人魚姫は英雄の夢を見るか?   作:一星

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sorrow for sin

 

 白い冷気があたりに立ち込めている。皮膚を刺すような寒さの中、視界の向こうが見えなくなるほどの濃さではない霧に紛れるようにして、怪我人を抱えて避難していく一団が消えていくのを、轟は横目で見ていた。

 

「(さっきの試験で一回見たお陰で、援護できたみてえだな……)」

 

 一次試験で対策をキッチリ練られた上で個性を封殺され、畳みかけられていた流れを切るように星合が使った濃霧。きちんと考えてみれば、あれは単純に視界を塞ぐだけでなく、目くらましの意味合いもあったのだろう。それよりも薄いとはいえ、あえてあの星合が弾幕を時間稼ぎにして、二段構えで使った霧。それに意味がないはずがない──そう思って、焦ったようなギャングオルカの追撃の瞬間を狙って、横から不意打ちの氷結を繰り出したのは正解だった。

 

 自分の氷結を防ぐため、氷に向かって超音波を発したために、ギャングオルカは星合が殿を務める集団から目を離した。その一瞬が決定的な隙を生んだ。たった数秒で、霧に呑み込まれたように避難していた集団が消え、霧が出ていたのが嘘のように霧散し始めている。しかも、霧が晴れても集団の姿は見当たらない。

 普通ならどこに行ったと焦るところだが、記憶を探れば似たような光景を見たことがあった。職業体験で対峙したヒーロー殺しとの戦闘中、奴の個性で身動きが取れないプロヒーローと飯田、緑谷を庇うために、地面に倒れている3人が見えないように、彼女は個性を使っていた。今の今まで思いあたらなかったが、恐らく似たような状態が起きていた体育祭の騎馬戦でも、同じ技を使っていたのだろう。視界を誤魔化す霧。……つくづく、あいつは個性の使い方が上手い。

 

 

「(尾白たちも向こうに援護に行った、範囲制圧に強い星合に常闇、格闘戦に強い緑谷と芦戸と尾白。あのメンツなら、避難の方は大丈夫だろ。……向こうは任せて、俺は足止めに専念しねえと)」

 

 そう考えながら、氷結を出すために踏み込んでいた体勢を整えたその時、頭上から吹き飛べぇええええ! と威勢のいい声もろとも、突風が巻き起こってギャングオルカと手下を引っ掻き回した。

 

「風……」

「ヴィラン乱入とか!! なかなか熱い展開にしてくれるじゃないっスか!」

 

 見上げた先に居たのは、先ほど面と向かって嫌いだと言い放ってきた坊主頭の夜嵐。思わずムッ、と眉を跳ね上げて睨めば、向こうもこちらに気づいたらしく「あんたと同着とは……!」と唸っていた。

 

 

「(救護人を集める救護所……いわば救助の要となるこの場を優先させたか。先ほどの星合による幻惑で追撃困難になったとはいえ、今追撃されれば被害は増える。なかなか賢明……むしろ! 制圧能力の高い個性の夜嵐と轟は相応しい! グッジョブだ!)」

 

 

 そんな風に公安の採点者が評価してくれているとも知らない俺は、夜嵐の姿を見て先ほどの会話が頭をよぎった。星合は気にするなと言ってくれたが、こう何度も突っかかられては気にしないではいられない。気が散ることばっか言いやがって、と内心で吐き捨てながら、ギャングオルカへと視線を戻す。

 

「おまえは救護所の避難を手伝ったらどうだ。個性的にも適任だろ。こっちは俺がやる」

「ムム……」

 

 コスチュームの関係か、ゴウンゴウン、と室外機が回っているような鈍い音をさせながら空中に留まったまま動く気配のない夜嵐は放っておいて、ヴィラン捕縛に専念すべきだと頭を切り替える。左手を前に突き出した俺のモーションを見たギャングオルカに向けて、炎の渦を放つが──着弾寸前に、上空から煽るような風が吹いて、炎がばっくりと割れて攻撃が逸れた。

 

「はぁ? どこ撃ってんだ?」

 

 手下すら呆れたような声を出す始末にイラっとしたその時、上空に留まったまま、同じタイミングで風を放った夜嵐が叫んだ。

 

「なんで炎だ!! 熱で風が浮くんだよ!!」

「さっき氷結を防がれたからだ。おまえが合わせてきたんじゃねえのか? 俺の炎だって風で飛ばされた!」

「あんたが手柄を渡さないよう合わせたんだ!」

「は? 誰がそんなことするかよ」

「するね! だってあんたはあの──エンデヴァーの息子だ!!」

 

 言いがかりと難癖をつけてくる夜嵐がとどめに叫んだ言葉に、ブチっ、と頭の奥で切れたような音が響くのを聞いた。

 

「さっき……から、何なんだよ、おまえ。親父は関係ね、えっ!!」

 

 交戦中なのを忘れて、ヴィランから目を離して夜嵐を見上げたその瞬間。ズバシャッ、と鈍い衝撃が身体に走る。呆れたようにこちらを静観していたギャングオルカの横に控えていた手下が手にはめていた機械の銃口から煙が上がっていた。

 

「セメントガン! すぐ固まって動きづらくなるぜ!」

「論外だな……ケンカを始めるとは」

 

 呆れ交じりのギャングオルカの一言を皮切りに、手下どもが一斉にセメントガンを放ってくる。俺は氷壁で防ぐ中、風を操ってさらに上空へ逃れた夜嵐が、「関係あるんだな、これが!」と、星合に話しかけていた時とは全く違う、歯ぎしりするような低い声を漏らした。

 

「ヒーローってのは俺にとって熱さだ! 熱い心が人に希望とか感動を与える!! 伝える!! だからショックだった! ……俺を振り払った時のエンデヴァーの目からは、ただただ冷たい怒りしか伝わってこなかったんだから! 

 そして、入試の時あんたを見て、あんたが誰かすぐに分かった。なにせ、あんたは全く同じ目をしてた……!」

「同じだと……ふざけんなよ、俺は、あいつじゃない……!」

 

 氷壁の後ろでセメントガンの攻撃が途切れるのを待ちながら、夜嵐の言いがかりに近い言い分にどんどん表情が歪む。

 

 もういい、これ以上付き合うな。つまるところ、夜嵐は良くいるエンデヴァーアンチだ。こんな奴、気にしなくていい。今は試験中だ、集中しろと自分に言い聞かせる。

 気を荒立てるな、冷静になれ、親父のことはもう乗り越えた。暗示のように心の中で繰り返して、昔の俺と変わったよと言ってくれたクラスメイト達の顔が浮かぶが、胸の底のモヤモヤは晴れるどころか、むしろ残った火種が大きく風に煽られたかのように、クソ親父への嫌悪が広がっていく。

 

 ……まだ、あいつへの嫌悪は消えてない。もう消えたと思っていた感情が燻り残っていたことを自覚して、ぎゅっと拳を握る。

 

 

「ヴィランを前になにをしているのやら……」

「あちゃー……」

 

 すでにセメントガンが止んでもなお、攻勢に移ろうとしない俺たちの喧嘩に、ギャングオルカたちヴィラン側だけでなく、公安委員会の面々さえ呆れる中。

 

「俺は、あんたら親子のヒーローだけは、どーにも認めらんないんスよぉ────!! 以上!!!」

「(試験に──!!)」

 

 夜嵐の言葉と、胸の中で燃え盛り始めた負の炎を振り払うようにギャングオルカに再び炎を向けたが、また同じタイミングで風を夜嵐が放ったせいで炎が見当違いの方向へ伸びた。

 

「また! やっぱりアンタは……ッ!!!」

 

 夜嵐がはっと息を呑むのと同時に、炎の先を目で追った俺はしまったと顔をゆがめた。逸れた炎の先に、ギャングオルカに麻痺させられて動けない他の受験生がいる。ヴィランに向けて放った容赦なしの高温の炎だ、間に合わない、呑まれる!! 

 

 

 ──斗流血法、シナトベ

 

 炎が受験生に触れる寸前、夜嵐のものとは違う、収束した竜巻が炎を吹き飛ばし、ギャングオルカへ向けてその矛先を曲げた。その隙に飛び出してきた緑谷が受験生をひっつかんで退避させる。ダン!! と地面を蹴った音が大きく響く中、空中に飛び上がった緑谷が憤怒の形相でこちらを振り返った。

 

「何を……してんだよ!!!!」

「緑谷……!」

 

 渾身の怒号を放った緑谷が放物線を描いて落下する直前、重力に逆らって一瞬、ふわりと浮かんだと思った瞬間に二人の姿が急に空中で掻き消えてはっとする。消えたということは、つまりあの風は──星合の援護。

 

 そして、星合と夜嵐の風を見て、昔の記憶が掘り返される。星合が氷や水だけでなく、風を使い始めた時に既視感を覚えたものの、そのままにしていた。そして、夜嵐が風を使うのを目の当たりにして、その既視感が引っ掛かりに変わっていた。

 

 ──そして推薦試験で会っていたという情報を踏まえれば、確かに夜嵐が、記憶の中に居た。推薦試験のマラソンで、僅差で夜嵐に負けた時、ゴール後にうるさく話しかけてきていた。エンデヴァーの子どもかなんかか、と無遠慮に聞かれて、あの時の俺は黙れだの邪魔だのと邪険にした気がする。

 

 

「(何ですぐ思い出せなかった……!? こんなうるせえ奴を!!)」

 

 あの時と服装は違うが、声の大きさとオーバーリアクション、特徴的な坊主頭。いっそ強烈な印象すら与えるだろう夜嵐を覚えていなかった自分にぎょっとするが、すぐにすとん、と納得してしまった。

 

 ──……見てなかったんだな、本当に。

 

 ”エンデヴァー(やつ)を否定する為に”。それだけを考えて生きていたから。体育祭で緑谷や星合に、ちゃんと見ろと、親父の力ではなく俺の力だと諭されて、炎を使うようになっても。……親父との確執をうやむやにしたまま過ごしてきてしまった。そのツケが、此処で来るかと唇を噛み締めた。

 

 

「(──過去も、血も。忘れたままじゃいられねえんだな)」

 

 この時、親父の顔以外にふっと頭に浮かんだ、直前まで俺の様子を気遣ってくれた友人の顔が思い浮かぶが──それをかき消すように、静観していたギャングオルカがぬっと手を伸ばしてきたことによって、思考が途切れた。

 セメントガンで右肩から上腕を固められて上手く動かせない身体。超音波が来る! と警戒して条件反射でびくっと左を構えた俺ではなく、夜嵐に顔を向けたギャングオルカの超音波攻撃が不意打ちで放たれた。

 

「邪魔な風だ」

「避けっ……があっ!!!!」

 

 機敏に風を操って一発目は避けたものの、避けたところをセメントガンで動きを止められ、畳みかけるように二度目の超音波が夜嵐に直撃する。

 

「着弾ン──!! シャチョーと我々の連携プレイよ!!」

「受験者全員、ガチゴチに固めたる!!」

「おい……、っ!」

「自業自得だ」

 

 墜落していく夜嵐に気を取られた瞬間、黒い手に首元を掴まれ、至近距離で超音波を喰らい、ぐわん、と脳が揺れる。全身が痺れたように硬直して、視界が揺れてかすんだ。

 風のコントロールを失った夜嵐が地面に激突しながらも、完全に麻痺はしていないのか突風を見当違いの方向に辛うじて撒いているのが、うっすら見える。

 

「シャチョーがキンキンしてるうちに、避難の方グッチャにすんべ」

「よーし!!」

「星合の個性か、何故か避難してる人間は見えねえけど、逃げられる方向は限られてる以上、セメントガン乱射すればあぶりだせるだろ」

 

 食い止めていた俺と夜嵐が倒れたことで、手下が一斉に避難の方に追撃を開始する足音が聞こえる。マズい、と思うものの、身体の自由がまったく効かない。

 

 ──何をしてんだよ!!!! 

 

 緑谷の怒号が頭の中でリフレインする。

 ああ、その通りだ、本当に。……俺のしてきたことがこの事態を招いた。俺が取り返さないと──……!!

 

 

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