘、手首、指が、股関節、膝、足首と体の各所が動いていく。

 ふと見ると、視界の必殺技ケージが徐々に減少をしていたが、ゴウが理由を考えるよりも先に熱を持った体で両腕を動かしていくと、信じられないというようにプランバムのアイレンズに困惑の色が宿る。

 

「莫迦な…………何故……動ける? 心意システムも発動していない……瀕死の体で……!」

「……い、言いたいことはいろいろあるけど、一つだけ言っておく……。僕の……限界を──」

 

 そうして、ゴウはプランバムの左肩口と肘から先の無い右腕を、万力の如き力を込めて掴み──。

 

「お前が────決めるなああああっ!!」

 

 血を吐くように叫びながら左腕で引き込んで、プランバム諸共に空中で百八十度回転した。これによりプランバムが下側、ゴウが上側に位置が逆転する。

 露出した左目のアイレンズを見開くプランバムをよそに、ゴウは首を掴んでいるプランバムの左腕を引き剥がすと、重量の呪縛が解けた体が一気に軽くなった。同時に下方からは見える光がどんどん大きくなっている。地面が近いのだ。

 ──もう時間が……一撃で決めるしか……。

 時間的にも、それに精神的にも、ゴウには残り一発しか攻撃できる猶予は残されていなかった。ゲージが消費し続けている代わりに膂力が上昇しているとはいえ、適当に殴ってもプランバムの体力を削り切れる保証はない。

 ──狙うのなら確実な急所だ。頭……は首を曲げて避けられるか? なら体幹、心臓部分を……。

 脳は高速で回転させ、左手で握り拳を作り、右手はプランバムの左手首を掴んだまま離さず、ゴウは彼の左胸に埋め込まれている《オリハルコン》を凝視する。

 プランバムが心意を発動していたとはいえ、同じく心意発動状態だったゴウの《アダマント・ナックル》をまともに受けて、尚も破壊されずに存在感を示しているアトランティスの《秘宝》。それでもさすがに無傷ではなく、黄金色に発光している為に分かり辛いが、表面に亀裂が走っている。これに追い討ちをかければ破壊し、プランバム本人にダメージを与えるのも不可能ではないだろう。

 ──思い出せ。師匠の、大悟さんの動きを……。

 

 ──『単純な力比べなら、今のお前さんはアウトローじゃ一番だろうな』

 

 レベル6になったゴウは大悟にそう言われた。レベル8の自分やコングよりも上だとはっきりと明言した。

 とはいえ、実力的にアウトロー最強だというわけではない。これは当然ゴウも理解している。戦闘技術の面では大悟よりも大きく劣ることも。

 掌底の打ち方一つでも大悟のそれは無駄がなく、発した力のほぼ全てを対象へ伝えているような印象を何となく受ける。新米(ニュービー)の頃、漫画に登場する武道の達人のようだとゴウが言うと、大悟は豪快に笑った。

 

 ──『ありがとよ。でも俺のやり方はあくまで我流だ。そう言うと何だか凄いものみたいに聞こえるだろうがな。実際のところは素人が独学で効率悪く時間をかけて、試行錯誤した末にどうにか実戦で使えるようにしたに過ぎない。しかも現実で同じようにはできないときている。だって俺はその手の達人じゃない、一学生だからな』

 

 謙遜とも自嘲とも取れる物言いの大悟に、それでもその技術を自分にも教えてもらえないかとゴウが食い下がると、返ってきたのはデコピンだった。

 

 ──『模倣から始めることを間違いとは言わんが、初めから教わるよりも目で見て、体に受けていった方がより強く身に着くものだぞ。脳は考える為にあるんだからな』

 

 それからゴウは実際に、幾度もの手合わせでアバターの体に叩き込まれていくことになるだが、今でも大悟の動きを完全に理解できているとはお世辞にも言えない。ただし全くの成果ゼロというわけでもなく、感覚的に自分なりに学んだ部分もある。

 ──無駄を削ぎ落とせば、残るのは純粋なものだけ。動作の最適化をすれば、大きく動かなくても、生み出した力は攻撃する場所の一点に通っていく……。

 千倍に思考が加速された世界で、より早く脳内処理速度を加速させるゴウは、これもまた心意システムと同じ、イメージの力と似通っていると思った。不定形の物体を狭い筒から押し出し、それまで押し込められていたエネルギーが爆発的な勢いを発生させるような一撃。それでいて、対象にそのエネルギーが伝播していくイメージを浮かべていく。

 

「────喝!」

 

 肘を曲げて脇を締め、狙いへと集中して見つめ、師のかけ声を借りて正拳を打ち出した瞬間、ゴウはいつもの突きとは少し質が違うと気付く。

 そうしてプランバムに接触した拳は、一瞬の抵抗感の後に《オリハルコン》を割り砕き、プランバムの左胸から背中までを貫通していた。

 爆発するプランバム、ポイント加算のメッセージ、急速に近付く地面、そして──。

 


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