アクセル・ワールド・アナザー 無法者のヴォカリーズ   作:クリアウォーター

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後日談
第七十二話


 第七十二話 豹と久闊(きゅうかつ)を叙する

 

 

 アウトローとエピュラシオンの衝突から数日後の夜。無制限中立フィールド某所。

 大通りを歩く大悟の頭上では、そこかしこに張り巡らされている電線に、一昔前に普及していた大型白熱電球が、無数かつ無秩序にぶら下がっている。

 道には輪になって踊ったり、列を作って歩いたりしている、一メートル程度の背丈しかない棒のように細い人型シルエットの群衆達。

 どこからともなく流れてくるアコーディオン主体の音楽が、陽気ながらたまに音程が外れ、少し不安な気持ちを煽らせてくる、現在のフィールドは《奇祭》。中位の暗黒系のステージで、ブレイン・バーストでは珍しい、常時BGMが流れているステージだ。

 道沿いにぎっしりと並ぶ、何だかよく分からない物を売っている露店から手招きをする、歩行者同様の黒子の店主も全く相手にはせず、大悟はずんずんと足を進めていた。

 

「えーと、確かここの…………あった」

 

 聞いていた情報を頼りに横道に入って少し歩くと、ようやく目的地に辿り着いた。

 そこは薄ぼんやりと灯っているネオン管で、謎の文字を形作った看板の掲げる小さな建物。

 大悟が建物の扉を開けると、やや薄暗い照明に照らされる内装はバーカウンターが備え付けられていて、自らの拠点であるプレイヤーホームよりも一回り以上小さく、こじんまりとした場末の酒場という印象を受ける。

 そんな店内には、カウンターのスツールに座る先客がいて、扉に付いている呼び鈴に反応してこちらを確認するなり、片手を挙げて挨拶をしてきた。

 

「Hi、ボンズ」

「よぉ、待たせたか? 約束の時間まではギリギリまだのはずだが」

「NP。まだ一杯しか飲んでいない」

「もう一杯やってんじゃねえか」

 

 抑揚の低いハスキーボイスで話すのは、艶の無いダークレッドの装甲を基調とした、赤系のF型アバター。その頭部は口元が尖り、後頭部の左右両端も耳のように尖っていて、砲弾とネコ科の猛獣をかけ合わせたようにも見える。

 大悟は英語の略称を用いて話す、相変わらずせっかちなF型アバターの隣に座ると、カウンターの向こう側に向かって、自分とF型アバターの飲み物を注文する。

 しばらくすると、ガチャガチャとやかましい音を立てて歩く、全身金属製のロボットが奥から現れ、左右の手に液体の入ったグラスをカウンターに置いた。同時に、空になっているF型アバターの飲み干したグラスの回収も忘れない。

 彼(?)はブレイン・バーストのシステムが動かすNPC、通称《ドローン》の一人。そして、ここはバーの形態をした、無制限中立フィールドに点在するショップの一つ。つまり、このドローンはこのショップの店主なのだ。

 実在するどの言語にも当てはまらない、機械音めいた謎の言葉を発しながら、お辞儀のような動作をすると、ドローンはまた店の奥へと戻っていった。

 

「それにしてもキティー、お前さんから呼び出しを受けるとは思わなかったよ」

「まだその呼び方……パドでいい」

「別に良いだろ。二つ名なんだし」

「あなただって《首刈り坊主》と呼ばれるのは好きじゃないはず」

「まぁな。だが、もう俺の中で定着した呼び方だ。諦めろ、キティー」

 

 悪びれない大悟は昔よく交わしたやり取りの後、七大レギオンが一つ、プロミネンスの副長、キティーことブラッド・レパードとグラスを合わせて乾杯する。ちなみにキティーとは彼女が《血塗れ仔猫(ブラッディ・キティー)》という二つ名で呼ばれることから、大悟がレパードに使っている愛称である。

 彼女と知り合ったのはもう三年近く前のこと。レギオンマスター、レッド・ライダーを失ったプロミネンスが崩壊の危機に瀕していた時だった。

 大悟にはライダーという昔馴染みにとっての、大切な場所が消え去るのは忍びないという考えの他に、集団を相手に気兼ねなく暴れられそうだという思惑も持ち、プロミネンスに一時的ながら半ば無理やり加入をした。その際に組んでいたチームの一人がレパード。加えて後に王となる、当時はまだレベルの若いスカーレット・レインもいた。

 レギオン内部には、いきなり現れるなり好き勝手に動く大悟に対して、良い印象を持たない者達も当然存在し、それは大悟も承知の上だった。故に混乱が収まり始めると、大悟は面倒事を回避しようとさっさと雲隠れしてしまったのだが、そんな短期間ではあっても、レインやレパードを始めとしたチームメイト達のことは今でも憎からず思っている。最後のチーム戦の終わりに、別れの言葉一つで去ってしまった大悟を、本人達が同じように考えているのかどうかはともかくとして。

 グラスを乾杯。大悟がグラスに入った派手な原色をした仮想カクテルの三割を飲んで一度テーブルに置くと、レパードが口を開く。

 

「……《災禍の鎧》の件、改めてお礼を言う。ありがとう」

「前にもメールで返したが、礼を言うのは情報を貰ったこっちの方だよ。それに結局取り逃がしたし、俺達があの場にいてもいなくても変わらなかった」

 

 普段は礼をTHX(サンクス)の一言で済ませる彼女にとって、同年代に対して相当に(かしこ)まった部類に入る言葉を受け、大悟は肩をすくめて謙遜した。

 今年の頭に発生した五度目となる《災禍の鎧》が出現した事件で、大悟がゴウを連れて《五代目クロム・ディザスター》と化したプロミネンス所属のバーストリンカー、チェリー・ルークと遭遇できたのは、当日の数日前にレパードから接触があり、情報提供を受けたことによる要因が大きい。

 レギオンマスターのレインは《鋼線鉤(ワイヤー・フック)》アビリティを用いて三次元的移動を行うディザスターの動きを止める為に、加速世界唯一の《飛行》アビリティの持ち主であるシルバー・クロウと、彼を擁するネガ・ネビュラスに協力を仰いでいた。

 この時に現実世界でのディザスターの行動を追跡し、レインへ伝えていたのがレパードで、レパードは保険の一つとして、大悟にも同様の情報を伝えていたのである。

 ゴウの稽古も兼ねていたことは別として、結果としてはディザスターに多少のダメージを与えただけで逃走を許してしまっているので、援護射撃の役割があったかどうかも微妙なところだったと、大悟は認識している。

 

「それで今日はどうした? ただのお喋りに呼び出したわけじゃないだろ?」

 

 当の事件は数ヶ月も前のことだし、レパードがわざわざ世間話をするだけの場を設けるような性格ではないことを知っている大悟は、早速本題に入ろうとレパードに訊ねる。

 

「メールやクローズド対戦じゃ伝えられない、伝えきれないことなのか?」

「……少し長い話になるけど、K?」

 

 自分の知る限り、物事を簡潔に伝えるタイプのレパードの、やや迷いがある口振りを珍しく思いながらも大悟は頷いた。

 

「Kだ。なに、夜はまだまだ長い。じっくり聞こうじゃないか」

 

 

 

 そうして、レパードの口から明かされた内容は、大悟達のアトランティスでの一件と同日に、レパードとレインを加えたネガ・ネビュラス総員が、ISSキット本体の破壊作戦を実行していたという、大悟にとって予想外かつ、驚愕の内容だった。

《四神》の一角を相手取り、封印状態に陥っていたバーストリンカー《アクア・カレント》を救出。

 東京ミッドタウン・タワーへ向かう一行を待ち伏せていたISSキット所持者集団、加えて大天使メタトロンとの連戦。

 その後、加速研究会に拉致されたレインの追跡と、キット本体の破壊に二手に分かれての激戦。

 そして、判明した加速研究会会長の正体。

 

「……何とも、とんでもなく過密なスケジュールだったな」

 

 ISSキットを派手にばら撒いていた者の一人、世田谷エリアではかなり名の知れたバーストリンカー《マゼンタ・シザー》の行動。

 その対戦成績から最近巷を騒がせていた《ウルフラム・サーベラス》と、彼と深い関わりを持っているらしいブレイン・バースト古参の一人である、《四眼(クアッドアイズ)》の裏の顔。

 それぞれについて思うところがあったが、レパードの話を聞き終えた大悟の第一声はそれだった。

 

「電撃作戦もいいとこだ。よくもまぁ、誰も全損やトラウマを負わずに済んだもんだな。……それに、あの女が会長ね……確かなのか?」

「ダミーアバターの姿だったけど、間違いない。本人が否定しなかった。ボンズは彼女について何か知っている?」

「……あそこの幹部連中の何人かとは知らない仲じゃないが、本人と今まで話したのは数える程度だ。それに、もう何年も会っていない」

 

 加速研究会会長だという、かの純色の七王の一人でもあるバーストリンカー。

 ブレイン・バースト古参の一人であり、加速世界初の《回復能力者》とされる彼女は、大悟にとって最も得体の知れない王でもある。

 数少ない会話を交えた中で聞いた甘く清んだ声は、無垢な少女か聖女のよう。澄み渡りつつもどこか蠱惑的(こわくてき)。そして──心の内をまるで見せようとしない。

 そんな彼女に対し、大悟は理屈ではなく直感で、漠然とした不信感を抱いていた。

 彼女は光を放って自身の姿を覆い隠す。また、その真意も周りに掴ませようとしない。そうした清廉な光の陰で、ISSキットより蓄積した負の感情を利用し、《災禍の鎧マークⅡ》などという、醜悪な存在を作り出そうと計画していたというのが事実ならば、それは恐るべき胆力と狡猾さだ。

 ──ネガ・ネビュラスが解呪したっていう《鎧》が回収できなくなったから、別プランに移ったってところなんだろうが……十重二十重(とえはたえ)の策の巡らし具合が気持ち悪い。やはり、万が一に備えて限定的にでも《第三段階》心意の修得と、『あの領域』に自由に行けるようになるべきか……。

 

「……ボンズ?」

 

 レパードに肩を叩かれながら呼びかけられて、考え事をしていた大悟ははっとなる。

 

「ん? おぉ、悪い。続けて」

「分かっているだろうけど、このことは誰にも他言無用。仲間達にも話さないで。あなたにだから話した」

「おっ、信頼してくれて嬉しいね」

 

 大悟はからかような口調で言ったが、真剣な様子のレパードの眼差しを、手を上げて制した。

 

「……そんな目で見なくても分かっている。心配するな、口は堅い。ただ、キットの無力化と《純粋無色(アクアマティック)》の復帰についてはその内に分かることだし、別に先駆けて伝えても良いだろ?」

「それはK」

「うん、メモリーが喜びそうだ。彼女が《レベル(ワン)》として用心棒(バウンサー)になってから、心配していたみたいだしな。……ところで、嬢ちゃんは大丈夫なのか? 一つとはいえパーツを盗られたままってのは……」

「本人は大丈夫だと言っているけど、それでも不安はあると思う。でもあの子はもう大丈夫」

「ふぅん? 妙に自信がありげだな。どういうこった?」

「先代からレギオンを託されたから」

 

 それを聞いて大悟は、レパードの確信に納得がいった。

 レパードの話では、ISSキット端末の大量製造の仕組みは、ライダーのコピーデータをキットに無理やり寄生させ、彼の強化外装を生み出すアビリティ《銃器創造(アームズ・クリエイション)》を利用していたものだという。

 キット本体の内部から出現したライダーのコピーが、ブラック・ロータスと《四元素(エレメンツ)》の内の三人と遭遇した際に、彼女らに伝言を預けていたのだろう。

 また、ライダーのアビリティに備わる《遠隔セーフティ》が何らかの形で発動され、キットに影響を及ぼしたとなれば、晶音が話していたスコーピオンが発動したキットが突然停止した理由についても合点がいく。

 つくづく《BBK》と呼ばれていたあの男は大した奴だと、大悟は脱帽せざるを得ない。

 

「……そういうことか。あの子は本当の《赤の王》になったんだな」

「イエス。今のレインと対戦して、勝てる自信はある?」

「どうかな。相手が王じゃ、十回やって三回勝てたら良い方だろ。消し炭にされることの方が多そうだ。さっさとトンズラした恨みも込められていそうだしな」

 

 苦笑しつつも、自分としては多少なり面倒を見ていたつもりの少女の成長を、大悟が嬉しく思っていると、レパードが微笑むようにアイレンズを細めた。

 

「前にメールでも伝えたように、口では色々言うけど、レインはボンズを恨んだりしていない。本当は感謝している。……だから、もし良ければ、加速研究会との戦いも──」

「キティー」

 

 レパードの話を聞いて、呼び出した本当の理由を何となく察していた大悟は、話を切り出そうとするレパードを、一転して声の調子を下げて遮る。

 

「悪いが、協力する気はない」

「…………」

「今回のお前さん達の行動を聞いた以上、本来なら全面的に協力するべきなんだろうが、俺もアウトローの奴らも、加速世界の脅威に対して立ち上がるような殊勝な心がけを持った義賊集団じゃないんでな」

 

 レパードはアウトローを戦力として協力を要請することも、今回呼び出した目的の一つ、というよりも主たるものなのだろうが、大悟はこれをきっぱりと断った。

 キットが消滅しても、それを生み出した加速研究会が消えたわけではない。本来なら、一刻も早く研究会を潰すべきなのだろう。

 しかし、相手の組織の構成人数やこれからの目的はいまだ不明で、頭の正体が分かったとはいえ、その証拠さえもやすやすと掴ませはしないだろう、一筋縄ではいかない相手だ。実際、大悟達にできることは以前同様に現状では皆無である。

 その上、仲間とならともかく、その他の大人数と足並み揃えて行動することは大悟を始めとする、特に古株のアウトローメンバー達の性格上、どうにも合わないのだ。

 ──結局のところ、脳筋集団と言われればそれまでだしな……。

 大悟が内心でそんなことを思っていると、レパードは大悟の返事を予想していたのか、「……そう」とだけ言って、それ以上食い下がったりはしてこなかった。

 普段のレパードならこの件に関しては、話したりはしなかっただろう。第三者である大悟に本来、協力の確証もなしに話すべき内容ではなかった。

 しかしそれでも、おそらくは主であるレインにも事前に相談せずに、レパードが今回大悟に接触したのは、先程は大丈夫だろうと言っていたが、やはり一つとはいえ強化外装群の一部が奪われたレインの身を案じてのことだ。

 レインを信頼していないからというのではなく、とても大切に想っているからこその行動。それを知っている大悟には責めることはできない。

 ──まぁ、迂闊って言えばそれまでだが。こいつらしくもない。せっかちであっても短慮じゃないのに。……ばっさりと切り捨てるのも後味が悪いか。

 

「ただ……協力しないってのは、表立ってお前さん達や他の王連中と行動はしないって意味だ。研究会の奴らが脅威なのは、もちろん認識している。同じ道を一緒に歩く気はなくても、進行方向はお前さん達と同じつもりだ。場合によっちゃ、なし崩しで共闘するかもしれない。その時はよろしくな。そう嬢ちゃんにも伝えといてくれ──ってどうした?」

 

 補足するように大悟がそう付け加えていると、レパードが不思議そうにこちらを見てくるので、大悟は首を傾げた。

 

「ボンズ、変わっていないようで、少し優しく……というより丸くなった。昔ならそんな気遣いまでしなかったと思う」

「……馬鹿言え。昔からお釈迦様の次くらいに優しいし、気遣いの塊だぞ俺は」

 

 口に出して認めるのは癪なので、大悟はごまかすようにグラスを呷った。

 

「……別の角度から見れば、違うものも見えてくるだろうよ。何か分かれば連絡する。貴重で極秘な情報を聞かせてもらった代わりと言っちゃ何だが、こうして会うこともそうないだろうし、一つ幻のダンジョンの話でもしようと思う。お前さんが良ければだが。どうだい? 飲み物奢るぞ」

「K。夜はまだ長い。せっかくだから、それをレインへの土産話にする」

「よしきた。マスター、お代わり頼む。あ、これあんまり他言するなよ? ……これはお前さん達が先週末にドンパチやっていた日の話なんだが──」

 

 大悟は新たな飲み物の注文をすると、レパード達のISSキット破壊作戦とは別に、あの日起きていた出来事について語り始めた。

 こうして、ある日の加速世界の一夜は、現実の千分の一の速度で静かに更けていく。

 


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