アクセル・ワールド・アナザー 無法者のヴォカリーズ   作:クリアウォーター

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第七十話

 第七十話 自由を求めた小鳥

 

 

 線香皿に置かれている火の付いた線香の先から、薄く立ち込める煙が空へと昇っていく。

 ゴウは大悟、宇美、そして晶音共に水で清め、花を添えた墓石の前に立っていた。

 今は晶音が手を合わせて静かに黙祷している墓石には、『如月家之墓』と彫られている。

 現在より数十分前。

 ログアウトをして現実のダイブカフェで意識が戻ったゴウはすぐに時間を確認すると、十二時になる十秒前にダイブしたのに、時刻は十二時二十五分に差しかかろうとしていた。

 これで本当にアトランティス内部の時間流はおかしかったのだと、納得せざるを得なくなると同時に、ここが施錠された空間であったことにもほっとした。二十分以上フルダイブ状態で肉体が無防備なままというのは今時珍しくもないが、知らない内にそうなっていたとなれば話は別。かなりぞっとする話だ。

 そんな中、晶音が開口一番に行きたい場所があると言い出した。

 それは経典の墓参り。

 だったら私服ではなく、それなりに身なりを整えた方がいいのではないかとゴウと宇美は言ったのだが、晶音はどうしても今すぐしたいと引き下がらなかった。

 その理由は明らかで、アトランティスの移動を期せずして見届けた後に、ゴウが伝えた経典からのメッセージを聞いたからだろう。

 ちなみにコングとメディックは、経典からの謝罪と感謝の言葉を伝えると感極まり、二人して泣き崩れてしまったので、ポータルに移動できるようになるまで少し時間がかかった。

 結果として、身内である大悟が別に構わないと了承したので、大悟の父親の実家でもある寺、その敷地内の寺院墓地へと赴くことになったのである。

 母屋へ挨拶しにいくと、大悟の伯母さんは通院時代の大悟達の保護者として付き添っていた際に、何度か晶音と対面もしていたらしく、突然の来訪に目を丸くしつつも、墓参りの申し出を快諾してくれた。

 それからは、手入れがしっかりされているようで、軽い土埃程度の汚れしか付いていない墓石を水で洗い、道中で購入したお供え用の花を飾り、線香を焚いてから順に手を合わせて今に至る。

 晶音は順番の最後を希望し、かれこれ一分以上手を合わせて黙祷したままだ。それだけ伝えたいことがあるのだろう、当然誰も止めたりはしない。

 

「……先に道具を片付けるか。ゴウ、手伝ってくれ。宇美は岩戸と一緒にいてやりな」

 

 水の入った桶と柄杓を持つ大悟に、ゴウは残りの小物を持って付いていく。日曜日でも昼飯時ということもあってか、墓参りに訪れている人は自分達の他にはいない。

 天気予報だと梅雨明けまで今しばらくかかるそうだが、今日は晴れで空も青い。しかし、ゴウの心境は空と同様の快晴とはいかなかった。

 

「大金星をあげたにしちゃ、浮かない顔だな」

「あ……また顔に出てましたか」

 

 洗い場に着いて桶の水を流す大悟に唐突に指摘されるも、ゴウは大悟に割とよく心境を見抜かれるので、最近はあまり驚かなくなっていた。

 

「もしかして、僕に気を遣って二人から離してくれたんですか?」

「両方だ。お前さんと岩戸と。できる男は気遣いができるもんさ」

 

 桶と柄杓を逆さ干しにしながら、大悟はけらけらと笑うとゴウの方を向き、一転して表情が真面目なものになる。

 

「冗談はさておき……奴のことか?」

「……はい。本当に、あの結末で正しかったのかって思うんです」

 

 線香や花の包装をゴミ箱に捨てるゴウの頭に、現在の加速世界が抱える歪みを《オリハルコン》の力を用いて正そうとした、エピュラシオンの首魁であるプランバム・ウェイトの姿が浮かぶ。

 

「手段はともかくとして、あいつの、いや……あの人の掲げた信念が私利私欲の混じったものじゃない、本当に加速世界のことを想っての行動だったことが、戦い終えた今なら分かるんです。だからあんなふうにじゃなくて、もっと他の分かり合える道もあったような気がして……。それにあの人は何だか……少し似ている気がしました。その……」

「自分自身に、か?」

 

 歯切れの悪くなる言葉を引き継ぐ大悟に、ゴウは小さく頷く。

 プランバムを倒したのは他でもない自分で、それ自体に後悔はしていないが、何も血を血で洗うような闘争がしたかったのでも、ポイント全損に追い込みたかったのでもないゴウにとって、今回の決着は大団円とは言い難いものだった。

 またそれとは別に、窮地に追い込まれても勝利を得ようと執念を見せるプランバムの姿に、ゴウはどこか自分の姿を重ねていたのである。

 

「なるほどな、戦いを通じて意図せず心が通じたのか。極限まで精神が研ぎ澄まされると稀に起こり得る現象、あるいは錯覚……そういうものには俺も覚えがある。まぁ何にせよ、自分の行いが正しかったかどうかだなんて、答えの出ない問題だ」

 

 大悟は洗い場から少し離れた縁石に移動すると、どっかりと腰を降ろした。

 

「少なくとも俺は、今回の自分達のした行動が──エピュラシオンとの衝突が間違っていたとは思っていない。確かに極端な話、これから何年か先の未来には、奴らの考えが正しかったと証明される時が来るかもしれない。そうなれば結果的に、俺達のやったことは間違いだったってことになる。とはいえ、それに一喜一憂したところでやっぱり詮のないことだ」

「たらればの話をしたらキリがないからですか? でも僕は……」

 

 大悟の言っていることは理解できる。完璧な人間なんていないのだから、人は直面した問題に対して、その時の最善を尽くすしかない。

 だが、ゴウにはプランバムにとっての希望を、自分が受け入れられないからという、自分の身勝手さによって潰してしまったように思えてしまう。

 アトランティスで戦っている時には、自分の選択に間違いがないという自信があった。しかし、こうして現実世界に帰還してから改めて考える時間ができてしまって、どうしても不安になるのだ。これで良かったのかと。

 大悟は苦悩しているゴウの表情を見ると、頭を掻いて口を開く。

 

「……別に俺もな、プランバムの言っていたことが理解できないわけでもない」

「えっ? でも論外だとか、話にならないって言っていたじゃないですか」

「そりゃあ敵だった奴の手前、散々に否定はしたが、現状で不憫な思いをしているバーストリンカーだって存在しているのも事実。それでも……あんな力を使ったところで、根本的な解決ができていたとは到底思えない。仮に解決しても、プランバム自身は絶対に救われたりはしないな」

「……!!」

 

 そう強く断言する大悟に、ゴウは目を見開いて訊ねる。

 

「それはどうしてそう思うんですか……?」

「おそらく奴は《親》か《子》か、ないしは親しいバーストリンカーとひどい別れ方をしたんだと思う。俺には奴が加速世界の秩序だ何だと固執していたのと同時に、喪失感を埋めようとしているようにも見えた」

「喪失感……」

 

 喪失。心に穴が空いたような傷。《心の傷》がデュエルアバターの、更には心意システムの核であるという事実を、ゴウはもう知ってしまっている。

 

「性根が真面目なんだろうな、そういう奴であるほど、袋小路に陥った時には抜け出せなくなる。精神的にどん底に沈んだ時に、手を差し伸べてくれる仲間もいなかったんだと思う。あるいはいたのに気付かなかったのか……。何にせよ、奴にとってはもうブレイン・バーストはある種の呪い、己を縛る鎖になっていたことだけは確かだ。救われないってのは、そういう意味。本人が自覚していたのかまでは知らんが。多分、お前さんが奴に共感したのも、似たようなタイプだったから思うところが──おい、そう心配そうな顔をするなって」

 

 顔が曇っていくゴウを見て、大悟は真剣味を帯びた表情をふっと和らげた。

 

「お前さんなら、プランバムと同じ道を辿ったりはしないだろうよ。お前さんは何だかんだと悩んだり落ち込んだりはしても、最後には乗り越える根性がある奴だ。それに神経細そうに見えて、案外図太いからな」

「それ……単純ってことですか?」

「良い意味でな。お前さん、腹が膨れたり一晩寝たりすれば、大抵のことはあまり気にならなくなるクチだろう?」

「うっ……」

 

 大悟に心の内をお見通しにされている気がして、ゴウは少しふて腐れたような口調になってしまう。

 

「大悟さんはどうしてそんなに僕といい、プランバムのことといい、ズバズバ言い当てられるんですか……? アレですか、心理学か何か勉強してるんですか? メンタリストなんですか?」

「メン……? いやなに、ただの経験則。ともかく、今回の件でお前さんが気に病む必要はない。第一、ブレイン・バーストはゲームだぞ? 楽しまなけりゃウソだってこと。真剣に打ち込みこそすれ、使命だの義務だの考えながらゲームする奴があるかよ」

 

 ──楽しむ……。

 それはゴウが大悟に常々言われていることだ。対戦でもエネミー狩りでも楽しむようにと。

 

「そういった意味でも、俺達はエピュラシオンとは相容れなかっただろうよ。……どうだ? こうして話すだけでも肩の荷が少し降りた気がしてこないか?」

「それは……。まぁ、確かにそうですけど……」

「ゆっくり自分の中で消化していけばいい。焦る必要もない」

 

 一人で抱え込まないで相談するだけでも、幾分楽になるというカウンセラーの常套句を認めざるを得ないようだが、すぐに納得すると、また自分が単純だと証明しているようで癪なゴウは一つ気になっていたことを、話題を変える意味も含めて大悟に聞いてみる。

 

「大悟さん。あの、さっきは話さなかったんですけど、プランバムとの戦闘で経典さんのカードを使った時に──」

 

 アトランティスで経典のリプレイ・カードを使用した際に、心意システムが付与された歌により、支援効果を受けてプランバムへの勝因に繋がったこと。その前に経典が録画をしたと思われる、無制限中立フィールドの《月光》ステージに意識ごと移動し、そこで経典のデュエルアバター、カナリア・コンダクターから伝言を頼まれたこと。この二点だけは、もう仲間達に説明したが、まだ簡潔にしか話していない。

 いろいろと、というよりも仕組みの全てが何となくにしかゴウには理解できなかったが、取り分け不思議だったのは、プランバムの作り出した心意のブラックホールを前にして諦めかけた時に、歌声とは別の経典の声がゴウに助言をしたことだった。

 姿は見えずとも背後に立って、耳元で話しかけていたような経典の声について、ゴウは大悟に説明していく。

 

「そりゃ……お前さんの作り出した幻聴だな」

「ええっ!?」

 

 何度か質問をした後に、大悟はあっさりとそう結論付けた。

 

「それっぽくこじつけると、長時間維持していた心意技で精神を磨り減らしたお前さんの脳が、その場に響いていた経典の歌声を基盤に、イマジナリーフレンドもどきを作り出したってところか」

「そ、それじゃ僕は、頭の中で自問自答していただけってことですか?」

「平たく言えばそうだ。お前さんが元々持っていた知識とそこから考え出した発想が、経典の声って形態を取っただけのこと。いや、だけって言うのもおかしいか……。大体よ、話を聞くにお前さん、経典と会話してないじゃんか」

「あ……」

 

 あの時は必死すぎて気に留めていなかったが、言われてみるとゴウは自分の思ったことを、経典に一方的に返された憶えしかない。

 確かに心意システムの特性なども、既存の知識以上のことを経典は話していなかったし、ゴウの発動した《武御雷(タケミカヅチ)》の形態も、ゴウの持つ理想と雷神のイメージが混じり合って生み出されたものであって、そこに経典の意思が介在したわけではない。経典の口調にしても、事前にリプレイ・カードの録画映像で知っていたから再現されたとしたら、一応の辻褄は合う。

 言われてみればというよりも、普通は言われる前に気付くであろう、至極当然の指摘を受けて、さすがにゴウは自分の間抜け具合に顔が赤くなった。

 

「皆の前で話さなくて良かったです……」

「……それでも理屈はどうあれ、経典がお前さんを助けた。俺はそう思いたいね。その方が浪漫があって良い。……お前さんにカードを託したのも間違いじゃなかった」

「大悟さんは……あのカードを自分で使おうとはしなかったんですか? カードがどういうものであるかは知っていましたよね」

 

 要らない恥をかいてまだ少し顔が熱いゴウは、しみじみと微笑む大悟に、気になっていた質問をする。

 よくよく思い出すと記録の中の経典も、最初から大悟が誰かにカードを渡す前提で話を進めていた。血を分けた兄弟である大悟に使ってもらった方が、貴重な品を顔も知らない誰かに託されるよりも、ずっと良いのではないだろうか。

 

「あのカードを渡されたのは、経典とのサドンデスをした時だ。体力が尽きかけていたあいつから押し付けられる形でな」

「あっ……す、すみません……。僕、その、そんなつもりじゃ……」

「いいんだ、気にするな。……あいつは俺が使わないことを、最初から見抜いていた。昔からそういう奴だった」

 

 失言だったと慌てるゴウを大悟は制して、どこか遠くを見るような眼差しで経典について話し出した。

 

「俺達のプレイヤーホームに《アウトロー》と名付けたのは経典でな。アウトローってのは、法の保護を受けられない無法者、ならず者が本来の意味だが、そうじゃなく経典は何者にも阻まれることのない、自由な存在として捉えた。だから《断罪》の権利や、上下の序列を含むレギオンという枠組みについては良い顔をしなかった。あいつの意志を汲むってわけでもないが、アウトローがレギオンを結成しないのはそういう理由もある」

 

 明かされるゴウにとって大事な場所の名前の由来。そこがレギオンとしての形態を取っていない理由だと語る大悟。

 

「……実はあのホーム、経典が一目惚れしてな。決め手は備え付きのバーカウンターがあったから。その分、必要ポイントも割高だったんで俺達が渋っても、どうしてもと経典が譲らなかった。普段は調和と協調性の塊みたいな奴なのに、妙なところでこだわりがあってよ。折れないんだこれが。あんまり頼み込むから結局、俺達の方が根負けして……。もちろん気に入っているし、不満はない。ただ今にしてみれば……あいつは自分が酒の味を知るまで生きられないと、悟っていたのかもしれない。病気がひどくなる前から……。だから形だけでも、雰囲気だけでも大人っぽい体験しておきたかったんじゃないかって、最近になってそう思うようになった」

 

 徐々に伏し目がちになっていく大悟の口元は、懐かしむように苦笑している。振り返った過去の思い出と、もう戻らない現実に対する感情が複雑に入り混じったようだった。

 

「カードを遺したことといい、先のこと、将来のことを案じている奴だったよ。何だかんだ、てめえ自身も楽しみつつ……。──いきなり悪いな。湿っぽくなるのは分かっていたが、良い機会だからお前さんにも知っておいてもらおうかと思ってよ。まぁ……そんな感じだ。さて、そろそろ戻ろう。いい加減、岩戸の方も終わっただろう」

「……はい」

 

 パンと音を立てて、両膝に手を置いてから縁石から立ち上がり、晶音と宇美がいる経典の墓に向かって歩き出す大悟。

 どこか寂しげな背中の後ろを、ゴウはとある考えごとをしながら付いていく。

 

 

 

 ゴウと大悟が墓前に戻ると、話しながら待っていた晶音と宇美はこちらにすぐに気付いて向き直った。

 

「片付け、ありがとうございました。それにしても随分と遅かったですね」

「まぁな。少し弟子と話し込んでいたもんで」

 

 ぺしぺしとゴウの肩を軽く叩く大悟に、晶音は「そうですか」としか言わず、わざわざ内容の追求まではしなかった。

 

「無理を言ってすみませんでした。でも、一度手を合わせておきたくて……」

「……別に一度と言わず、好きに来ればいい。その方がきっと経典の奴も喜ぶ」

 

 大悟がそう言うと、晶音はごまかすかのように話題を変える。

 

「……今回の一件ですが、私一人ではどうにもならなかったでしょう。宇美、御堂君、それに如月君。先程も無制限中立フィールドで言いましたが、改めて本当にありがとうございました」

「ちょっと、やめてよ晶音。そんな大げさな……」

 

 深々と頭を下げる晶音に、宇美が照れ臭そうにそう言うと、晶音はどこか悲しげにふっと微笑んだ。

 

「……アウトローの皆にも、よろしく伝えておいてください。一度限りとはいえ昔に戻れた気がして、楽しかったと」

「……? 一度限りってどういう意味?」

 

 晶音の言葉に宇美の表情が戸惑いに変わる中、ゴウは口を出さずに事の成り行きを見守る。

 

「今回に限っての共闘だと先週に言った筈です。目的も果たされ、手を組む約束もこれで解消されました。そうでしょう? 如月君」

「……あぁ、そうだな。確かにそう言った」

「いや、待って待って。どうして話がそんなにスムーズに進んでるの? ていうか、もしかして晶音、バーストリンカー辞めるの?」

「まさか。バーストリンカーは辞めませんよ。エネミー狩りや過疎エリアでの対戦で度々ポイントを補填する、そんな隠居生活でもしようかと思っています。そうだ、宇美。良い機会ですから貴女はアウトローに入ってはどうですか? いつまでもソロで活動するよりも、その方が良いと私は思います」

 

 晶音と大悟のやり取りに不安を抱いたような宇美に、晶音は自分の今後の進退を伝え、アウトローへの加入を宇美に勧めるも、当然ながら宇美が納得するはずもない。

 

「宇美はアウトローに戻るんじゃないの?」

「…………今日は疲れたので、ここで失礼します。如月君、申し訳ありませんが、伯母様によろしくお伝えください。では」

「ちょっと! ねぇ、宇美待って!」

 

 言うが早いか、晶音はそそくさと墓地の出口の方へと歩いていってしまい、宇美が呼び止めながら晶音を追いかけていった。

 

「……大悟さん」

「良いんだよ。アウトローは来る者拒まず、去る者追わず。あいつが選んだ道ならそれを止めることはしない」

 

 そう言いながらも大悟はゴウの方を見ておらず、ゴウにというよりも、まるで自分に言い聞かせているようだった。

 ──経典さん、あなたの言う通りですね……。

 ゴウは意を決すると、大悟の背後にさりげなく回り込み──。

 

「──痛ってえ!?」

 

 五指をいっぱいに広げた右手で大悟の背中にバッチン! と音がする強さで思いきり引っ叩いた。

 

「おんまえ……! いきなり何す──」

「大悟さん、実は経典さんからの伝言、大悟さんに宛てたものもあったんです。それを今から伝えます」

 

 完全な不意打ちに悶絶する大悟に、ゴウは経典から託された伝言を口にする。

 一応気を遣って、他に誰もいない時に伝えようと考えていた、経典の大悟に対する言葉。先程は機会を逃してしまったが、今こそ伝えるべきだとゴウは判断したのだ。

 

「……『少しは素直になるように』。だそうです」

「!!」

 

 はっと目を見開いて、大悟はゴウの方へと振り向いた。

 

 ──『もしかしたら君は、あいつの《子》なんじゃないかって思うんだよね。確率的には五割くらいかな。そうだとしたら、君からも言ってやってほしいんだけど……少しは素直になるようにって伝えてもらいたいな。あいつってば、僕の《子》とすーぐ言い合いをするからさ……。どっちも本当はとっくに信頼している癖にね』

 

 記録の中の経典は、呆れ半分にそんなことを言っていた。

 

「アウトローがどうとかじゃなくて、大悟さん自身がどうしたいのかを優先するべきだと僕は思います。少なくとも今回は」

「お前さん……まさか気付いていたのか?」

「え? あ、はい。経典さんに聞かされる前から薄々は。大悟さん、何だかんだ言っても晶音さんと話している時は、すごく楽しそうに見えました。本当は行ってほしくなんてないんでしょう?」

 

 今の自分にできることは、これまで自分が迷った時にしてもらったように、今度は大悟の背中を押してやることだけだとゴウは考えたのだ。

 

「……よくもまぁ、念を入れたもんだ、あいつめ……」

「大悟さん?」

「いや……何でもない。ゴウ、ありがとよ」

 

 ゴウなりのエールが通じたのか、大悟は短くゴウに礼を言うと晶音を追いかけ始める。

 その背中にはもう、先程までのどこか寂しげな雰囲気は消えていた。

 


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