APOCALYPSE accessiones lectorem   作:くつぞこ

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10話です。


10話

 突き上げるような衝撃が臓腑を撃つ。嗚咽を側切歯で切り殺して、レギナルトはヘルメットのバイザーを上げた。

 あと数発でもレールガンの弾丸が足らなかったら負けていた。TP(トランスフェイズ)装甲のお陰でバイタルパートへの直撃は耐えられたとしても、主翼と四肢を捥ぎ取られれば、容易にサーベルの一突きで撃墜されただろう。勝てたのは、ただの偶然だった。

 モニターを流し見る。同時に戦域マップも照らし合わせれば、墜落するように不時着した小さな広場は、アルターマルクト広場に相違ないはずだ。雪に沈んだ無人の広場は普段と全く違う相貌だが、左手に見える尖塔を聳えさせた赤屋根の教会からして、間違いない。

 教会の煉瓦片が、尖塔から崩れ落ちる。束の間宙を舞った赤の煉瓦は、金属塊に直撃して甲高い音を立てると、粉々に砕けて散った。

 教会の聖堂を押し潰しながら、仰向けの姿勢で擱座する巨人。腹部に深い孔を穿たれた鋼の巨体、GTA-X105E(ストライクE)は身動ぎ一つなく沈黙していた。ストライカーの主翼が直撃したのか、塔が中ほどで抉れていた。そのまま自立しているのが、不思議なくらいだ。

 機体を彩っていた空色(スカイブルー)が灰色に(くす)んでいく。PS(フェイズシフト)装甲がダウンし、ゆっくりと非通電態(ディアクティブモード)へと移行しているのだ。

 プシュケが、天へと還っていく。まるで人魚姫が天に昇るように、高く、高く、(ヒュペーリオン)へと還っていく。痕に残ったのは、生気亡く灰色に濁った巨人の亡骸だった。

 彼女は逝った。己の手によって、彼女は死んだ。己は、また生き残った。レギナルトは、そっと、静かに、亡骸から視線をずらした。

 (クリンゲ02、こちらクリンゲ03。聞こえているか?)と、ヘルメットのイヤフォンから声が漏れた。クリンゲ03―――ロストック北東部に展開していた第一小隊の隊員の声だ。(そっちで残ってるのはお前だけか?)

言われて、レギナルトはローカルデータリンクを一瞥した。

 「あぁ」レギナルトは一言返すのでやっとだった。肺に血が溜まりすぎて、喋ることすら億劫だった。「第一小隊は?」

 (隊長がやられちまった。06はもう戦闘出来る状況じゃない。ストライカー03とストライカー07は残ってるが、もう残弾が無い)

 「敵は?」

 (退いた。お前が隊長機を落としたお陰でなんとか助かったが)03は、僅かに言葉を飲んだ。(悪い報せもある)

 「ヴァーネミュンデの部隊が動いたのか」

 (ご明察の通り。2個MS大隊と機甲部隊、砲兵部隊のコースメニューだ)

 クリンゲ03の声に抑揚は無い。それを聞くレギナルトも、何故か平穏だった。「随分と豪勢なもんだ」

 レギナルトは、酷く穏やかに思惟する。

 今後、自分たちの部隊が執る行動は一つ。増援の航空機動作戦師団の大隊が到着するまで、ロストックを確保することだ。勝機は、もちろんない。えっちらおっちら《ダガーL》の部隊がやってくるまで、たった4機で敵の大部隊を押し留められる道理などあるはずもない。全滅前提の遅滞戦闘をどれだけ繰り広げられるか、レギナルトはその勘定を始めていた。

 (一先ず合流しよう。ヘルダーリン通り東側アパルトメント前広場に待機している。データリンク更新後こちらに)

 「少し、待ってくれ」ぽつり、声を零した。「敵だ」

 正面モニターの先。

 広場東側の運動場を挟んで向かいの駐車場に、そのMSは佇んでいた。

 GAT-04(ウィンダム)

 後方に展開していた機体だろう。I.W.S.Pの砲塔はどちらも千切れ、左主翼は喪失し、左腕も吹き飛ばされ、頭部のカメラカバーも破損して右の目が露出して、大破寸前は間違いない様相だった。唯一つ残された長刀も、先端が折れていた。

 レギナルトの部下を、斃した、MSだった。

 イヤフォンからクリック音が流れる。国際緊急周波数で、相手が通信してきたのだ。

 (こちら第664独立親衛機動狙撃大隊所属のサルマン・グラチャニノフ少尉だ)若い、男の声だった。オクサナと違い、やや訛りのある英語だ。(貴官に尋ねたいことがある)

 「第302技術試験大隊のレギナルト・シェレンベルガー中尉だ。何か」

 (隊長をやったのは貴官か?)

 さも、平然。まるで、昔同じ女を取り合った馴染の旧友と久しぶりに再会した時のような、声だった。

 「そうだ」だから、レギナルトも、そんな風に舌を波打たせた。

 (返答、感謝する)と一言だけが素早く帰ってくると、それで全て終わりだった。沈黙は即座に断絶した。

 改めて、ロックオン警報がコクピットに響く。

 《ウィンダム》が長刀を構える。甲高い音とともに装備していたストライカーが弾け飛び、地面に激突した。大地を抉り、路線を破壊し、コンクリートの道路を捲り上がらせ、超重量のストライカーはようやく停止した。

《ハイペリオンⅡ》のFCSが格闘戦に切り替わる。背中の兵装担架(ブレード・マウント)が立ち上がり、肩越しに、剣の柄が擡げた。

 MR-Q11(アガートラム)ビームブレードを、高く掲げる。最期に堕ちた恒星の涙を煌めかせ、白銀の剣が不知火を灯した。

 2機は同時に駆けだした。1歩踏みつけるごとにコンクリートを押し潰し、自転車を踏みつぶし、線路を歪ませる。

 交わる巨人2影。剣光一太刀、裂帛の疾駆が、ぎゃあんと爆ぜた。

 

 

 北大西洋 アイスランド島近海

 スペングラー級揚陸艦『メクレンブルク』格納庫

 

 (第74混成MS大隊、こちらメクレンブルク。旗艦ジャンヌ・ダルクより入電、貴隊へ出撃命令です)

 イヤフォンから流れる声は奇妙に堅い。

 クリステラ・エーデルガルドは薄く瞑目しながら、雑然とした意識を身体へと押し広げていった。

 パイロットスーツ越し、操縦桿が掌の中で身動ぎしている。足裏のペダルは重く、彼女の身体はしっとりとシートに埋没し、コクピットの中の一部品のような錯覚すら覚えた。

 4度目だ、と思った。

 西ユーラシア政変の中で生じたあの激戦―――ロストックの戦いで、己より遥かに高い技倆を誇るパイロットたちが銃を撃ち剣を振るい、そうして死んでいった。

 クリステラは、生き残った。一歩間違えれば挽肉になっていただろう、レールガンの直撃を受けた時は、自分が生きているのか死んでいるのかすら判然としなかった。生き残ったのは、ただの幸運だった。

 クリステラは、未だにMSのコクピットへと身を委ねている。未だに、MSのパイロットを続けている。壊滅した第74MS戦闘大隊を中心に再編された、東西連合独立混成旅団・第74MS混成MS戦闘大隊の第5小隊所属として、アイスランド―――『ヘブンズベース』へと向かっている。

 きっと、激戦になるだろう。それこそロストックでの戦闘を遥かに超えた戦闘になるだろう。今度こそ死ぬかもしれない。三度続いた幸運が今度も続くと考えられるほど、クリステラは能天気ではなかった。

 恐くはないのか?

 多分、怖い。身体の至る処が振戦しているのは、単なる生理現象だが、多分にニーチェの言葉遣いの延長にある生理現象に違いない。

 では何故?

 さぁ。知らない。ただもし語り得ることがあるならば、戦わなければならないから戦う、というだけだ。小賢しい知的言論も、素朴心理主義を根本の学に据えた貧困なヒューマニズム的言論も、恐らくその奇妙な胎動を語ることなど出来やしないだろう。

 己を不気味に差異化し変形しながら、さりとて果たさなければならない義務への応答に絶えず遅れながら、きっと殺害されるまで、クリステラはMSパイロットを続けるだろう。能う限りにおいて。

 (メクレンブルク、こちらアルバトロス13。第5小隊出撃する。ハッチ開放しろ)

 (メクレンブルク了解。第2、3ハッチを開放する)

 さらりと声が耳朶を打つ。抑揚のない英語の声音は、病床に臥す人間の虚ろなうめき声のようですらある。それでもその声に剣呑が無いと感じるのは、幾許かでも彼を知っているからだろう。

 ゆっくりと視界に光が満ちていく。開放されたハッチから差し込んだ天体の雫がメインモニターに滲み、瞼の裏で光が戯れた。

 クリステラは瞼を持ち上げた。

 バイザーの防眩フィルターに緩和された太陽光の先、眩い恒星が洋上に高く存在している。

 足元がゆっくりと滑り始めた。コクピットに伝わる振動は無く、のろりのろりと視界がスライドしていく。

 発艦用のデッキ手前で、機体が停止する。デッキに移る際もパイロットが操作することは何もなく、オートパイロットで《ダガーL》が3歩ほどを歩んだ。

 軽く、振動が顎先を撫でる。

 3秒となくデッキに身を晒すと、満天の陽光が鋼の表皮を炙る。左肩に引かれた赤のラインが、視界の脇で揺らいだ。

 右手を一瞥すると、同じ小隊に所属するジェットストライカー装備のGAT-01A1(ダガー)が、まさに空へと飛び立とうとしていた。やけに大型のシールドは、ロストック市街に擱座していた《ウィンダム》から回収したものだった。そんなものを運用しなければならない現状こそ、第74混成MS戦闘大隊、ひいては東西連合独立混成旅団の有様をまざまざと語っているかのようだ。

 所詮、この大隊に、反ロゴス同盟への忠誠を誓うため、ザフトその他諸々へと差し出された贄以上の意味合いは無い。MSを規定数かき集めるので精一杯で、機種統一など夢のまた夢。そんな部隊なのだ。

 それでも、そんな事情が蔓延して志気が低下するほど、大隊のパイロットたちは素朴な人間たちではなかった。

 (ディードリヒ・ベルマン、出撃する!)

 ストライカーに装備された2基の大型スラスターユニットから爆炎が巻きあがる。浮かび上がる、というよりはまさにはじき出すといった様相で僚機の《ダガー》が飛び立つのを確認すると、クリステラはスロットルレバーをアイドル出力から引き揚げた。

ロケットモーターが点火し、鈍い音が軽い衝撃となって肌を打った。

 《ダガーL》が膝を曲げ、前傾の姿勢を取る。スロットルレバーをさらに押し込んだ。

 「アルバトロス14、出撃します(テイクオフ)!」

どん、と再度の衝撃が臓腑に凝る。足元が所在なく喪失し、ぐらりと機体が揺れる。雲一つない蒼穹、凍みるような天つ風を切り裂いて、斑の蒼へと飛び上った。

 高度計が見る間に上昇していく。変わり映えのしない彼方、空と海の境界線上に横たわるぽつねんとした陸地こそ、ヘブンズベースを戴くアイスランド島だ。

 操縦桿のスイッチを押し込む。正面のモニターにウィンドウが立ち上がると、背後の映像を投影させた。

 ゆっくりと、その機体は発艦デッキに身を現した。

 横に広がる主翼は黒く、エールストライカーに類似した外見のストライカーを装備している。フジヤマ社で改良されたストライカーだ、と整備兵たちが口にするのを聞いたのは、あの機体をロシア方面軍から鹵獲し、ラーゲ基地で調査している時だった。

 《ストライクE》。ラーゲ基地に出向しているアクタイオン社の技術者―――もっと言えば、タイプE開発に直接携わったチームが居たからこそ、再建できた機体だ。

 あの機体が今、こうして動いているのは、偶然の積み重ねが連鎖したからに過ぎない。だが、その偶然の軌道を起動させたのは、彼のパッションだった。

 クリステラは、その光景をいつも思い出す。《ハイペリオンⅡ》の開発・試験チームに頭を下げて《ストライクE》再建を頼む、彼の姿を、いつも思い出す。ラーゲ基地の上層部やアクタイオン本社への上申書まで綿密に作成して、《ストライクE》再建に奔走した彼を、いつも思い出す。彼の必死の形相を、いつも思い出す。

 何が、彼を突き動かしたのか。クリステラには、よくわからないことだった。ただ、ラーゲ基地格納庫のガントリーで再誕したタイプEを見上げた彼の顔は、不可思議だった。感慨があるわけでもなく、さりとて冷静というわけでもなく。髭を剃ることすら忘れ、目もとから脂が噴き出し、頭垢で頭を白くした男の顔色は蒼褪めていた。純黒のトリアージュを告知された重病者のようだった。

 (アルバトロス13、出る)

 背後にスラスター光を背負い、蒼銀の影が天空を翔け昇る。左肩の朱色を閃かせ、くるりと機体がロールした。

 奮えるは黒き翼撃。AQM/E-X01F(スペキュラム)が生み出す強大な推力を背に、蒼の境界に光軸を刻む。

 高く、高く、天、高く。大地に伸びる道を征く、愚かな殉教者の如くに。




 これにて《ハイペリオンⅡ》の物語は完結です。
 2年前に書いたものなだけあって、色々手直ししたくなるところがチラホラ……。今後の糧にしていきたいです。

 来週以降は、当サークルの2本目の短編を連載予定です。
 歩兵をメインに、《ダガーL》が活躍するような……そんな話になるかなと思います。

 それでは、感想などありましたら、是非いただけたら嬉しいです。

 
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