アクセル・ワールド・アナザー 無法者のヴォカリーズ 作:クリアウォーター
第七話 師弟でお出かけ
「……世間は狭いな」
「ですね……」
ゴウは大悟と、彼の自室で向かい合って座っていた。
大悟との予想外の対面後、驚きのあまり呆然とする二人を見て、初対面ではないと察したらしい大悟の妹、
食事中にゴウと大悟の関係を知りたがる蓮美に対し、大悟が「ゲーム仲間だ」という一応嘘ではない説明をすると、幸いにもゲームにあまり興味のないらしい蓮美はそれだけで納得したようで、それ以上深く質問されることはなかった。
ほとんど兄妹の会話を聞きながら、振られた質問にゴウが答える形で昼食は終了。ちなみに十人前はあった、薬味を揃えたそうめんは十分もしない内に食べ終えた。大柄な大悟は元より、蓮美も部活動後だったこともあってか、ゴウよりもずっと多くそうめんを食べていた。兄妹揃って健啖家なのだろうか。
そうして、大悟の自室に連れられ今に至る。ちなみに蓮美は、そうめんを茹でたのと部活からの帰宅でまた汗をかいたから、と言ってシャワーを浴びている。
「しっかし、妹と同学年なのは分かっていたけど、まさかの知り合いとは……。いや、知り合いなら如月なんて苗字そうそう聞かないし、妹いますか? とか質問されるもんとばかり思っていたからなぁ。てっきり面識は無いと……」
「はぁ……でも隣のクラスで、合同授業で会う程度ですし。さっきまで、あー……蓮美さんの苗字も思い出せなくて」
大悟の言うように確認も兼ねてそれくらいの質問はするべきだったし、家に案内された時に表札を見るべきだったのだろうが、あいにく苗字も憶えていなかった今のゴウが、大悟と蓮美が兄妹と結び付けるのは、今回の遭遇がなければまず不可能だったろう。
「まぁ、
「あ、あははは……。そ、そう言えば蓮美さんはバーストリンカーじゃないんですよね? ブレイン・バーストの存在自体知らなそうでしたし」
「まぁ親兄弟でも教えてもしょうがないし、どこから他のバーストリンカーにリアル割れするか分かったもんじゃないからな。それにあいつ、ニューロリンカー着け始めたのが遅いんだ。だから最初から適正がないのは分かっていた。ゲームアプリに興味ないし、普通に体を動かす方が好きらしい。そもそもうちの学校、他にバーストリンカーいないだろ?」
「えぇ、そうなんですけど……」
バーストリンカーのほとんどは東京の、それも二十三区にほぼ密集している。それでも二十三区に存在する同年代の子供と相対すれば、一つの学校に一人いることさえ何百分の一の確率、つまり絶対ではないにしても、そうそう出遭うことはないのだ。
ゴウもバーストリンカーになった当初はマッチングリストを確認することで、学校には自分と大悟しかバーストリンカーが在籍していないことは把握していた。
──にしても、僕と蓮美さんが同学年だと知ってたって……。それこそ言ってくれればいいのに。
あまりに驚かされてばかりなので、若干の卑屈気味なことを大悟に対して思ってしまうゴウ。
そんなゴウの心境も露知らずといった様子の大悟はちなみに、と付け加える。
「分かっているだろうが、確かに今の俺らの学校には、俺とお前さんの二人しかバーストリンカーがいない。だが転校生や来年に新一年生が入学したら、そいつらがバーストリンカーの可能性がなくもない」
「もし学校が他のバーストリンカーと同じだったらどうするんですか?」
「んー、お互いのリアルが割れちまうからなぁ。互いに不干渉を貫くか、形だけでも同盟を結ぶか……。最悪、ポイント枯渇しかけの片方か、あるいは両方がリアルアタックする可能性もありはするな。まっ、少なくとも当面は問題ないだろ」
さらっと恐ろしい事実を教えられ、血の気が引くゴウ。どうも自分が知る以上に綱渡り気味の状況を歩んでいるらしい。
──というか、この数十分で知らなかった情報が増え過ぎてちょっと処理しきれない……。
「ところでどうだ戦績の方は。ぼちぼちやってるか?」
「あ、はい。大体の勝率は五、六割くらいです。でも相性が悪いとどうも……」
ゴウの勝率を聞いてから、うーむと唸って黙り込む大悟。
早くも成長が停滞気味の自分に失望してしまったのかと心配するゴウだったが、大悟はすぐに両手でぱしんと自分の両膝を叩いた。
「よし。ゴウ、この後予定あるか?」
「え? いや、特にないですけど」
「じゃあ出かけよう。ちょいと早いかもしれんが、まぁ良い経験になるだろ」
「えっと、どこに行くんですか?」
「良いとこ」
予想外の展開に戸惑うゴウをよそに、身支度を始める大悟。
仮想デスクから蓮美にメッセージを残したらしい大悟は、そのまま部屋を出て、ゴウに付いてくるよう促してくる。
蓮美に一言挨拶をしたかったが、まだ浴室から出ていなかったようなので断念。仕方がないので、彼女には夏休み明けにもう一度お礼を言うことにした。
昼を過ぎ、より気温が上がった歩道を黙々と歩き続ける大悟とゴウの二人はやがて、駅に到着してそのまま電車に乗る。
行き先を訊ねるゴウに、大悟は「着いてからのお楽しみ」とはぐらかすだけだった。
大悟の意図がさっぱり分からず、一度乗り換えも挟み、電車に揺られること数十分。降りた駅は秋葉原だった。台東区なので確か黄色のレギオンの領土に含まれていると、ゴウは記憶している。
ゴウは加速世界の対戦エリアの内、自宅がその範囲内に含まれる、どのレギオンの領土でもない《中立エリア》、又はバーストリンカーの人口が少ない為に《過疎エリア》とも呼ばれている世田谷区の他には、隣接する世田谷同様の中立エリアの大田区、緑のレギオンの領土である渋谷区、目黒区での対戦が主だった。それらよりも遠い台東区に来たのはこれが初めてだ。
駅からメインストリートに入ると、人の海と無数の小規模ショップにゴウは圧倒された。夜になればネオンライトよって、更にカオスな光景になるのだろう。人にぶつからないよう必死に大悟の後ろをしばらく歩いていると、大通りから少し裏に入った所でようやく大悟の足が止まった。
「お疲れ、ここが目的地だ。中をもう少し歩くが」
「ここが……?」
足を止めたのは大音量の電子音が内部から漏れている、一際うるさいビルだった。入口には《QUADTOWER》と今は点灯していないネオン照明で表示されている。
「ゲームセンター、いわゆるゲーセンだな。もっとも目的地はゲーセンじゃないが。薄暗いからはぐれるなよ」
大悟と共に店内に入ったゴウは、一瞬であらゆる音に聴覚を刺激された。巨大な筐体、一昔前のゲームマシンが立ち並び、あらゆるBGM、効果音が大音量で流れる中、プレーヤー達が夢中で筐体を操作している。長時間いると耳がおかしくなりそうな空間で、初めて見る光景に圧倒されながら、一番奥の壁面に設置されたエレベータへと辿り着いた。
大悟と共に入り上昇。エレベータの扉が開くとこれまでとは打って変わり、フロアは静まり返っていた。パネルで仕切られた狭い個室、これと似た光景にはゴウも見覚えがあった。小学生時代に数回だけ入ったこともある《ダイブカフェ》だ。
フルダイブ用の個室を提供する店だが、世田谷にもダイブカフェは探せばすぐに見つかるだろう。わざわざ秋葉原にまで行く理由は何なのか。
大悟は無人カウンターで受付を済ませ、壁際のドリンクバーで飲み物を入れたコップを二つ持つと、「こっちだ」と案内する。終着点はペアシートの個室だった。
机に飲み物を置き、リクライニングチェアに体重を預けた大悟に、再度ここに来た理由をゴウに訊ねる。
「それで……ここで何をするんですか?」
「ここでしかできないこと。今からフルダイブするからアバターを適当な、現実のお前さんとかけ離れた姿のやつに設定してくれ」
大悟に言われるままに、隣の椅子に座るゴウは現在のアバターを、別の適当なアバターへと変更する。
「えーっと……できました」
「よし。フルダイブしたら《アキハバラBG》ってタグのアクセスゲートに潜ってくれ。目立たないから見落とさないようにな。いくぞ」
「え? あ、はい」
「三、二、一……」
「「《ダイレクト・リンク》」」
フルダイブ後、重力が消失する感覚の中で、ゴウは暗闇で派手な広告が並ぶ片隅に《アキハバラBG》とぽつんと表示された目立たないタグを見つけた。確かに大悟に言われなければ見落としていたかもしれない。
円形ゲートに吸い込まれ、再び重力が戻ると、硬質な床に足が着いたのを感じた。
周りを見渡すと、RPGの酒場のような場所にいた。ただし床や壁、テーブルなどの内部や調度品が鉄板や金網、赤錆気味の金属類で構成された、少しばかりダーティーな雰囲気の漂う場所だった。その中でちらほらと自分以外のアバター達の影が見える。
一番特徴的だったのは、中央の四角い吹き抜けの空間に天井から鎖にぶら下げられた巨大四面モニター。薄暗い酒場内なので目立つディスプレイを、ゴウは普段のアバターから変更した、全身が角張ったロボット型アバターの姿で目を凝らす。
「名前に……時間? それに……」
「この時間に対戦するアバターの名前とレベル、その後ろについている数字はオッズだ」
大悟が後ろから声をかけてきた。振り返ると、アバターはいつものスーツ姿だが、数珠の珠になっているはずの頭には何故か
「ここ、加速空間じゃないですよね? でも他のアバターも僕らと同じバーストリンカー……?」
「その通り。そもそもこのローカルネット内は、このビル内でバーストリンカーだけが接続できる空間だ。それ以外の人間はタグすら認識できないようになっている。最初にブレイン・バーストをインストール成功した場合に見える炎の文字と同じ技術らしいが……そのあたりの原理は俺もよく知らん」
「えーと、結局ここは何をする場所なんですか?」
「ここは《アキハバラ
ゴウは大悟が顔の見えない編み笠の中で、口角を吊り上げて笑ったような気がした。