人魚姫は英雄の夢を見るか?   作:一星

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綯い交ぜの祝福と呪詛を紐解く唯一

 

 バスに揺られること小一時間。ヒーロー資格仮免試験の会場、国立多古場競技場に到着した。誰もが合格できるかと不安を口にするが、相澤先生が発破を掛けたことで皆、気が引き締まったようでいつもの賑やかさを取り戻していた。

 この試験に合格し、仮免許を取得できれば、私たち志望者(タマゴ)は晴れてセミプロ(ヒヨッ子)になれる。これまでの無免許でやらかした色んな無茶は法律上咎められるものだが、仮免資格があれば、プロヒーローの監督下でなら、自分の判断である程度個性の行使が可能になる。ここを超えなければ、護身もままならない。超えるべき明確な壁だ。

 

 

「よっしゃあ、なってやろうぜ、ヒヨッ子によォ!」

「いつもの一発決めていこーぜ!」

「せーのっ、Plus……」

 

 

 和気あいあいとした団欒に交じって、Ultraと続けようとした私は、音頭を取った切島くんの後ろに見慣れない生徒がすっと現れたのに目を取られた。そのせいでUltraを言い損ねたが、それも気にならない程度には、その男子生徒がどでかい声で円陣に加わったのに全員度肝を抜かれて硬直していた。

 

 

「勝手に他所様の円陣に加わるのは良くないよ、イナサ」

「ああ、しまった! どうも! 大変!! 失礼致しましたァ!!」

 

 

 硬直した空気を破ったのは、くだんの男子生徒の後ろに立っていた、同じ制帽を付けた先輩らしき人物。彼に窘められ、さっきの大声に負けず劣らずのダイナミックさで、文字通り地面に頭を打ち付けるように深々と頭を下げる男子生徒に、流石の私たちも怯んだ。

 大声だけなら、ラインヘルツ家で私の世話を良くしてくれていた特殊執事(コンバット・バトラー)のフィリップも似たようなものだったから慣れているのだが、彼は執事で動作は優雅だったのでタイプがかなり違う。

 

 上鳴くんがテンションだけで乗り切る感じの人、瀬呂くんが飯田くんと切島くんを足して二乗したような、と彼を表現するのがあまりに的確なのに感心していると、俄かに周囲が騒がしくなる。あの有名な、と漏れ聞こえてくる単語に耳をそばたてていると、黙って眺めていた爆豪が静かに口を開いた。

 

「東の雄英、西の士傑」

「アレじゃん、数あるヒーロー科の中でも雄英に匹敵するほどの難関校、士傑高校!!」

 

 

 周囲がざわついた理由を、爆豪の一言と誰かが興奮と畏怖交じりに絞り出した一声で理解した私は瞬きをして、頭を下げたままの彼と、その背後で軍人のように「休め」の体勢で佇む他の人達をぐるりと見まわす。なるほど、いわゆるライバル校というやつらしい。

 ちなみに、同じ学校で潰しあうのを避けるため、B組は別会場で試験を受けている。三か所で同時に行われる試験に、全国のヒーロー科生徒がそれぞれ場所を分けながら集まる。会場によっては、こうしてトップ校が出揃うこともおかしい事ではないのだろう。……他の学校の生徒からすれば、与しやすいと取るか分が悪いと取るかはそれぞれだろうが。

 頭を下げた衝撃で制帽が地面に落ちたのを見て拾うと、頭を下げたままだった彼がグアッと起き上がり、腹の底から出したような大声で叫んだ。

 

「一度言ってみたかったっス、プルスウルトラ!! 自分、雄英高校大好きっス!! 雄英の皆さんと競えるなんて光栄の極みっス、よろしくお願いします!!!!!」

 

 顔を打ち付けすぎて額からドロッと血が垂れ落ちている。それを気にせず宣言している彼の名前らしきものを、ぼそっと相澤先生が呟いた。夜嵐イナサ。それが彼の名前らしい。相澤先生が珍しく強いと断言するほどだからどんな人物かと思えば……

 

 

「お前らの年の推薦入試、トップの成績で合格したにも拘わらず、なぜか入学を辞退した男だ」

 

 

 ということは。相澤先生の一言で自然とクラスの視線が轟に集中する。推薦入学、それもトップクラスの実力の轟を抑えてのトップ。それだけで、相当な実力者だと分かる。轟以上の実力者か、どんな個性か楽しみだ、なんて呑気に構えていられるのは多分私だけだ。

 周囲に自然と緊張が走る中、私は拾った帽子を渡すため、引き気味の周囲から一歩踏み出す。先輩らしいひとたちの後を追って踵を返しかけた夜嵐くんとやらにあの、と声を掛けると、振り返った彼の目が明るく輝いた。

 あ、なんかこの反応デジャヴュ。

 

 

「帽子落としたよ」

「あっ、ありがとうございまっス!! というか! 星合千晶さんじゃないっスか!!」

「あ、ハイ」

 

 星合千晶ですけども。

 体育祭に続いて神野での風評被害、AFOと脳無相手に大暴れしたせいで、全国的に知名度がとんでもない事になっているのをここでも痛感する。帽子を手渡すために差し出した片手ごと両手で包み込むように握られた。勢いが凄すぎてぐわしっとか聞こえたぞ、おい。

 

「好きっス! 体育祭の時からファンっス!」

 

 呆気にとられる私に構わず言葉を重ねる夜嵐くんは爆弾発言を投下した。後ろの女子陣がなんかギランと眼光増した気がしたんですけど気のせい? 気のせいだと思いたい。シンの時の二の舞はやめてほしい。

 瀬呂くんは飯田くんと切島くんを足して二乗、と言っていたけど、私から見るとフィリップとドグが程よく混ざったような印象を受ける。挙動が大きいところとか、純粋な目でこちらを慕ってくる感じとか。クラウス兄ちゃん、クリス~! と慕ってくる、自己愛をどっかに捨ててきた天真爛漫末っ子属性ナイスガイの陰がチラチラさっきから見える。

 

「しかも神野事件でのヴィランとの戦い、激アツだったっス! それにあの言葉、諦めない姿勢、逆境を跳ね返す心の強さ! 痺れたっス!」

「あぁうん……ありがとう」

「『光に向かって一歩でも進む限り、人間の魂が真に敗北することなど、断じてない』。あの言葉、すごい厚みがあって、スゲー好きっス」

 

 秘密をそっと打ち明けるような口調で告げられた言葉は、あの時、AFOに向けて啖呵を切る際に、自然と口からほとばしったクラウスの金言だった。ミリオ先輩といい、彼といい。私の光が与えてくれたあたたかさが、私を通して拡散していることを、むず痒くも、嬉しく思う。

 

「……そっか。私にとっても、あの言葉はお守りなんだ」

 

 私を泥沼から引き上げてくれた、たった一つの救い。

 

 お守り? と首を傾げる夜嵐くんだったが、私がそれに答える前に、先に歩いて行った士傑の人が彼を呼んだ。それに今行くっス! と返事をした彼は、また後で話したいっス~! と言いながらスタコラ先輩を追っかけていった。

 その後、相澤先生の元同僚、周囲を強制的に笑わせる個性の女性ヒーロー、Ms.ジョークと彼女の担任する傑物学園2年生の人達とも出くわした。

 

「俺は真堂! 今年の雄英はトラブル続きで大変だったね!」

「えっあ」

「しかし君たちはこうしてヒーローを志し続けているんだね、すばらしいよ! 不屈の心こそ、これからのヒーローが持つべき素養だと思う!」

『(まぶしい!)』

「ドストレートに爽やかイケメンだ……」

 

 溌溂とした真堂と名乗ったその人はイズク、上鳴くん、キョウカと有無を言わせない勢いで握手をしていく。その勢いに圧倒された皆はぽかんと真堂さんの言葉を聞いていたものの、私は数歩ススス、と後ろにさりげなく下がった。そんな私の挙動不審さに、モモが小首を傾げている。

 

「? 千晶さん?」

 

 経験からくる直感か、それとも表情の作り方や言動がオーバーに見えたせいか。彼から、私やスティーブンが打算を含めたコミュニケーションを取る時の、わずかな胡散臭さを感じ取ったからだ。さっきの夜嵐くんが勢いで乗り切っていく天然タイプだとすれば、真堂さんの勢いはどこか相手の反応を窺うような、計算ずくの捲し立て方に見えた。

 

「中でも神野事件を中心で経験した爆豪くんと星合さん。君たちは特別に強い心を持っている」

 

 進んで関わり合いになりたくないと思っての行動だったのだが、名指しで呼ばれた挙句、野心の見える目を向けられ、バッチリ視線が合ってしまった。

 

「今日は君たちの胸を借りるつもりで頑張らせてもらうよ」

 

 そう言って爆豪に握手を求めた真堂さんの手は、ビシッと鋭く爆豪の手が払った。

 

「フかしてんじゃねえ、台詞とツラが合ってねえんだよ」

 

 警戒する猫のように剣呑な態度を年下が取ったにも関わらず、真堂さんはむしろ意味深な笑みを深めた。……ああ、うん。やっぱり勘違いじゃなかったか。そのまま私の方へ視線をスライドさせた真堂さんには、とりあえず目礼だけで牽制した。

 普段滅多にない他校との交流で盛り上がるA組の皆だったが、時間を無駄にするな、という相澤先生の鶴の一声でようやく会場入りした。

 

 

 

 コスチュームに着替え、試験の説明会のためにホールに入れば、ホールいっぱいにぎっちりとひしめく人の群れに圧倒される。

 

「多いな……!」

「多いね……!」

 

 おそらく1000人以上いそうな人込みに、イズクや飯田くん、お茶子がきょろきょろと周囲を見回す隣で佇んでいた私は、更衣室の時にも感じていた視線にブスブスと刺されていた。

 

「おいアレ、見ろよ」

「うお、星合千晶じゃん。雄英いんのか」

「爆豪もいるな」

 

 ピリピリと鋭い視線を寄こす者もあれば、好奇に満ちた目で見てくる人間もいる。ここ数日で慣れつつある好奇の視線に内心辟易しながら素知らぬ顔をする私を、心配そうに見上げてくる2対の目。

 

「大丈夫だよ」

「うん……」

 

 安心してもらえるように微笑んだものの、表情の晴れないお茶子とイズク、そして飯田くん。さらに声を掛けようとした私は、ずいと隣に誰かが立つ気配に視線を動かした。

 

「やはり注目されるな」

 

 隣に来てくれたのは複製腕をゆらめかせた障子くんだった。困ったことにね、と肩をすくめると、説明が始まるまでの辛抱だな、と淡々とした声。そんな声とは裏腹に、わざわざ前に来てくれて視線の一部を遮るように立ってくれた、その言葉に出さない配慮が嬉しい。ありがとうと微笑めば、どうということはない、と口元を覆い隠すマスクの下で、障子くんもまたかすかに笑みを浮かべた気配があった。

 そんなやり取りをしていれば、前列がざわめいた。その気配につられて前を見れば、壇上にやたらやつれたスーツの男が立っていた。

 

「えー……ではアレ、仮免のやつをやります。あー……僕はヒーロー公安委員会の目良です。好きな睡眠はノンレム睡眠。よろしく」

「……えらくグダグダな人が出てきたな」

 

 

 仕事が忙しい、ろくに寝れない、人手が足りてない。眠たい、と疲れを一切隠さないブラックな発言を零して俯き加減に管を巻く男性に、ヒーロー候補生たちも困惑気味に見ている。激務の原因に恐らく神野事件が絡んでいることを考えると若干肩身が狭いが。

 

 ……そういえば、私もこの世界に来たきっかけは、堕落王の悪戯の対処中に、堕落王の魔導生物(ペット)を媒介に遠隔で発動した魔法陣に巻き込まれたことだ。だがそもそも、万全の体調だったら余裕で発動前に避けられたそれを脱出できなかったのは、延々と終わらない仕事を三徹してこなしていたからだ。徹夜してもぎりぎり期限に間に合わないかもしれない状況の中で始まった騒動にはぶち切れそうになったし、脳も身体も色々限界が来ていたのだろう。あれは不覚としか言いようがない。こっちの世界に来てからは徹夜とはほぼ無縁の生活を送らせてもらっているが、神野事件以降は色々と水面下で動いているので、夜更かしの時間もじりじり伸びている。

 

 ……あとものすごく心配なのは、私が担当していた仕事を全部背負うことになっただろうスティーブンが過労死しないかだ。私が担っていた経理と渉外はライブラの生命線。情報管理の安全面からも、そうホイホイと他人に任せられる仕事じゃない。私が死んでもライブラが回るように、マニュアルは遺してあるが……なんとなく、スティーブンがチェインやクラウスの力を借りつつ、全部こなしていそうな気がするのだ。

 大丈夫かな……と、思考を明後日に飛ばしていた私の意識を引き戻したのは、ぐだぐだな体勢のまま目良さんが言い放った言葉だった。

 

「ずばり、この場にいる受験者1540人一斉に、勝ち抜けの演習を行ってもらいます」

 

 ステイン逮捕を切欠とした、ヒーロー飽和社会、ヒーローの在り方への疑問。社会に一石を投じたステインの生きざま。「ヒーローとは見返りを求めてはいけない」「自己犠牲の果てに獲得される称号でなければならない」というオールマイトの在り方を思わせる信念。そして神野事件によって起き始めている治安悪化……事件が多発し、それを解決に乗り出すヒーローたち。今後ヒーロー社会は混沌と化していく上、事件発生から解決までの時間が驚くほど迅速化している現状を鑑み、ヒーロー候補生にはその激流を乗りこなすだけのスピードが求められる。

 ゆえに問われる資質は、スピード。

 

「条件達成者先着100名を通過とします」

『!?』

「1540人中100人か、また随分とふるいに掛けるな……」

 

 

 想像を絶する倍率に動揺する周囲の中、目良さんはサクサクと説明を進めていく。

 試験のルールは簡単に言えばボール当てだ。身体の常に露出している部分にターゲット3つを取り付け、ボールをぶつけられてターゲットが3つ発光した時点で脱落。3つ目のターゲットに当てた人間が倒したことになり、二人ライバルを倒したら通過。配られるボールは6つぴったり。

 雄英の一般入試のロボ撃破数争奪戦とやや似ているが、当てる相手が生身の人間かつ、ターゲットも小さいので難易度はより高い。ボールの数が限られている以上、2つ光っている人を狙うなど、戦略も求められる。

 ……まあ、スカウト入試の鬼畜難易度(一人でロボ50体撃破タイムアタック、なお数体は建物内に潜み、被害に応じて減点あり)に比べればマシか。

 

「えー……じゃ、()()後にターゲットとボール配るんで、全員にいきわたってから1分後にスタートとします」

「展開?」

 

 妙な発言に全員が同様に首を傾げる中、ズズ、と地響きが頭上から聞こえた。つられて上を見上げた私は、ぎょっと目を瞠った。

 

「各々、苦手な地形、好きな地形があると思います。自分を活かして頑張ってください」

『無駄に大がかりだな!!!???』

 

 箱を展開するように、ホールが天井と壁のつなぎ目が外れて外に開ける。HLでも中々見ない無駄に派手なギミックに顔を引きつらせる間もなく、その外に広がる、競技場いっぱいに設置された地形の数々に目を奪われる。

 高層ビルが立ち並ぶビル街、大小さまざまな建物が並ぶ市街地、高速道路を模した高架ゾーン、ドリルのような渦を巻いてそびえたつ岩山ゾーン、鬱蒼と木々が生い茂る森林ゾーン、煙が煙突から細くたなびく工場地帯、勢いよく滝から水が流れ落ちる水辺ゾーン。

 

 ……おいちょっと待て。

 国立競技場の中に森林地帯と岩山と滝を作るとか正気か? というか滝はあれどうやって再現してるんだ。流れ落ちた水をある程度くみ上げて、また滝で落としているのかもしれないが、一応ボール当てのステージとして採用するんだから(ボール当てなのに水中戦も色々ツッコミを入れたいが)ある程度の水深が無いと話にならないと思うんだが、仮免試験が終わったらどうするんだろうか。セメントスみたいな地形変化に特化した個性持ちとかが協力しているんだろうかと関係ない方向に邪推してしまう。

 

 思わず税金の無駄遣いとか、力の入れる方向性間違ってないかとか色々疑問が頭をよぎったものの、ボールとターゲットを手渡されれば、もたもたしている暇はない。なにせ試験開始までは1分しかないのだ。

 

 

「先着合格なら、同校でつぶし合いはない……むしろ手の内を知った仲でチームアップが勝ち筋……! 皆、あまり離れず、一かたまりになって動こう!」

 

 

 過去の経験からこういった場面でクラスを引っ張っていく発言が多くなったイズクだが、爆豪がそれに従うわけもなく。遠足じゃねえんだぞと吐き捨てて単独で突っ走る彼を、切島くんと上鳴くんが追っかけていく。同じく轟も「大所帯じゃ却って力が発揮できねえ」と走っていった。火力トップ2が抜けるこの流れはありがたいやら申し訳ないやらだが、私もイズクにすまないと手を合わせた。

 

「私も抜けるよ。私がいると躍起になって狙われるだろうから」

「星合さん!」

 

 

 イズクの声が追いすがってくるのを背後に聞きながら、脚に力を込めて走り出す。

 イズクが単独行動を懸念したのも分かる。雄英は全国のヒーロー科の頂点に位置するトップ校。そして体育祭で顔と個性が割れている以上──情報不明のアドバンテージが無い、弱点の分かっている雄英を潰しにかかる人間は一定数出るはず。

 そして私は体育祭に加えて、神野事件で目立ちすぎている。世論は好意的なものにひっくり返ったとしても、個々人の評価はまた違う。

 

 

 オールマイトを滅ぼす引き金を引いた者。治安悪化を招いた者。私というAFOにとって都合のいい存在のせいで、AFOに利用され、オールマイトのヒーロー生命を絶たせたと口さがなく囁く人間がいることも、もちろん知っている。

 そして、監禁され強要されていたという前提の建前とはいえ、犯罪行為に手を染めた(ということになっている)人間がヒーローを目指すことを、快く思わない潔癖な人間もいるだろう。神野事件以降、見ず知らずの他人からピリピリした殺気を向けられているのが良い証拠だ。

 

 

 イズクたちも心配だが──彼らなら大丈夫だろう。火力トップ3の私や轟、爆豪がいなくとも、残ったメンバーにも範囲攻撃を得意とする子は何人もいる。必殺技も実践レベルまで仕上げてきているから、よほど集団で袋叩きにあうか、戦略的に追い込まれでもしない限りは問題ない。これまでの窮地での動きを見れば明らかだ。

 

「……ある程度潰し合いになったところで通過すればいいか」

 

 正直、私にとってこの試験は大した難易度じゃない。なにしろ一番簡単な方法は、ターゲット以外の部分を凍らせて動きを止め、ボール投げに興じることなくボールを当てるだけの作業だからだ。その方法をとれば、開始直後に即通過も可能だが……生贄にした人間から要らぬ恨みを買いそうだし、何より目立つ。体育祭の時のような、ヴィランやヴィラン連合へのヘイト稼ぎは今回要らない以上、実力はなるべく温存の方向で行きたい。

 ……というか、リカバリーガールから無茶するなと太い釘をぐりぐり抉り込む勢いで刺されているし。もう手遅れな気もするが、公安委員会相手に無駄に目立たなくてもいいだろう。……すでに目はつけられているだろうが。

 

 だから、会場を駆けまわって適度に受験生たちをあしらいながら情報収集し、状況を見て合格すればいい。周囲の必死な受験生たちには悪いが、私にとってこの試験はただの通過点でしかないし、これからも続くだろうヴィラン連合との接敵の際に、大義名分のもと戦闘行為をするための、最低限必要な資格でしかない。

 不死である血界の眷属との戦闘に比べれば、この模擬戦闘も生温い。落ちる気がしない、というのが正直な感想だった。

 

 

『3……2……1……Start!』

「星合千晶ィィィ!!!」

 

 会場に備え付けのスピーカーから、カウントの後やる気のなさげなスタートの声が聞こえてくる。エリアに向けて余力をもって疾走していた私の後ろから、狂ったように人の名前を大声で叫ぶ集団が追いかけてきた。ついでに聞こえてきた罵声と恨み言を背中に浴びて、こっそりため息を吐いた。

 ……どれだけ私を目の敵にしてるのか。集団で一人を襲撃しても、結局仲間割れするのが目に見えてるし旨味ゼロなのに、試験中に私欲バリバリとか余裕か? 

 

 煩いし、神野のあのAFOやキメラ脳無との戦闘を見て、私に敵うと思っている謎の自信に呆れてしまう。数が物を言うのは確かに真理だが、一対他の殲滅戦を得意とする私にはたかが十数人では話にならない。圧倒するのは簡単だが、後の処理を思うと面倒だし目立つので。

 

 

「よし、このまま引っ張って他の集団にぶつけて潰し合わせよう」

 

 八つ当たりめいた恨みは適度に発散させつつ、ついでに矛先を変えさせて、そのまま離脱するなり、二つキーが光った受験生を横からかすめ取るなりでもいい。

 目立たず適度に。方針が決まれば、やることは決まっている。飛び道具系の個性をよけつつ、走りざまに妨害のためにぼこぼこ(エスクード)を発生させ、付かず離れずの距離をキープしたまま集団をトレインする。

 

 目の前に迫ってきたのは宙に張り巡らされたパイプと大小さまざまなタンク。身を隠す場所も多く、不意打ちがしやすい、工場エリアだった。

 

 

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