APOCALYPSE accessiones lectorem 作:くつぞこ
区切りの都合、ちょっと短め&動きの少ない話です。
横殴りの衝撃で、クリステラの明瞭な意識は、一瞬で白濁した。
イヤフォンの向こうで悲鳴が聞こえる。クリステラがやられた、と叫んだのは、多分あのもじゃもじゃ頭で無精ひげを生やした302大隊の隊員、ベルトラム・ボーム中尉だ。全然好みのタイプじゃないんだよなぁ、とどうでもいいことを考えたところで、クリステラは全身の痛みのせいで、朧に意識が拡散しながら生起するのを感じた。
狭い部屋だ、と思った。操縦桿があって、似たようなレバー……スロットルレバーが左側にある。周りを囲むモニターはところどころ罅割れて、碌に映像を出力できないらしい。
違う。これはコクピットだ。徐々に凝固を始めた意識の中、クリステラは体を震わせた。
そうだ、撃墜されたのだ。レールガンで《ダガーL》の右腕ごとジェットストライカーの右翼を吹き飛ばされて、操縦不能に陥ったままどこかへ墜落したのだ。本来のジェットストライカーは試験段階において、片翼喪失の事故に遭いながらも30分飛行する堅牢さを見せつけるほどだが、そう毎度十全な頑強さを発揮は出来ないものなのだろう。足に痛覚を伴った違和感が広がり顔を顰めたクリステラは、《ダガーL》のコクピットハッチを強制排除した。
甲高い音とともに、クリステラの正面に位置する装甲が弾け飛ぶ。あまりの音に肩を竦めてから、恐る恐る、クリステラはシートから身を乗り出した。
鬱勃としていた雲が薄くなっていた。雲間からは瑠璃色の空が広がり、天際は既に橙色に浸食されはじめていた。
《ダガーL》は、どうやらどこかの交差点に墜落したらしかった。4つほどの通りが交わる交差点の中央はセメントではなく土になっており、丁度そこに落着したようだ。周囲には人影が無く、雪化粧が斑なく広がっていた。
仰向けになった《ダガーL》の腹から這い出して、今度は腰部の装甲を伝っていく。大腿部を超え膝関節まで辿りついたクリステラは、慎重に関節部に組み込まれた部品に手をかけて、数m下の地面に足をつけた。
拍子、みしりと左足が悲鳴を漏らした。金切り声が歯の間からすり抜け、クリステラはその場に蹲った。
気が遠くなる。気が付けば背中にも奇妙な違和感が広がり、意識という名の編み物はどんどんと虫食いになるようだった。
無事な右手がゆらゆらと空を仰ぐ。ふと視界に雪に埋もれた大きな石を見つけたクリステラは、それを支えにしようと手を伸ばした。
手を乗せる。なんだか奇妙な感触の岩だ、と思ったが、ほとんど気にせずに体を起こそうとしたところで、クリステラの視界が不意にぐらついた。
滑ったのだ。そのまま地面に体を打って、クリステラは今度こそ悲鳴を挙げた。
全身の骨が砕けたようだ。バラバラになった骨の破砕面がそのまま身体中のあちこちに突き刺さり、肉の内側から貫いたかのようだった。
瞼一杯に涙を浮かべたクリステラは、身悶えながら恨めし気に岩くれを睨んだ。なんて安定感の無い岩なんだろう。
そうして、クリステラは眉間に寄せた皺を、そのまま固まらせた。
目が遭った。眼球が飛び出るほどに見開いた、男の顔がすぐ目の前にあった。路上に転がっていたのは、岩などではない。雪を被った。ヒトの死体だった。
緑色のBDUからして、陸軍の兵士だろう。そう言えば、地上には対MSのために歩兵部隊が展開していると聞いていた。
まだ若い兵士だった。胸元の階級章は2等兵を示すものだ。防弾ヘルメットに被った雪を手で拭うと、ブラウナーの文字が、油性ペンでか細く書かれていた。すり切れているのは、元からペンのインクが足りなかったからだろうか。
全身を激痛が縛り上げていたし、クリステラはそれだけで気が飛んでしまいそうだった。にも拘らず、クリステラは必死にこの兵士に覆う雪を払いのけた。何故そうしたのだろう、クリステラはよくわからなかった。
胸元のポケットに、何か紙切れが押し込められていた。クリステラは顔を奇妙な苦痛に―――そう、それは神の肉が腐敗した痛みだった―――歪めて、それを引き抜いた。
封筒に入った、手紙のようだった。宛名は女性の名前と、もう一つ書いてある。裏返すと、クラウス・パウの銘が白い封筒に染みを作っていた。
クリステラは、慄くように顔を上げた。良く見れば、彼女の目の前に横たわる岩人間は一体ではない。そこかしこに散乱し、子どもが去ったばかりの遊び場みたいに放り投げられていた。
無価値だ、と思った。ただ価値亡き事実が、そこかしこに散乱していた。この世界で、裸形の物が、ただただ転がっていた。死体が生産され、陳列されていた。スーパーの商品棚に並ぶ瑞々しい野菜や牛肉と、大差なかった。
クリステラは、パイロットスーツのヘルメットを脱いだ。ひょう、と頬を冷たい風が突き刺した。
目の前に横たわる黒ずんだ影を、ただただ、見下ろした。雪をかき分けた結果理解できたことは、この男は、左の腰あたりに〈トーデスシュレッケン〉の銃弾が掠め肉を吹き飛ばされ脇腹から千切れた大腸を零して腸内の糞を撒き散らしながら苦悶の海に溺れて死んだ、ということだった。
彼女は、白い封筒を握りしめた。何度も推敲されて手の内に握られた詩篇は、既に最初から皺くちゃになっていた。彼女は、それに新しい皺を作った。
彼方にて、遠雷が轟いている。物体が音速を超えた際に響くソニックムーブの音だ。顔を上げると、2機のMSが空戦を繰り広げていた。
瑠璃色の天の下、堕ちた天体によって温かな橙に照らされて、翼を生やした巨大な人が光の剣で切り合っている。鴎が旋廻するように天で軌道が交錯し、剣戟が重なる度に雷珖が周囲に迸る。クリステラは、ドレが描いた。地球に向かう天使の厳かな挿絵を思い出した。
MSのパイロットを続けよう。握りしめた手紙を胸に抱いて、クリステラは雪の大地に立ち上がった。
8話でした。
残り2~3話でこの話は終わるかな、と思います。コンスタントに投稿したいところ……。
それでは今しばらくお待ちくださいませ~。、