そんなこんなで仮免試験を終え、暮れなずむ空の下、雄英に帰るためにバスへと向かう。
隣を歩くイズクは、ヒーローになることすら夢のまた夢のような立場から、長い道のりを超えて仮免に受かれた感動と、ヒーローファンとしての興奮が入り混じったような顔で、目元に涙すら浮かべながらしげしげと、仮免許に印刷された顔写真と文字を見つめていた。
「デクくん泣いとらん!?」
「いや……なんかね、こうね。色んな人に迷惑かけてきたから……だから、何て言うんだろ……成長してるな! って証みたいで、なんか嬉しいんだ」
しみじみと呟く彼の表情に浮かぶ歓喜に、その言葉の真意が分かる私は、確かにな、と自然と笑みがこぼれた。
溢れるほどのOFAの力を使いこなせず、指や腕を自爆させながら痛みと傷と共に歩んできた彼が、自分の身体を対価にせずに仮免試験を突破できるまでになった。……出会った頃の、まだ無個性だった頃の彼と比べれば、目覚ましいほどの成長だ。仮免はイズクが積み上げてきた努力が間違いじゃないと示す、確かな証といえる。
早くオールマイトとお母さんに見せたい、と免許を写真に撮ってメールで送っているイズクに、お茶子と笑いあった。
バスがある駐車場までは、距離があるといっても、五分もあれば着く距離。その倍以上の時間を掛けて歩いているのは、たどり着くまでに傑物学園のMs.ジョークと相澤先生が今後の合同演習について話したり、試験中に関わりのある生徒と行き会っては、そこかしこで話に花が咲いたからだった。
ビルエリアで一緒に救助をしていた他校生が手を振っているのに手を振り返していたら、ズドドド、とやたら派手な地響きと共に、おーい! とよく通る声が飛んできた。振り返れば、少し離れた後方を歩いていた士傑生の一団から抜け出して、夜嵐くんがこちらに向かって走ってきていた。
「轟! また講習で会うな! けどな! 正直まだ好かん!! 先に謝っとく!! ごめん!!」
「……善処する」
どんな気遣いだよ、と今日もキレッキレのツッコミを入れる切島くんに、良い得て妙だなあと苦笑していたら、夜嵐くんの顔がぎゅるんとこちらをロックオンした。……え?
きょとんとした隙に、地面を蹴立てるように距離を詰めてきた夜嵐くんの笑顔が眼前に迫ってくる。
「星合さん!!」
「あ、ハイ」
「今回はあんま話せなくて残念だったっスけど!! またなんかの機会に会えたらもっと星合さんのこと知りたいっス!」
まぶしい。
というか圧のある笑顔で、一応高身長の部類に入る私が思わずのけぞってしまうぐらいには身長差のある巨体で、顔を覗き込むように近寄られると、流石の私も勢いに押されてしまう。
言葉の額面通り、期待と喜びしかないピュアな黒い瞳に、やはり無邪気なドグの姿が重なってしまい、そうするといよいよ無下にできなくなる。……弟属性に弱いなぁ、と、追加で頭の隅に浮かんだ弟弟子ズとレオの顔に遠い目をする私の背中に、ビシバシとさっきからやたらと攻撃力のある視線と、わくわくそわそわする気配がいくつか感じ取れて、物凄く振り向きたくない。
また恋愛話で女子トークが盛り上がるんだろうなぁ……と現実逃避したくなるのをこらえ、制服のポケットからスマホを取り出し、ひらりと振った。
「あー……じゃあ、連絡先でも交換する? 九州や西日本の有名なヒーローとかご当地話とかにも興味あるし」
ヴィラン連合が神野後、どこに消えたかも気がかりだ。ネットや全国ニュースで集める情報も限界がある。その土地でしか集まらない情報を手に入れる人脈は広げたい。
……まあそれに、クラウスの言葉を褒めてくれて、素直に慕ってくれる人間を嫌いになれるほど、性格は曲がってない。直情すぎるほど真っすぐな在り方はクラウスにも通ずる。……つまるところ、嫌う要素がない。
ファンだの好きだの、本気かどうか怪しい言葉は置いといて。打算を抜きにしても、友人として仲良くなるには問題ない──そう思って気軽に言った言葉は、私が思うよりも効果の大きい爆弾として周囲に衝撃を与えたらしかった。
「恋の予感……!」だの、「あれが本場のナンパ術……」だの、「ちがーう、そこはご当地話じゃなくて君に興味があるって言えばいいのに~!」だの。……全力でツッコミを入れたい言葉がひそひそと背後で聞こえ、言うんじゃなかったと後悔した。中学の時も轟との距離感で騒がれたのに、まだまだ日本の友人と男女の仲の距離感の違いが掴めない。イズク、頼むから苦笑してないでお茶子を止めてくれ。
この後乗るバスでこれは寝れないな……と遠い目をしたが、快諾するかと思った夜嵐くんは、突然ぎゅっ、と両目を思い切りつぶって唸り声を上げ始めた。
「う、ううううう。めちゃくちゃ嬉しいんスけど、喜んでって言いたいんスけど、士傑は異性交遊禁止なんスよ……!! なので、ごめんなさいっス!!」
「イセイコウユウ?」
なんとなく、夜嵐くんの様子から校則的な意味で連絡先交換はできないと言われているのは分かるのだが、滅多に聞くことのない単語を脳内で上手く変換できずに首を傾げた。
と、その時。ずかずかと荒々しい足音が近づいてきたと思ったら、後ろからがしっ、と肩を掴まれた。未だに距離感の近かった私たちを引きはがして間に割って入るように現れた、見慣れた紅白頭にぱちくりと瞬きをする。
「轟? どうしたの」
「さっきから近ぇ」
久しぶりに聞いたぞ、そのめちゃくちゃ低い声。正確に言うと体育祭でガチギレした時以来。さっきまで背筋がビリビリするほどの殺気めいた視線が無くなっているのを見るに、あの視線轟だったのか。
何で轟が急に怒って出てきたのか分からないまま呆然とする私をほっぽって、さっきの和解はどこへやら、試験での喧嘩中かと思うような鬼の形相で、バチバチと二人の間に電流でも流れていそうな音を立てて睨み合う二人。
訳がわからない、そんな顔を晒したままの私の肩を、ぽんと叩く手があった。振り返れば、意味ありげないい笑顔を浮かべたミナと、サムズアップしているトオルがいた。
「人気者は辛いねえ」
「……ちょっと意味がよくわからない」
「またまたぁ」
いや、わりと本気で。