本編爆速更新もあとちょっと。
『次の試験でラストになります! 皆さんにはこの被災現場で、バイスタンダーとして救助演習を行って頂きます!』
戦闘における個性の使い方、チームワークに重きを置いた一次試験。そして次なる二次試験は、ヒーローに必要不可欠な救助項目の試験が待ち受けていた。
「パイスライダー……?」
「現場に居合わせた人のことだよ、授業でやったでしょ」
「一般市民を指す意味でも使われたりしますが……」
『ここでは一般市民としてではなく、仮免許を取得した者として──……どれだけ適切な救助を行えるか、試させて頂きます』
既に不安を覚える言動をしている一部のクラスメイトもいるものの、ざっくりとした目良さんのアナウンスに耳を傾けていると、無人のはずのフィールドに人影が見えた。爆発で崩壊しているフィールドに躊躇なく踏み込んでいく老人や子どもの姿に、会場全体が何やってるんだ、とざわめきに包まれた。
そんな空気を感じ取ったのかは不明だが、目良さんが注釈を加えてくれた──フィールドに散らばっているのは、このご時世の訓練に引っ張りだこの要救助者のプロ、『HELP・US・COMPANY』、略して『
『なお、今回は皆さんの救出活動をポイントで採点していき、演習終了時に基準値を超えていれば合格とします。10分後に始めますので、トイレなど済ましといて下さいねー……』
「……」
フェードアウトしていくアナウンス、そして荒廃したフィールドの映像を呆然とした面持ちで眺めていたイズクに、固い面持ちの飯田くんが呼び掛ける。
「神野区を模してるのかな……」
「あの時、俺たちは爆豪くんをヴィランから遠ざけ……プロの邪魔をしない事に徹した……その中で、死傷者も多くいた……」
「──頑張ろう」
神野事件では自分たちの事で精一杯で、見えていなかった助けを求める人の手。それを、仮免を取得すれば緊急時に限り、自分の力で、判断のもとで助けることができる。ぎゅっと握りこぶしを作って、決意に満ちた表情で奮起するイズクの顔を見て、ふと、思う。……いい顔をするようになった。
イズクと出会ったのは丁度一年前。私はこの世界に落ちて間もなくの時。そしてイズクは、これまで鍛えてこなかった基礎身体能力を上げるため、巨悪を倒すために何代も受け継がれてきた
会わせたい子がいるんだ、そう言ったオールマイトに促されて共に訪れた海岸で、大量に不法投棄された粗大ごみの山をヒイヒイ言いながら引きずろうとして、砂で踏ん張り切れずにいた、ヒョロヒョロでどこか挙動不審の男の子。ヒーローになるという夢と、無個性という、夢をかなえるには果てしなく重いハンデを抱えてなお諦めきれずにいた子。
ごみの撤去という奉仕作業を鍛錬内容にしたオールマイトの指導なんだか放任主義なんだかよくわからない修行を真面目に、弱音を時折吐きつつも手足を動かすのをやめない彼に、差し入れがてらオールマイトの代わりに色々アドバイスをしたりして。
無個性ゆえにクラスメイトから嘲笑され、見下されてばかりだったから、友だちは私が初めてだと、僕なんかが、とかあれこれと自己評価の低さが見える発言をしながらもはにかんだ、あの自信無さげで華奢だった子は、今や数パーセントとはいえOFAを使いこなし始め、目の前の難題に逃げずに立ち向かおうとしている。
その成長の、なんて目覚ましい事だろう。果てしない努力を積み上げて、自信をつけて。真っすぐに成長しているイズクはきっと、良いヒーローになる。漠然とした考えではあったが、確証はなくとも、これまでの彼の行動が、善性に満ちた言葉たちが、きっとそうなると確信させてくれる。
「……? 星合さん、どうかした?」
「いや。試験、がんばろうね」
「うん!」
「うむ!」
私の視線に気づいたイズクに何でもないと笑いかけ、イズクたちも笑い返してくれたその時。急に血走った眼をした峰田と上鳴くんがイズクに詰め寄った。士傑のボディースーツを着た女子生徒が素っ裸状態でイズクと喋っていたという、傍から聞いていてもどうしてそうなった? と首を傾げそうな状況に陥っていたらしいイズクに、羨ましさから歯ぎしりしながら掴みかかってぽかすか乱闘を始める峰田たちに呆れた視線を送る。……他校の目もあるからやめような?
「士傑、こっち来てんぞ」
切島くんの言葉に振り返れば、上半身が毛むくじゃらの人を先頭に士傑生が固まってこちらに向かって来ていた。なんでも、爆豪につっかかった士傑生の無礼を謝罪しに来たらしかった。
「雄英とはいい関係を築き上げていきたい。すまなかったね」
目すら覆い隠すほどの毛量のせいで、表情が読みづらい。辛うじて露出した片眼の動きや声のトーンからして、皮肉や悪意は感じないものの、それならば先ほどの夜嵐くんの態度は何だったのかという話だ。まあ、士傑生の総意と、個々人それぞれの私情は別物、というのも大いにありうるが。
イズクさえ、とてもそんな感じではなかった、と困惑気に呟く中、それでは、と二次試験にむけて踵を返したその時、轟が一歩を踏み出した。坊主のやつ、とは夜嵐くんのことだろうが、その呼び方はどうにかならなかったのか……。
「俺、なんかしたか?」
その一言が出るようになっただけ、周囲を見れるようになったな……と感心していた私だったが、呼びかけに振り向いた夜嵐くんの顔の険しさに、喜んでばかりもいられなかった。
「ほホゥ……いやァ、申し訳ないっスけど……エンデヴァーの息子さん」
「!?」
「俺はあんた
轟にとってのNGワード一位を出した上に、ハッキリと分かる拒絶と嫌悪に満ちた表情と言葉を向けられ、轟が目を見開く。
「あの時よりいくらか雰囲気変わったみたいスけど、あんたの目はエンデヴァーと同じっス」
「夜嵐、どうした」
「何でもないっス!!!」
轟の地雷原をことごとく踏んだ夜嵐くんを毛むくじゃらの人が呼ぶ。すぐに踵を返す夜嵐くんにどういう意味だと問えないまま、その背中を見送る轟の肩をぽんと叩いて隣に立てば、険しい顔をしていた。……厳密にいえば、体育祭前の、思い詰めていた時期によくしていた顔に。
その横顔の危うさに一瞬眉を寄せた私は、戸惑ったような表情でこちらを向いた轟の目を真っすぐ見て言い放った。
「気にするな」
「……星合」
「君は変わった。中学から見てきた私が保証する。A組の皆にも雰囲気が柔らかくなったって言われたろ、それが全てだ。たかが推薦試験で一回君と会っただけの人間の言葉に惑わされなくていい」
ここで言わなければ、何かしらモヤモヤを引きずるか悔恨を残すかする。そんな嫌な予感に従って、轟の揺らぎを断つように、語気を強めて断言する。この大事な時に、復讐心に囚われていた頃の、あの不安定な精神に揺り戻されてはかなわないのだ。
「ああ……」
ほっとしたような表情を浮かべて轟は頷いてくれたが、オッドアイの奥にはまだ迷いの兆しが見えた。小さくため息を吐きたいのを押し殺して、強めの力でその背中を引っ叩く。ぐ、とか声を詰まらせたようだが気にしない。
「気合入れなよ、大一番だ」
その言葉をどう受け取ったのか、轟の反応を窺うことは出来なかった。試験開始の、大音量の警報が響き渡ったからだ。……タイミングの悪い。
『ヴィランによる大規模
「演習の
「えっ、じゃあ……」
『規模は○○市全域、建物倒壊により傷病者多数!』
「始まりね」
こういう時、雄英のカウントダウンなし不意打ちスタートの有用性を感じる。
本番さながらの開始演出に耳を澄ませながら、ざりっと靴底で床を撫でた。……仕込みを使うような展開にならなければいいのが本音だが、まあ布石は打っておいて損はないだろう。
『道路の損壊が激しく、救急先着隊の到着に著しい遅れ! 到着するまでの救助活動はその場にいるヒーローたちが指揮を執り行う! 一人でも多くの命を救い出すこと!!! START!!』
控室がまたも展開し、天井も壁も床へと変わっていく最中、中にいた100人の受験生が一斉に飛び出していく。前の方に夜嵐くんや爆豪が空を飛んでいくのを見つつ、高所を移動できる受験生の人数を把握しながら、私もイズクたちと離れないよう気を付けて走る。
採点方式とは言うものの、採点基準は一切不明。基準値を超えていれば合格……とのことだが、その基準値すら分からない以上、二次試験はいかに「非常事態で見ず知らずの他人とも協力しつつ最善の行動を迅速に取れるか」がメインなのだろう。一次試験といい、明らかな協調路線だなとも思う。まぁ、これから目指していくべきヒーロー社会の方向性としては、これまでオールマイト一強だったのに比べれば間違っちゃいないが。
……となると、考え方としては活躍できる場面を探して点数を稼ぐ、といったこれまで受けてきた試験とは違い、いかに状況にそぐわない、もしくは無駄な行動を減らすかという減点方式の考え方のほうが分かりやすい。
なにしろ、この広いフィールドに100人の受験生が散らばって、それを一人一人採点するのは運営側からすれば把握が難しいうえに手間だ。この荒れようだ、視界は塞がれるし声はあまり届かない。救助対象が救助されることに関してプロの人間ならば、過去の訓練で良い行動・悪い行動の良し悪しは一般人よりハッキリしているはず。近距離で、受験生の救助活動を採点するとすれば彼らだ。
HUCと受験生らしい人影以外にフィールド内に人間が増えた感じはしないし、なにより試験開始からずっと視線を感じる。しかもフィールドの上、先生方が観覧している観客席の高さあたりから。私が移動するのに合わせて、視線は外れないまま並行するように移動している上、観客席に一次試験の時には居なかった数十人の黒服を見れば、彼らも採点者だと想像できる。おそらくそっちは俯瞰的な面での採点だろう。
ゆえに、得点を重ねて基準点を超えるのではなく、行動が遅れる、判断が甘いなどの減点対象になりそうな行動をしないよう心掛け、いかに自分の能力が活かせる場に行けるか、その場にいる他のヒーローと協力できるかに重きを置けば、まず間違いじゃないだろう。
様々な個性がいるのだ、人によって得意不得意が大きく違う以上、加点方式はどうしても不公平が出る。戦闘向きの攻撃力の高い個性は、個々人の工夫次第とはいえ、救助では個性を活かせる場面は少ない。逆に移動系や救助に向いた個性は活躍できる。
建物から被災者を救助する行為と、救護所で集まってきた被災者をトリアージして重傷度を振り分け、応急処置をする行為。加点方式でそれらを平等になるように点数化するなど出来ないのだから。減点方式の方が、いくらか簡単だろう。
「となると、私の場合は高所救助をメインに動くべきかな」
100人の受験生のうち、一割は控室のあたりに留まって、救護所として周囲を整備したり、トリアージの心得がある人が残った。我先にと飛び出していった残りの受験生のうち、さっき確認した限りでは飛ぶ手段を持つのは10人にも満たない少なさだ。
そしてこのフィールドには高層ビルが立ち並ぶエリアがある。市街地エリアすらほぼ全壊の有様の中、ビル街区はその高さを半分にしながらもなお、地上20階以上の高さがあるビルが何棟かうっすらと見える。
考えすぎかもしれないが、被災現場と同じ状況を想定したシナリオなら、崩落時にビルの中に居て、崩落後にビルの中に取り残されて動けない被災者も演出しかねない。
というかあのエリアが一番救助難易度高そうだ。なにしろ、高所救助が出来る個性は限りがあるから。これが試験である以上、演習中にヘリが登場することはない。一番安全性の高いヘリでの救出が出来ないのであれば、高層ビルを登攀できる、あるいは飛べる個性でしか高層階に取り残された人間は助けられない。
そして出来れば飛べる個性の方が、高所救助には望ましい。……いつ崩落するかわからない、階段も傾いたり崩落しているビルから、ケガをした人間を安全に地上に下ろすのには、壁を上り下りするより飛べる方が安全だからだ。軽傷ならおんぶなりできるが、怪我の種類によっては揺れが好ましくない場合もある。
だが、飛べる人間が10人以下のこの状況で、そのことに何人が気付けるだろう。近場のエリアに気を取られて、そちらに飛べる個性が行ってしまう可能性だって高い。ならば、一応高所ビルを人を抱えて飛び降りた経験もある私の方が行く方がいい。
二次試験開始から一分足らずの短い時間で、一通り考察を終えた私は、すぐ近くを並走していたクラスメイトに向かって声を張り上げた。
「常闇くん!」
無数の受験生で入り乱れる中、常闇くんは私の声に反応して、少しずつ近寄ってきてくれた。走るのは止めないまま、並走する。
「どうした、星合」
「私と一緒にビルエリアに来てほしい。ビルに取り残されてるだろう人を助けるのを手伝ってほしいんだ」
「! なるほど、他の者には出来ぬ救助を、ということか」
「そういうこと」
体育祭では3位同士、期末試験では共にエクトプラズムと戦った仲間だ。私の言いたいことを正確に読み取ってくれた常闇くんに頷けば、麗日は呼ばなくて良いのか、と疑問が返ってきた。数秒の逡巡の後、お茶子を呼ばなかった理由を小さく呟いた。
「お茶子は……どちらかというと市街地向きだと思う。
「なるほど」
建築会社を経営する両親を持つお茶子なら、その点はよく分かっているだろう。合宿での訓練で、ごく短い間なら自分への副作用なく浮かせられるようにはなったが……20階以上の高所からだと、個性を解除してからの落下スピードはどうしても出てしまう。怪我人を抱えてであればなおさら危険度が増す。私が地上で待ち構えて、大きく張った
そんな私の考えに頷いてくれた常闇くんと共にビル街エリアに足を踏み入れれば、市街地エリアよりも酷い光景が広がっていた。どこもかしこも瓦礫の山。時には辛うじてビルの形は保っているものの、ぱっきりと手折られた枝のように、中ほどで折れたビルが道を塞ぐように横たわっているところまであった。演出にしても過剰すぎるぐらいの本気度を感じる。
「酷いな……!」
「しかもこの酷さなのに、市街地より人が少ないっていうのがね……」
だが人は少ないながらも、似たような考えの他校生は何人かいた。彼らと協力して、ビルが倒壊しなさそうな場所の瓦礫を退けて応急処置用のスペースを作る。その後すぐに倒壊しかけのビルの側面に手を触れた。
低層は折り重なるようにひしゃげ、なんとか形を保っている高層部分も、窓ガラスはすべて割れ、傾いたビル同士で支え合っているような、いつ崩落してもおかしくない、不安定極まりない傾き方をしている。普通なら、試験のためにこんな不安定な場所を隠れ場所……と言うのも変だが、選ばないだろう。だが、この場を本物の被災現場と仮定すれば、恐らくHUCは選ぶ。なぜなら、実際の現場であれば、崩落寸前の建物に取り残された人、というのは少なからず発生するから。そういった考察も相まって、一見あり得なさそうなこのあたりの建物が怪しい。ハッキリとはしないが、どこかに人の気配を感じる。
中指に嵌めている、クラウスからもらった指輪から出した血を水へ変え、薄く広げるように一気にビル内部へと浸透させる。
──水晶宮式血濤道、甲の舞・
「このビルに人がいたらマズいよな……」
「倒壊しないよう、ビルの間を俺の個性で固めるよ」
「じゃあ俺はヒビ入ってるとこ補強するわ」
「では救助の邪魔になりそうな瓦礫は俺が」
「助かるぜ、頼むわ」
二次崩壊の恐れもあるビルだ、むやみに被災者を探しに突入はせず、索敵をするのでちょっと待ってほしいと伝えれば、流石私たち一年よりも経験と訓練を積んだだけあって、すぐに突入できるようにてきぱきと体制を整えてくれるのが聞こえる。そんな中、ビル全体を網羅するように感覚を広げていけば、無機物ではない反応にヒットした。
「……二人、別々の階に一人ずついます」
「!」
「マジでか、どうやって入ったんだ……」
「上の方の階はかなり崩落が酷いので、私が行ってきます。私なら糸を使って足場が無くても中を移動できるので」
「では俺は、星合が救出した被災者を受け取って下へ運搬しよう」
「うん、お願い常闇くん」
「そんじゃ俺らは下の階だな」
「了解!」
どの階に人がいるか分かるよう、索敵に使った水を凝集させ、被災者のいる階の壁に氷で剣山を一つ作る。下の階に救出に行く人にはそれを目印にしてもらえばいい。私は上の階に作った剣山目掛け、体育祭でも使った血紐を投げ伸ばして絡ませ、某蜘蛛男のように一気に上空までジャンプした。紐がしなる反動でそのまま窓の淵に着地。大きく傾いているビル内に侵入した。
床がところどころ崩れ、天井が崩落してできた瓦礫の山や割れた照明のガラスが散らばって危ない内部。フロアの奥で動けずにいた壮年の女性の被災者を助け出す。HLではもっぱら誰かを護るか殺すかで、自分が救護に回るのは重傷を負った仲間の応急手当ぐらいのものだったが、まあまあ場数は踏んでいるので動揺も戸惑いもない。今後はこうやって、誰かを救うことが多くなるだろうというのは、運命の妙だと不思議に思うけれど。
てきぱきと脈拍と呼吸数を会話しながら測り、軽傷で歩行可能なのを確かめてから、彼女に命綱代わりの血紐の端を結び、血紐を伸縮させて女性を抱えてビルを飛び出す。
「常闇くん!」
「
「アイヨ!!」
窓の淵に立った私の呼びかけに応じ、黒影の大きな手が伸びてくる。手を皿にするように広げられたその黒い手に乗れば、ゆっくりと下降する感覚に包まれた。数秒の落下の後、手が開いて地面に下ろされる。
「ご気分は大丈夫ですか?」
「え、ええ。大丈夫よ」
「このまま救護所まで運びますので、しっかり捕まっていて下さいね」
崩落の危険があるところに怪我人を長々と居させるわけにもいかない。女性に説明しながら常闇くんにアイコンタクトをすれば、頷きと共に親指で後ろのビルを指した。まだ救出が出来てないもう一人の救出に常闇くんは加わるらしい。それに頷きを返して駆けだした。
なるべく振動を与えないように、時折女性を気遣う声をかけつつ救護所へと駆けつければ、15分足らずで30人以上の傷病者が運び込まれていた。
そこに待機していたトリアージ担当の受験生に状況を話して引き継ぎをする。女性を引き渡すついでに全体を見回すが、集まってきている人間に対してトリアージをする人間が圧倒的に足りておらず、傷病者を抱えたまま待っている受験者もチラホラ見える。自己アピールを考えるとトリアージや応急処置をするのはハードルが高いからしょうがない現象なのだろうが、この状況は好ましくない。引き継ぎ待ちは、救助者が圧倒的に不足する現場において致命的なロスだ。実際の現場ならば、一分一秒が人間の生死を分けるだけに。
救出側よりもこっちに回るか、と思って腰を上げかけたその時、突然轟音と爆風が耳をつんざいた。視界の隅に爆炎と、吹っ飛んだスタジアムの瓦礫がこちらに飛んでくるのを捉えた瞬間、私の身体は反射的に防御行動に出ていた。
「エスメラルダ式血凍道」
──
ブーツが地面をふみ鳴らし、救護所と爆破箇所を隔てる氷の盾が幾重にも出現する。爆風や吹っ飛んでくる瓦礫を防ぐ透明の壁越しに、瓦礫の穴から姿を現した人間をじっと見つめた。
シャチのような頭を持った人間を先頭に、明らかにヴィランですといった風体の部下が多数。見覚えがある。一瞬で記憶を遡る。確か、職業体験の指名リストに載っていた上位ヒーロー。中堅どころから有名どころだけでなく、二人しか指名できないのにビルボードチャート上位がほぼ指名を出してきて、その上あまりにも大量指名なせいで玉も石も見分けがつかないでいた私に、興奮気味にイズクがオススメのヒーローをピックアップしてくれた中に、名前と写真があった。あと、確か神野の救出にも関わっていたのを新聞だか何かで見た。
名前は、確か。
「対敵……全てを並行処理できるかな」
「ギャングオルカ……!」
丁度救護者を運びに来ていたらしいイズクも救護者を庇うように前線に出てくる。と、再びアナウンスが響き渡った。
『ヴィランが姿を現し追撃を開始! 現場のヒーロー候補生はヴィランを制圧しつつ、救助を続行してください!』
「さて……どう動く? 戦うか、守るか。救けるか、逃げるか……!」
そのアナウンスにより、イズクがギャングオルカと呼んだヒーロー……今はヴィラン役だが、彼らの登場が予定されていたものだとハッキリと分かった。試験とは思えない、本番さながらの高難易度の設定に、受験生の悲鳴が聞こえてきそうだ。……まあ、私としては想定内だが。
こちらめがけて駆け出すヴィランの動きを阻害するように、直線で追ってこれないよう追加の
「大規模
「星合さん……!」
予想していたかのようにノータイムで盾をぶち上げた私に驚いた顔をするイズク。その横を、勢いよく飛び出していく姿があった。
「皆を奥へ避難させろ! ヴィランから出来るだけ距離を置け!」
「真堂……さん!?」
前線へと駆ける真堂さんとすれ違いざま目が合う。視線で任せろ、と語るその目に自信を読み取り、彼に殿を任せるべくイズクの手を軽く引いた。
「行こう、イズク」
「え、っうん! 分かった!」
最低限の時間稼ぎはした、ヴィランの足止めは任せて、私たちは出来ることをするべきだ。お互いに最善を尽くすために。
やっぱり仕込みを使う羽目になったか、と内心でため息を吐きながら、そんなそぶりは表情には微塵も見せず、くるりと救護所の方へ向き直る。
手当ての途中だったり、不安げな顔をしている傷病者たちを、救護所に残っているヒーローだけでは避難させるのは無理だ。特に、脚が折れているなどの歩行不能の設定だったり、最優先で搬送が必要な重傷、トリアージで「赤」区分の人は下手に動かせない。
だから、あまり使わない手ではあったが、一応保険にと事前に仕込んでおいた甲斐があった。
「橙、赤の方は動かずに! 全員まとめて動かします!」
「全員ってどうやっ……うおっ!?」
咄嗟にしゃがんで地面を両手で叩く。瞬間、両手の指全てに嵌めた指輪と足元の針から出た血が、亀裂が入ったような赤い筋となって私の足元から地面に向けて広がる。あらかじめ地面に仕込んでいた血液と連動して周囲の空気がざわりと揺らめき、一瞬の間の後、すぐに変化が現れた。
展開した控え室のコンクリートの床が、わずかな振動とともにゆっくりと浮き上がる。床の下にスライム状の透明な球体が蠢き、そのまま避難所を乗せてヴィランが来た方とは反対側へとゆっくり移動し始めた。移動しながら地面から水分を奪い、少しずつ移動スピードを上げていく。
「スライム!?」
「歩ける方は可能な限りご自分で避難をお願いします! 動かさないほうが良い方を運ぶためにご協力を! ヒーローの皆さんは護衛や歩ける方の補助をお願いします!」
名前すら付けていない、思い付きで作った即興技。なんとか床がばらばらになったりもせず、安全に避難させられそうでほっとしつつ、未だに上に乗ったまま状況についていけていないヒーロー候補生に声を張り上げた。同じく、歩行ができる軽傷者の人達へも。
突然の事態に目を白黒させていたイズクや他の受験生も、きちんと状況を補足すれば我に返ったらしい。困惑から、不敵な笑顔へと全員の顔が切り替わった。
「了解!」
「すげえな、わーったよ!」
移動スライムから飛び降りた受験生たちが散開して周囲を警戒するのを見届け、
「この実力差でぬるい防御だな、しかも殿が一人……? なめられたものだ……!」
「いいえ、それは防御ではありません」
壁、あるいは防波堤。体育祭や神野で散々周囲に刷り込んでいる、「星合千晶の氷は硬い」という認識を逆手にとって、壊すより迂回する方が早いと思考の選択肢を誘導し、ヴィランの勢いを減衰させ時間を稼ぐためだけの、見掛け倒しで盾とも呼べない密度で編んだ氷。砕かれることを前提に築いたそれは、今は崩されて無数の氷塊が周囲に散乱している。
プロヒーローとその部下という格上相手だ、食い止めきれない時のことも考えて作った盾の残骸を使わない手はない。私が走る中、ひときわ強く地面を蹴ったのを合図に、残骸のすべてが一瞬で溶け落ちて水となる。
呆れたようなギャングオルカの呟きに、遠く離れたここからではあまり届かないと思っていても、思わず返事をしてしまう。一旦スライムに背を向け、ギャングオルカたちヴィランの一群に向き直り、地面を介して溶かした水へと干渉する。
──
ギャングオルカを迎え撃つように宙に半円の軌道を指先でなぞれば、地面から水が一斉に立ち上る。
「丁の舞、
瞬間、地面から勢いよくギャングオルカたちめがけて水で作った槍の弾幕が一斉掃射される。水の槍を形成する「逆巻」の同時発動、弾幕のように隙間なく範囲攻撃を行う「驟雨」はそれ以上先に進むことを許さない。ただし、効くのは一様に黒ずくめで揃いになっている部下たちだけ(個性無しの縛りでもあるのか? 動きがところどころ動きづらそうな違和感がある)で、ギャングオルカには超音波で逆巻を水しぶきに霧散させられてしまう。逆巻さえ当たれば速攻で氷結で足止めできるのだが、超音波は防御手段がないので渋い顔しかできない。ホントに音関連の個性は手ごわい。
「ま、そこが本命じゃないから良いけどね」
すぐに頭を切り替え、その場に残した残り半分の水に術式を上書きする。ギャングオルカが大きく踏み込んでこちらに勢いよく突進しようと構えるのが見えたが、私はそれににやりと笑ってみせた──遠くで、ギャングオルカの血走った大きな目が驚きに見開かれる。
ぶわり、と彼我の間に巻き上がるのは大量の冷気と霧。大気を揺らがせ、見通しを悪くするほどの白い闇が互いを隔て始めていた。
「生憎と、撤退戦の心得はあるもんで」
かつてステインとの戦いや体育祭の騎馬戦でも使用した、防御に重きを置いたエスメラルダを補助し、より柔軟な戦闘をするために技を編んだ水晶宮式の中でも数少ない「撤退用」の技。空気の温度差で屈折率を弄り、意図的に蜃気楼を発生させることで敵の視覚と認識を歪ませ、攻撃の狙いをずらしたり、手負いの仲間に手出しできないよう、敵の目を欺き居場所を隠すために生みだしたもの。
「──
私の意図に気づいたギャングオルカが、幻影に包まれて追撃を限りなく困難にされる前にと踏み込むのと同時に、それを阻むようにギャングオルカの真横から大量の氷結が押し寄せる。完全に私に気を取られていたのに、押し寄せる異変に咄嗟に対応してみせる芸当は、流石No.10の実力者だ。神野の奪還作戦に召集されただけはある。
すぐさま放った超音波で氷の余波を破壊したせいで、氷結は彼を捕らえられなかったが、一瞬ギャングオルカの意識を逸らしてくれたおかげで、私たちとギャングオルカの間に目を欺く蜃気楼が完成した。これで、私が昏倒させられない限りはギャングオルカたちは傷病者の姿が見えない。つまり、追撃できなくなったのだ。
ナイス轟、と氷結を放った本人に(恐らく、ギャングオルカ側にいる彼にはもう私の姿は認識できないだろうが)内心で称賛を贈っていると、星合! 緑谷! と複数の声が私たちを呼んだ。声の方を見れば、尾白くんとミナ、そしてさっき別れた常闇くんがこちらに駆け寄ってくるところだった。
「避難か!? 手伝う!」
「皆!」
「ありがとう、助かる」
逃水によって追撃される可能性は減ったといえ、避難はまだ完了していない。ギャングオルカたちに「そこに誰もいない」光景を周囲の景色に馴染ませるように蜃気楼を発動させるのには細心の注意がいる。血法の同時操作は慣れっこだが、逃水ばかりは数ある技の中でも随一の精密操作を要求されるせいで、そちらに常に思考能力を多く裂かないと維持できない。それに加えてスライムを動かし、なおかつ足並み揃えて護衛、となると精神面の疲労は避けられない。血液よりもゴリゴリと減っていく何かに片目をすがめて耐えていた身としては、3人の戦力追加は頼もしい。
「護衛や怪我人の補助をお願い、私はこのスライムの操作と、ギャングオルカたちからこの一団が見えないように蜃気楼を張るので精一杯で、咄嗟に動けない」
「りょーかい!」
私の余裕のない声に、頼もしく頷いてくれるミナたちの存在が今はありがたい。
「俺たちは人が手薄な水辺付近にいたけど、ヴィランがここらに大挙するのが見えて……応援に来て正解だったな……!」
「梅雨ちゃんは向こうで救助続行してるけど、終わり次第来てくれるし! ギャングオルカの足止めは轟もいるし、踏ん張りどころだね」
「星合、顔色が悪い……あまり無理はするな」
「大丈夫……蜃気楼の操作に、頭フルで使って計算してるから、きついだけで……解除すれば、まあ」
護衛を任せ、後ろのギャングオルカたちのいる位置を把握しながら後ろ向きに走る。その視線の先では、ギャングオルカに対抗する轟、そして。
今の彼と恐らく連携最悪の相性にして、実力は十二分にある夜嵐くんが、上空から竜巻でヴィランを吹っ飛ばす姿が、見えた。