□王都・従魔師ギルド 【冒険家】ねねこ
バレンタインイベントが終わってリアルで三日程。
こちらの時間では約十日が過ぎた頃になって、あたしは久々に従魔師ギルドに顔を出した。
「ニルさーん、おひさしぶりだよー」
「あら……ねねこさん、お久し振りですね。ようこそいらっしゃいました」
随分とご無沙汰だったから、ニルさんの方も目を丸くしながら出迎えてくれたー。
ほんとにねー、最近はずっと採集者ギルドの方にしか顔を出してなかったから、こっちに来るのはデンドロ時間で二ヶ月以上振りだもんー。
「本日は受講予約ですか?」
「ううん、ちがうー。えっとねー」
いつもの流れで講習の受講手続きを勧められるけど、今回の目的は違うんだー。
そして依頼でもないよー。
ってことは、つまりー……、
「【高位従魔師】になりにきたよー」
「まぁ! それはそれは、おめでとうございます。頑張りましたね、ねねこさん」
転職しかないよねー。
そう、ようやく【高位従魔師】への転職条件を満たしたんだよー!
初めて【従魔師】に就いてから苦節五ヶ月余り……ずっと放置してた従魔師系統をついにワンステップ進める時が来たのだー。
朗報に喜んでくれるニルさんにVサインを送りながらウィンドウを見せる。
ちゃんと転職条件を満たした旨の画面を見せると彼女はすぐに各種書類を用意してくれて、あたしもぱっぱと記入して転職を済ませたー。
あっさりだけど転職そのものはクリスタルに触れるだけだからねー。
これが【聖騎士】や【教会騎士】ならちょっとした任命の儀式が執り行われるってバリンさんが言ってたけどー、あっちと違って【高位従魔師】はそれなりに数がいるからねー。
「ネックだったテイム回数の条件も満たされたんですね。差し支えなければどのようなモンスターをテイムしたか聞いてもよろしいでしょうか?」
「んーふーふー、それはだねー……《喚起》!」
転職を済ませて無事【高位従魔師】になれたあたしにニルさんの疑問が飛ぶ。
それに答えるように右手の【ジュエル】からモンスターを喚び出すと……そこにはちっちゃな黒いスライムが何十匹と現れた。
それと一緒にるーさんもででんと登場ー。
あれから更に成長して三回り以上も大きくなったるーさんの周囲に、同じ黒いぷるぷるボディのちっちゃなスライムが集まる光景はさながら家族のよう。
そしてそれは何も間違ってなくて、ちっちゃなスライム達――種族名【キンドレッド・スライム】は、何を隠そうるーさんの《《子供達)》なのだー!
「
「そのとおりだよー。るーさんが日に日に頑張って生んでくれた子供達ー。生まれてきたのを片っ端からテイムしていったんだー」
『…………』
あのバレンタインイベントからしばらく、落ち込みモードから復帰したるーさんは今まで以上に戦いに貪欲になり、狩場のモンスターを片端から倒してはあらゆるものを食べ続けてレベルアップを果たした。
そしてそれに呼応するようにして第四形態に進化したケテルの影響を受けたのか、それを境にして今度は毎日何匹かずつ子供達を生んではあたしにテイムするよう言ってきたんだよねー。
生まれてきた子供達……といってもスライム種の生殖や繁殖は他のモンスターとはまるで勝手が違うから、正確には自己増殖って言うべきなのかもしれないけど、それはともかくとして。
【キンドレッド・スライム】は文字通りるーさんの眷属として生み出され、存在としては全くの別個体ながらるーさんに従順で、そのるーさんの指示を受けていたからか無条件であたしのテイムにも応えるようになっていたー。
ステータス傾向的には大幅に弱体化したるーさんといった感じで、HPが高い以外にはこれといった強みもないモンスターだったんだけどそこはスライム。
液状生命体の彼らはそれだけで並のモンスター以上に厄介な実力者で、数の暴力というものを十分に教えてくれた。
なんせるーさんの下位互換といってもサイズ的にはあたしとそんなに変わらないからねー。そのサイズのスライムが何十匹と群がってきたら、このへんのモンスターでは一溜りもないよー。
おまけにるーさんが上手く調整したのか必要なキャパシティもなかなかに低コストで、従魔師系統に就いて《従属拡張》も伸ばした今のあたしなら何十匹も――正確には五五匹まで従属キャパシティに収めておけるんだー。
そしてその上限も【高位従魔師】に就いた今更に拡張されることが約束されててー、あたしの戦力は以前とは比べ物にならない程上がってるよー。
お手軽テイムで戦力を拡充しつつ転職条件も満たせる。まさに一石二鳥だよねー。
頑張ってくれたるーさんには感謝しかないよー。あの日落ち込んでから見つけた答えがこれだっていうのなら、やっぱりうちのるーさんはとっても賢いー。
ほんとにうちのるーさんは可愛くて最強なんだから最高だよー。
「……驚きました。繁殖ではなく戦力目的として増殖するスライムも、そしてそんなスライムをテイムした人間も、どちらも過去に類を見ません。こうなると当ギルドでは適切なサポートは難しいですね……あまりに例外的過ぎますから」
「そこはあたしとるーさんで上手くやっていくよー。るーさんの方にはなにか考えがあるみたいだし、今まで間違ったこともしてきてないからねー。あたしはるーさんを信じるだけだよー」
「余人には決して真似できそうにありませんが、これも一つの主従の形ということでしょうか。とはいえ仲が良好なのは変わりないようですし、当ギルドとしては応援させていただきますよ」
そう締め括るニルさんにもう一度Vサインを送って、喚び出したスライム達を《送還》していくー。
さすがに屋内だと数が多すぎて邪魔になっちゃうからねー。るーさんも今では五メートルくらいあってさすがに窮屈になってきたし、最近では街にいるときはずっと【ジュエル】の中だねー。
気軽に街を散歩できていた頃と比べればやっぱり寂しそうにするときもあるけれど、その分外では思う存分自由にさせてあげるんだー。
……でも逆にあたしの方が町中では一緒に散歩できないのが寂しかったりしてー、成長するのは喜ばしいことだけど悩みどころだよねー。
「さて、この後はどうされますか? 依頼も講習もございますが……とは言うものの、転職直後ならやることは決まっていましたね」
「そだねー、このまま外でレベリングしてくるよー。もっともっとるーさんの家族を増やすんだー」
ニルさんも言った通り、今は依頼や講習って気分じゃないもんねー。
これから外に出て思う存分モンスターを狩りまくるよー!
あたしも晴れて上級エンブリオの<マスター>になれたから、もう少し先の狩場でもっと効率良くレベリングできるだろうし、るーさんも未知のモンスタードロップを堪能できるはずだしねー。
子供達もスライムだからそう簡単には死なないしー、みんなで一緒に強くなるのだー。
「……でしたら提案があるのですが、こちらに行ってみてはいかがでしょう?」
「うんー? ……ここなら適正レベルだから大丈夫だけどー?」
今後の予定を話す中でそう切り出したニルさんが地図で指し示したのは、王都から南へ四日程離れた場所にある森林地帯だったー。
決闘都市ギデオンから続く街道からも外れたこの辺はちっちゃな村が幾つかあるだけみたいだけど、そんな人里離れた場所をおすすめする理由ってなんだろー?
「実はここの山中に先代ギルドマスターが庵を構えておりまして、あの方ならば何かねねこさんに役立つアドバイスをいただけるのではないかと。こんな場所に居を構えてはいますが別段人嫌いというわけでもなく、今のねねこさんなら赴くに力量も十分足りているはずですので、ねねこさんさえよろしければ一度伺ってみてはいかがでしょうか?」
「ほうほう、先代ギルドマスターさんー? ってことは、やっぱり強いのー?」
「王国でも屈指の従魔師でしたよ。若かりし頃は先王陛下とも幾度となく戦場を共にした名うての魔物使いとして勇名を馳せていましたから。……とはいえ現役を退いて二〇年は経ちますので今はどうか知りませんが、それでも経験は確かな方です」
ほほー、聞くからにすごそうな人だねー。
なるほどー、そういう歴戦の従魔師さんなら何か頼りになることを聞けるかもー。
そういうとこに隠棲してる人間って偏屈な人嫌いってイメージがあるけど、ニルさんがそういうってことはその問題も無いだろうし……ここは会いに行かない理由なんて無いよねー。
「ぜひとも会ってみたいなー。おじいちゃんー?」
「確か今年で御歳八七になるはず……名はヘルベルト・キーゲナッハと言います。ギルド名義で紹介状を御用意致しますので、そちらを見せていただければ無碍にされることはないはずです」
。
今年で八七歳って、リアルでのお祖父ちゃんよりずっと年上だよー。
何か手土産持っていったほうがいいかなー? 今は予算も十分あるし、この後でいろいろ見繕っていこーっと。
あ、元腕利き従魔師ってことはテイムモンスターもいるかもー。ならもっとたくさん持っていったほうがいいよねー。やっぱり食料品が無難かなー。
……あれ? キーゲナッハって、たしか……
「……ひょっとしてニルさんのお祖父ちゃんー?」
確かニルさんの家名がキーゲナッハって、前にどこかで聞いたような気がするー。
それを尋ねるとニルさんは照れ臭そうにして「正確には曽祖父です」といったー。
「えと、ねねこさんは私の家名をご存知……でしたか。すみません、身内贔屓のつもりではないのですが……先に言ったことは事実ですので……」
「べつに恥ずかしがることなんてないよー。自慢のお祖父ちゃんなんでしょー?」
だってニルさん、ヘルベルトさんのことを話してるときすっごく嬉しそうな顔してたもんねー。
先代のギルドマスターで、しかも先王様と一緒に戦ったこともあるって、つまり王国にとっても英雄みたいなものだろうしー、なら自慢しちゃうのも仕方ないよー。
「それは……はい。自慢の曽祖父、ですね……この歳になって言葉にするのは少々気恥ずかしいのですが」
「向こうに着いたらニルさんとナルさんは元気にしてたって伝えとくよー」
「ありがとうございます。その折は是非お伝えくださいね。最近は<マスター>さんが増えてきた影響か特に忙しくて……ここ数年は顔も出せず。さすがにもう歳ですのにね、不孝者なのは承知しておりますが」
「そんなことないよー。あたしのお祖父ちゃんだって「便りが無いのは元気な証拠」ってよくおとーさんに言ってるもんー」
「……ふふ、ありがとうございます」
やっぱりおじいちゃんのことになると嬉しいのか、ニルさんは微笑んでそう言った。
うーん、あたしもお祖父ちゃんに会いたくなってきたかもー。今度会いにいこっかなー。ちょっと遠いけどいけないこともないしねー。
それはさておきとして。
「そうだ、ならニルさんはヘルベルトさんの好物はわかるー? 持っていくお土産の参考にしたいからー」
「まぁ、それはなんとも御丁寧に……ありがとうございます、ねねこさん。でしたら後で時間をいただけますか? もうすぐ上がりですので、一緒に買物でもいかがでしょうか。私からも曽祖父へ贈り物もしたいと思っていましたので」
「おっけー、いいよいいよー。ならまた後でくるねー」
「ありがとうございます。あと二時間程で終えますので、噴水広場前で待ち合わせましょう」
「わかったー。それじゃーお仕事がんばってねー」
そう約束を取り付けると、あたしはギルドをあとにしたー。
んーふーふー、また面白そうなことが起きちゃったよー。
◇◇◇
□王都南門 【高位従魔師】ねねこ
ニルさんとの買い物を終えたあたしは土産物を満載した【アイテムボックス】を携えて王都の南門に来ていたー。
ここから街道沿いにずっと南下していって、今やお馴染みとなった<サウダ山道>を越えて、ギデオンから更に一日程南へ下った森林地帯が今回の目的地ー。
ギデオンを出て少し進んだ地点で街道から外れるけどー、王都近隣より高レベルのモンスターが出没する以外は取り立てて入り組んだ場所ってわけではないから迷うことはなさそうだねー。
「はーいそれじゃあみんな出ておいでー。《喚起》ー!」
『…………』
右手を掲げて【ジュエル】からみんなを喚び出すと、るーさんが背筋を伸ばすように全身をぷるぷるさせながら現れて、次いでその周囲に【キンドレッド・スライム】達が集まったー。
るーさんの子供達にも名前を付けてあげたいところなんだけどー、生憎るーさん程の個性も自我も無いから名前を付けたところで変化も無いんだよねー。
だからみんなまとめてきーちゃんズと呼んでるよー。キンドレッドで、るーさんのキッズ達だからきーちゃんズ~。
「それじゃあるーさん、目的地までお願いね~。きーちゃんズもあたしと一緒にのりこめー」
『…………!』
るーさんが五メートルサイズのスライムボディをうにょにょーんと広げると、その上に五五匹きーちゃんズと一緒に乗っかると、そのまま原付き程度の速さでるーさんが駆け出したー。
元々AGIの高くないるーさんだけど、素質もAGIに関してはそんなに高くないようで、移動速度の方はこれで頭打ちって感じなんだよねー。
ただスライムなので疲れ知らずでほぼノンストップで動き続けられるから、移動手段としてはなかなか悪くないよー。
とはいえこれだけ大人数だと手狭だけどねー。
それでもきーちゃんズを外に出してるのはレベル上げのためと、きーちゃんズが警戒役を兼ねてるからなのだー。
それだけバレンタインのときの奇襲を防げなかったのが悔しかったみたいだねー。るーさんってば過保護なんだからー。
「お、モンスター発見ー。ゆけー、きーちゃんズー」
さながら無限軌道のように動くるーさんに乗って坂道を進んでいると、山道脇からモンスターが飛び出してきたー。
この辺は鳥系や獣系のモンスターが多いから、きーちゃんズでも難なく倒せるちょうどいい狩場でもあるんだよねー。
るーさんがまだちっちゃかった頃もここでよく倒したなー。
ともあれ発見したからには狩らない理由もなくて、きーちゃんズに指示を飛ばしてけしかけると、相手のモンスター達は全身に群がるきーちゃんズに穴という穴を塞がれ、呼吸困難に陥って暴れるも液状生命体を相手にはなんら効果が無く、そのままHPを減らし続けて最後には光の塵になって消えたー。
あるいは隙間から体内に潜り込まれた挙げ句中身を蹂躙されて破裂したり、これぞ数の暴力って感じだねー。
きーちゃんズはHP以外のステータスはどれも一〇〇あるかないか程度の下級モンスターだけど、スライムとしての特性で普通のモンスター相手なら大抵有利なのが強いんだよねー。
同じステータスでもゴブリンとかならこう簡単には仕留められないし、反撃を食らってダメージを受けたりするところだけど、そのへんはほんとスライムならではの強みだよー。
戻ってきたきーちゃんズを労いつつ、回収したモンスタードロップはるーさんにあげちゃうー。
きーちゃんズはるーさんほど腹ペコさんではなくて、
この辺は名前通り
「この辺の採集はいいかなー? 今じゃもう物足りないもんねー」
『…………』
ふと何かしら採ってこようかとも思ったけど、このへんはもう幾度となく通って粗方採り尽くしたあとだから今更旨味も無いかー。
るーさんは同じものを大量に食べるよりは、とにかくいろんなものを試し食いしたがる傾向があるから、今更ありふれた素材をあげたところでありがたみもないんだよねー。
るーさんも同意してるし、ここはギデオンを越えてから改めて探索としますかー。
実は<ネクス平原>より南ってまだ行ったことがないから楽しみなんだよねー。
ほんとならギデオン観光もしたいんだけど、今はヘルベルトさんに会いに行くのが先決だしー、観光は帰りにでもゆっくりしていけばいいかなーって。
噂の決闘も見ていきたいしねー。バリンさんの試合とか見れたらラッキーかもー。
でもバリンさんってば必要最低限以外はクエストで離れることが多いって言ってたし、あまり期待はできないかなー。
「ま、そのへんはなるようになるかー。とりあえずはレベリングしながら進んでいくよー。きーちゃんズもはりきっていこうねー」
そう呼びかけるときーちゃんズはぴょんぴょん跳ねて意気込みを露わにしたー。
るーさんほど賢くもなければ強くもないキッズだけど、それでも可愛い家族には違いないよー。
王都に戻る頃にはきっともっと強くなってるだろうことを信じながら、あたし達はずんずんと南下していった。
To be continued
□余談
【キンドレッド・スライム】
るーさんが生み出した固有種。
ステータスはHPが五〇〇ちょい、他は一〇〇前後という下級モンスター。
しかしながら《液状生命体》の特性から通常のモンスター以上に厄介。
(・3・)<なお生み出す際に親であるるーさんのHPを幾らか削る必要がありますが
(・3・)<更に成長した今のるーさんのHPからすれば微々たるものです
(・3・)<とはいえステータスは貧弱なので炎属性魔法とか食らえば割とあっけなく散る
(・3・)<補充は簡単だけどね。遂に見え始めたるーさんの固有能力の産物
(・3・)<【永世宝冠 ケテル】が進化して出力上昇したからこそ可能になった手段です
(・3・)<現在の総数は五五匹。一匹あたりの必要キャパシティはふわっとお考えください