アクセル・ワールド・アナザー 無法者のヴォカリーズ 作:クリアウォーター
第八話 アキハバラBG
「アキハバラBG……。対戦の……聖地?」
ゴウの疑問しかない呟きに、大悟が頷いた。
「そう、ここはこのゲームセンター《カドタワー》内で接続したバーストリンカーが訪れ、賭け試合をする場所だ。まずここのカウンターで選手登録をして──」
大悟の『賭け試合』というワードに、以前見たことがあるローマの
「──おい、何で青ざめてんだ? 続き、説明するぞ。確かにここじゃリアルマネーを賭ける奴もいるが、ファイトマネーは勝てば五百円。賭ける側は三百円が上限だ。子供の小遣いじゃその程度、可愛いもんだろ?」
ゴウとしては金額はともかくとしても、リアルマネー賭けているだけでも随分アンダーグラウンドな感じがする。
「じゃあ、ここでマッチングリストを開いて対戦をするんですか?」
「少し違うな。ここでは選手登録をしたバーストリンカーを、ここのシステムがレベルや相性を選んで、試合時間とオッズがあのでかいモニターに表示される。それで賭けたい奴は時間までにベットする。選手は時間直前に、どちらかが加速して対戦をする。基本ルールはそんなとこだが、マッチメイクされた選手以外の奴が他の奴に対戦挑むのはアウト。それをした奴はここの用心棒に対戦で叩きのめされて、ネットからも追い出されて出禁を食らう」
「なるほど、一応厳正なルールがあるから《聖地》なんですね?」
「そうだ。ここの対戦は自分も相手も対戦相手を選べないのが
どうやら大悟は自分の為に、はるばる秋葉原まで連れてきてくれたらしい。
そんな心遣いにゴウは胸にじんと熱いものを感じた。大悟は具体的な成長方法を教えずとも、決して蔑ろにしているわけではなく、しっかり目をかけてくれているのだ。
ゴウはほんの一瞬でも中世の戦士よろしく、ここに売り飛ばされるんじゃないか、と思ったことは胸の内にしまっておくことにした。
「じゃあ、まずは登録からだ。運が良けりゃ三試合はできるぞ」
大悟に連れられ酒場の奥のカウンターに辿り着くと、ゴウはカウンター前に並ぶ椅子へ腰かける大悟に
ドワーフのアバターは座っている二人を順に見ると、
「……見ない顔じゃな。アバターを変えた誰かか、それとも誰かからここを教えられたか……どっちかね?」
「久し振りだな、《マッチメーカー》。ここには随分前からとんと来てなかったが、俺の声まで忘れてるなんて冷たいじゃねえか。えぇ? ……これで思い出すか?」
大悟は被っていた深編笠を、マッチメーカーなるドワーフにだけ見えるように、前方をくいと上げた。ゴウのいる角度からはほぼ見えない、笠の中の数珠頭をマッチメーカーは目にした瞬間、眼鏡の奥の目を見開いて、口をあんぐりと開けた。
「ぼ、ボンズの旦那……ど、どうしてここに? いや、別に悪かないんじゃが、あんた何年もここには来なかったから、その、予想外での……」
傍から見たゴウでも分かるくらいに、マッチメーカーは明らかに動揺していた。それでも中身が自分と同年代のはずなのに、キャラクターの口調が変わらないのはさすがというべきか。
「あの、師匠。こちらの人は……?」
「こいつはマッチメーカー。あぁ、アバターネームじゃないぞ。ここの事務作業をやっている奴だ」
「なんかちょっと、困っているように見えるんですけど……」
最後の方は大悟にだけ聞こえるように、小さな声で質問するゴウ。互いに顔見知りのようだが、どうもマッチメーカーだけが慌てているというか、浮ついているというか、しどろもどろとして落ち着かない様子だ。
「昔いろいろやってな。それでも別に出禁食らうような真似はしちゃいない」
大悟が肩をすくめると、ややぎこちない様子でマッチメーカーが、ゴウと大悟に仮想のカクテルを差し出した。自分はタンブラーを傾け、中の液体を気付け薬のようにぐびりと呷る。
「せっかく来てくれてなんだがね、今日いる連中じゃあ、あんたと試合できるくらいの腕っぷしの立つ奴はいないよ。二人がかりでもどうか……それともこちらの舎弟を連れて賭けに来たのかね?」
「安心しな、俺は闘わねえよ。それとこいつは舎弟じゃない、そもそもそんなのいたことないしな。こいつは俺の《子》さ。こいつの選手登録をしてほしいんだ」
そう聞いたマッチメーカーは呷っていたタンブラーの中身を噴き出した。周りが何事かと視線を向けたが、咳き込むマッチメーカーは手を振るジェスチャーで大丈夫、と知らせる。
大悟は気にした様子もなく平然と笠を口元まで上げ、鮮やかな水色のカクテルに口をつけていた。
──頭が数珠なのに飲めてるのかな? 口元濡らしてるだけなんじゃ……。
そう思いつつ、ゴウも初めて見る仮想カクテルを飲みながら(カクテルは今まで口にしたことのない奇妙な味がした)、二人のやり取りを見ている。
どうやらマッチメーカーは、大悟が《子》を作ったことにひどく驚いているらしい。
以前からゴウは大悟に、自分が《親》であることを周りに明かさないように言われていた。故に自分の対戦時や他のバーストリンカー達の対戦のギャラリーとして観戦している時にも、《親》が誰かを聞かれても教えることはなかった。大悟に理由を聞いてもはぐらかすだけだったので、そこまで言いたくないことならと、それ以上の追及はしなかったのだ。
ようやくむせていたマッチメーカーが呼吸を落ち着かせ、ゴウを見てから周りに聞こえないように声のトーンを落とす。
「すまんね、ゴホッ……ちと驚いての……。いやぁ、まさか旦那が《子》を持つとはのぅ。それでこのロボットはどこの誰かね? あんたの拠点が世田谷方面だから、その辺りの奴か?」
「こいつはダイヤモンド・オーガー、レベルは3だ。聞いたことは?」
「ほぉー……! 世田谷に出る《鬼》かね、何度か耳にしたがあるよ。なんでも見た目にそぐわない怪力だとか、遠隔系なら近寄らなきゃ怖くないとか、ダイヤモンドなのに案外簡単に装甲が砕ける、とかの」
前半はともかく、後半のマッチメーカーの言葉がグサグサとゴウに刺さる。自分が気にしている点は、情報として周りには駄々漏れらしい。
「選手登録はしておくよ。まぁ、すぐ決まるじゃろ。しかし《
「《荒法師》?」
「聞いたことないんか? この旦那はな、昔はその暴れっぷりから他のバーストリンカーからそりゃあ恐れられて──」
「要らんこと言うんじゃねえよ」
マッチメーカーの口元をがっちり掴んで黙らせる大悟。むぐぐと唸るマッチメーカーをすぐに離し、溜め息交じりにそのままゴウの方に向き直った。
「……これまで俺が自分について話さなかったのが何となく分かっただろ? 今の中堅以上のバーストリンカーは大概俺のことを知っていてな。お前さんが変な色眼鏡で見られるのを避ける為に一応隠しといたんだ」
「そこまでしなくても……」
「何もずっと隠し続けるつもりじゃなかった。ただ、レベル4になるくらいまではと思ってな」
普段より少し穏やかな口調で大悟が語る。必要以上に情報を漏らさないのは、自分をちゃんと思ってくれてのことだと理解はしても、ゴウは嬉しさと同時にどこか寂しさも感じていた。
──この人に守られるだけじゃない、一緒に肩を並べられるくらいに強くなりたい。その為にはまず──。
「良い関係じゃな、お二人さん。どうやらワシの知る昔のあんたとはちと違うみたいだの、旦那」
二杯目のカクテルを差し出すマッチメーカーに、大悟は「登録よろしく」とだけ言うと、カクテル片手に向こうのテーブルに歩いていってしまった。
追いかけようとしたゴウは、マッチメーカーに「ちょいと」と声をかけられて立ち止まる。
「いいファイトを期待しとるよ、若いの」
そうしてぐっと親指を立てた後、ドワーフはカウンターの奥に引っ込んだ。
テーブル席に移動したゴウと大悟が巨大な四面モニターをしばらく眺めていると、ダイヤモンド・オーガーの名前が表示された。
対する相手は《グレープ・アンカー》。聞いたことのない名前だが、レベルは4で数値的には格上となる相手だ。色からして《近接の青》と《遠隔の赤》の中間色。中距離型なら一気に距離を詰めれば、レベルは上でも勝機はあるはずだが──。
「オーガー」
ゴウがまだ見ぬ対戦相手を分析していると、不意に大悟から声をかけられる。
「はい?」
「せっかくだから、特別にアドバイス。お前さんはもうレベル4並の実力はあるはずだ。いま必要なのは『力』じゃない、『見極める』ことだ」
「見極める……?」
「せっかくの違う環境での対戦、あまり固くならずに楽しんでな。そろそろだぞ」
大悟のアドバイスについて考える内に試合開始時刻が一分前になった瞬間、加速開始の電子音がゴウの頭の中いっぱいに広がった。