APOCALYPSE accessiones lectorem 作:くつぞこ
今回はちょっと短めです。
「ヴァシリースク06、着剣!」
小脇から対艦刀を引き抜く。掬い上げる要領で9.1mの刀を振り抜くと、さっきまで懐に居た筈の《ダガーL》は瞬時にスラスターをリバースさせて、寸で斬撃を回避した。
再び機動を反転させ、灰色の《ダガーL》がビームサーベルを撃ち込む。返す刃でなんとか光刃を弾いたサルマンは、鼻筋を苦く歪めた。
巧い。単に空戦での機体制動の技能に長けている、というだけでなく、その戦術眼の妙に驚嘆する。
I.W.S.Pの機体特性。万能機を標榜するにも関わらず、運動性能の悪さから格闘戦が苦手である、という特性を瞬時に見抜く冷静さ。それでいて、機体性能で一歩譲る《ダガーL》で大胆にも格闘戦を敢行する技量。なるほど
(06、聞こえてるか)イヤフォンに声が飛び込む。僚機を務めるヴァシリースク07の厳めしい声だ。3機からの火砲を潜り抜けながらも、07の声には抑揚一つない。(俺が少し
「簡単に言ってくれる!」
続く斬撃に刀を撃ちあわせ、サルマンはスロットルを一息に絞った。
I.W.S.Pの重量もあってか、墜落するように《ウィンダム》が高度を落とす。突き上げるような衝撃に眉一つ動かさず、FCSをスナイプモードに切り替えた。
狙うべき敵は、誰なのか。
サルマンは1秒の判断時間も無く、最後方に控えた敵機、深緑にカーキを挿した迷彩色の《ダガーL》に狙いを定めた。
砲撃後の素早い移動、位置取りから砲撃までの素早さ。それでいて正確な砲撃。損傷を負っているが、脅威だった。
そして、何より、迷彩の《ダガーL》はミスを犯した。格好の的になる位置へと機体を移動させたのを、サルマンは見逃さなかったのだ。肩を並べる同僚もまた。それを目聡く把握していた。だからこそ、格闘戦において成績が優秀な己を囮にして、砲撃戦に長けるサルマンをガンナーに定めたのだろう。
時間はかけられない。仲間の腕には全幅の信頼を置いているが、それでもあの〈ダガーL〉2機を相手に、20秒。否、10秒は持つまい。
上空の銃戟の騒乱、ロックオン警報。雷鳴するビープ音の吹雪の中、サルマンの精神はそれらを全く意に介さなかった。
ECMが《ダガーL》からの砲撃警報を迸らせる。それより早く、I.W.S.Pに搭載された長砲身のレールガン2門が雷を迸らせた。
弾体が大気を引き千切る。秒速3kmで射出された金属塊は、ガンクロスが捉えた場所へと突撃し、着弾地点を中心に生じた衝撃が建築物を噛み砕き、道路を拉げさせた。
モスグリーンの《ダガーL》は、まだ健在だった。背後の銀行はただの一撃で原型が残らないほどに潰れ、巻きあがった紙幣が雪と一緒に空を泳いだ。もう一発の砲弾は足元に飛び込んだが、素早く横に飛んだ《ダガーL》はギリギリのところで回避してみせたのだ。
だが。それでいい。
砲撃から1秒未満、サルマンは105mm単装砲を
あまりに安易なだけの砲撃だったが、それで十分だった。
着地と同時に回避機動に入ろうとした瞬間、本当に一瞬だけ、緑色の《ダガーL》がスラスターを焚いた。
その足元には、電車のレールが敷いてあった。ロストックの交通の便として機能する公共交通機関の一つだった。
――無論、いくらロストックの都市機能維持を主眼に入れようとも、己の生死がかかった瞬間であれば、その破壊は赦されよう。そんなことは、何より戦場に投げ出された兵士たちが一番よく理解していることだ。
だがそれでも、一瞬だけ躊躇する。あ、と思う。
秒ほども無い間隙。ただのパイロットが相手であれば、そんなものは隙にもならなかっただろう。
だが、サルマンにとっては、それは明瞭な隙だった。
粒子ビームの弾丸は長々と尾を引き、まるで光線のように見えた。光軸は亜光速で駆け抜けると、真緑の機体の胴体に噛みついた。
間違いなくコクピットを貫いた。一瞬だけ宙を踊った《ダガーL》は、路線隣の駐車場を飛び越え、再構築戦争以前から使用されている警察署庁舎へと錐もみしながら墜落した。
1機、撃墜。余韻などあるはずもなく、サルマンは上空を見上げた。
黒雲の中、白片が揺らめく。虫が翅を打ち震わせるような音を立て、マズルフラッシュが瞬いている。曳光弾が引いたラインと交錯するように光弾が点線を描き、光の剣と白銀の剣が接触してスパークを破裂させた。
「掩護する!」
前面の砲門全て、115mmのレールガンからシールドの30mm機関砲に至るまで、全火器を志向する。大出力のスラスターを鋼鉄から噴出し、火箭の花火を曇天の暗幕に彩った。
隊長はきっと勝つだろう。先のヴァーネミュンデ攻防戦で多大な戦果を挙げたあの新型機を退け、作戦の流れを決定づける―――レーダー上のブリップに表示されたGAT-X105E、それに並ぶ
6話でした。