APOCALYPSE accessiones lectorem   作:くつぞこ

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 お久しぶりです。

 先週予告した通り、今週からC94に頒布した小説の掲載を始めます。

 内容は、SEED DESTINYにて、ステラがデストロイでベルリンを焼き払っていた頃。ユーラシア連邦内で生じていた内紛の一局面が舞台です。
 連邦議会掌握のために動き出したユーラシア連邦ロシア総軍と、それを阻止せんとするユーラシア連邦西欧総軍のMS部隊が激突します。

 それでは、1話です。


1話

 「われわれは、枯れた枝や火打石の中に眠っている火のようなものだ。この窮屈な縛めの終わる日を今か今かと待ち焦がれ、もがいているのだ。しかし、解放の瞬間はやってくる。長い長い闘争の期間を償って、それはやってくる。その時、牢獄は神的なものによって破られる。焔は薪を離れ、かちどきの声をあげる。そうだ、そのとき、軛を解かれた精神は、苦悩と奴隷の姿を忘れ去って、栄光のうちに太陽の殿堂へ帰る思いをするだろう。」

                     ‐ヘルダーリン『ヒュペーリオン』より‐

 

 

 C.E.72年 某日 ユーラシア連邦 モスクワ近郊 クビンカ基地

 

 天空から射す陽光。眩し気に細められた彼の目は、大地に屹立した威容を捉えていた。

 天体の威光を湛えて反射する鋼の肉体。蒼の空と同じ色の航空迷彩(エアリアルカモ)航空迷彩に彩られた巨人。昨年のヤキン・ドゥーエ戦役で瞬く間に戦場の主役になった兵器、MSだ。

 GAT-01A1(ダガー)GAT-01(ストライクダガー)を超える量産機として、大西洋連邦から供与された機体だ。背部に装備するAQM/E-A4E1(ジェットストライカー)も、新型のストライカーパックである。

 無論、彼はそれを本部隊の精強さと見做すほど、素朴な人間ではなかった。戦後に増産されたとは言え、地球連合加盟国の中でも、《ダガー》の配備数は多くない。

 それに、ストライカーパック対応機の運用は、多くの面で不安要素を抱えている。補給経路の複雑化や、整備性の低下。ストライカーを運用するためのインフラ整備など、主力正面装備をストライカーパック対応機に切り替えることは、多大な困難を抱えている。

 その難点を踏まえてなお、我が部隊が何故《ダガー》を装備しているのか。将来的なストライカー対応機への、主力装備の全面刷新を備えての試験運用という建前を根底で支える潜勢力は、は、一体何なのか。

 一兵士が政治を思考すべきではない、とは思いつつも、ユーラシア連邦軍・ロシア西部方面軍が誇る精鋭の一員として、懸念を抱かない思考無能の持ち合わせも無かった。

 さりとて、今は考える必要は無い、と思った。ゴーグルの向こうから双眸を覗かせる《ダガー》から視線を下へとずらした彼は、大地で戯れあう人びとの喧騒を眺めた。

 年一回の基地航空祭ということもあって、普段は軍人と許可された人間しか入ることの出来ない基地内に、一般市民が群れを為している。

 あるものは屈託なく笑い、あるものは上空でクルビットを行うF-7(スピアヘッド)に驚嘆し、あるものは《ダガー》の姿に輝かしい畏怖の眼差しを向けていた。またあるものは、報道機関の記者を示す腕章を巻いて、熱心に写真を撮っていた。基地業務管理隊の隊員に見守られながら、人間たちは思い思いに楽しんでいるようだ。昨年の戦争が深く抉った爪痕はまだ癒えないが、この場この瞬間だけは、平和だった。

 そんな束の間の平和の中、彼の視線は、覚えず、彼女を捉えた。

 普段のBDUではなく、SDUに身を包んだ矮躯の女性。ウェーブのかかった長い黒髪を靡かせながら、彼女はモデルの仕事をこなしていた。時に家族連れと、時に不気味な肥気味の青年と、時に20代ほどの女性とともにカメラのフレームに収まる彼女は、なるほどカメラ映りもいいし、広報科のキャンペーンガールと勘違いしてしまいそうだ。

 しかし、その小柄さと淑やかな風采とは裏腹に、彼女はMS大隊の大隊長を務める凄腕のパイロットでもあった。サービスドレスユニフォームにずらりと飾られた勲章が、彼女の技量が偽りではないことを雄弁に語っている。

 と、彼女が振り返る。いたいけな少女を抱きかかえた彼女は、口元に穏やかな微笑を浮かべていた。

 天空から降り注ぐ、温かな白い光。太陽に祝福されるように、彼女の微笑が、白く、白く、溶けていく―――。

 

 ※

 

 鼓膜の内側で鈍音が凝る。鼻頭を突き刺した痛撃に全身を強張らせたサルマン・グラチャニノフ少尉は、慌てて顔を上げた。

 どうやら、寝ていたらしい―――眼がしらを抑え、サルマンは、判然としない視界を右往左往させた。

 スペングラー級揚陸艦『アドミラル・ナヒーモフ』艦内の待機室(ロビー)には、ここ数日変わらい日常が展開されていた。

 第一中隊の面々は、それぞれ暇な時間を平凡に消費している。携帯ゲーム機でチームプレーに勤しむ隊員がいれば、日本式チェス―――イゴ、とかいう名前だったか?―――で勝負する2人がいる。サルマンと同じように居眠りをしているのは第2小隊の新入りで、これから初の実戦という割には、肝の太い男だ。ぽっかりと丸く膨らんだ鼻提灯が天井から降る灯りに照らされ、虹色に反射していた。部屋の隅に置かれたテレビでは、ニュース番組の企画である猫の特集番組が流れていた。食い入るように見入る隊員が1人、テレビの前の席を占拠している。厳つい見た目に反して猫好きな大男だ。

 「居眠りとはらしくないですね、グラチャニノフ少尉」

 そんな中、サルマンに声をかける女性が1人。壁際の椅子に腰かけた彼女は、掲げた本越しに、からかうような表情を浮かべていた。

 オクサナ・アレンスカヤ中佐。大隊長を務める、サルマンの直接の上官だった。

 「昨日眠れなくて」

 「貴方は考えすぎる」オクサナはページに視線を落とした。「チェスノコフ少尉を見習いなさい」

 彼女はそれだけ言うと、もう、それ以上は語らなかった。あまり多くを語る人ではなかった。新人の少尉は、大きな鼾を鳴らしていた。

 彼女はよく本を読んでいた。出撃前でも、執務室でのちょっとした休憩時間でも、とにかく本を読んでいた。読む種類のジャンルもバラバラで、小説を読んでいる時もあれば小難しそうな本を読んでいたり、そうかと思えば俗っぽい女性週刊誌を読んでいたりすることもあった。

 今日は誰かの詩集を読んでいるらしい。目を凝らしてタイトルを伺うと、表記されているのはドイツ語だった。音も無く言葉に触れる姿は、賢人が唄った智慧の巫女(ディオティマ)の似姿そのものだった。

 彼女が、ふと顔を上げる。彼女の蒼い視線が向かったのは、丁度彼女の座る席の正面にあるテレビだった。

 猫の特集が終わったらしく、テレビはニュース番組らしい内容を放送し始めている。

 40インチほどの画面では、遠望で撮影したMSの戦闘が映し出されている。旧ドイツ連邦の首都ベルリンでの戦闘映像だろう。画面には、白亜の体躯に碧の翼を背負ったMS―――()()ZGMF-X10A(フリーダム)―――と、40mはあるのではないかと思われる巨大な人形兵器が映し出されていた。

 数日前、ベルリンに()()()展開していたザフトの部隊を撃破すべく出撃した、地球連合軍を捉えた映像だ。結果として戦闘に介入した《フリーダム》によって大型MSは撃破されたものの、ザフトに対してダメージを与えた、とニュースキャスターは感情も無く語っている。隣に座る髭面で眼鏡の軍事コメンテーターは静かな憤慨を湛えた様子で、『歌姫の騎士団』が及んだ凶行に対し、侮蔑的な言葉を見事な雄弁さで陳列していた。

 オクサナは、その映像を見終わると、さっさとページに視線を落とした。傍目から見れば、全くもって興味が無い様子に見えた。

 ベルリンの惨状を伝えるニュースは十数秒で終了し、アナウンサーは無造作に手許の原稿を1頁、捲る。映像も切り替わると、旧ロシア連邦の地方都市で起きた、婦女暴行事件を伝え始めた。10代後半の少女が複数の男に暴行された事件のようだ。確か、大西洋連邦の部隊が駐屯する基地がある都市だっただろうか。犯人像はまだ判明していないらしく、何故か軍事評論家が怪訝な顔をしてあやふやな言葉を並べていた。相変わらず、アナウンサーは、言葉を投げ棄てるような流暢さで原稿を読みあげていた。オクサナは、相も変わらず詩集を観想していた。

 不意に、眠気が目元を痺れさせた。サルマンはそのまま大口を開けて眠気を吐き出すと、涙腺が反射的に液体を失禁した。

 サルマンは慌てて口元を抑えた。急いでオクサナの顔を伺うと、案の定、彼女は横目でサルマンをひたと見据えていた。口元には、小さな笑いが滲んでいた。穏やかな、表情だった。

 ―――ヴァーネミュンデからロストック市街へと侵攻、ベルリン以東に展開する部隊と合流する今回の作戦において、主要戦力はロシア西部方面軍の海軍部隊と旅団に所属する二個MS大隊だ。オクサナが率いる部隊は、切り札として、今次作戦に参加する手はずとなっている。

 故に、比較的穏やかに弛緩した雰囲気が漂うこの待機室にも、その奥底には高度の緊張が潜んでいる。緩慢さは緊張の裏返しにしか、過ぎない。

 だからこそ、彼女の穏やかさが際立つ。静止している、といってもいい。何かの啓示を待つ賢人のように、あるいは殉教へと歩を進める敬虔な者の、秘密めいた静謐のように―――。

 オクサナ・アレンスカヤ中佐は、時が流れゆくこの世界の片隅で、佇んでいた。

 「あ、待て! 俺の好きな番組だ!」

 すごすご引き下がっていた大男が、ソファから飛び上る。食らいつくように走りこんでいく先は、またもテレビの目の前だった。軍事コメンテーターが口角に泡を作って熱弁を始めたところでリモコンを操作すると、今度はロシアの美味しいスイーツ店を紹介する番組に切り替わる。元々、菓子職人(パティシエ)を目指していたらしい―――と、サルマンは思い出した。

 「ゆっくりしなさい、少尉」ふわり、やわらかく本を閉じる。大事そうに、分厚い本を函に仕舞うと、両手を組んで大きく伸びをした。「体を休めるのもパイロットの職務ですよ」

 言って、オクサナは小さく欠伸をして見せる。薄くグロスを引いた唇から甘色の吐息が漏れた。

 サルマンは、曖昧に頷きを返した。オクサナの言う通り、寝よう、と思った。無駄なことは考えなくていい。ただ、今は、目の前のことだけを考えていればいい。その後、考える時間は腐るほどに転がっている。両手を組んでテーブルに突っ伏すと、意識は素早く倦怠の内に吸い込まれていった。




いかがだったでしょうか。

もう2年も前に書いた文章なだけあって、見返すと「うーん?」となる箇所が結構多いですね……。精進あるのみだなぁ、と実感するものです。

それでは、来週も土日のいずれかで投稿を予定しております。しばしお待ちくださいませ。
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