未元物質(ダークマター)
『理論上存在するはず』とか『まだ発見されていない』とかではなく、正真正銘『この世には存在しない新物質』を異界から引き出し操る超能力(レベル5)
そしてそれを操る垣根帝督は、今や色々あって全身を未元物質(ダークマター)で構成していた。

さて、ここで一つの疑問が発生する。

未元物質(ダークマター)はあらゆる形に成形することができる。己の姿はもちろん、カブトムシや実在の人間なども模すことができる。
そしてそんな夢の万能物質で、垣根帝督は構成されている。

では。

──彼自身が、彼の肉体をデザインすることも、可能なのではないか……?

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学園都市生誕祭というSS投稿企画に用意したものです。


未元物質(ダークマター)は夢の万能物質です。

 ────浜面仕上の思考は、たっぷり五秒間停止していただろうか。

 

 我に返った浜面は、目の前に広がる惨状を改めて直視する。

 そこには、到底認められない光景が広がっていた。

 

「にゃあにゃあ! 大体、こういう恰好はどうだ!? きっと似合うぞ!」

「いやいや此処はこういう感じでキメてみてもいいかもってミサカはミサカは鼻息を荒くしてみたり!!」

「ええと、その、どうしてそこまで積極的に……?」

 

 そこには、都合三人の幼女の姿があった。

 その殆どは、浜面にとっても見覚えのある少女だ。

 

 一人は、フレメア=セイヴェルン。

 かつて浜面も所属していた『アイテム』という組織の一員であるフレンダ=セイヴェルンの妹であり、今はこの世にいない彼女に代わって、浜面達『アイテム』の生き残りが庇護している少女でもあった。

 

 一人は、打ち止め(ラストオーダー)

 浜面としては個人的繋がりは乏しいものの、以前フロイライン=クロイトゥーネという『人間』にまつわる騒動の中で知り合った、フレメアの友人だ。確か、学園都市第一位の関係者でもあった。

 

 浜面にとってのイレギュラーは、最後の一人だ。

 どこか華やかな印象のする少女だった。

 肩くらいまで伸ばした、栗色に近いライトブラウンの髪。切れ長の眼は、しかし柔らかく綻んでいるせいか、威圧感はない。

 健康的な肌色をしているのに、どこにもそんな要素は見当たらないのに、なぜか『白い』という印象が先行してしまうようだった。

 総じてどこかいいとこのお嬢様といった風貌だったが、何故か少女は崩した男物の制服を身に纏っており、そこが圧倒的な不自然さとなっていた。

 二人の幼い少女達が躍起になって『少女』の服を変えようとしているのも、そのあたりが影響しているのかもしれない。

 

 いや。

 

 正確には、()()()()()()()()()()()

 

 幼い少女達にもみくちゃにされ、可愛らしい容姿を半ばおもちゃのように扱われているこの少女の本質は、そんなところにはなかった。

 だからこそ、浜面の思考は停止していたのだから。

 

「お、前…………」

 

 浜面仕上は、やっとの思いで喉から声を絞り出した。

 信じられないといった様子で。

 何かの間違いであってほしいと、祈るような気持ちで。

 

「…………お前、何を……やってるんだ………………」

 

 その名を、呼んだ。

 

「第二位、『未元物質(ダークマター)』垣根帝督…………ッッッ!!!!!!」

 

 

 

* * *

 

 

 

 彼の名誉を守る為に弁解しておくと、別に彼はやりたくてこういうことをしているわけではなかった。

 自分の姿かたちを自由自在にデザインできるという特性を逆手にとって、元の容姿を良い感じに反映させた幼女になって幼女と思う存分コミュニケーションをとるTS願望持ち変態ロリコン野郎というわけでは、断じてない。

 これは彼なりに、彼が庇護しているフレメア=セイヴェルンの安全を第一に考えた結果なのだった。

 

「やはり、カブトムシのストラップでは限界がありますから」

 

 その少しあと。

 フレメアと打ち止め(ラストオーダー)の意識をうまいこと別方向に逸らしたカブトムシ──いや垣根──いやなんか良く分かんない少女・垣根子は、残った浜面にそんな説明をしていた。

 

「今はいいでしょう。しかしフレメアさんがやがて成長したときはどうしますか?」

 

 『垣根帝督』には、フレメア=セイヴェルンと打ち止め(ラストオーダー)に対して大きな恩がある。今彼あるいは彼女がこうして存在し続けられるのも、フレメアと打ち止め(ラストオーダー)によるところが大きい。

 尤も、防衛力に乏しいのはフレメアの方であるため、『垣根帝督』はもっぱらフレメアの方の保護者役を買って出ているのだが。

 そんな『フレメアの保護者』は、可憐な美少女姿のまま真面目な表情をして、

 

「フレメアさんが今後どのように成長していくかは誰にも分かりません。ですが、少なくとも年頃になれば『カブトムシのストラップ』では無理が出てくる。いや、そもそもカバン等につけるのが前提となる形では、早晩立ち行かなくなるでしょう」

「…………それでなんで幼女に…………?」

 

 かなりシリアスな話題に繋がりそうなテーマだったが、浜面はそこには辿り着けない。正確には、その手前に本来の道が見えなくなるくらい巨大な障害物(ツッコミどころ)があったので気付けない。

 畏怖すら伴った浜面の言葉に、垣根子は軽く笑って、

 

「ですから、恒久的な『保護』を考えるのであれば相応の『立ち位置』が必要でしょう」

 

 即ち。

 この学園都市第二位のTS美幼女は、今後成長していくにつれて目まぐるしく変化していくフレメアの人間性に柔軟に対応できるよう、『彼女と年の近い友人』というポジションを確保する為、この姿になったということなのだった。

 なお。

 一応説明しておくと、垣根帝督というのは実年齢一六歳くらいの男子高校生であり、『カブトムシ05』という兵器をスタート地点としたこの個体にも『プリセット』という形で本来の垣根帝督の『基本形』とも呼べる情報は設定されているはずなのだが……。

 

「………………い、いいの? それで。いや、確かに俺としては頭が上がらねえけど、アンタは元々学園都市第二位の……男だろ?」

「性別だとか、年齢だとか、そんな常識は未元物質(ダークマター)である私には通用しません」

 

 ああ、なんかこういうところ『垣根帝督』だな……と妙な感慨を抱く浜面はさておき、八歳くらいの少女の姿をした垣根子はゆっくりと立ち上がる。

 元々の垣根の服装を模した制服は、未元物質(ダークマター)製ゆえか今の彼女の体躯にもしっかりとフィットしていた。……が、いかんせん見た目の印象からあまりにかけ離れすぎている。

 フレメアと打ち止め(ラストオーダー)が着替えを断行しようとしていたのも、そのあたりのミスマッチさが影響しているのだろう。

 そして逆に言えば、そうした『スキンシップの多い』交流を進んでやってくれるあたり、垣根子の思惑は成功しつつあるとも言える。

 

「では私は、二人のところへ戻ります。そろそろ逸らした意識も戻ってくる頃でしょう」

 

 その佇まいは、やはり理性的だ。

 なんだかんだ言って年相応の無邪気さを秘めているフレメアや打ち止め(ラストオーダー)と違い、元が機械的思考から始まった垣根子の発想は冷静沈着そのもの。

 だからかどこか浮世離れした落ち着きを見せており、それが彼女の幼い風貌と不思議なミスマッチを起こしているのだった。

 

「……………………」

 

 そんな姿を、浜面は黙って見ていた。

 確かに、合理でいえばそうなのだろう。

 多感な時期に差し掛かる少女にとっては、『喋るストラップ』よりは『自分と同年代の少女』の方が接しやすいだろうし、心の距離も近づけやすい。

 その意味で、垣根子の──学園都市第二位の頭脳がはじき出した策は、この上なく上手く回っている。

 

 だが。

 

 無能力者(レベル0)で、スキルアウトで、落ちこぼれの浜面仕上は、説明不能の激情を抱えていた。

 具体的には。

 

(あ……あの時、俺と滝壺の前に立ちふさがった、あの絶望的な戦力の象徴が…………こんな可愛くなって……………………そんなことがあっていいのか………………ッッッ!?!?!?)

 

TSFの神髄(あらたなトビラ)を、開きかけていた。

 

 

 

* * *

 

 

 

「はまづら、大体、ショッピング付き合って」

 

 ということなので、浜面は現在絶賛サイフマンなのであった。

 彼の眼前には、三人の幼女がいる。傍目から見れば現在の彼は知り合いの妹の面倒を見る兄か何かに見えるのだろうか。あるいは、彼自身の老け顔を加味すれば、姪っ子の面倒を見る叔父か。

 

「今日はあなたのその服装を完璧に可愛く仕上げてみせるぞ! ってミサカはミサカは息巻いてみたり!!」

「何おう!? 大体、それは私の仕事!! にゃあにゃあ!!」

「あはは……お代は後でお支払いしますので」

 

 目先のイベントに囚われ、浜面の懐の心配まではできないフレメアと打ち止め(ラストオーダー)を後目に、垣根子は苦笑まじりに浜面に言う。

 当然といえば当然だが、できた性格をしていた。浜面はそのコンボに少し照れたように視線を逸らしながらも、

 

「……別にいいよ。子供服くらい買える金はある。それに、アイツの忘れ形見を今後も守るってんなら、そいつは俺の仕事でもある。……服買うくらいしかできねえけど、手伝わせてくれ」

 

 と、年長者として最低限の意地だけは保つのだった。

 垣根子もだいたい同年代なのだが、そこはそれである。馬鹿なオトコ的にはやっぱ見た目が可愛い女の子だとどうしてもそれだけで庇護対象扱いなのであった。本当に馬鹿だ。

 

「で、どこに行くとか決まってんのか? やっぱセブンスミストとか?」

「いいや、ダイヤノイドだっ!!」

「ぶっ!?!?」

 

 呑気していた浜面だったが、堂々と宣言したフレメアの言に思わず吹き出してしまう。

 ちなみに、ダイヤノイドとは第一五学区に存在するランドマーク的な複合施設である。地上七〇階建ての六角形のような外見の高層ビルだとか、第一五学区の駅ビルも兼ねているだとか、建物は全て炭素系の素材で作られているだとか、色々と特徴は存在するが──重要なのは、第一五学区が学園都市最大の繁華街という点だろうか。

 最近はサンジェルマンの騒動などで一時閉鎖していたが、学園都市のハイパー科学力のため今はもう既に営業が開始している。

 レジャー施設の集まる第一五学区は、それはそれは金払いの多い客が集まりやすい。ゆえに、高額の商品も集まりやすく──ありていに言うと、ダイヤノイドは学園都市有数のセレブ御用達スポットなのであった。

 加えて言うなら、そんな高級店の子ども服を買う金は浜面の手持ちにはなかった。冷静に考えると、間違いなくフレメアと打ち止め(ラストオーダー)の出費も発生するだろうし。

 

「…………やはり、私が出しましょうか?」

「い、いや、いい……」

 

 まるで腹を蹴られてノーバウンドで数メートル吹っ飛んだ直後のような満身創痍さで、浜面は答える。

 一応浜面も働いてお賃金を得ているいっぱしの大人である。いや、年齢的には『少年』と表現できるくらいなのだが、そこはそれ。本人の感じている社会的責任としてはそのくらいあるということだ。

 その彼が、一度『出す』と言ったのなら、たとえそれが高級店での出費だとしても翻すわけにはいかない。

 

「銀行に、銀行に行けば……! お金をおろせば、なんとかなる…………ッッ!!!!」

 

 つまり見栄の為に無駄な出費をする馬鹿ということであり、あとで滝壺に怒られるのは必定なのだった。

 まぁ、そのへんは『まだ子ども』ということである。

 

 

 

* * *

 

 

 

 そんなこんなで、浜面達はダイヤノイドにやってきた。

 途中立ち寄った銀行が銀行強盗に襲われたり、それで浜面が人質にとられかけたりもしたのだが、第二位の超能力者(レベル5)がいて大事になるわけがなく、一瞬にして鎮圧されてしまったのだった。ああ無情。

 

 で。

 

 そんな功労者たる垣根子は────

 

「やっぱりだ! 似合ってるぞカブトムシ! ……カブトムシでいいのか?」

「ウーンこの見た目だと垣根帝督って呼び方をするのもそれはそれで間違ってるかも、ってミサカはミサカは懊悩してみたり」

「であれば、シンプルに未元物質(ダークマター)と」

「にゃあ! それはそれで淡泊すぎるぞ!」

「それはミサカに対する挑戦か!? とミサカはミサカは大憤慨!!!!!!」

 

 ──二人の幼女に絶賛着せ替え人形にされていた。

 姫ロリの意匠が大好きなフレメアの意向が反映されているのか、垣根子の現在も服装もまた白を基調にしたロリータ系のファッションだ。垣根子も流石に恥ずかしいのか、顔を赤らめたりはしていないものの、どことなく気まずそうに笑っていた。

 彼女達の傍らには元々垣根子が着ていた衣服が無造作に捨てられている。身に着けていないからか、それらの服からは色彩が抜け落ち、本来の未元物質(ダークマター)の純白に戻っていたが。

 そう。基本的に、現在の垣根子は全身が未元物質(ダークマター)製であり、未元物質(ダークマター)は白色だ。彼女が通常の色を伴っているように見えるのは、ミクロレベルで表面に凹凸を作ることで光の反射率を変更し、クジャクやカワセミの羽毛のように構造色によって様々な色を獲得しているのだった。

 

(…………第二位のヤツ、あのナリで下着は男物だったのか……)

 

 脱ぎ捨てられた衣服の一つ。真っ白になったズボンの端から、同じく真っ白いボクサーパンツのような下着の端っこが見えており、浜面はなんだか微妙な気持ちになる。

 と。

 

(……ん?)

 

 そこで、浜面は疑問をおぼえた。

 完全なる未元物質(ダークマター)生命体となった垣根子が、男物の下着を穿いていたのはいい。元が男性なのだから当然である。だが、何故浜面にそれを知ることができた?

 当然その答えは、『垣根子がパンツを脱いだから』である。

 では、脱いだ以上何かを穿かなくてはならないはずだ。まさかノーパンなどあり得ないだろう。ということは、つまり今現在、『垣根帝督』は女ものの下着を穿いているということに……、

 

「お、おい第二位、お前…………」

「い、言わないでください」

 

 直後。

 浜面仕上は、信じられないものを見てしまう。

 

 それは──感情の揺らぎのせいで構造色がぶれ、全身が正真正銘真っ赤に染まった第二位・垣根帝督の姿であった。

 

「まさか、ここまでされるとは思いもしませんでした。無理やりパンツまで脱がされるなんて……」

「………………………………………………………………………………………………」

 

 なんかもう、何も言えない状態だった。

 そんな垣根子を後目に、二人の幼女達はさらなる手管を発揮していく。

 

「カブ子は私達よりちょっと大きめだし大人っぽい雰囲気だから、大体、こういう服だって似合うよなあ」

「あの、肉体年齢八歳の身にスーツは少し……」

 

 子供用のレディーススーツなる珍妙な衣装を着せられたり。

 

「何の!! 大人っぽさ、知性というならこっちの方が断然あるかもってミサカはミサカは熱い推薦をしてみたり!!」

「だからって白衣を着せるってどういうことなんでしょうか……?」

 

 子供用の白衣を着せられたり。

 

 というか、子供用のコスプレシリーズが此処まで揃いに揃ってるあたり、学園都市の闇を感じざるを得ない。いやまぁ、経済力のある子どもが自分の判断で服を買える環境については整っているのだろうし、需要もあることはあるのだろうが……。

 

「あのう……すみません。浜面仕上さん、少し、助け舟を……」

「…………………………しょうがねえな」

 

 自分をあれだけ追い詰めた第二位が──おそらく意識としては連続していなくとも──こうやって幼女の姿になって、恥ずかしそうに顔を赤らめながら、自分に助けを求めてくる。その事実に軽く頭がおかしくなりそうになる浜面だったが、だからといって見捨てる理由もなかった。

 ザッ! と勢いよく幼女二人の会議に踏み入ると、浜面は正々堂々と、高らかに宣言する。

 

「いいか小娘ども!! どうせコスプレさせるっていうならバニーをがばぶるげぶちか!?!?!?!?!?!?」

 

 ……一瞬の躊躇もなくTSロリバニー娘を召喚しようとしたド変態世紀末帝王浜面は、直後に天使の翼による一撃(ツッコミ)を食らって宙を舞うことになったが。

 

 閑話休題。

 

「ぶ、げぶう……そ、それはさておき、八歳児にしてはすらっとしてるしパンツスタイルが大変お似合いになるのではないでしょうか……」

「最初からそう言っておけばいいのに……」

 

 それができないから浜面は超浜面なのである。

 

「うむ。確かにカブ子はそういうの似合いそうだな!」

「まぁ元が中性的というか、性別の概念がなさそうな存在だもんね、ってミサカはミサカは頷いてみたり」

 

 というかカブ子で名称は固定なのか、というツッコミどころは、もはやとうに通り過ぎていた。

 垣根子はそのまま二人の幼女に引っ張られ、簡易更衣室へと入っていく。浜面はそんな垣根子を見送ることしかできなかった。アレも一応元は男としてのパーソナリティを持っていたというのだから、なんというか哀れである。

 そうまでしてフレメアを守りたいというのは、浜面としても正直想像もできない境地だが……。

 

「おー、いたいた。こんなところに引っ込んでたか」

 

 と。

 

 そこで浜面は、背後からの声に身を強張らせた。

 本能に従って反射的に品物棚の陰に身を投げ、それから自分の迂闊さを呪う。何故なら今聞こえた男の声は、先ほど銀行で聞いた声だったからだ。

 つまり、銀行強盗。

 先ほどは垣根帝督に一蹴されていたはずの小悪党が、何故か復帰してこの場にやって来ていた。

 

(なんでだ……? ヤツらは銀行強盗だったはず。どうしてただの服屋にやってきた!? まさかダイヤノイドっていうセレブ御用達のビルを襲撃して、金持ちを人質にしようって考えか!?)

 

 そこまで思考を巡らせて、浜面はそもそもの矛盾に行き着く。

 

(いや……そもそもヤツらは捕まったはずだ! 第二位の一撃であっさり壊滅して、そのまま警備員(アンチスキル)に引き渡されたはず……ここに来られるはずがない!!)

「何の……つもりだ!」

 

 懐から護身用の拳銃を取り出しながら、浜面は品物棚の陰から声を上げる。

 今、垣根達は簡易更衣室の中だ。襲撃に気付いていない。そんな状況で銀行強盗達に襲われれば一巻の終わり。垣根はともかくフレメアと打ち止め(ラストオーダー)は命を落とす。だからあえて声をあげることで、それとなく敵襲を伝えているのである。

 

「何のつもり? ……ああ、もう別に隠す必要もねえか」

 

 強盗の男はあっさりと言って、

 

「第二位だよ。第二位の垣根帝督。俺達の目的は、最初からそこだ」

 

 そう、決定的な一言を口にした。

 

「別に第二位を殺してえなんて思っちゃいねえぜ? そもそも今のヤツは、どうやら能力で作り出した人形を使ってるみてえだし。だから、俺達の目的は未元物質(ダークマター)。ヤツ本人は殺せなくても、襲撃をしかけて欠片を採取するだけでいい!」

 

 つまり、先ほどの銀行強盗もその一環。

 銀行強盗に見せかけて垣根を狙い、未元物質(ダークマター)を入手するのが目的だったのだ。

 

(クソったれ……!!)

 

 どこから情報が漏れたのかは分からない。ただ、『白いカブトムシ』なる噂が例の一件の直後から漏れていたことを考えると、学園都市の『裏』では今も垣根のことを利用したい勢力が一定数いるのだろう。

 

(ふざけんじゃねえ!! アイツは、第二位は、確かに俺にとっても苦い記憶の象徴だが…………今のアイツは、フレメア達と共に生きていこうって精一杯頑張ってるんだぞ!!!!)

 

 一度でも闇に身を浸した人間にとって、光の中で生きていくというのは途轍もなくエネルギーを消耗する行為だ。

 自らの罪から目を背けているのではないかという罪悪感と、常に戦っていく必要がある。まして第二位は、たとえ『カブトムシ』から始まった自我で、元の垣根帝督のパーソナリティから地続きではないといっても、『垣根帝督』と言うプリセットを得た存在だ。なまじ彼自身の精神が善性に寄っていることを考えても、そうした罪の意識は大きいだろう。

 そんな彼が、自らの姿かたちを変えてまで歩み寄っている。浜面仕上は、罪悪を抱えて生きていく一人の男は、その姿勢に大きなショックと感銘を受けていた。だからそれだけに、そんな彼の決断を踏みにじる強盗達が許せなかった。

 

(潰す)

 

 急速に。

 浜面仕上の心が、冷えていく。

 己の大切なモノの為なら誰かを切り捨てられる、そういう彼の本質が研ぎ澄まされていく。

 そして、拳銃を片手に作戦行動を開始しようとした、次の瞬間。

 

 ゴバッッッッッッ!!!!!!!! と。

 

 第二位の異能(ダークマター)が、一瞬にして全てを終わらせた。

 

 白い濁流は数多ある品物はおろか、簡易更衣室の仕切りであるカーテンすらも破壊することなく、精密に強盗の男たちだけを捉えていた。

 それも、殺したわけではない。頸椎を狙い、的確に気絶させている。後遺症すらも残らない、鮮やかな決着だった。

 

 格が違う。

 

 浜面が命懸けで、しかも殺すことでしか解決できなかった状況を、垣根は一瞬で、しかもこれ以上ないほどの結末でしめくくってみせた。

 遅れて、簡易更衣室の仕切りから垣根が姿を見せる。

 

 陳腐な表現だが、天使のようだった。

 

 未元物質(ダークマター)の残り香なのか、白い煙のような輝きを伴わせた()()が身に纏っているのは、一着のワンピース。

 とはいえ、それは単純な構造ではない。ボディラインの見せ方を調節する為なのか、体の各所に黒革のベルトがある。そのせいで、幼い容貌にしては大人っぽい姿がより大人びて見えた。

 友人達の気遣いが感じられる格好だったが、その気遣いを受けた垣根の表情は暗い。

 

「…………甘かった」

 

 垣根帝督は、痛恨のミスを直視したような面持ちで呟いた。

 

「甘かった。第二位である私が何を齎すのか、それを想像できていなかった……ッッ!!」

 

 垣根帝督は、本質的に闇の人間だ。

 血みどろの世界で生きて、血みどろの世界で殺し、血みどろの世界で死ぬ。それがこれまでの当たり前で、平均値で、平常値だった。何かの間違いでこうして幼い友人に恵まれたが、だからといって彼を取り巻く環境が変わったわけではないのだ。

 それを、忘れた。

 束の間の幸せな時間のせいで、思考の外側に追いやってしまった。

 いや。

 

「…………何もかも、甘すぎた」

 

 垣根は、天使のような白さの少女は、恥じるように俯いた。

 髪から、手から、人間らしい色彩が徐々に失われていく。

 

 最初から、不自然ではあったのだ。

 未元物質(ダークマター)は万能だ。フレメアを守るという用途なら、それこそ携帯の外装になったり、装飾品になったりと、やりようならいくらでもある。

 そもそも、フレメアだって一人の人間だ。成長していくにつれて、自分で考え行動できるようになる。垣根がカブトムシとして傍にいられなくなる──言い換えれば、彼女が多少なりとも成長した頃には、そもそも垣根の護衛は必要なくなるはずだ。

 いつまでも、彼女を守り続ける必要はない。

 フレメア=セイヴェルンは、誰かに守り続けられるほど弱い存在ではないのだから。

 

 にも拘らず、何故垣根は少女の姿に変じてまで、彼女を守り続ける方法を模索したのか。

 

「彼女から離れたくないと、願ってしまった……ッ!!」

 

 結局は、それ自身が彼の望みだったということ。

 己を救ってくれた少女と、共に歩みたい。時間の流れの中で歩む道が別れ別れになってほしくない。その願望を叶える為に自らの姿すら組み替えることを許容した。たったそれだけの話だったのだ。

 そして垣根は、そのことを恥じていた。

 結果的に少女達を危険に巻き込む可能性を認識できなかった自分の浅慮に、怒っていた。

 

「おい」

 

 そのまま歩き出そうとする垣根の背に、浜面は思わず声をかける。

 その後ろ姿は、今や殆ど真っ白になっていた。

 まるで、そこにあった人間性を捨てるかのように。ただの真っ白な未元物質(ダークマター)に甘んじようとするように。

 

「……ご安心を。資格がないとはいえ、役目を投げ出すほど愚かではありません。ただ、その役目は彼女達の傍にいなくてもできる。より最適な解を求めたにすぎません」

 

 垣根はそう言って、去っていこうとする。

 浜面には絶対に実現不可能な完璧さで事件を完全解決に導いた化け物は、それでも浜面には及びもつかないほどの完璧さを求めていた。

 だから。

 

「ふざけんじゃねえぞ」

 

 浜面は完璧さからは程遠い激情で、垣根に応えた。

 純白の少女の歩みが、止まる。

 

「ふざけんじゃねえぞ!! 俺じゃ絶対にできないような綺麗な解決策を持ち出しといて!! 何もかも完璧に守っておいて!! それで『資格がない』だと!? それじゃあ俺はどうなるってんだ!! アイツらを前にして、それでも殺して終わらせるしかないってあっさり決断しちまった俺は、アイツらの近くにいる資格なんかねえってのか!?」

「そ、れは……」

 

 純白の少女は『それは違う』とばかりに振り返り、それから俯く。

 

「今回の件については、私がそもそもの元凶です。私がいなければ、そもそもこんなことにはならなかった。今回は防げましたが、今後どうなっていくか……」

「だからどうした」

 

 浜面ははっきりと、少女の懸念を切り捨てる。

 そんなことは問題ではないと、そんなことを話しているのではないと。

 

「テメェは!! アイツらと一緒にいたいって思ったんだろ!? そりゃあ、女になった姿を見たときはビビったさ! あの恐ろしい第二位と地続きの存在が、こうも変わっちまうんだって! しかもちょっとかわいかったしな! でもさ……尊敬もしたんだ! 俺には、そこまではできない。さっきの一幕もそうだ! 俺にはできない。ここまで徹底して、完璧に、文句のつけようもなくフレメアを守るなんて、ただのチンピラでしかねえ俺にはできない!! そんなスゲェアンタが、こんなことであっさり諦めちまうのかよ!?」

 

 それは、嫉妬だ。

 無能な自分では比べ物にならない、有能な存在が、無能な自分では想像もつかないような高度な領域で諦め、そして無能な自分よりも先に去ってしまう。

 そのことが、浜面にはどうしようもなく許せなかった。

 

「足掻けよ、エリート!! テメェの存在が大切な誰かへの危機の引き金になるってんなら、それもまとめて防げよ!! アイツらと一緒にいたいって思いを……光の中で生きていくって願いを……そんな、無能な俺が必死に叶えようとしている願いを……アンタがあっさりと諦めないでくれ!!!!」

「……、」

 

 浜面仕上は、無能力者だ。

 あの一〇月九日、浜面仕上は文句のつけようもなく未元物質(ダークマター)に敗北した。原子崩し(メルトダウナー)には、それを扱う少女には勝利した浜面だったが、その格付けは今に至るまで何も変わっていなかった。

 しかし。

 この日、浜面仕上は能力とは別の領域で、垣根帝督の先を行っていた。

 

 無色彩の少女はこたえきれないといった調子で笑い、

 

「……そう、ですね。もう少し、足掻いてみましょうか。あの騒がしい友人達と共に、光の中を生きていく為に」

 

 次の瞬間には、その見た目は何の変哲もない『垣根子』のそれに戻っていた。

 友人達の方へ駆け寄っていく垣根子は、最後に振り返って、浜面に一言告げた。

 

 

「────()()()()()()()()()

 

 

 その笑顔には、元がなんであるとか、本質がどうだとか、そんなちっぽけで無粋な考えなど跡形もなく消し飛ばす魅力があった。

 

 

 

* * *

 

 

 

「んで、結局元通りだって? つまんねーなぁ。私も見てみたかったわね、女の姿の第二位」

「お前の場合笑うだけだろ」

 

 その後。

 公演の端にいる浜面と麦野の視線の先には、スーツケースほどの大きさの白いカブトムシと戯れる幼い少女達の姿があった。

 結局、垣根帝督はそのままカブトムシに戻ってしまった。

 ただ、それは光の中で生きることを諦めたわけではなく──

 

「恐れないことにしたんだってよ」

 

 むしろ、さらなる前進だった。

 

「フレメアも、打ち止め(ラストオーダー)って子も、これからどんどん成長していく。いずれ今のような関係じゃいられなくなる日が来る。一緒にいられなくなる日が絶対に来る。それでも」

 

 カブトムシの翅が高速で震え、フレメアと打ち止め(ラストオーダー)の二人がまるで無重力空間のように浮かび上がる。

 

「それでも、『光』から逃げない。別れを、言い訳にしない。……ってことらしいぜ」

「…………、」

 

 麦野はその言葉を聞いて、少し黙った。

 『闇』に身を浸した人間は、何だかんだ言ってもその平均値は『闇』の中にある。意識しなければ、その生き方はすぐに『闇』に引きずり込まれる。

 だから彼らは、しばしば『光』の中に楔のような役目の人材を見出しがちだ。

 一方通行(アクセラレータ)にとっての打ち止め(ラストオーダー)、浜面仕上にとっての滝壺理后、土御門元春にとっての土御門舞夏、海原光貴(エツァリ)にとっての御坂美琴。

 彼らにとってそうした者は彼らの善性を繋ぎとめる最後の楔であり、それが失われればその人間性は暗黒に染まってしまうだろう。

 その共通理解があるからこそ、浜面も自らの姿を女性に変じるという垣根の歪とも呼べる方針自体には疑念を差し挟まなかったのだ。

 

 そこを、踏み越える。

 

 『楔』の喪失を言い訳にしない。

 

 そう決断できるのが、どれほど難しいか。

 

「……分からないわね。そいつは第二位の発想じゃあないはず。いくらプリセットっつっても、結局根っこは同じ『垣根帝督』なんでしょ? そこまで捻じ曲がるモンかね」

「……別に、捻じ曲がっちゃいないさ」

 

 浜面は、フレメアと打ち止め(ラストオーダー)と戯れる第二位を見て、感慨深げに呟いた。

 確かに、表面上は激変しただろう。もはや同じ連続した存在と認定できる者の方が少ないといえる。

 だが、その本質は変わっていない。未元物質(ダークマター)に常識は通用しない。己の望みの為なら、あらゆる固定観念を破壊する『異界の常識』の保持者。

 その生き方は、まさしくこの世に存在しない物(ダークマター)の象徴だった。

 

 一〇月九日。

 

 あの日から、色々なモノが変わっていった。

 ほんの二か月程度しか経っていないというのに、別世界のような気さえしてくる。

 だが。

 

「アイツは、あの日と同じ。……俺なんか歯牙にもかけねぇ、圧倒的で絶望的な超能力者(レベル5)のままだよ」

 

 浜面はそう言って、平和な日常を眺めていた。

 あの日抱いた畏怖を、憧憬に変えて。

 

 

 

 ちなみに。

 

「……あァ? そいつぁどういう意味だ浜面ぁ……。この私が『ちょっと気合入れたら倒せる雑魚超能力者(レベル5)』でしたってかぁ……?」

 

 浜面はこの後不用意な発言によって地獄を見ることになるのだが、それは語らないでおこう。彼の名誉の為に。


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