APOCALYPSE accessiones lectorem 作:くつぞこ
やっとストライクEとハイペリオンⅡの本格的な戦闘です。
左右から襲い掛かるG。即座に外れるロックオン。操縦桿を握る手、右手の兵装選択スイッチを2度押し込む。
構えたサブマシンガンから雨霰と降る亜光速の弾丸。数千度の弾丸は、PS装甲だろうがお構いなく貫く死の具現だ。
しかし、将に銃口が覗く先―――黒翼を雅に靡かせる敵機は、素知らぬ顔で大気と戯れているかのようだ。
右へ左へ。時に
機体性能の高さもあるだろう。形状からして恐らく
だが、それだけではない。巧にロックオンを外す機動、予測進路を読ませないバーニアの小刻みな噴射。その運動性能・機動性能と秘密めいた友愛を築き、十全に担い手になるパイロットの技能が相乗する。
《ストライクE》が無垢に空を舞う度、その背にあの姿がトレースする。
舌打ちする。左の指先が無線の周波数を切り替えるように這い、トリガースイッチの負荷が右の指先を跳ね返した。
レギナルトが、その音を聞いたのは、まさにトリガースイッチが第一段階目まで押し込み、二段階目を将に押そうか、という時だった。
奇妙な音だった。収音マイクから聞こえた音のようにも聞こえたが、違うようにも聞こえた。ひゅー、ひゅー、という音。風と友愛を結ぶ音。風を裏切る音。風と闘争する音。レギナルトが、否、《ハイペリオンⅡ》が、否、現存在が耳で聞いた風の声が、身体の奥底で響影を熔解していった。レギナルトというスクロールを構成する、細胞の欠片筋繊維の一筋に刻み込まれた経験の奥底に潜む汚染が《ハイペリオンⅡ》に憑りついた。
ひゅ、と風が乱舞した。と同時、視界から《ストライクE》のシルエットが忽然と掻き消えた。
違う。即座に悟ると、それを肯ずるように、ECMが背後からのロックオンを報知した。
正面モニターに背後の映像が出力される。
映像枠の中、山猫のような蠱惑の双眸が《ハイペリオンⅡ》の背を捉えていた。
四肢を広げるなどして機体の空気抵抗を増大させることで失速させ、失速領域で機体を後方へとループさせる
だが、《ストライクE》のその機動は、クルビットと似て非なる別なものだった。強引なスラスター機動、動翼、四肢稼働により、機体をほぼ減速させずループさせて背後を取る、戦闘機動。指先一つ動かせない超高G下での緻密且つ繊細な機体制動を以て為し得る芸術的な機動。テストパイロットとして相応の技倆を持つレギナルトでさえ躊躇する、高機動下でのクルビットを難なくこなすパイロットなど、思い当たる内では1人しかいなかった。
背後の《ストライクE》がライフルを掲げる。冷たい黒々とした銃口が、ひたとレギナルトを捉えた。
全身の毛穴が嗚咽する。痙攣した骨髄の振動が肉全体に伝播し、脳神経を雷光が動乱した。
思考する時間は零。思索した前頭葉から脂腺細胞に至るレギナルトの身体は、咄嗟に左のラダーを全力で踏み抜き、右のトリムを手前に引きつけた。FBLが機敏に反応し、
衝撃が爆裂する。巨大な玄翁で体を殴りつけられたかのようだ。その影響で視神経に繋がれたまま眼球が眼窩から零れだし、玩具のヨーヨーさながらに振り回されている―――そんな錯覚すら覚えるほどに視界が凄まじい勢いで回転を始めた。洗濯機でもみくちゃにされる衣類はきっとこんな気持ちなのだろう、と子どもの無邪気な感想が全身を駆け巡る。
主翼の過負荷を知らせるビープ音が鼓膜を叩くが、構っている余裕は無かった。レギナルトは大地へと墜落していきながらも、レギナルトの心/体は全力で方向舵を踏み込み流れながら、《ハイペリオンⅡ》の左腕を掲げた。
左腕のアルミューレ・リュミエールが展開する。堕ちた光の槍が光波盾に接触し、鮮緑が乱反射した。
ディスプレイ上の高度計が秒より早く削り取られていく。OSが飽和し
雪空と中世の都市が網膜の中で混淆する。全力で気管を開いて酸素を脳みそに叩き込み、レギナルトは左ラダーの踏み込みを浅くし、右のラダーも微妙な力加減で踏み込んだ。
機体の回転が止まる。相変わらず視界は巡っていたが、続けて
主翼と中央のスラスター、あらゆる下方のスラスターが噴射炎を一斉に吐き出す。重力落下速度に反発した鋼の巨人はふわりと浮かび上がったが、タイミングが遅すぎた。OSが立ち直るより早く、減速しきれなかった白影はコンクリートの大地へと墜落した。
肛門から脊髄を衝撃が貫く。頭蓋の中で飽和した衝撃が肉体の中で乱反射し、レギナルトは嗚咽を吐瀉した。
ずきりと胸元に激痛が走った。墜落の衝撃で肋骨が砕けたらしい―――それでも伸びている暇など無い、と身体のどこかが叫ぶ。突き動かされるように瞼を見開くと、レギナルトは正面を見据えた。
小さな広場だった。右手の洒脱に佇む建物は旧世紀の市庁舎で、鮮やかな桜色の壁が帳の降り始めた無人の街中で寒々と発色している。華やかな市場が開かれる広場に人影は一つも無く、《ハイペリオンⅡ》が墜落した衝撃か裂けた道路の至る処から噴水が巻きあがり、白亜の大地を黒く浸食している。
白亜の巨人は、目と鼻の先に居た。路面電車のレールを跨るように佇立する空色。大聖堂に並ぶ姿は、尊厳の位格を備えた神像そのものだった。
《ストライクE》は、静かに佇んでいた。何かを待つように。青年に恋するディオティマのような穏やかさで、何かを待っていた。
レギナルトは、応えるように、国際緊急周波数に無線の周波数を合わせた。
「《ストライクE》のパイロット―――あんたなんだろ、オクサナ・アレンスカヤ少佐!」
巨人はぴくりとも身動ぎしなかった。穏やかさを満たした二つの目は、変わらずレギナルトを捉え続けた。
(訂正します。私はオクサナ・アレンスカヤ
《ストライクE》が57mm高エネルギービームライフルを持ちあげる。アンダーバレルに装備された175mm擲弾グレネードが間の抜けた破裂音とともに射出されると、砲弾はレギナルト―――ではなく、最近出来たばかりの小洒落たレストランへと飛び込んだ。
否。正確には向かいのブライダル専門店の間にある小さな通りに放棄された双砲のストライカー、
砲兵部隊が放棄したストライカーだろう。擲弾の爆破に連鎖するようにストライカーの中に装填されたままの榴弾が誘爆し、防眩フィルターでも防ぎきれない爆光が一瞬だけ視界を染めた。
動体センサーが疾駆を察知する。
爆炎を切り裂いて彼我距離を消し飛ばす敏捷。一瞬で《ハイペリオンⅡ》の懐に潜り込んだ《ストライクE》がビームサーベルを掬い上げる。
回避不能。判断と身体の稼働がシンクロし、〈スティグマト〉のバヨネットを発振させてビームサーベルに合わせた。
ディスプレイに警告ウィンドウが立ち上がる。ビームナイフのグリップが限界強度を表示したのは、その実1秒未満だった。グリップが熔解し銃身が溶断され、FCSが武装喪失を報せる音を鳴らせた。
《ハイペリオンⅡ》が頭部の12.5mmCIWS〈トーデスシュレッケン〉を連射する。蜂の羽音のような音を鳴らして射出された弾丸がビームライフルと腰部に装備された小型のビームガンを貫徹した。
(主任テストパイロットを務める腕にまでなりましたか。かつて肩を並べた者として、嬉しい限りです)
くすりと声が鈴を鳴らす。《ストライクE》は怯んだ素振りすらなくさらに距離を縮めると、《ハイペリオンⅡ》のコクピットへと右膝を叩き込んだ。
脳天で衝撃が閃く。肺を起点にして先ほどとは比較にならない雷撃が全身の神経を燃やし尽くし、明晰な自意識があっという間に汚染される。
何かが気管を這い上がる。ぬるぬるした液が舌扁桃までせり上がったところで、ヘルメットのバイザーを挙げて体をシートから離した。
勢い、口から何かを噴き出す。真っ赤に染まった太股からさっさと視線を離して口元を拭い、FCSを格闘戦に切り替えた。
ビームブレードの柄が立ち上がり、引き抜くと同時に閃光が刃を形成する。胴体目掛けて大剣を振り抜く動作など遅く、スカイブルーの巨人は素早く剣を重ねた。
「どうして、貴女がこんなことをしている!」可変翼が炎を巻きあげる。下から突き上げるように強引にビームブレードを打ち上げ、蒼褪めた機体が怯んだように後方に飛んだ。「貴女ほどの人間が、今更北米の隷属に甘んじるのか!」
スラスターはそのままに、相対距離を縮めてビームブレードの斬撃を上段から振り下ろす。着地の衝撃を受けきれずに路面電車の線路を踏みつぶした《ストライクE》左腕に握らせたビームサーベルで剣光の一閃を受け止めた。
(まぁ、シェレンベルガー中尉はパイロットではなく政治家になったのですね?)
僅か、《ストライクE》が身を捩る。ビームサーベルをなぞるようにビームブレードが空を切り、右手でストライカーに装備されたビームサーベルを引き抜いた。
《ハイペリオンⅡ》の前腕装甲が開く。中から飛び出したビームナイフのグリップを逆手に把持させ、発振した刃と振り下ろされた剣が接触のスパークを押し広げた。
(では翻って質問しましょう、シェレンベルガー中尉。大西洋連邦と手を切った後は
声の調子は変わらない。ピアノの歌い声のような旋律は、にもかかわらず、レギナルトの鼓膜を緩慢に貫いた。
―――そう、ユーラシア連邦政府は、今まさにザフトと手を組もうとしている。今まで後ろ盾だった大西洋連邦から手を切った西ユーラシアだけでは、そのまま大西洋連邦に押し潰されるのは必定。そのためにも、新たな後ろ盾を持つことが急務だった。
それが、ザフト。2年前に矛を交えた敵を、今度は強力な味方に仕立て上げようとしている。それが政治だと言ってしまえばそれまでで、実際、時勢はその通りに動いている。
だが、果たしてユーラシア連邦とザフトが手を組もうとした時、その関係は対等なのか。答えは明白だ。その交渉の結果、ベルリン市にザフトは
(如何様に罵られようとも構いません。雌犬とでもお呼びください、売女でも結構です。侮蔑を受け入れましょう、私にそれを贖う術はありませんもの。その上で尚言いましょう、我らが大地を守るには、今は
近所のスーパーで偶然出会った顔馴染に言葉を漏らすように、さらりさらりと唇から言葉が染み出していく。肌を捲れ上がらせる生々しい瑕から染み出す組織液のように。
イヤフォン越しに吐息が耳道に凝る。声になりきらない切れ切れの声、薄く艶やかな唇から漏れた知的本能の叫び。心が叫ぶことすら赦さず肉体が助けを求めることも禁止し、ただ残された滓がこの世界の片隅の現存在の中に生起し発生した、最も愚かで野蛮な祈り。
(恥ずかしいですね、このような話。私は雄弁になってしまいやすく。分を弁えぬ女の愚昧と御笑いください、レギィ?)
イヤフォンから聞こえた声は、粗相をし、照れと羞恥で顔を赤くする少女のそれと同じだった。
レギナルトは恥じた。秒を追うごとに肺の中に沈殿する血液のせいで苦しくなるこの体が、肋骨が抉った血気胸の痛みが、
レギナルトは、それでも剣を摂った。スパークの向こうで血濡れの微笑を浮かべる《ストライクE》を退けて、なんとしてでも生き残らなければ。叫ぼうとする己の存在を全力で絞殺して、レギナルトは気管から口元まで這い上がった血の塊を消化器系へと叩き込んだ。
スラスターが轟咆を迸らせる。突き飛ばされる格好になった《ストライクE》がスラスター光を爆発させ、勢いのままに空へと羽搏いた。
何か、口が叫んだ。何と叫んだのか、レギナルトもよくわからなかった。赤子が泣きわめくような叫び声だったのは確かだ、と思いながら、レールガンを展開した。
7話でした。
格闘戦の緊迫したやり取りを書くのは難しいですね……。
来週から1月まで、こちらの話の続きではなく、C97で頒布するイラスト・設定集に関する短編小説を投稿する予定です。同時にこちらも更新するか否かは考え中です……。