APOCALYPSE accessiones lectorem   作:くつぞこ

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 C97登場のオリキャラに関する短編小説です。
 
 それではどうぞ~。


研究報告Ⅰ:ロドニア

 名前を、呼ばれた気がした。

 

 夢のように星が広がる黒い穹。冷たく足元を這う夜風。凍えるように震えた草花が、溜息を吐くように音を鳴らしていた。

 

 名前を呼ばれた気がした。

 

 どこか不気味な、見慣れぬ(umheimlich)景色。慄きが喚呼し、肌が粟立つ。

 

 名前を呼ばれた気がした。

 

 誰かが、土手の向こうに座っている。か弱く、どこか頼りない、誰かの背が見えた。掬するような風香が、指先(鼻腔)を擽る。

 

 名前を呼ばれた気がした。

 

 誰かが、こちらを丐眄する。心臓が凍れるほどに暖かな微笑、静謐な原初の夜に結露した甘い露のような精錬の瞳が、暴力的に貫く。

 

 誰かの口唇が強張る。(わたし)の名前、(あなた)の名前の形に、誰かの口唇が強張った。

 

 名前を呼ばれた気がした。

 

 ※

 

 「異常なし、ヨシ!」

 作業員は手元のタブレットのチェックが全て完了したことを確認し、二重チェックも終えて指さし確認も終えると、いつものように溜息を吐いた。

 チェック作業は全て完了。これで今回の夜勤業務は終了し、後は休暇だ。いつもなら意気揚々とその場を後にするのだが、作業員は、彼が受け持つ機材を見上げた。

 かれこれ、1年。交代勤務で管理を続けた機材―――人間一人が入るほどに巨大な試験管といった風貌の“培養器”は、主だった問題も無く稼働を続け、その主目的である“被検体”の“ケア”を行い続けたが、それもあと今日までだ。明日からは、よりコンパクト且つ簡易に運用できる新たな“培養器”……“ゆりかご”が到着し、“被検体”もそちらに使用することとなる。所詮は旧型の“培養器”は今日で破棄、だ。

 作業員は、己のパーソナリティは特別感情豊かではない、と認識している。先天的にも、そして後天的な教育としても、己は感情を表出せず、淡々と仕事をする人間である。にもかかわらず、作業員は奇妙な感慨を覚えていた。愛着と言えば愛着に近い感情に、男はどこか甘露な戸惑いを覚えていた。

 彼は、一歩、足を踏み出した。手で、触れようと思った。

 耳に装着したイヤフォンからは、何も声が無い。この一室は管理室で常時モニターされており、作業員の一挙手一投足をも監視されている。不審な行動を取れば即座に警告が来るはずだが、そうした警告が来る気配は無い。何か異常を確認した作業員がより接近・触覚にてチェックしようとしている。そのように、理解されているのだろう。男も、そんな言い訳をしようと考えていた。

 グローブ越しに、指先がガラスに触れる。

 奇妙な、感覚だった。無感動と言えば無感動に近い凪の感情の奥底に、何かの情動のうごめきがある。やはり愛着とでも言おうか―――懐かしみ、惜しむような、別のベクトルの情動が軋むような、感情。酷く、人間的な感情の動きだと思った。

 意外な感情である。己にこうした感情があることが、兎に角意外である。

 案外、自分は人間的であるらしい。薄暗い中、自嘲的に笑った男は、再び“培養器”を見上げた。

 ごぽ、と“培養器”に満ちた液が泡立つ。ふわふわと浮かんだ泡が立ち上ってゆくと、“被検体”の面前で弾けた。“被検体”は、意にも介さずに瞼を閉じている。“ケア”の最中は、よほどのことでなければ、“彼女”は目を覚まさない。

 はずだった。

 ゆらゆら。夢のように培養液に浮かぶ、銀の髪の女。手首や首元にケーブルやチューブを接続されているが、青白い肌のその姿は、ルネサンスの彫刻を思わせる。そんな石像のような女の翡翠の目が、ひたと男を捉えた。

 宝石のような、冷たい眼差し。ぎょっと飛びのいた男はヘッドセットのスイッチへと手を伸ばした。

 スイッチを押しかけたところで、男はふと気づいた。

 “被検体”は、目を開けてなどいなかった。いつものように、大理石の彫刻のように沈黙する女が、ただ培養液の中漂うばかりだ。

 “被検体”が中途覚醒したならば、バイタルデータをモニターする管理室が睡眠導入剤の投与により強制的に睡眠状態にするようマニュアル化されている。そうした形跡がないということは、中途覚醒したという事実は存在しない、ということだろう。

 単なる見間違いか。作業員が安堵していると、案の定、イヤフォンから声が流れた。

 (どうした、何か問題か?)

 「いや」男はマイクにいつもの無機的な声を返した。「何もない」

 (余計なことはするな)

 ぴしゃり。にべもなく男の声が耳朶を打つと、ぶつりと通信は終わってしまった。

 改めて、向こうでは覚醒を記録していないらしい。取り付く島もない男の声を思い浮かべた作業員の男は、帽子の被りを深くすると、再び、“培養器”を見上げた。

 相変わらず、女は液の中を漂っている。まるで数万年前からそこに鎮座する神具のように、静かに漂っている。

 作業服の袖をまくり上げる。彼女の次の目覚めは、あと7時間後。

 

 ※

 

 男は、医務室のオフィスチェアに背を預けていた。

 予定時刻まであと10分15秒。デスク上の置時計を一瞥すると、次いで、男はデスクに並ぶ2つの固定電話を眺めた。

 左の黒い電話に、右の白い電話。どちらも、この施設内でのみ通じる有線の固定電話だ。

 右の白い電話は、主に施設のスタッフが不調の際にかかってくる電話だ。閉鎖的な施設柄、精神操作にも限度が来る。そんな場面で、男の雇用が発生する。即ち、カウンセラーである。

 だが、それだけが彼の職務ではない。むしろ、スタッフの精神的ケアは副業として行っているに過ぎない。彼のメインの仕事は別にあり、そしてその仕事を報せるのが、黒い固定電話の役割だった。

 不定期に鳴る白電話と異なり、黒い電話が鳴る時刻は予定されている。再度置時計を一瞥。予定時刻になったことを確認した男は、カチ、という音を聞いた。

 電話が鳴るな―――そう予知した次の瞬間、その通りに黒い電話が鳴った。

 「ハロー」男は身を乗り出してワンコールで電話を取ると、陽気に返事をした。「時間ぴったりですね」

 電話の向こうで、(そのように申し付けられておりますので)と男が固く応えた。

 「予定通りですか?」

 (はい。被検体EE01です)

 「わかりました、お待ちしております」

 (はぁ)

 軽く、そんなやり取りをする。黒電話を受話器に置くと、男は背もたれに再度背を預ける。予定通りに世界が動いていることへの満足感を覚えつつも、残り9分38秒の待ち時間を存分に味わった。

 そんな束の間の焦れを味わうこと、9分37秒。1秒早く医務室のドアを叩く音に、男は「どうぞ」と声をかける。

 「失礼します」

 ゆっくりと引き戸が開いた。

 音もなく入室する、銀の髪の女。ライトブルーの病衣を着た女は、男の面前のオフィスチェアに座ると、落ち着かない様子で翠の目を返してきた。

 なんだか、いつもと違うな。

 男は、即座に不調を見て取る。普段ならば、機械のような生真面目な目を射抜くように向けてくるのに、今日はそれが無い。落ち着きの無い、というよりかは、不安そうな目だ。

 「おはよう」男はそうしたデータをとりあえず頭の片隅に記憶して、いつも通りに会話を始めた。「名前は?」

 「EE01」

 「そちらではない」

 「フィーリア・ブラウン」

 「フィーリア。フィーリア・ブラウン、良い名前ですね」

 「は……ありがとうございます」

 もう、何十何百、彼女が眠りに落ち、目を覚ます度に反復した会話。必ず彼女は己の個体名ではなく、番号で名乗る。そして、アイデンティティ確立のために与えられた個体名を要求すると困ったように応え、称賛に対してもやはり困ったように返答する。何度記憶のデリートを繰り返したとしても、それは変わらないことだった。

 「調子はどうですか、ブラウン?」

 「良くないようです」フィーリアは、困ったように眉を寄せた。「どう悪いかは、わかりません。」

 フィーリアは、至って素直に返答した。兵器として、己の不調を主張することは重要な要素である。男は、フィーリアが自然と不調を訴えた事実も頭の片隅に置いておいた。

 「そのようですね。思い当たる節はありますか?」

 「わかりません。ただ、夢を見ていたような気がします」

 「夢ですか」

 「はい。懐かしい……夢だった気がします。詳細は覚えていないのですが……」

 フィーリアは、どこか苦し気に言葉を吐いた。ふむ、と手慰みに顎を撫でた男は、即座に思案を巡らせた。

 記憶のデリートが中途半端に働いている。表層の情景だけが消されているが、強い印象だけが残っている。それが奇妙な気分の悪さとなっているのだろう。男は、そう察した。

 貴重なデータ。男は、この不調を善いものだと理解した。“ゆりかご”が実装され、エクステンデッドが正式に実用化されるに至るのも近い未来のことだが、何分未知数な点は少なくない。こうして試験段階にて問題が生じることは、将来にとっての益となるだろう。それに、聞けばフィーリアは今日から“ゆりかご”の運用を始める予定だ。そちらも含め、今すぐ対処しなければならない問題ではない。

 要観察。

 男は即座に判断し、頭の片隅に置いた。

 「今日は何の夢だったか、思い出して過ごしてみるのもいいでしょう」

 「何か、意味があることでしょうか」

 「フロイトの精神分析の真似事です。無作為に頭に浮かんできた事柄を紐づけてみると、無意識を探ったりできるそうですよ。そうしたら、気分も落ち着くかもしれませんね」

 「ドクターは博学でいらっしゃいますね」

 「伊達に博士(ドクター)をやってはおりませんから」

 ふふ、とフィーリアは小さく笑って見せる。どうやら、多少の気散事にはなったようだ。フィーリア・ブラウンはその経歴の通り、比較的人格を感じる振る舞いをする。これも、ルーティンと変わらぬ様子だった。

 「ほかに何か気になることはありますかしら」

 「いえ、ありません」

 「わかりました。それでは、今回はこれで終了です。お疲れ様でした」

 「はい。失礼しました」

 すっくと立ちあがる。敬礼一つ、身を翻したフィーリアは、医務室を後にした。

 男は脱力すると、やはり満足気に溜息を吐いた。

 男は、フィーリア・ブラウンが好きだった。精神的に落ち着き、安定したデータを提供してくれるが、時に今日のような不調を示し、より良いデータに貢献してくれる。兵器としての成り立ちと成長した人格の鬩ぎあい。実験体としては理想的な立ち振る舞いに、大変な親密感を覚えていた。だからこそ、彼女との覚醒後の面談は大変楽しみであったし、その終わりは残念であった。

 ぎしぎしとオフィスチェアを鳴らした男は、再び鳴った電話をワンコールで取り、次の面会者の時間であることを教わると、形だけでも気を取り直して、待つことにした。

 待つこと9分ちょい。ドアが1度だけ叩かれると、男の返事を待つことすらせずに、無言で引き戸が開いた。

 男は、その少女を初めて見た。銀の髪のフィーリアとは対照的な、金の髪。まるで幼子のように感情の読めない顔。ぽかんと呑気そうな顔で男を眺めたまま、少女は部屋に入ったまま、突っ立っていた。

 「……そこ、座っていいですよ」

 「うん」

 こくりと頷き一つ。蚊が飛ぶような小さな声で答えると、少女はやはり呑気な様子で椅子にすわった。

 10代半ばほどだろうか―――病衣を着た少女は、華奢だった。無垢そうな顔立ちだが、第二次性徴はしている体つき。20は越えていないだろう。

 その割に、精神的には落ち着いているように見える。のんびりとした様子は、ともすれば泰然としているようにも見えた。

 「はじめまして」彼は思いついたことを次々に頭の片隅に置きつつ、いつも通りに会話を始めた。「名前は何ですか?」

 「――――――」

 ぼそぼそと応える少女。こちらとコミュニケーションを取る気などさらさらない様子の声色だが、なんとか男は聞き取った。

 「なるほどなるほど」大げさに、男は笑みを浮かべた。「ステラ・ルーシェ、良い名前ですね」




 今回公開致しましたキャラクター、《ストライクカラミティ》の短編でもパイロットとして登場しました。SEEDの話を書いた前回に対して、今回はSEEDとSEEDdestinyの間くらいの出来事です。 

 《ストライクカラミティ》と同じく、Twitterにてキャラデザ公開しております。よろしかったら、是非ご確認くださいませ。 
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