「お待たせしました」
毛むくじゃらの先輩──
「突然お呼び立てしてしまってすみません」
「いえ、大丈夫ですよ。毛原くんから少し聞きましたが、うちの生徒のことでお話があると」
「……はい。ややこしいので結論から申し上げると、先に帰ったというケミィさんは偽物、
それも──ヴィラン連合の一人、
一分一秒すら惜しいと、理由も推理も全部置いて結論からぶった切った私に、ぎょっとした顔をしたのは、イズクと士傑の先生だ。毛原先輩は別人かもしれないというところまでは考えが至っていただろうが、その正体がまさかのヴィラン連合だとは思わなかったのだろう、目をこれでもかと見開いている。
「ヴィラン連合……!?」
「そんなまさか……」
「星合、そう考えた理由を説明してくれ。それだけだと判断がつかん」
事が事だ、動揺を引きずっていても何も進まない。合理性の塊である相澤先生が先を促してくれるのに、勿論ですと頷いた。
「疑問視したのは、イズ……緑谷くんが毛原先輩にした質問です。”士傑では気配を消す訓練をどうやってしているのか”。私もこれまでの人生で似たような技術を身に着けてますが、あれはよっぽどの訓練を積まないと身につかない芸当です。暗殺術の一環に近い技術ですし。それを学校の教育で行ってるのかと思って、興味が湧いて耳を傾けましたが……毛原先輩は”そんな訓練はしていない”と」
そうですよね、と確認の意味も込めて視線と共に話をパスすれば、先輩だけでなく先生も頷いた。
「ええ、そんな訓練はしてません」
「普通そんな技術教える学校は無いでしょうね、というか教えられる人間がいない。
言外にそんな技術普通なら身に着けねえから言いふらすなと言わんばかりの視線が相澤先生から降ってくる。勿論、そのつもりはない。話をする上で必要にならなければ、言い出したりはしない。多分、哀しそうな顔を見ることになるだろうから。
「……だから、おかしいなと思って二人の会話を聞いていたら、毛原先輩が”ここ数日様子がおかしかった”と話しているのを聞いて、もしかすると誰かが入れ替わっていたのではと考えました」
「たった、それだけの情報で……?」
「……過去に似たような経験があったのと、神野の後に、警察と話した際にヴィラン連合メンバーの個性を教えて頂いていたこと、合宿で直接ヴィランに襲われた同級生からも、どんな人間だったかを聞いていたので。個性については詳細は分からないにしても、”変身”という、いつの間にか身近な人間が他人とすり替わっている可能性が出るような個性がいるならと、警戒していたのもあるかもしれません」
呆気に取られるイズクに、私は目を伏せるように微笑んで、言葉を繋ぐ。
私とスティーブンの目は、神々の義眼という超高性能出歯亀カメラほどではないが、特殊にできている。映像記憶、通称、瞬間記憶能力や写真記憶、カメラ・アイとよばれるもの。
通常、見た映像と情報を結びつけることで人間は記憶を残すが、映像記憶保持者は「見たものを画像のように」記憶できる。もっとわかりやすく言えば、分厚い本のページをパラパラめくって、その中身を映像として隅々まで覚えることさえできる。頭の中をパソコンのデータベースにして、その中から必要な部分を、必要な時に画像として脳裏に思い浮かべて見直せる、ともいえるだろう。
他の人間よりも視覚からの情報取得が恐ろしく速いからこそ、辛い記憶も忘れられずに蓄積されるし、ふとした瞬間にまざまざとその光景が浮かぶフラッシュバックも当然キツイのだが……ライブラという立場では、この特性は便利だった。
なにしろライブラにまつわる情報は慎重に取り扱わないといけない。
そしてなにより、一番便利なのは「周囲の人間の変化に気づける」というところ。これはHL入りしてから得たスキルだが、人界では思いもよらない兵器が流通するHLでは、相手が武装しているかどうかを見極められるかが、生き残るために必要になる。武装すればその重みの分だけ、重心や歩き方に変化が出る。……私たちの目は、それを見逃さない。
たとえ、武器を所持している人間に反応するセキュリティをかなりの金をかけて家に施し、ホームパーティに招いた友人や友人の友人がそれに反応せずとも、玄関先で些細な、数ミリや少しの角度の違いがもたらす違和感に気づけば、どんな相手だろうと保険のために、相手に悟られないよう血の極小の針を打ち込むぐらいには。
……結局、その友人たちは人体を改造して、体内に自分の細胞や臓器を材料に作った武器を内蔵する生体兵器の手術を受け、ライブラの情報を狙って近づいてきたスパイだったわけだが。
──ゆるして、ごめんね、クリス。
脳裏に蘇った過去の未練が、翠の目の彼女の姿を取って囁く。その記憶を、ただ静かに殺してまた仕舞い込む。
この世界に来てからは、四六時中神経質に気にするのも馬鹿らしいと思えるほど平穏だったから、さして気にも留めていなかったけれど。神野事件を終えて、見舞いに来た塚内さんから、ヴィラン連合を捕まえるために警察が徹夜してヴィラン連合の身元を調べたことで分かった個性の中に変身があると聞いた時から、周囲に変化が無いか、常に意識の隅で注意していたのだが、まさか雄英以外の高校に紛れ込むとは。私が気付けなかったら発覚はもっと遅れただろうと思うと、ぞっとする。
「……世界は案外、何でも起こる。常識に縛られて視野を狭めるよりは、たとえ杞憂でも全ての可能性を予測したほうが、そのもしもが起こった時に対処できる。そう考えていたからこそ、杞憂なら良いと思いながら、予想が正しいか間違っているか確かめるために、緑谷くんに”ケミィさん”の個性は何だったか聞いたところ……」
「……麗日さんそっくりの顔と服、声に変身してました。変身を解くと全身が蝋みたいにどろっと溶けて、衣服を着てない状態になってました」
イズクの証言に、士傑の先生が瞠目した。
「
「普段の彼女が戦う姿をよく知っている我々と共に行動すれば、個性が違うとその場で騒ぎになるから……。くっ、同級生の違和感には気づいていたのに、その場で確かめずに、ヴィランの紛れ込みに気付かなかったとは……不覚です」
「……確かに、個性が一致しないならなりすましの可能性は高いですね。そいつがなりすましをした理由は分からない上に、変身できる個性だからといってトガヒミコだという確証は無いですが……周囲の目を欺き通しただけの演技力があるなら、余計に野放しにはできないですね」
納得する士傑の先生と相澤先生が顔を見合わせて話すのを見て、私は待ったをかけた。
「……いえ、トガヒミコだと疑った理由はもう一つあります。
……合宿でトガヒミコに襲われた同級生は、トガヒミコとの戦闘で、血を吸う注射器のような機械で刺されて、少量の血液を吸われたと言ってました」
その私の言葉に、相澤先生がはっとしたような顔で私を見た。
「……そうか、トガヒミコに血を吸われたのは、麗日……!!」
「じゃあ、あの人は……」
イズクが言葉を失くした後、何の言葉が続くかは、全員が察していた。ほぼ偽物がトガヒミコで確定だということを。
……他のヴィラン連合との戦闘について、クラスの皆に話を聞いておいて良かったと心底思う。あの夜、私が会敵したのは、継ぎ接ぎ顔の炎使い・
だから、今後の対策に活かすために他のヴィラン連合の詳細や人となりを知ろうとしたのだが……やって正解だった。お茶子と梅雨ちゃんからトガヒミコの言動を聞いていなかったら、なりすましには気づけても、偽物がトガヒミコだと確信できるだけの理由は揃わなかった。
だが、合宿でお茶子から奪った血液を使って、ケミィさんになりすましたトガヒミコが、イズクの油断を誘おうとお茶子に変身したなら、全ての辻褄が合う。
そして、この事実から、私がこの一件を今すぐ対処しないといけないと思った最大の理由が浮かび上がってくる。
「トガヒミコは血を吸った後、こうも言っていたそうです。採った傷と血を見て、浅い、少ないと。そして麗日さんに変身していたことを考えて、トガヒミコの個性は恐らく、”摂取した血液の量に応じた時間の間、持ち主に変身する”もの。血液が少なくても数分間は完璧に変身できていたなら、……三日ほど様子が可笑しかったというケミィさんの本物がトガヒミコに採られた血液量は相当なはず。……トガの行方も追うべきですが、それよりも一刻も早くケミィさんの安否を確認するべきです」
「……!! 今すぐ現見さんの担任に事情を話して、現見さんのお家に確認を取ります」
一瞬で士傑の先生のおろおろとした態度が毅然としたものに変わる。蒼褪めてはいるものの、パニックにはならずに冷静なまま、私に「気付いてくれて、本当にありがとうございます」と小さく頭を下げた彼は、相澤先生に一礼して、電話を掛けるべく小走りで去っていく。毛原先輩も「素晴らしい慧眼だった、また改めてお礼に伺わせてほしい」と私と握手すると、一礼して先生の後を追っていった。
二人の背を見送っていると、ふと視線を感じた。何事かと隣の相澤先生を見上げれば、またなんとも形容しがたい表情を浮かべていて。最近そんな顔をさせてばかりだ。頭にハテナを浮かべながら黙って視線を受け止めていたら、私からの視線を遮るように、少し乱暴な手つきで頭に手を置かれた。大きなため息がセットだったが。……心労をおかけしてすみません、先生。
**
「あ、やっと先生たち来た!」
「おかえり、緑谷、星合!」
「何話してたの? なんか深刻そうだったけど、大丈夫?」
あの後、相澤先生から多古場を管轄する警察に通報し、多古場周辺に捜索網が敷かれることになった。本来なら警察に出頭して事情聴取も受けないといけないが、ヴィラン連合に関わる案件になるので、通報先の多古場警察ではなく、直接ヴィラン連合対策本部の警察官に、後日聴取を受ける方向で固まった。つまるところ、塚内さんに話を通すということである。
通報を相澤先生にしてもらったのも、ただのいち生徒、仮免を取ったとはいえ一般人である私たちよりも、プロヒーロー、しかも警察との連携が密なアングラヒーローである先生の方が社会的信用がある以上、通報内容も信用してもらえるし警察の初動も早いからだ。……まあ、そんな事情を抜きにしても、相澤先生は大人がするべき仕事だとばかりに自ら通報してくれたが。
一通りやるべきことを終えてバスに戻れば、待機していたクラスメイト達がわっと笑顔で出迎えてくれる。私たちが話していた地点は駐車場から少し離れていて、雰囲気などはあまりつかめなかっただろうにと思っていたら、私の考えを読んだらしいクラスメイトの何人かが障子くんを手で示した。なるほど。
「……イズクに接触してきてた士傑生の女の人が実は偽物で、正体がヴィラン連合のトガヒミコでほぼ確定って話」
「はぁっ!!???」
「あのナイスおっぱいが!!!????」
梅雨ちゃんとお茶子の隣の補助席に座りながら、説明が面倒で端的に言えば、想像以上に大音量の声が響いて咄嗟に両耳を塞いだ。ガタガタっ、と半数が驚きのあまり立ち上がりながら大声を出すものだから、うるせえぞ、バス出るから座れと前方に座っていた相澤先生がこちらを睨む。条件反射ですぐに静かになったあたり、素直なA組らしいが。
バスがゆっくりと走り出す中、どういうことだと言いたげな視線に耐えかねて口を開く。……恋バナよりかはいいか。まだ居たたまれなさはない。さっき先生方に説明したものよりも整理した説明をすれば、周囲の表情は驚きから、考え込むような難しい顔になっていた。
「またヴィラン連合かよ!!」
「行く先々で現れるなホント!!!」
「なんなんだよもー!!!!」
いい加減にしてくれと頭を抱える上鳴くんや峰田といった面々もいれば、感心したような声を上げる子もいる。私の分析能力を職業体験で知っている轟は、若干呆れと心配の入り混じった顔をしていたが。
「というよりも、よく気が付いたわね、千晶ちゃん」
「名探偵も真っ青だぜ、ほんとに」
「いや……今回気づけたのは運が良かった。皆から私の知らないヴィラン連合の情報を教えてもらってなかったら確証がなかったし、そもそもイズクがお茶子に変身した偽物を初見で見抜いてなかったら、そもそも個性すら判明しないから気付きようがない。私はその人と接触してないし、普段なんて知りようもないし。だから、私というよりイズクのファインプレー」
「ううん、僕じゃ多分気付けなかったよ。星合さんの読みの深さあってこそだと思う」
私の言葉を謙遜だと受け取ったのか、イズクは少し困り眉で笑った。それな、と手放しで褒めてくる周囲をくすぐったく感じる。そんなことは無いと返せば恐らく日本人特有の謙遜合戦になりそうなので、素直に褒め言葉を受け取った。
「トガヒミコの個性が変身なんて厄介そうなものって聞いてから、注意はしてたからね……。寮生活になったから、雄英のセキュリティを突破して潜り込んでくる可能性はぐんと減ったし、雄英の誰かに変身してくるなら外での活動だろうと思ったら、まさか雄英じゃなく他校に紛れ込んでくるとは思わなかった。……想像よりも初動が早いし」
「……確かに、神野で指導者を失ったにもかかわらず、間を置かず接触してくるとはな」
「……」
AFOという精神的支柱を失った以上、ヴィラン連合は一旦活動を控えて、体勢を立て直して戦力増強に動くと考えていた。それにもかかわらず、この襲撃。トガヒミコが単身で潜入してもしくじらないという信頼あっての、私たちの裏を掻いたとも考えられるが……AFOの入れ知恵無しにそこまで読めるか、あの死柄木が。合宿への奇襲は確かにUSJの時と比べても悪辣に成長していたが、慎重かつ思い切った策を考えてトガに命じたというよりは……。
そこまで思考を進めたところで、ふと、視界の隅に映ったお茶子の表情が気になった。合宿で取られた血のせいで自分そっくりに変身されていたということにショックを受けているのかと思ったが、それにしては表情が深刻じゃない。というか、なにか思い出そうとしているような。
私の視線に気づいたお茶子がはっと顔を上げたかと思うと、千晶ちゃん、と小さく私を呼んで手招きした。仮免試験の疲れもなんのその、ああだこうだと意見をぶつけ合っているクラスメイトたちにバレないようにそっとお茶子の方に身体を寄せると、こっそりと耳打ちされた。
「……ここではちょっと言いにくいんやけど……後で、少し話聞いてもらっていいかな。もしかしたら、なんかヒントになるかも」
その一言に、私は目を丸くしてお茶子の顔をまじまじと見た。少し冷や汗を浮かべているものの、その真っすぐな眼差しを見て、返事の代わりに、こっそりと身体の影に隠すように指で丸を作る。どっちにしろ、試験中のトガの言動をイズクにも詳しく聞こうと思っていたのだ。お茶子が気付いた何かがあるなら、断る道理はない。
結局、議論も少しずつ落ち着いていって、試験での緊張と疲労が勝ったのか、少しずつ眠りに落ちていくクラスメイトたち。肩を寄せ合って眠るお茶子と梅雨ちゃんにふっと微笑みが漏れる。
「そういえば、報告忘れてたな」
ドタバタのせいで後回しにしたせいで、仮免を取ったとオールマイトとシンに報告できていない。二人宛にメッセージを送ると、いよいよ気が抜けて睡魔がひたひたと迫ってくる。病み上がりで血液の量も万全じゃない状態で、大量消費する技は使ってないとはいえ、血法を連発し、逃水も使ったのだ。身体よりも、精神的な疲労が濃い。私も疲労感に負けて、目を閉じて意識を手放した。