APOCALYPSE accessiones lectorem 作:くつぞこ
ぶつぎりの点線となって迸る緑色の光軸。曳光弾によって描かれる銃弾の軌跡と同じ軌道で伸びた粒子ビームの弾丸を躱した《ウィンダム》は、さらに後方へと下がっていく。
「
応答の声が響くより早くスラストリバースで飛び退く。スティグマトの黒々した銃から弾倉が小気味良く弾け、芝生の大地の上にずしりと落ちた。
《ハイペリオンⅡ》が、腰に装備した予備弾倉へと手を伸ばす。左手で掴んだ弾倉を素早く空になった短機関砲の装填部に挿し込みかけ、がちゃりとサブマシンガンを握る右腕が揺れた。
ディスプレイに警告ウィンドウが立ち上がる。給弾不良の表示と共にマニュピュレーターからマガジンが滑り落ち、駐輪場の屋根を拉げさせる。潰れた鉄柵が甲高い金属音を響かせた。
《ウィンダム》がスラスターを爆発させる。ロックオン警報がコクピット内で反響し、レギナルトは操縦桿のFCSを素早く切り替えた。
《ウィンダム》がライフルを掲げるより早く、銃口を持ち上げる。ガンクロスに〈ウィンダム〉の機影を捉えること秒も無く、スティグマトに内蔵されたビームナイフが刃を形成しながら飛び出した。
過たず、〈ウィンダム〉の頭部に短刀が突き刺さる。切断面が光熱で赤く捲れ、どろりと何かの液が内側からカメラカバーを汚染した。
ワンテンポ、沈黙の空白が耳朶を打つ。レーダーに表示された《ストライクダガー》を示すブリップは、まだ路線を飛び越えていなかった。
「ストライカー05!」
イヤフォンに怒声をぶつける。耳元で臆病そうな呻き声が漏れ、青色の機影が《ハイペリオンⅡ》を追い越した時には既に遅い。《ウィンダム》は、既に駅前の広場から後退した後だった。
(すみません!)
「いやいい」舌打ちする気力も無く、ただその一言だけをイヤフォンに投げ棄てる。続く弁明を潰し、レギナルトは隊長へと通信を入れた。「クリンゲ01、こちらクリンゲ02」
「ロストック中央駅前広場を確保しました」
(クリンゲ01了解。損傷のある機体は)
「ベルトラムの機体がシールドを喪失しました」左前腕の装甲を展開させてビームナイフを把持させると、スティグマトへと押し込む。「ハロルドの機体のシールドを持たせます。そちらは?」
(フロッシュ05がやられた。06は右腕部被弾。戦闘継続は可能だが武装が無い)
「了解。こちらで攻勢をかけます。そちらは一度引いてください」
(頼む)
了解の声を返す。MSの性能差はともかく、数的優位で上回る現状、戦況はレギナルトたちに傾いているのは間違いない。僅かに損傷をした機体もいるが、まだ戦闘継続に問題ない範囲だ。
ヴァーネミュンデに上陸を始めた敵の部隊が進行を開始するのもそう遠くはないだろうが、ラーゲ基地にも第64航空MS大隊が向かっているはずだ。
安堵するには気は早いが、さりとて危機的状況からは脱しつつある、と言っていい。
だというのに。
レギナルトは、盲斑の中で蒼褪めた影が遊ぶように蠢く悪寒が、体中を汚染しているのを感じていた。
そう、あれは1年前。ビクトリアとカーペンタリアで肩を並べた、1年前。
記憶に間違いはない。鶏頭のドラゴン、コカトリスを部隊章に戴く精鋭部隊。
脳幹を汚染し始めた思惟を振りほどく。最悪の想定をするのは当然だが、それに囚われて行動不能に陥るのもまた愚かだ。そんな僅かな思案の時間で、仲間は武装の交換を終えたようだった。
「第2小隊全機、聞いていたな。これより俺たちは前に―――」
そこまで言って、ふと、それが目に入った。
視界は遥かバルト海、その上空を眺望している。
曇天の隙間から堕ち始めた瑠璃色の帳の中、星の光がちらちらと光っている。
レギナルトは、肌が粟立つのを感じた。無論、それは星の光などではない。秒の間にどんどんと拡大する光はロケットモーターが吐き出す噴射炎で、あれはまさしく、凍り始めた空を砕氷船となって突き進む巡航ミサイルだった。何よりも、広域データリンクがミサイル飛来の情報を更新したためだ。
着弾までの予測時間まで残り15秒。進路から想定される攻撃地点はロストック市街中心地とも言うべき、ロストック中央駅―――まさに、レギナルトたちが展開する場所だった。
言葉を発するより早く視線が動く。流石と言うべきか、ハロルドとベルトラムは、既に駅近くのショッピングモール裏やらの大型の建物へと機体を滑り込ませている。フロッシュ07も実戦慣れしているだけあり、大学病院前の後ろへと身を屈めていた。後方からの砲撃支援に徹していたクリステラの《ダガーL』はロストック大学を掩蔽物に利用していたため、それだけ危険は少ない。素早く情報を統合させ、レギナルトは眼前で佇む《ストライクダガー》へと視線を突き刺した。
「ストライカー05!」レギナルトは、素早く《ハイペリオンⅡ》の左腕部を持ち上げさせた。袖部位に装備した光波防御帯シールド発生装置を起動させると、袖を起点として機体を覆う程の光が陽光の盾を形成した。
微細に幽れる極光色の波濤越し、灰色の空に明瞭な輪郭をもって現れた弾頭が視神経を焼いた。
何故、このタイミングでの艦隊による攻撃なのか。東ユーラシアはあくまでユーラシア連邦政府そのものの乗っ取りが主目的で、それならば主要都市機能そのものの破壊はデメリットでしかないはずだ。だからこそMSを中心とした陸上部隊による制圧という手段に出た、そのハズなのだ。
痺れを切らした上層部が凶行に及んだ―――硝子体の中で踊るミサイルの影がそのまま後頭部まで突き刺さり、幻痛が脳神経に叛濫した。
視界が白く染まる。周囲に爆炎のような閃光が乱舞し、ダイヤモンドダストが怒涛の狂乱に渦巻いた。
レギナルトは目を細めた。レギナルト・シェレンベルガーと《ハイペリオンⅡ》は秘密めいた身体図式で抱握し合い、破断した蠢動が脊索を励起させた。
五月蠅い、と思った。周囲で雑音が乱れている。
いや違う。いや、間違っているわけではない。ともかく、《ハイペリオンⅡ》は、否、レギナルトは鋭敏にコクピットの中に屹立する音を目で追った。
各種センサー類が軒並み機能不全に陥っている。周囲に分厚く散布された白煙が視界を塗りつぶしている。唯一音振センサーは生きているが、ほとんど気休めのようなものだ。
無線すら使用できない―――レギナルトは素早くその意味を、全て理解した。そう、全て。だからこそ、薄れ始めたスモークにうっすら浮かび上がったストライカー05が見えるなり、レギナルトは左腕部のアルミューレ・リュミエールを展開したままにスラスターを爆発させた。
芝生の上に積もった薄膜が、雪に解されて巻きあがる。《ストライクダガー》との間の相対距離からして、正面に《ハイペリオンⅡ》が展開するまで4秒弱。全身の毛穴から焦燥が液体となって流れ出し、脳幹に受胎した不気味な腫瘍が脈を打ち付けた。
3秒。破砕した時間が脳血管内で沈殿して瘤を膨らませる。拾った音から接近を悟ったストライカー05が、丐眄する挙動を見せた。
頭部に灯ったカメラアイが光を放っている。皝はそのまま頭部ユニットのカメラを穿ち、右腕を切り落とし、胴体に黒い虚孔を抉った。
白幕を切り裂く烈風怒涛。燐光が双眸を形作り、閃珖の打撃が《ハイペリオンⅡ》に殺到した。
咄嗟にビームナイフを発振させ、孤光を引いた打撃に打ち合わせる。粒子ビームの刃を形成する力場同士が拮抗し、スパークが激烈を押し広げた。
背筋に、悪寒が走った。
頭部ユニットに刻まれたスリットは猫髭のようだった。《ハイペリオンⅡ》と類似したレイアウトのデュアルアイは不気味なほどの安らいを湛えて、鋼の鎧越しにレギナルトを貫いた。光の刃はまさに敵を斬殺せしめんと振るえ、飛び散った粒子ビームの沫が《ハイペリオンⅡ》の装甲に黒い染みを穿った。
《ハイペリオンⅡ》がベクタードノズルを反転させ、噴射炎を爆発させる。
ビームナイフグリップの発振基損傷のウィンドウは無視。背面ガン・マウントに懸架されたレールガン2門が小脇から潜るように前面に展開しかけ、レギナルトは咄嗟にスラスターの推力を引き上げた。
動体センサーが接近警報を唸らせる。《ハイペリオンⅡ》の胸部装甲を砲弾が掠め、白装束に身を包んだ薄緑の大地を破砕した。
土塊が巻きあがる。後方からの支援砲撃、と思惟が揺れたのは秒ほども無かっただろう。それでも、その刹那の隙の合間に碧く滲んだ貴影は高く天を跳躍した。乱れ撃ちになったレールガンの砲弾は、敵機の軌道をなぞることしかできなかった。
だが、明らかにその機動は愚策だった。
戦闘において、敵の上を位置取ることは、敵に対して優位を取ることとほぼ同義だ。
しかし、陸上でのMSの戦闘に限って、その図式は直接には成り立たない。上空とはそれ即ち身を守る遮蔽物が無いこと、つまりはある種無防備を晒すことを意味する。平原にMSを展開しているなら遮蔽物も何もないが、市街地においては単なる蛮行でしかない筈だ。
空にぽつねんと点在する敵機にレティクルを重ねる。《ハイペリオンⅡ》のサブマシンガンが粒子ビームの弾丸を乱射するのとほぼ同時、幾条もの光軸が蒼白の機体に殺到した。
まさに鴨撃ち。並のパイロットなら、四方から迫る警報音だけで錯乱状態に陥るだろう。ビープ音の嵐はあっという間に平常心を掘削し、内側に埋もれた怖気を吹き上げるのだ。
が。
迫りくる数千度の火箭。火砲に晒されたMSは、されどスラスターで躱し、バーニアで躱し、時に四肢稼働を、時に主翼を風に乗せ、光が形成した牢獄を優雅なほどの挙動で脱走した。
微笑の双眸が堕ちる。優雅な緩慢さで束の間滞空した、その次の瞬間、剣を構えた黒翼が空気を叩き付けた。
彼我距離が瞬時に消し飛ぶ。
バヨネットによる防御、これは不可。次、ビームサーベルを真っ向から受け止めればスティグマトごと機体が両断される。
ならば―――即座にFCSを近接格闘戦に切り替え、背部に装備した武装を引き抜いた。
ブレード・マウントが立ち上がり、撃鉄が剣を跳ね上げる。ビームブレードの刀身に閃珖が迸ると同時に、《ハイペリオンⅡ》は迫りくる光の剣に刃を撃ちあわせた。
光が日輪の如くに円を描く。防眩フィルターでも防ぎきれないほどの干渉光の氾濫の向こうに安らう柔らかな眼差しに、全身の汗腺が嘔吐した。
知っている。敵を知っている。
特徴的な頭部ユニットのレイアウト。改修前のベース機の痕跡を色濃く編み込みながらも、現役の最新鋭機に比肩する高性能を獲得した改修機。アクタイオン・インダストリー社の嫡子にして忌み児。
《ハイペリオンⅡ》のライブラリがデータを照合し、ディスプレイにその名を表示した。
熱紋照合―――不能。
画像データ照合―――機種特定。
GAT-X105E《ストライクE》
操縦桿越し、銀の剣がレギナルトの手を抱握した。表皮を焼け出すほどの気勢で迫るビームブレードの刀身が力場ですら制御しきれないほどに粒子ビームを炸裂させ、《ストライクE》をビームサーベルごと突き飛ばした。
《ハイペリオンⅡ》が慟哭する。スラスターノズルから爆発的な閃吼を滾らせ、逆袈裟懸けにビームブレードを掬い上げ―――。
不味い、と思った時には既に遅かった。
蠱惑にデュアルアイを閃かせ、《ストライクE》が身を翻す。
何故か、レギナルトはそれを異様に克明に見た。
砲弾だった。目と鼻の先、砲弾が迫る。どれだけの威力かはわからなかったが、ともかくMSを貫くにはあまりある威力に違いなかった。
衝撃と同時に頭蓋の中で白光が爆ぜた。肺が潰れたと思う程の嗚咽が軋んだが、レギナルトは操縦桿を離さず、それどころか瞼を閉じすらしなかった。
先ほども支援砲撃を行った機体だ。大口径のレールガンを装備した機体に思い当たりは無いが、相応の距離があるにも関わらず、的確にMSの胴体部に直撃弾を撃ち込むところからして相当の腕前だろう。
《ストライクE》も難敵だが、何より後方に位置取った支援砲撃機が邪魔だ、と思った。《ストライクE》が僅かに隙を見せたとしても、悉く後方支援が機会を破砕する。バイタルパートに装備したTP装甲が無ければ、今の一撃で紛れなく《ハイペリオンⅡ》は爆散し、レギナルトの肉体はミンチより酷い状態になっていただろう。
なんとか砲撃さえ潰せば―――驕りなど欠片も無く、極めて理性的に判断した時、音振センサーが不意に音を捉えた。
朱色に染まった裂帛の突撃が霞を裂く。
シールドの無い《ダガーL》。大型のビームマシンガンを右手に、開いた左のマニュピュレーターが拳を作ると、《ダガーL》は一瞥の素振りも無く、拳を僅かに前へと突き出した。
《ストライクE》が右手のビームライフルを掲げる。狙いはハロルド。こちらも思惟が同じならば、敵とて同じ戦術想定を追従するは必定。
なれば、己が責務は明瞭だった。
素早く左手を手許のキーボードに滑り込ませ、規定コード―――オート・バランサーとリミッターカットのためのコードを入力する。ビームブレードは展開したまま、背部のレールガンを肩越しに2門、右手のサブマシンガンを1門指向する。スロットルレバーを押し込みペダルを踏み込むのと同時、3門の砲口が怒号を轟かせた。
「俺が相手だ―――