戦闘訓練が行われた翌日、学校に向かうと何故か門の前に人だかりが出来ていた。
「何だろ……て、マスコミ?」
「みたいだな、セキュリティの関係で門より向こうには入れねぇみたいだが」
「オールマイトが教師になったってニュースになってたから、それ関係かな……それにしたって邪魔なくらいいるなぁ」
通学途中で偶然出くわした轟と共に登校していた私は、げっそりした表情を浮かべる。
元の世界でもマスコミは回避すべき対象だったが、この世界では特にそうだという認識を強めていた。
……とにかく五月蝿いのである。
市民もそうだが、この世界のマスコミはヒーローに助けられるのが当たり前、と考えていて、ニュースを求めて活躍したヒーローにやたら付き纏う。酷いところはストーカーまがいの行動でヒーローのプライベートまで暴露するマスゴミまで居る始末。ヒーロー関連のニュースに群がる勢いが元の世界の「外」のマスコミより酷すぎて、正直プロヒーローになっても取材お断りを貫きたいと思うくらいには、ハエみたいに五月蝿いのである。マスコミお断りの相澤先生の気持ちがよく分かる。
プロヒーローにとっては人気が上がるので良いことと捉えているかもしれないが、私の場合秘密結社構成員の時の意識が抜けないのと、オールマイトがたびたびマスコミの執拗な追っかけをされてる現場に出くわし、たまに愚痴も聞いたりするのでちょっと勘弁してほしいという思いしかない。
あの人混みに果敢に進んでいった生徒が全員インタビューをしつこく迫られているのを見ていると、本気で回れ右をしたい衝動に駆られるが、今日も授業はあるためそうもいかない。
「しょうがない……飛び越えるか」
「いや、危ねぇだろ……どれだけマスコミ苦手なんだ」
「正直目立ちたくない、カメラに映るとか論外」
「……さっさと抜けるぞ」
いっそゲートに血糸をくっつけて、ターザンぽく反動で門向こうまで移動しようかと思ったのだが、流石に危ないと判断されたらしい。隣に立っていた轟は軽く溜息をついて、私の手を引いてマスコミの群れに向かって歩き出した。突然の行動に虚を突かれながらも、私は大人しく彼の後ろに付き従う。
「(……出くわした時はどうなるかと思いきや、意外に普通に接してくるんだもんなぁ)」
昨日の今日なので、どれだけ塩対応されるかと内心ビクビクしていたのを必死に押し殺して、表面上平静を保っていたら、拍子抜けするくらい轟はいつも通りだった。思春期の子って何考えてるのか最早さっぱりだ。ライブラ最年少のレオナルドですら19歳。自分の幼少期の頃なんて今の生活を考えれば全く参考にならないからこそ、扱いの難しさを痛感する。
……まぁ、普通通りに接する以外どうしようもないのだが。
「すみません、オール……」
「すんません、通してください。授業遅れるんで」
というか昨日トラウマ抉った相手を置いていかずに、手引いて誘導してくれる友人が優しすぎて泣けてくるんだけど、歳食って涙腺緩んだかな……まだ精神年齢25歳だけども。
っていうか、あの二人付き合ってるのかなとか可愛い、照れてる!とか美男美女エリートカップルだとかこそこそ囁くのやめてくれないかなマスコミ!!こんないつ帰るともしれない身体ボロボロの年齢詐欺の年増に
そんな具合になんだかんだ心の中でテンションの振りきれた葛藤を抱えて悶えてはいたものの、なんとかインタビューを回避して敷地内に入ることが出来た。轟様様である。
「はー……ありがとう、助かった」
「おう」
ぱっと手首を掴んでいた手を離した轟の表情は本当にいつも通りで、侮蔑をはらむとばかり思っていた黒と緑の双眸は凪いだ光を宿していた。
下駄箱から内履きを取り出しながら、こっそりとその端整な横顔を眺める。……うん、こんな美少年に私は勿体ないわ。モモとかの美少女のほうがよほど絵になりそうだ。
「轟と星合か。おはよう」
「あ、相澤先生。おはようございます」
「表、マスコミ酷かっただろ」
内心で自分の考えにうんうんと頷いていると、不意に声を掛けられた。二人そろって顔を上げると、非常にダルそうな佇まいの相澤先生がこちらに向かってくるところだった。
生徒側の玄関に現れたのを不思議に思いながら挨拶をすると、長い髪の間から、ドライアイで充血した目でじっとりと見つめられ、思わず瞬きをする。
「……星合お前、インタビュー受けたりカメラに映ったりしてないだろうな」
「あ、ハイ。轟が先導してくれたので捕まらずにすみました」
「……ならいい。今後も気を付けろよ、万一ってこともある……特にお前は用心しろ」
「……はい」
「じゃ、早く教室行け。もうすぐチャイムが鳴る」
投げかけられた質問に最初意味を捉え損ねてきょとんとしたのだが、念を押されたことでようやく彼が何を危惧してそんなことを言ったのかに思いあたった。
相澤先生を始めとする先生方には、私がこの歳まで無戸籍で、衣食住を整えることもままならなかった理由を、『ヴィランにその個性の有用性に目をつけられ、子どもの時に誘拐された後、優秀なヴィランとすべく長年密かに育てられていたが、隙を見て命からがら逃げてきたところをオールマイトに保護され、後ろ盾になってもらっている少女』と説明してある。
事情を素直に話すことも考えたのだが、塚内さんに事情を知っている人間は少ない方がいい、もし雄英に入って、明かした方がいいと判断した時に言う方がいいと止められ、このような対処になった。学校側で事情を知っているのは校長先生だけである(何故かトチ狂ったように様子がおかしくなった後、サポートを買って出られたのが印象的で、良く覚えている)。
今思えば、あの時点での対処としてはそれで正解だったと思える。今でこそこうして雄英に通えているが、異世界に転がり込んできたばかりのあの頃は、世界観の違いに順応するだけでも大変だったのだから。雄英に通うことを決めたのも、落ちてきてからだいぶ経った後だった。
とはいえ、見た目は高校生、中身は25歳だと今更言っても教師陣は目を白黒させて対応に困るだろうから、言うつもりはあまりない。今の状態でも十分、平和に過ごせている。必要に駆られたら、相澤先生辺りには話しておきたいところだが。
普通に考えれば無理やりこじつけたようにも思えるこの建前だが、絶妙に嘘と事実をミックスさせているせいか、実はかなり信憑性のあるものになっている。おかげで何かと言い訳に便利で、義務教育がすっぽ抜けているのもこれで説明できてしまう。
ただしそんな学無しのわりに、スペイン語と英語、日本語が出来るトリリンガルであることに関しては、捕らえられていたヴィランが国家を跨いで暗躍するタイプで、無害な女子にしか見えない私を上手く利用するために来日するまえに日本語を教えられた、という設定だったりする(本当は7か国語話せるマルチリンガルなのだが)。
ここまで問い詰められる可能性を考えて、先に建前を考えてしまった塚内さんの頭のキレっぷりがスティーブンを彷彿とさせるので、正直あの人には頭が上がらないし、将来絶対敵に回したくないタイプである。
そんな建前があるため、私は日本名をわざわざ作って名乗っているのだが……その効果として一番に上がるのが、『捕まっていたヴィランから身を隠すため』である。実際は異世界から魔法陣経由で転がり込んできたのでそんなヴィランは存在しないのだが、その嘘がまかり通っている以上、マスコミの類は全力で避けなければいけない。個人的にもマスコミはノーセンキューなので、むしろ大義名分になってありがたいのだが。
相澤先生の忠告に、湧き上がる罪悪感と心配してくれている事実に温かくなる心を押し殺し、表情は神妙なものを作って重々しく頷けば、相澤先生は門前にたむろするマスコミへと歩いて行ってしまった。
「……何だったんだ、今の?」
……ありがたいんですが、相澤先生、頼むから他の人が居ない時に言ってほしかったな……。背中に突き刺さる「どういうことだテメェ」みたいな視線がいたたまれない。
表情筋が引き攣りそうになるのをこらえながら、私は相澤先生の意味深な言葉の真意をどう誤魔化したものかと朝から頭を必死にフル回転させるのだった。
そんな朝から穏やかでない一幕があったものの、なんとか誤魔化すことに成功した私は、若干ぐったりしながらも朝のHRを迎えていた。
「昨日の戦闘訓練お疲れ、Vと成績見させてもらった」
「!!」
開口一番の相澤先生の言葉に、おしゃべり好きの1-A はざわりと揺れた。
「爆豪。おまえもうガキみてえなマネするな、能力あるんだから」
「……わかってる」
まず間違いなくあの戦闘訓練でやらかした爆豪に忠告が入り、いつものようにブチ切れるか個性を使って反抗の意を示すかと思われた前の席の彼は、意外にも大人しい声で返事を返した。
それに、クラスのあちこちからおや、という視線が飛ぶ。かくいう私もその一人だ。昨日、目が覚めたイズクが保健室から教室に帰ってくるなり、慌てて先に帰った爆豪を追っていったので、そこで爆豪の中で吹っ切れるような何かが起こったのかもしれない。
「で、緑谷はまた腕ブッ壊して一件落着か」
今度はイズクに苦言が入り、その声にびゃっ、と後ろの気配が震えたのが背を向けていても分かった。
あの個性把握テストの一件は、相当イズクに相澤先生への苦手意識を植え付けたのだろう。無理もない、とあの時の剣幕を思い出して呆れかえっていると、
「“個性”の制御……いつまでも『出来ないから仕方ない』じゃ通さねえぞ。俺は同じ事言うのが嫌いだ、
「っはい!」
地響きを背負って威圧をイズクに掛けていた相澤先生がふと、その前に座る私に視線を移動させた。ぱちりと目が合って思わず何事かと目を瞬かせていると、す、と机の上に置かれていた手で指差された。
「なんなら、星合にアドバイスをもらえ。このクラスの中で“個性”の制御と精密操作にかけては、星合がダントツでトップだ」
「……へ?」
「何意外そうな声出してる……最小限の血液で最大限の活用、あれだけ合理的な戦法が出来る高校生は稀だ」
「あ……ありがとうございます?」
まぁ、血反吐吐いて死ぬような思いして習得した技術なので、15年しか生きてない子どもたちに負けてたらそれはそれでヘコむかもしれない。
ただ、私の血凍道は個性ではないし、イズクのあの超パワーが何なのか知っている身としては、元使用者のオールマイトにアドバイスを求めた方が幾らか効率的だろう。もし私が教えられるとしたら、基本的な近接戦闘くらいだろうか。とはいえ私の戦い方は足技中心なので、役に立つかはまた微妙かもしれない。
今日はやけに声を掛けられるな、と訝しんでいると、気を取り直した相澤先生が再び纏う空気を変える。
「さてHRの本題だ……急で悪いが今日は君らに……」
『(何だ……!?また臨時テスト!?)』
前回の一件がまだ印象強い今、またあの無茶苦茶なテストに似たことをやるのかと身構える生徒に対し、相澤先生が放った一言は――
「学級委員長を決めてもらう」
『学校っぽいの来た――!!!』
もちろん、どっ、と一瞬にして張り詰めた緊張感が緩んだのは言うまでもない。
ただ意外だったのは、学級委員長に立候補する生徒が、思いのほか多かったことで。
「委員長!やりたいですソレ俺!」
「オイラのマニフェストは女子全員膝上30cm!」
「ウチもやりたいス」
「ボクの為にあるヤツ☆」
「リーダー!やるやるー!」
ほぼ全員手、挙げてるんじゃなかろうかコレ。
先ほどまでのしおらしさはどこへ行ったのか、鼻息荒くやらせろ、と肩を怒らせ挙手する爆豪やら周囲を、エネルギッシュだなぁと
「星合さんは、手、挙げないの?リーダーとか似合いそうなのに……」
「イズクにはそう見えるのか……私はリーダーより補佐する方が性に合ってるからね、やれたとしても、戦闘の時の少人数の指揮が限界だよ。他人を引っ張るのはあまり得意じゃないんだ」
一瞬、おずおずとしたイズクの言葉に面食らった私は、目を数回瞬かせた後、眉を下げて苦笑いを零した。
残念ながら、私にリーダーに必要な規律を重んじる精神も、衆目を集め人を纏められるカリスマ性もない。私の中のリーダーはクラウス一人であり、彼こそが愚かで愛おしい、私たちスターフェイズを冠する二人が足らない部分を支えるべき存在である。
長年そういった存在を身近に見てきたせいか、自分が何かの集団のトップ、というのは俄かに想像しがたいのだ。長らく秘書役を務めてきたということもあるのだろうし、もし能力を発揮できるとしたら、戦闘時の配置、突入タイミング、予想外の対応を取ってきた敵に対する対応、後始末の処理までの一連の指揮が限界だ。
以前、一度だけHLを訪問してきた牙狩りのお偉いの応対でトップ二人が不在の時に(その時だけいつもは駆り出される秘書ポジなのに留守番を言い渡されたので、多分私が実験施設から助け出されたのが気に食わない強硬派の重役だろう)トラブルが発生して、なし崩しに指揮を執る羽目になったのだが、思いのほかうまく出来てしまったことがあるのだ。
まぐれかもしれないが、その後ザップとツェッドに指揮能力もスティーブン並みにあるんじゃないかという話になったので、それなりに指示を出す能力もあるのかもしれないな、とは思っている。もちろん義兄の頭の回転度には数段劣るので、彼の指揮で動く駒をやっているほうが向いてるなと思う。秘書の仕事で手一杯で、現場指揮まで取り仕切ったら頭がパンクしそうだ。
何事も適材適所。リーダー向けの素質が無いと分かっている私は、挙手する気にはさっぱりなれなかった。
そう淀みなく答えると、今度はイズクが意外そうな顔をした。……ちょっと君の目に私がどんな風に映っているのか不安になってきたよ。まぁ、リーダーが向いてそうと言われるのは、悪い気分ではないけれど。
「そ、そうなんだ……!?」
「でも意外。日本ってこういう役職、むしろ誰もやりたがらなくて敬遠されるものだと思ってた」
「あ……それは多分、ここがヒーロー科だからだよ。普通科なら雑務のイメージが強くてそうなっちゃうだろうけど、
「あぁ……なるほど、そういうことか」
何気なく呟いた一言は、イズクによって私の疑問を解消する答えとなって帰ってきた。
ようやくこの異様な熱気に包まれる場の意味を理解できて小さく頷いていると、賑やかだったクラスを引き裂くような「静粛にしたまえ!!」という言葉が響いた。声の方を見れば、飯田くんである。
「”多”を牽引する責任重大な仕事だぞ……!『やりたい者』がやれるモノではないだろう!!周囲からの信頼あってこそ務まる聖務……!民主主義に則り、真のリーダーを皆で決めるというのなら……これは投票で決めるべき事案!!!!」
「そびえ立ってんじゃねーか!!何故発案した!!!」
本日もクラスのムードメーカー・切島くんのツッコミが冴えわたっている。
「日も浅いのに信頼もクソもないわ飯田ちゃん」
「そんなん皆自分に入れらぁ!」
「だからこそ、ここで複数票を獲った者こそが真に相応しい人間ということにならないか!?」
……いや、出会ってからの日数が短いから、ここ数日のインパクトでわりと票が揺れそうな気がする、と思ったのは私だけだろうか。
そんなことを内心でツッコんでいる間にも、飯田くんは相澤先生に同意を求め、それに対し「時間内に決めりゃ何でもいいよ」と寝袋にくるまっての返事が為され、なし崩し的に第一回委員長投票が行われたのだが――
「僕、三票――!?」
「なんでデクに……!誰が……!」
「まーおめぇに入るよか分かるけどな!」
結果はイズクが三票、モモが二票という意外な結果。あとは自分で自分に入れたのだろう、一票ずつの結果がずらりと並んでいた。私は飯田くんに入れたのだが、彼自身は別の人に入れたのか、一票と他の生徒と変わらぬ結果に打ちひしがれていた。っていうか挙手してないのに私に票を入れた人は一体誰だ。
「じゃあ委員長緑谷、副委員長八百万だ」
「ママママジでマジでか……!」
「うーん悔しい……」
「緑谷なんだかんだアツいしな!」
「八百万は講評の時のがカッコよかったし!」
自分で挙手していたのに、自分がまさか実際になるとは思っていなかったのか、動揺しているイズクに苦笑して、その日の朝のHRは終わりを迎えた。