アクセル・ワールド・アナザー 無法者のヴォカリーズ   作:クリアウォーター

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第六十八話

 第六十八話 因果応報の末路

 

 

 ブレイン・バーストにおいて何よりも重要になってくるのが、バーストポイントの存在である。

 加速コマンドを始めとした各種コマンドの起動、デュエルアバターのレベルアップ、果てはショップでのアイテム購入など、ポイントは様々な用途で消費されていく。

 主に対戦によって補充ができ、勝者はレベル差に応じた相手のポイントを手に入れ、敗者はポイントが減る分だけ、バーストリンカーとしての死期が早まる。

 それは、ポイントがゼロになってしまえば、ブレイン・バーストがニューロリンカーから強制アンインストールされてしまうからだ。

 一度強制アンインストールされてしまえば、ニューロリンカーを変更しようが、再インストールは不可能。加速という技術の恩恵に与ることもできなくなり、今まで時間をかけて成長させてきた己の分身、デュエルアバターも消滅してしまう。

 そして、ブレイン・バーストに関わる記憶を全て失うことになる。自分がバーストリンカーとして、人によっては何十年と過ごした時間、加速世界での思い出や経験が消えてしまうのだ。

 このことは、ポイント全損をしたバーストリンカーと現実で関わりのある者、その者から話を聞かされた者しか知る由もないが、後者は記憶が消えるという信じ難い話から、半信半疑に捉える者も少なくない。その為、噂としてしか認識されていない面も多々見られている。

 しかし、噂は事実である。故にバーストポイントは、バーストリンカーとしての生命線に他ならない。

 また、ブレイン・バースト永久退場の要因は、ポイント全損の他にもう一つ存在する。

 それは何ということのない、バーストリンカーが自らブレイン・バーストプログラムをアンインストールすること。当然、その際も再度インストールすることは不可能である。

 ポイント全損と違うところを強いて挙げるとするならば、己の死期を自らの意思で選択するということだろうか。

 

 

 

「あ、主……。何を……言うのです」

「ど、どうして……」

 

 ブレイン・バーストを捨てるという旨の発言をするプランバムに、信じられない様子のコロッサル。

 バーストリンカーが何よりも忌避する事柄に、ゴウも思わず困惑をそのまま口に出してしまう。

 

「……今となっては全て遅いが、私は選択を誤ったのだ。故にこうして無様な姿を晒している」

 

《オリハルコン》を宿したプランバムは大理石の床に横たわったまま話す。

 アトランティスの管理AIを名乗る存在、テティスの話では、数々の特権と引き替えに一度死亡してしまえば、もう回復のしない瀕死の体となってしまい、しかし命を繋ぎ止めているのもまた、瀕死状態の原因である《オリハルコン》だという。

 

「虐げられる存在のいない加速世界を作り……正しく導いていく。そう考え、長く加速世界を巡った。共感する同志も集っていったが、それでも目の前の悪しき存在を潰していくことしかできず、根本的な解決手段は見つけることができなかった……。だからであろうな、スコーピオンから差し出されたこの場所の存在を記した本の内容を目にし、ようやく天啓を得たと錯覚したのは。……罪無き者達が犠牲になっていたことも知らずに」

「で、ですが、それについては貴方が気に病むことではないでしょう? スコーピオンがリチェルカを裏切った時、まだ貴方と接点はなかったと言っていたではないですか……」

 

 悔恨の念が窺えるプランバムの言う『犠牲』になりかけた晶音が、フォローする形で否定するも、プランバムはゆっくりと首を横に振る。

 

「……奴が曲者であることは初めて出会った時から分かっていた。レギオンに向かい入れこそしたが、油断ならぬ存在であると。本を手に入れた経緯も、PK行為をしていたバーストリンカーを始末した際に命乞いで差し出されたという説明に、それが真実ではないだろうと理解した上で私はそれ以上追及しなかった。その時点でスコーピオンを責める資格を私は持たず、同罪だ。──テティス、一つ確認したい」

如何(いかが)なされましたか?」

「私の一部となったこの《オリハルコン》……。私が消滅すれば《オリハルコン》も消える……相違無いか?」

「……知っていたのですか? そのことに関しては説明をしていませんでしたが……」

「生身の肉体より長く動かしてきたこの体に、もはや違和感無く融け合っているのが感じられる。なればこそ、おおよその察しも付くものだ」

「……その通りです。ただし、それには条件が一つ。《オリハルコン》には自己保存のプログラムが備わっています。現在の状況で仮に貴方が消滅した場合、アトランティス内に存在する戦士のどなたかに強制的に《オリハルコン》は宿るでしょう」

 

 プランバムとテティスのやり取りで、全損によって退場するバーストリンカーの強化外装が、低確率で倒したバーストリンカーのストレージへ移動するという話をゴウは思い出す。加えて、百パーセント移動をするという、かの《災禍の鎧》の存在も。

 

「なるほどな。お前さん、それで……」

「察したか。然り、実際にここに至って実感する。万が一にもこれが有象無象の手に連鎖的に渡っていくようなことになれば、加速世界は秩序を正すどころか、修復不可能なまでに崩壊していくだろう……。故に今ここで完全に消滅させなければならぬ」

 

 納得した様子の大悟に続き、ゴウもようやくプランバムの行動に合点がいった。

 プランバムは永久退場によって、己の身に宿る《オリハルコン》を自分諸共に消滅させるつもりなのだ。

 しかし、コロッサルがこれに異を唱える。

 

「でしたら主、自分が《オリハルコン》を引継ぎます。そして主の宿願を叶え──」

「ならぬ。言った筈だ、我らはこのアウトローという集団に敗北した。わずか十人のバーストリンカー達に敗北した以上、《オリハルコン》を用いたところで七大レギオンを相手取ることは不可能だと証明されたのも同じ。いたずらに戦火を撒き散らすだけだ」

「ですが! それでは貴方が犬死にではないですか! そんな事実、自分には……自分には耐えられません……!」

 

 主に否定され、血を吐くように反論してから俯くコロッサル。

 そんなコロッサルを見て、プランバムは静かに言い聞かせる。

 

「……ならば、犬死にではなく、せめてもの教訓と捉えろ。私とは違う道を見つけるのだ」

「違う……道……?」

「そうだ。……情けない話、私には見当も付かぬ。そんなものが存在するという保障さえもできぬ。それでも、私にここまで付いてきてくれた、貴様らには生きていてほしい。そうして、私とは違う答えを導き出してはもらえないだろうか……」

 

 厳格な口調こそ変わらないものの、ゴウが聞いたプランバムの声には優しさが込められていた。自分には与り知らないことではあるが、少なくともこの二人の間には、確かな絆があったと思わずにはいられない。

 少し間を置いてから、更に頭を下げてコロッサルが口を開く。

 

「…………承知、しました……主」

「最後に……貴様に託したいものがある」

 

 プランバムは鉛の服が破れた左腕を動かし始めた。その動きからしてインストメニューを開いているようだが、これは本人の他には基本的にタッグパートナー、又はレギオンメンバーに登録された者にしか可視化されないので、コロッサルを除くゴウ達には見えない。

 

「主……これは……」

「貴様ならば……今これを託す理由は分かるだろう。……少し耳を貸せ」

 

 コロッサルが頭を上げ、目線が宙に釘付けになるも、すぐに手を伸ばす。動きからして、どうやらプランバムからの何かを承認したらしい。それから何やらプランバムに耳打ちを受けると、少しだけ眉をひそめてから、頷いて立ち上がった。そのままコロッサルは踵を返し、大広間の入口へと向かう。

 

「──チタン・コロッサル」

 

 プランバムが唐突に呼びかけると、コロッサルは入口の大扉の前で振り返らずに立ち止まった。

 

「これまで私と同じ道を進んでもらえたこと、万感の意を込めて感謝する。……皆にもそう伝えてもらいたい」

「…………」

 

 コロッサルからの返事はない。

 しばしの沈黙を経て、扉を開いたコロッサルがようやく口を開いた。

 

「少なくとも自分は……貴方によって地獄から救われた。自らの選択が全て間違いだったとは、ゆめゆめ思われませんように。──最後の言葉、他の者にも……必ず、伝えます……」

 

 そうしてコロッサルは肩と声を震わせ、振り返らずに出ていった。扉が閉まり足音が遠ざかっていく。

 

「……次は貴様らだ。速やかにこのダンジョンから退去しろ。テティス」

「はい」

 

 プランバムが命じると、テティスが閉じていた瞼を開けた。瞳の色はやはりというべきなのか、ゴウが何となく予想していた通り、リヴァイアサンの眼の色や《オリハルコン》と同様の黄金色。

 開眼したテティスが腕を伸ばすと、その先の数メートル離れた床に鮮やかなサファイアブルーの円が発生する。

 

「ポータル……じゃないね。アレは」

 

 メモリーが発生した円を興味深げにしげしげと眺める

 確かに無制限中立フィールドからバーストリンカーを現実へ帰還させるポータルを思わせるが、快晴の青空を映し出す海原のような色合いと揺らめきは、ポータルのそれよりも動きがやや激しく、若干色も濃い。

 

「これはアトランティス外部に転移させるワープゲートです。円の中に足を踏み入れるだけで対象を転移させます」

「話は聞いていただろう。内部にバーストリンカーがいれば《オリハルコン》が転移してしまう。まずは貴様らを、次にエピュラシオンメンバーを退去させ、それからアンインストールを開始する」

「貴方がたの脱出後、転移先の座標は変更します。先程まで対立していた存在同士が顔を合わせるのは、気まずいものがあるでしょう?」

「そ、それはまぁ、そうだけど……。ワープまでできるなんて無茶苦茶ね。しかも、そんな気遣いまでしてくれるなんて……」

 

 テティスのAIらしからぬ対応に苦笑いを浮かべるメディックに、長い年月の末に自我を獲得するに至ったというテティスは無言のまま、ややはにかむような表情で返す。

 

「オーガー、立てる?」

「あ、はい……。さっきよりは体が動かせそうです……」

 

 心意の反動が原因と思われる麻痺から、いくらか体が回復したゴウは宇美の手を借りながら、よろめきつつも立ち上がった。ふと、プランバムと目が合い、少し迷ってからゴウは口を開く。

 

「あんたは……本当にそれで──」

「勝者が敗者に哀れみなど向けるものではない」

 

 ゴウの言葉は言い終える前に、プランバムにぴしゃりと遮られた。

 

「私は自らの選択自体に後悔はしていない。この思想が間違っていたとも思わない。この世には戦争や飢餓、災害以外にも……平穏な日常の中でも地獄は確実に存在している。当事者以外には取るに足らない事柄も、当事者が地獄だと思えば、そこは間違いなく地獄なのだ。誰が何と言おうがな」

 

 ゴウ以外にも誰も反論はできなかった。プランバムの言い分が事実であることを、《心の傷》からデュエルアバターが形成された、ここにいる誰もが知っているからだ。

 ただし、プランバムはこう付け加えた。

 

「しかし私は、間違っていはいなくとも……正しくはなかったのだろう。……貴様の言っていたように」

「……!!」

 

 ──『……僕は、あんたが間違っているとは思わない。──でも、正しいとも思えない』

 

 戦闘の最中、プランバムとの問答でゴウが出した答え。

 ある側面では正論ではあるプランバムの言い分に対して、感情をそのままに乗せたゴウの反論……というよりもわがままを、プランバムが認めたことを明言する形になる。

 

「貴様に譲れない信念があるのなら、精々その我を貫き通すことだ」

「プランバム……」

「…………」

 

 助言とも忠告とも捨て台詞とも取れる発言をした鉛のデュエルアバターは、それ以上は何も口に出さなかった。

 ゴウは宇美の肩を借りて、仲間達と共にワープゲートだという海色の円へと向かう。

 順番に円の中に入った仲間の姿が次々と消えていく中、自分の番になったゴウが円の一歩手前で振り返ると、倒れたプランバムと寄り添うように立つテティスが目に映った。

 ──……さよなら。

 ゴウはもう二度と会うことはない男に、心の中で別れの言葉を口にしてから、円へと足を踏み入れた。

 

 

 

「おのれ、おのれおのれおのれ……」

 

 アトランティス内部。美しい地底湖を湛えた、星屑のように輝く砂浜に怨嗟の声が響き続けている。

 

「おのれおのれおのれ────がああああっ!!」

 

 砂を蹴り上げ、尾状パーツの毒針と鋏状の手甲を岩壁に突き刺す。

 アメジスト・スコーピオンは、ダンジョン全体に広がった擬似変遷現象からの復活直後、恨み言を呟き続けては暴れるという行為を繰り返していた。

 

「ジャッジめ、忌々しい……。よくもくだらない牢獄など作ってくれたものだ。あんな無意味で、屈辱を与えるだけの……」

 

 確かに当初スコーピオンは、プランバムに命じられて配備されたこの場所で遭遇をした二人を侮っていた。ジャッジは心の隙を突けば手玉に取れる確信があったし、フォックスと呼ばれていた名前も知らなかった同行者は早々に心意の毒で動きを封じたからだ。

 ところが、フォックスは毒に冒されながらも反撃をしてきた上に、一度は零化現象(ゼロフィル)に陥ったジャッジは、フォックスの叱咤されたのをきっかけに立ち直ってしまった。

 それからは手痛いしっぺ返しを食らったとスコーピオンは認め、手に入れたISSキットを起動。想定以上に自分とキットとの親和性は高く、数段階に増した力で勝利を収める……はずだった。

 何故か心意技の撃ち合いの最中、突然ISSキットは停止。厳密に言えば、その力を失ったようにスコーピオンの体から剥がれ落ちた。

 その隙を突かれて死亡。意趣返しのつもりか、死亡マーカーを囲むようにジャッジは心意の檻を作り上げて閉じ込めると、フォックスと共にその場を後にしたのだ。

 これは晶音の思惑通り、スコーピオンにとって相当に屈辱極まるものだった。幽霊状態になったスコーピオンには無意味だったことを差し引いても。

 ──復活すれば容易に破壊されると知っていながら……本当に忌々しい。予定通りなら勝利は目前だった。だというのに……! 

 剥がれ落ちたISSキットは崩れ去って塵になり、今やストレージにさえ存在していない。

 苛立ちを解消するように、スコーピオンは尾状パーツを壁に叩き付けた。何度か繰り返すと多少は気が紛れ、キットの異常事態の理由を本格的に考え始める。

 ──まさか……不良品を渡していたのではないだろうな……。

 息を荒げるスコーピオンの怒りの矛先が、ISSキットを渡した『副会長』、己が密かに籍を置く組織が言うところの《加速利用者》(頑なにこの呼び方を使用する者も組織には多いが、スコーピオンはそこにこだわりはない)の一人である積層アバターに向けられ、根拠のない邪推までする。

 しかし、キット一つをわざわざ細工して渡すような手間をかけるのは、あまりにも非効率だろうと首を振った。

 信頼に基づくものではない。彼は利益にならない行動をする人間ではないと、事実として知っているからだ。

 ──停止直前まで問題なく起動していた……。戦闘中、キットの寄生を引き剥がすような浄化系統の技を奴らが使用したようにも見られなかった。となると……やはり《本体》に何かが起きたと考えるのが妥当。しかしあのメタトロンが突破されるともまた考え難い……。

 予想を提案しては否定していくスコーピオンは、自問自答して頭を働かせている内に、徐々に冷静さを取り戻していく。

 ──過剰な負の心意エネルギーの収集で本体に動作不良が起きた……? それがまだ解決していないということですかね。しかしそれならば、キットがストレージからも完全に消えていることについての説明がつかない。……いずれにせよ、この場では推測にも限界がありますか……。

 現在、組織の最重要の案件であるISSキットを用いる計画に深く関わっているだろう、疎ましい積層アバターを糾弾する要素の一つとしてスコーピオンはこのことを胸にしまい込み、現在の状況に意識を向け始める。

 幽霊状態であっても、戦いによってダンジョン全体が鳴動していたことは把握している。それだけ戦いは白熱していたのだろうが、《オリハルコン》を手にしたプランバムが負けるとはスコーピオンは毛頭思っていなかった。

 きらびやかな大広間に設置された古びた玉座に置かれていた、輝く黄金の塊を目にした瞬間、スコーピオンは直感的に確信したのだ。あれさえ手にできれば、本に記されていたように絶大な力が得られると。

 とはいえ、プランバムの眼前で掠め取るというのはあまりに愚かだ。だからこそ今回は、指示を受けてから速やかにこの場所でアウトローメンバーを待ち構えた。

 結果的に敗北こそしたものの、いずれ訪れるであろう寝首を掻ける機会を待つ。エピュラシオンから離反し、手土産を片手に大手を振って古巣に戻るのはその時と決めている。

 その為に時には己が身を投げうってまで、時間をかけて最低限の信頼と発言の信憑性を育んできたのだから。この執念深さと辛抱強さこそが、スコーピオンの持つ長所でもあった。

 

「さぁて……そろそろ行きますか」

 

 荒ぶる気持ちが落ち着いたところで、最深部に戻ろうと歩を進め始めるスコーピオン。

 ──何も、何も問題ない。多少の予定外の事柄はあっても、最終的に全ては私の思うがままに……。

 先に進んだ晶音達に少し口を滑らせはしたが、組織について明言したわけでもないので、仮に彼女らがプランバムに問い詰める機会があろうが、後に追求されても言いくるめる自信がスコーピオンにはあった。

 そうして砂浜の出口に近付いていると、誰かの足音が聞こえてきた。後頭部から伸びる尾状パーツを構えるも、すぐに杞憂だったと下げる。

 

「おや、これはどうもコロッサルさん」

「……無事だったか」

 

 現れたチタン・コロッサルに軽く挨拶するスコーピオンの声には、先程まで胸の内で猛り狂っていた怒りは欠片も含まれていない。

 

「無事とは言えば無事ではありますがね、遭遇した敵には負けてしまいました。いやぁ、不甲斐なくて面目次第もありません……。もっとも、貴方も無傷なところを見るに、私同様に死亡してから復活したようですが。最深部に続く場所に割り当てられていた貴方が、敵と交戦していないはずがありませんものね?」

「……その通りだ」

 

 スコーピオンの嫌味を含ませた言いように、コロッサルはいつものように無愛想に返す。

 内心でつまらない男だと思いながらも、とりあえずは状況の把握をしようとスコーピオンはコロッサルとの話を進めっていった。

 

「ところで……我らが主はどうなりましたか? まだ見ていない《オリハルコン》の力、ものにすることはできたのですか? 奥に進んだ不届き者達は一掃したのでしょうか? 幽霊状態でもダンジョンを揺るがす震動は感じていましたが……」

 

 コロッサルが付き従うプランバムの現状把握に、一度最深部に戻らずにこちらに来るわけがないので、前提として省いた質問にコロッサルは重々しく頷く。

 

「……心配は無用だ」

「そうですか。それは重畳(ちょうじょう)で……?」

 

 直後、コロッサルが密着寸前まで近付いてきた。

 握り締めた右手を軽く胸に当てられ、スコーピオンはコロッサルの意図が分からずにいると、コロッサルが小さく呟く。

 

「……《断罪の一撃(ジャッジメント・ブロー)》」

「──ッ!?」

 

断罪の一撃(ジャッジメント・ブロー)》。レギオンマスターがそのレギオンに属するメンバーに限り、一撃でポイント全損にさせることができる特権、文字通りの必殺技。

 その技名を聞いた瞬間、戦慄が走ったスコーピオンは素早くバックステップで後退したが、もう遅かった。すでにコロッサルの右手からささやかな音と光が発生し終え、胸を見えない何かが貫いた衝撃が走っていたからだ。

 

「おっ、お前……! どうしてお前が《断罪》を使える!? プランバムはどうした!!」

「主は……敗北した」

「はぁっ!? は、敗北……? たった今、お前は勝ったと言っていただろうが!」

「心配するなと言っただけだ。勝ったなど一言も口にしてはいない。主は融合した《オリハルコン》諸共、このダンジョンで永久退場されることを望み、エピュラシオンのレギオンマスター権を自分に譲渡したのだ。そして、貴様についても話を聞いている。同時に処罰を一任されたが……貴様は生かしていたところで、碌に情報は話すまい。雲隠れでもされれば、何処かで被害は増える。ならば、貴様を生かしておく選択肢は……無い」

「こっ、この木偶(でく)が──ひっ!?」

 

 慇懃さをかなぐり捨てたスコーピオンから再度怒りが湧き上がるも、体から伸び始めた紫色に発光するリボンを目にしたことで、すぐに怒りを恐怖が上回った。

 それは通常の死亡とは異なる、デュエルアバターの最終消滅現象。デュエルアバターの体が光るリボンに見える、微細なバイナリコードの連なりに変換されているのだ。

 かつて自分がそうやって手にかけた《親》が、リチェルカのメンバー達が、その他のデュエルアバター達の最期が、スコーピオンの脳裏に浮かび上がる。

 

「うああ……う、うわああああぁぁ!!」

 

 絶叫し、コロッサルから逃げるように駆け出すスコーピオン。すでに《断罪》は執行された以上、この場を離れたところでどうにもならないのだが、もはや冷静さなど頭から失われていた。

 

「はっ、はっ、はっ、はっ、──うぅっ!?」

 

 息が小刻みに漏れ、何か大切なものが体から抜けていくのを感じる。それでも尚、現実に目を背けて走っていると、何に足を取られてもいないのにいきなり転んでしまう。首を曲げて振り向くと、もう両脚の膝から下が無かった。

 

「ぐぅ……っはぁーっ、はぁーっ、はぁーっ……!」

「一つ言い忘れていた。貴様のような、全ての物事に裏で糸を引いているつもりの黒幕ぶる人間が、自分は何よりも嫌いだ……もう聞こえてはいないか」

 

 必死に這って進むスコーピオンは、後方から歩いてくるコロッサルに目も暮れずに進む。分解は止まることなく進行し、両腕と腰から下が完全に消失してその場から動けなくなった。

 

「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ……これからなんだ。私はこんなところで消えないぞ、死ぬものか、全て私の計画通りに動くんだ……。ああそうだとも、偉そうにしている馬鹿共に見せつけてやるんだ、私の優秀さを……駒は逆らわずに動いていればいいんだ……嫌だ嫌だ嫌だ、消え、ない、消えないぃ……」

 

 ブレイン・バーストを失う恐怖で支離滅裂に喚き散らしながら、後頭部から伸びる尾状パーツを動かし、尚も移動しようとするスコーピオン。

 しかし、砂浜をほじくる以上の動きはできず、追いついたコロッサルが右腕を掲げる。

 

「……《鋼星墜(ティタン・フォール)》」

「使い捨て……じゃない。不可欠なんだ、利用する側だ……誰よりも……私を誰だと思っている……。私はサソリだ、カエルじゃない。カエル諸共沈んだりしない……まして……カエルに食われるなんて──」

 

 こうして、他者を欺き続けた蠍は、鋼の巨人の拳に押し潰されるという悲惨な最期を遂げる。

 毒々しくも鮮やかで一種の美しささえ感じさせる紫色のリボンが、コロッサルの巨大化した拳と砂浜の間から天へと昇っていき、やがて光の粒子の一粒に至るまで、跡形も無く消えていった。

 


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