人魚姫は英雄の夢を見るか?   作:一星

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sorrow for sin③

 

 コスチュームから制服に着替え、結果発表を行うとのアナウンスに導かれて、ぞろぞろとスタジアム内に受験生がなだれ込む。あれだけ散乱していた瓦礫や岩山、水辺といったものは短時間のうちにまるで何もなかったように更地に撤去されており、代わりに中央に結果発表の為か、大きなモニターと壇上スペースがあった。

 結果発表まではもう少しかかるのか、とりあえずクラスで固まって発表を待つ。こういう時間が一番ヤダ、と呟いたキョウカに、お茶子やモモ、峰田たちが同意する中、彼らとは反対側の隣に立っている轟の静かさが気になる。どうもそっとはしてほしいが近くには居てほしいのか、移動が終わってからもその位置に立ったまま動かない轟の静かな面持ちを時折様子を見つつ、キョウカたちの会話を聞いていると、あら、とモモが小首を傾げた。

 

「どしたのヤオモモ?」

「いえ、私の気のせいかもしれないのですが……千晶さんが、なんだか嬉しそうに見えて」

「あー……そうだね」

「良いことでもあったん?」

「あ、二次試験の最後にギャングオルカと話してたよね」

 

 モモの問いに、隠していたつもりが顔に出ていたかという自分の落ち度への呆れと、あれは嬉しいと複雑が織り交ざってたなあという思考が同時に沸き起こる。苦笑しながら頷けば、自分のことのように嬉しそうに笑うお茶子と、もしかしてと声を上げるイズク。あの時、救助を優先していて、ギャングオルカの近くに居なかったメンバーにとっては驚きだったようで、ギャングオルカと話? というところでお茶子たちが一斉に首を傾げていた。

 

「神野の一件で間接的でもお世話になったんで、お礼を言いにね」

「あっ、な、なるほど……!」

「まあ、色々とエールを貰ったんで、そのせいで表情筋が緩んだかな」

「怖い見た目やけど、やさしいんやね、ギャングオルカ!」

 

 神野にまつわる話、と言ったとたん全員の表情が少し陰ったのを見て、ああ気を遣わせてしまうな、と思った私は、詳細と湿っぽい要素は抜いて、杞憂だと思ってもらえるよう話せば、思惑通りたちまち全員の顔が明るく戻る。

 良い人だ! と表情を輝かせるお茶子を微笑ましく見守っていたら、壇上に目良さんが現れた。いよいよ結果発表かと、会場全体が緊張に包まれる。

 

 

 結果発表の前にと説明されたのは、二次試験の採点方法がヒーロー公安委員会とHUCによる、二重の減点方式であったこと、危機的状況でどれだけ間違いのない行動を取れたかを審査したということ。試験中の推測がほぼドンピシャだったので、考察能力は平和ボケしていないようで何よりだと思う。それを踏まえた上で、合格点を超えた受験生の名前がリスト化されたものが、ぱっとモニターに映された。

 私は「ほ」なので、前半はざっと目を通し、は行のあたりからゆっくりと視線で名前を一つ一つなぞっていけば────あった。落ちるような要素はほぼ無かったのでそこは心配していなかったのだが、問題は轟と夜嵐くんの名前があるかどうかだが──やっぱり、ない。

 常闇くんの下に本来であれば表示されるはずの轟の文字はなく、すぐ下にな行の受験生の名前が表示されている。夜嵐くんも同様だ。

 けれど、そっと窺った隣の轟は、どこまでも凪いだ目をしていて。落ちるかも、という想像と覚悟はしていたらしかった。掛ける言葉を見つけられずにいた私は、人込みをかき分けてずんずんとこちらに近づいてくる大男ならぬ、夜嵐くんの姿を見つけて瞬きをした。

 

「轟!!」

 

 2メートルを超えている彼は一瞬むすっとした顔で轟を見下ろしていたかと思うと、勢いよく頭を下げ────るというよりは地面に頭突きした。……勢いあまってそうなっただけ、だよね? 勢いで生きてるなァ……という私の明後日の方向の感想は、夜嵐くんの特大のごめん!!! という謝罪にかき消された。

 

「あんたが合格逃したのは、俺のせいだ! 俺の心の狭さの!!! ごめん!!」

「……元々俺が撒いた種だし……よせよ。おまえが直球でぶつけてきて、気づけたこともあるから」

 

 轟が夜嵐くんにかけた言葉に瞬きをする。この口ぶりからして、何が確執の原因になったかは轟ももうわかっているらしい。彼らが盛大に喧嘩している時は、その遥か後方でグロッキー状態で逃水をコントロールしていたので経緯はわからないが……諍いの原因が分かっただけでも良かったんじゃないかと思う。代償は、重いが。

 未だに頭を上げない夜嵐くんと轟のやり取りに、受かったと喜びの声を上げていたクラスメイト達も異変に気付きだす。

 

「轟……落ちたの?」

「ウチのスリートップのうち、二人も落ちてるのかよ!」

「二人も、って……」

 

 瀬呂くんのあちゃー、とでも言いたげな表情と言葉に、爆豪の方に視線を滑らせると、当の彼は笑顔の上鳴くんに小突かれて、地響きが聞こえてきそうな般若顔で唸っていた。

 

「暴言改めよ? 言葉って大事よ。お肉先パイも言ってたしさ、原因明らか」

「黙ってろ殺すぞ……」

「……爆豪もか……」

 

 本人には聞こえない音量で思わず呟く。口が悪すぎるせいで減点されまくったんだろうというのは、想像に容易かった。

 

「両者ともトップクラスであるが故に、自分本位な部分が仇となったわけである。ヒエラルキー、崩れたり」

 

 顔面にありありとざまあ、と書いていそうな峰田の、調子に乗った、空気を読まない発言に無言でじろりと見下ろすと、轟の肩をぽんと叩いていた峰田の表情が凍り付き、静かに飯田くんがその首を明後日の方向に逸らしていた。せめて今はやめとけ、という、無言での流れるような連携プレーである。

 

『えー、全員ご確認いただけたでしょうか。続きまして、プリントをお配りします。採点内容が詳しく記載されてますので、しっかり目を通してください』

 

 そのアナウンスと共に、黒服の公安委員会の人からプリントが配られる。合否のボーダーラインは50点、減点方式なので、どの行動が何点引かれたかが点数の下に並んでいるという説明の最中、名前を呼ばれてプリントを受け取る。

 

「61点、ギリギリ」

「俺84! 見て、すごくね!? 地味に優秀なのよね俺って」

「待って、ヤオモモ94点!」

 

 クラスメイトの反応を見ながらプリントを見ると、太文字で96点の文字が書かれていた。その下にはたった一文、「ビルの救助を行う際、周囲の話し合いから離れて行動しており、他受験生との連携が出来ていなかった」と。

 その一文に、僅かに眉を寄せる。……あれ、ちゃんと打ち合わせの上で索敵してたんだけど。水鏡は敵に悟られないよう、隠密性重視の血法のため、傍目には何も起きていないように映る。おそらくこの減点をしたのが、遠目からの監察で声の届かない公安委員会だろうことを考えれば、仕方ない事ではあるのだが。実質、ほぼ失点無しということだろう。

 

「千晶ちゃん、どうやった?」

「ん、はい」

「えっ、96点!?!?」

 

 すすす、と近寄ってきたお茶子に乞われてプリントを見えるようにかざすと、ぎょっと目を見開いた彼女はかなり大きい声で叫んだ。そのせいで、周囲のクラスメイトもぎょっとした顔でこちらを見る。

 

「流石ですわ千晶さん……!」

「減点方式で4点しか失点してないってすごいね……?」

「むしろどういうとこで失点になったか気になる」

「ひえらるきい……?」

「モモも十分すごいでしょ」

 

 キラキラとした顔で見てくるモモに苦笑し、化物を見るかのような顔で見てくる峰田の額を指先で軽く小突く。そんなじゃれ合いをしていると、プリントを受け取った飯田くんとイズクがたったかと駆け寄ってきた。

 

「流石だな、星合くん!」

「ありがとう。飯田くんは?」

「80点だ、全体的に応用が利かないという感じだったな。体育祭で星合くんが提案してくれていた、視野を広げる訓練をした方が良いのかもしれん」

「了解、帰ったら簡単なトレーニングメニュー組んで渡すよ」

「えっ、何それ俺も欲しい」

「僕もいいかな」

「瀬呂くんもイズクも、結構周り見えてると思うけどね。いいよ」

 

 向上心があることはいいことだ。一人分を組むのも、複数人分組むのも手間としては大差ない。わいわいと話し合っていると、プリントが全員に行き渡ったのを見て、目良さんが再びアナウンスを飛ばす。

 

『合格した皆さんは、これから緊急時に限りヒーローと同等の権利を行使できる立場となります。すなわちヴィランとの戦闘、事件、事故からの救助など……ヒーローの指示がなくとも、君たちの判断で動けるようになります。しかしそれは、君たちの行動一つ一つにより大きな、社会的責任が生じるということでもあります』

 

 オールマイトが神野の事件を機に引退し、犯罪の抑止力であった彼が消えたことで、すでに心のブレーキが外れた輩が動き出している。世の流れが大きく変化する中で、私たちが将来、社会の安全の中心を担っていくことになる。その時、私たちの世代が人々の規範となり、抑止力となるような存在にならなければならない、そう語る目良さん。

 ……なんだ、警察の中でも、きちんと今後のことを憂慮出来る人はいるのか。しかもそれを、仮免試験という場できちんと示してくれることに、少し安堵を覚える。

 

『そして……えー、不合格となってしまった方々』

 

 話は終わりかと思いきや、100人中ほんの一握り出た不合格者に言及し始めた彼に、轟と夜嵐くんが顔を上げた。

 

『点数が満たなかったからとしょげてる暇はありません。君たちにも、まだチャンスは残っています。

 三カ月の特別講習を受講の後、個別テストで結果を出せば、君たちにも仮免許を発行するつもりです』

『!!??』

 

 まさかの救済処置宣言に、ざわりと会場の空気が揺れる。試験を受ける前に一通り調べたが、こんな救済処置の話はひとつもなかった。……つまるところ、今回が初めての試みだということ。

 なぜ今試験から救済処置を取るのか。その理由は、これからの混乱が大きくなる流れに対応するためには、一人でも質の高いヒーローがなるべく多く欲しいから。1500人から100人という「落とす試験」を行ったのは、質の高いヒーローの振り分けのため。足りない部分を補えば、合格者以上の実力者になる者ばかりだからこそ、なるべく育てていきたい。そのために、ボーダーを切った時点で脱落にせず、最後まで至らない部分をブラッシュアップするために行動を見た、というのだ。

 ……なるほど、道理で減点方式だろうに、脱落者が出る気配がなかったのかと納得がいった。

 

『学業との並行でかなり忙しくなるとは思います。次回4月の試験で再挑戦しても構いませんが──……』

 

 目良さんは揶揄するように言うが、3カ月の特別講習と、受かるか分からない半年のブランクでは比較にならない。答えは当然──

 

「当然」

「お願いします!!」

 

 威嚇するように唸る爆豪、決意を秘めた真っすぐな眼差しに変わった轟、威勢よく返事をする夜嵐くん。その吹っ切れた表情に、ふ、と目を細める。

 

「やったね轟くん!」

「やめとけよ、な? 取らんでいいよ楽に行こ?」

 

 まさかの救済措置にわっと湧いたクラスメイトに囲まれた轟が、ふとこちらを向く。その拍子に、良かったとイズクや飯田くんの後ろで見守っていた私と視線が合った。偶然合っただけかと思いきや、視線がいつまでも外れないのを見て、頑張りなよ、という意味を込めて薄く笑えば、向こうもこちらの意図を読み取ったのだろう。一瞬目を丸くして、ほろりと苦みの混じった微笑みを浮かべた。

 

「……すぐ、追いつく」

「そう来なくちゃ」

 

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