「……頭が痛いな、本当に」
「えっ、大丈夫星合さん!?」
「ああいやそうだけどそうじゃなくて。頭痛は平気」
思わず漏らしたため息に、真堂さんを小脇に抱えながらも心配そうに反応してくれたイズクに、大丈夫だとひらりと手を振る。
何故か敵の前で喧嘩を始めた二人。一体何やってんだと呆れていれば、案の定動けない真堂さんに被害が及びかけたので、機動力のあるイズクに真堂さんの退避を任せ、スライムから長く離れられない私は、殿を務めたまま
だが二人が無力化させられ、前線が維持できなくなったとあれば、誰かが再びヴィランの追撃を食い止めないといけない。あの手下が持っているのがセメントガンで、連射も可能と分かった今、逃水で姿を消して逃走していても、手当たり次第にセメント弾を放たれれば流石の私も全部を処理しきれない。逃水を解いて盾で防御したとしても限界がある。
一応、逃水のお陰でヴィランとの距離は稼げたし、少しずつ受験生が援護に駆けつけてくれ始めている。いずれ追いつかれる可能性があるなら、いっそ一対多に特化した私が前線に出て、全員足止めする方が確実だ。……最初から残っていれば、ちょっとはあの二人の潤滑油になれたかもしれないが、あの時は制圧より避難を優先する方がベストだったという考えは変わらないし、取り返せないことをぐちぐち言ってもしょうがない。
「蜃気楼とスライムを解いて、私が迎撃する。皆はその間に避難を続けて」
「分かった! 避難終わらせたらすぐに応援に行くから! 無理しないでね!」
念のため硬度に特化させた氷盾を避難チームの後ろに発生させた上で、逃水とスライムを解除する。ずっと高速で思考し続けていた頭がふっと軽くなるのを感じながら、思い切り地面を踏み込み、加速。こちらに走ってくる手下のヴィランに肉薄する。
「単独で突っ込んでくるとは浅はか!!!」
「それはどうかな」
セメントガンの銃口が向けられるが、それが火を噴くより早く、低い突進姿勢のまま、私は指輪から出した血で、両手に峰の部分が渦巻きを描くような、不思議な形状をした赤いククリナイフを両手に構えた。
「斗流血法・シナトベ、刃身の拾・
──天羽鞴・二連!!
腕をクロスさせ、逆手に構えたナイフで中央から左右に引き裂くようにナイフを振るった瞬間、左右に発生した竜巻から生まれた無数の鎌鼬が手下たちの身体を浅く引き裂き、セメントガンの銃身をばらばらに切り裂く。
「ぐわぁあっ!!」
続いて、畳みかけるように
「うっわ、強っ……一撃で無力化と拘束同時にこなしちゃうとか……改めて目の当たりにすると、めちゃくちゃな強さだね、イレイザー……」
「……元から戦闘センスが並外れている上に、修羅場もくぐってるからな、あいつは……」
本来なら範囲制圧向きの個性なのに、避難側に回っても活躍できるあたりがあいつらしいが、と相澤先生が深いため息を吐く。そんな会話が観客席で為されているとは知らず、スピードを落とさずに突っ込む私の前に、再び別の手下が行く手を阻む。
彼らは一列に並んで一斉にセメントガンを放ってくるが、前方にシナトベの
あと少しでギャングオルカと轟、夜嵐くんがいる場所に辿り着くと思ったその時。
地面に倒れ伏していた轟からオレンジの炎が膨れ上がり、その炎を下から掬い取り、巻き上げる風が竜巻となってギャングオルカを包み込んだ。
「轟、夜嵐くん……!」
天を衝くような高さまで轟々と燃え盛るファイアーストームに息を呑む。即興とはいえ、さっきまでの連携ゼロの二人とは思えない芸当。まるで、HLに残してきた弟弟子たち二人の連携を見ているようだ。
七獄・天羽鞴。
ギャングオルカの麻痺を喰らって、威力や精度は減退していてもなお、辛うじて扱いの難しい風のコントロールを維持している夜嵐くん。対して全く動けない轟は、炎をくべて竜巻の威力をカバーしている。
さっきまでの間違った行動が消えるわけじゃない。……けれど、間違いに気付いて取り返そうと、諦めず奮起する姿に。炎の渦の隙間から見えたギャングオルカが、ふっと、優しい瞳で笑ったように、見えた。
ギャングオルカがシャチの個性ゆえに乾燥に弱いからこそ。夜嵐くんではなく轟を止めようとした手下が放ったセメントを、轟が倒れたまま氷結で弾きがてら攻撃したのを見て、私も轟が仕留め損ねたヴィランを拘束していく。
そのうちに避難を無事終えて駆けつけてくれた、尾白くんやミナ、常闇くんたちが続々と加勢してくれたのを見て、そろそろ救助が済みつつあるのを感じ取った私は、ギャングオルカに挑むべく地面を蹴った。
「炎と風の熱風牢獄か……良いアイデアだ。並みのヴィランであれば、諦め……泣いて許しを乞うだろう。ただ、そうでなかった場合は? 撃った時には既に……次の手を講じておくものだ」
灼熱と暴風の中に置かれてなお、冷静さを崩さないギャングオルカは、取り出したペットボトルを頭に振りかけ、弱点である乾燥を回復させると、ひときわ大きい超音波を渦目掛けて放った。途端、耳を劈くような高音と共に、炎の渦が一瞬で掻き消されてしまったことに、動けないままの轟と夜嵐くんが悔しげに顔を歪める。
「で? 次は?」
「(ねェよ……!!)」
身動きも取れない、連携最悪の二人だけで、次善の策など立てられようがない。追撃を予感して、二人が歯を食いしばったその時、上空から二人同時に放たれた蹴りがギャングオルカを襲った。
「はあっ!!!!」
「二人から、離れてください!!!!」
気合と共に練られたイズクと私の一撃が、ギャングオルカの意識を刈り取ろうと、左右から襲い掛かる。間一髪、首を狙った攻撃は反応されて腕で庇われたものの、蹴りを深く押し込み、その反動で飛び退ることで、脚を掴まれて超音波の反撃を喰らう前に退避する。
相手はプロヒーロー、しかも私には防御の方法がない超音波攻撃の使い手だ。短期決戦で仕留めなければ、私だって倒される確率が高い。
着地と同時に次の手を打つべく、腰の後ろに装備していた、新しく作ってもらったばかりのホルスターに手を伸ばしかけたその時。ビーッ!!! と、耳を劈くようなけたたましいブザーが鳴った。
『配置された全てのHUCが危険区域より救助されました。誠に勝手ではございますが、これにて仮免試験全行程、終了となります!!』
「終わった!?」
突然の終了宣言に、ずっこけつつ着地したイズクの言葉に全面同意する。終わりも突然すぎる。トリガーに掛けかかっていた指先を離し、ジャケットについた砂ぼこりを叩いて落としながら立ち上がった。突然の終了についていけず、倒れたままの夜嵐くんと轟、ギャングオルカと私の顔を、きょろきょろと落ち着きなく見回しているイズクに苦笑する。
『集計の後、この場で合否の発表を行います。怪我をされた方は医務室へ……他の方々は着替えて、しばし待機でお願いします』
とりあえず、セメントと麻痺のコンボで身動きの取れない轟と夜嵐くんを、イズクと協力して助け起こす。夜嵐くんは私を見て、ちょっと複雑そうな顔で笑ったものの、近くまで来ていた士傑の毛むくじゃらの人に担がれ、医務室に運ばれていった。
私たちも轟を医務室に運ぼうとしたのだが、部下と一緒に立ち去ろうとするギャングオルカの姿を見て、彼に用事があるのを思い出した。
「ごめん、イズク、轟。ちょっと行ってくる」
「え、星合さん?」
きょとんとした二人や、こちらに向かってくる尾白くんたちの不思議そうな視線を振り払って、スタジアムへと歩みを進めていたギャングオルカに走り寄る。
「ギャングオルカ!」
「む。どうした」
「先日の神野事件、救けて頂き、ありがとうございました」
先ほどのプレッシャーは跡形もなく、気さくに振り返ってくれたギャングオルカを見上げ、私は深くお辞儀をした。なかなか頭を上げない私に、……頭を上げなさい、と複雑そうな声が降ってくる。
「あの夜、私はあの男に敗北した人間だ。……君を救けたのは、オールマイトやグラントリノ、エンデヴァーたちだろう?」
ギャングオルカを始め、No.3のベストジーニスト、Mt.レディ、プッシ―キャッツの虎さんは、私や爆豪、ラグドールの行方不明者の捜索、そしてヴィラン連合捕縛のために、AFOが潜伏していた廃倉庫の皮を被った脳無工場に、あの夜踏み込んだ人たちだ。死柄木の邪魔をするなと姿を現したAFOの、圧倒的な複合個性の威力の前に沈んだのに、私にありがとうと言われてしまっては気まずく感じるのも無理はない。
「……結果的にはそうかもしれません。ですが、貴方はあの作戦に参加したお一人です。私や爆豪を救けようと作戦に参加して下さった。そのお気持ちだけで、私が感謝するには十分すぎるんです」
けれど、監禁されていた私としては、たとえ表舞台に出てきたAFOの前に破れたとしても、私たちを救けようと立ち上がってくれただけで、本当に嬉しかったのだ。
タイミング的に、救出作戦が決行されたのは、週刊誌で私がヴィランに長年監禁された子どもだという建前が広まった後だった。それにもかかわらず、多くのヒーローが神野事件解決のために立ち上がってくれた。もしかすれば、私が内通者かもしれないという疑問を持っていたかもしれない。オールマイトやグラントリノのように、私が絶対に雄英側を裏切ることがない人間だと、確信するだけの理由を知っているならまだしも。もし本当に内通者ならば、ヴィランともども捕まえることも視野に入れて、参加を決めていたかもしれない。
……それでも、私はだれも救けが来ないことの絶望と、明日さえ分からない未来への諦念を知っているから。何も変化のない暗くかび臭い部屋で、ゆっくりと心が死んでいくのを、経験しているから。
思考が暗い方向へ落ちようとしたその時、ふわり、と頭に何かが乗せられた。自然と下を向いていた視線を持ち上げれば、ギャングオルカの大きな手が、私の頭をゆっくりと撫でた。
「……子どもが、そんな顔をするものではないよ」
「え」
「救けに行くのが遅くなってすまなかった。……怖かっただろう。きみがこうやって、五体満足で、真っすぐにヒーローを志している今を、君の強さを、私は心から尊敬する」
こちらが素なのか、穏やかな低い声が耳をくすぐる。シャチの個性ゆえに、低い体温の手のひらが労わるように頭を撫でるのを、ただ静かに受け入れる。自分が今どんな顔をしていたかが気になったが、説明してくれる気のなさそうなギャングオルカが眼を細めて言った、私を慮る言葉。疑いようのない真っすぐな想いが、じんと胸に響く。
子どもらしく在ってほしいと願いながらなお、ヒーローとして相応しい人間だと認めてくれるその言葉が、私をひとりの人間として尊重と尊敬をもって伝えられる。
「体育祭の、水を使ったパフォーマンスも素晴らしかった。……きみは、良いヒーローになるだろう。ユーモアを備え、強くてやさしい、ひとの痛みに寄り添える、そんなヒーローに」
「……なれるでしょうか」
「なれるとも。この試験できみが見せた行動は、そういう性質のものだ」
過大評価にすら思えるギャングオルカの言葉に、そんな風になれたら、なんて過ぎた望みを抱いてしまう。そんなはずがないのに。
闇に人生の大半を費やし、裏社会で呼吸してきた私の半生は、お世辞にも綺麗とは言い難い。人界と異界の均衡を乱す者だけとはいえ、多くの人を手に掛けてきた。友人でさえ、私を殺してでも私の頭の中の値千金の情報を狙うなら、容赦なく叩きのめし、拷問にかけるために私設部隊のエージェントに引きずって行かれるのを見殺しにしてきた。……どんな大層な大義名分があったって、私は所詮、冷血女となじられた人間でしかない。死んだら地獄に間違いなく落ちるような人生を、ただひとり、心と命を救ってくれたひとの為ならば良しとしたような人間だ。
……それでも、この世界はあまりにもやさしいから。この世界にいる間だけでも、理想に少しでも近い人間になれたらと、願ってしまう。賞賛も名誉もいらない、ただ、呪わしいこの力でも、誰かを守れる人間であれたら。
それは、どんなに。
「同じ水系の個性として。いつか、君と肩を並べて仕事が出来る日を、楽しみにしているよ」
鼻先がつんと痛んで、取り繕った笑顔さえ上手くできる自信が無くて。無言で再び頭を下げた私の肩を励ますように叩いた大きな手のひらの温度を、優しい記憶の一つとして覚えておこうと思った。