人魚姫は英雄の夢を見るか?   作:一星

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あけましておめでとうございます。旧年中は拙作をご愛読頂きましてありがとうございました。本年も相変わらず亀の歩みかとは思いますが応援して頂ければ幸いです。

お待たせしました、第二部8章開幕です。



Act08:インターン編|負債と布石
いくつ背負っても罪ごとき


 

 少し時間を遡る。

 神野事件後、オールマイトと塚内さん、グラントリノの3人がお見舞いに来てくれた時のことだ。起きてはすぐ寝ての不安定な体調からは脱したものの、片足をくっつけていないせいで未だ病室内くらいしか行動できない私に、彼らは神野事件中、私が意識を失っていた間に起きた、分かっていることや気になる出来事を共有してくれた。その中でも最もオールマイトが重々しく切り出した話題というのが、死柄木の生い立ちについてだった。

 

「死柄木がオールマイトの師匠の孫?」

「うん……」

「神野で、AFOがそう言ったらしい」

 

 項垂れるオールマイトと、淡々とした塚内さんという対照的な二人を前に、私はへえ、と軽い相槌を打つ。そんなに興味ありませんとありありと分かる私の空返事に、オールマイトは眉間に皺を寄せて、わずかに目を細めた。

 

「軽くない?」

「……オールマイト、気持ちはわかるけど。私にとって死柄木は、あなたと私たちの命と生活を脅かす、排除すべき敵以上の感情を持てない」

 

 むすくれる恩人に対し、呆れたように溜め息を吐くグラントリノと、真顔で静観の構えに入っている塚内さんを見るだけで、大体の構図は読めた。大方、死柄木への感情の変化について、深入りするなとグラントリノたちに咎められたに違いない。

 だが、そこで共感を求める相手が私とか、人選を間違っている。OFA継承者でありオールマイトを敬愛するイズクの方が、まだオールマイトが期待するような反応が出来ただろう。というか逆に、私にどんな反応を求めているんだとこちらが半目になりたいところである。

 

 オールマイトにとっては、敬愛する師匠の孫だったことが衝撃的で、それを知らずにUSJ事件で叩きのめしてしまったことへの後悔で心を痛めているのかもしれない。けれど私はそこまで優しくあれないし、感情移入できない。

 USJ事件ではオールマイトの命を狙い。合宿襲撃の時は、マスキュラーやムーンフィッシュなどの殺人鬼を投入し、本気で生徒が数人死んでもいいという明確な殺意をもって襲撃してきた。そもそも、足をぶった切られる原因のAFOと死柄木に、どう同情して哀れめというのだろう。

 私が大事なのはオールマイトであって、その師匠の血縁が闇に身を堕としても、なにか感慨を抱けるような高尚さは、最初から持ち合わせていないのだから。聖人の血縁全てが気高い人間であるなんて性善説を信じることも、もちろん。

 

「オールマイトへの嫌がらせのためだけに、AFOが本当に師匠の孫を手駒に仕立てたんだとしても。もうあれはAFOの洗脳教育を抜きに、死柄木の意思で私たちに喧嘩を売ってる。奴は本気で、目的のためなら何人でも死ねばいいと思って行動してる。合宿前にイズクが死柄木と遭遇した時の言動と合わせて考えても、あれに同情の余地はない」

 

 オールマイトのお人好し加減への呆れも、自分への諦念と感傷もすべて飲み下して、努めて冷静に説く。

 それにしても、いかにもAFOがやりそうな手口だ。慈悲深いオールマイトの性格をよく理解している、実に厭らしくて効果的な策。もう、オールマイトは死柄木をヴィランとして冷静に見られない。救いはないかと模索しようとする。オールマイトは師匠への敬愛のあまり、死柄木が、「師匠の孫が」外れた道を歩くのを良しとはしないだろう。たとえ、死柄木本人がそれを望んでいなくとも。

 そこがオールマイトの優しいところであり、人間的に好ましいところではあるのだが、この件については好意的にばかり取っていられない。その優しさを利用して死柄木やAFOの目論見通りに踊らされなければいいが。

 

 他人事のように考えそうになって、一瞬、思考に空白が出来る。

 

 ……いや。利用されるまえに、その芽を摘んでしまえばいいのでは? 

 

 

「……そういえば、AFOはちゃんと収容されたんですか」

 

 平行線を辿るだろう話題と、晴れない空気を変えるべく別の話題を口にすれば、オールマイトも普段の調子に戻って小さく頷いた。

 

「うん。国内でも有数の特殊拘置所にね。本来なら刑の確定を待ってからなんだが、事が事だ、特例に特例を重ねて、すでに独房に入っているよ」

「この日本でもとびきりの重罪人が行き着く場所だ。──通称、『タルタロス』」

 

 塚内さんが重々しく口にした名前に私は瞬きをした。ただの独房には入れられないとは思ったが、随分と仰々しい名前がついたものだ。

 

「ギリシャ神話の神であり、冥界よりもさらに下層の奈落そのものを示す名前をつけるとは……また壮大な」

「ちゃんと別に正式名称はあるが、呼びづらいからの。

 だがそんな通称がつくほどには、あそこのセキュリティは徹底しとる。独房のある階層は海中の奥深く、そこへたどり着くまでには何重にも張り巡らされた厳重なセキュリティシステム。独房内では収監された人間のバイタルと脳波チェックが常に行われ、僅かな身じろぎ、個性の発動を考えただけで銃口が向く。侵入も襲撃も脱獄も難しい堅牢さが無けりゃ、あやつの収監すらままならんわい」

 

 腕組みしたグラントリノの説明と、塚内さんがそっとスマホで見せてくれたタルタロスを上空から写した写真を見て、ほう、と息を吐く。

 海上に物々しく浮かぶ鉄筋の人工島を結ぶ大橋との境界は、10メートルはありそうな巨大な分厚い門が聳え立っている。外観の写真しか載っていなかったが、配備されている戦車や警備の数、建物の外観からして相当な厳重警戒だ。というか戦車。個性を武に用いない警察機関の一部だからこその配備かもしれないが、この超常社会に戦車が出てくると思わず少し驚いた。

 個性のせいで個人の捕縛も一筋縄ではいかないとはいえ、この世界にしては、かなり厳重な──言ってしまえば、発想がHLに近い物騒な設備だ。頭の隅に浮かんだ、タルタロスとよく似ている施設を思い出す。収監されている囚人も、設備も、その思想も似ている。断固として逃がさない、逃がすぐらいなら殺すぐらいの意思を感じる独房の説明を聞いて、

 

「……なるほど、そうしてでも『殺せない』人間を入れると」

 

 そんな感想が零れるのも自然なことだった。

 私の一見矛盾している言葉の、その裏を正確に読み取った三人が唸る。その反応こそが答えだった。

 

「流石だな……その通りだ。ヒーロー殺しにAFO。罪状が重すぎて、裁判が始まれば即座に死刑判決が下りそうなヴィランがあそこに収監される。だが、逮捕されて三カ月経つヒーロー殺しの判決も未だに下ってないってのはそういうこった。判決が出たときの外界への影響力が強すぎて、うかつに手出しできないのが現状だな」

「ヒーロー殺しもAFOも、思想が広まりすぎて、熱烈な信者がうじゃうじゃ居そうですしね。死刑にでもしようものなら、今の治安の荒れようがいっそ可愛いレベルの地獄絵図になるから、独房に押し込めて生き永らえさせるしかない、か……似てるなぁ、つくづく」

「うん?」

「ああいや、元居た世界の施設と似てるなって」

「星合君の世界にも、タルタロスみたいな収監施設があったのかい?」

「ええ。HLの超凶悪犯罪者4千万人を収容する、難攻不落の監獄が。

 名前は、『パンドラム超異常犯罪者保護拘束施設(アサイラム)』」

 

 数秒前まで隣を歩いていた人間が次の瞬間、胴体と頭部が泣き別れになっていてもおかしくない、異常と超常と犯罪が渦巻く境界都市(HL)。あの場所に無限湧きする凶悪犯罪者を収監する監獄であるだけあって、あそこのセキュリティは圧巻の一言だった。あの世界で、最も堅牢な監獄要塞。

 なにしろ、高速道路(ハイウェイ)脇に静かに佇む漆黒の超高層建造物の表面は、艶消しの鏡面。触れた瞬間、即座に超高電圧の魔術やら防御システムに排除される、窓も繋ぎ目もないオベリスクだ。亜空間積層防壁によって、外界からのありとあらゆるアクセスを遮断された鉄壁の要塞。

 タルタロスのセキュリティ強度は詳細が分からないのでさておき、その腹に収める犯罪者の危険度や担う用途は似ている。

 

「……AFO、大人しく永遠に収監されてくれればいいですけどね」

「……何か気になる点があるのかい?」

「神野事件まで用心深く潜伏してた割に、随分あっさりと独房に入ったな、と。死柄木たちはタイミング的に潜伏しか選べなかったでしょうが、AFOのシンパが動いて護送中に奪還しそうなものなのに」

「確かにな……そういや、お前さんが俊典に昏倒させられた後、死柄木が気になることを口走っとったわい」

「気になること?」

「AFOに強制的に転移で離脱させられる直前、AFOに向かって、『その身体(・・・・)じゃダメだ』、とな」

「……まるで、代わりの身体でもあるような口ぶりですね」

「お前さんもそう思うか」

「まぁ、案外単純に六年前の負傷で万全じゃないから、って意味の可能性もありますが、想定に入れてもいいかと。連中、脳無を作れるぐらいですし」

「そうだね」

「ともあれ、今後は死柄木やヴィラン連合だけでなく、未だに潜伏しているだろうAFO直属の信者たちも視野に入れて捜索していくつもりだ。そこで……」

 

 居住まいを正した塚内さんの黒々とひかる瞳が、まっすぐにこちらを見つめた。

 

 

 

「星合千晶君。君に、ヴィラン連合対策委員会に、協力者(エス)として加わってほしいという話が出ている」

 

 

 

 降りた沈黙の中、息を詰める音はなかった。緩慢なまばたきで真意を問うてみても、三人の表情はどこか陰りと覚悟を帯びて、硬いままだった。

 

「……塚内さん、それは」

 

 私は持っていたカップをサイドテーブルに置いた。

 今の発言は、保護者としてではない、警察官としての正式な申し出に等しい。だが、その口振りは、まるで。

 

「神野事件を重く見た警察上層部からのお達しだ。

 表も裏も絶対的なトップが消えたことによって社会は揺らぎ、まだ少しずつではあるが、事件発生件数が確実に増えている。連合の作った波に乗り、裏社会のトップに成り上がろうとする輩が動き出している。

 そしてその波の中核を担う死柄木も、『幼児的だ』と言われた最初期のプロファイリングから、たった五ヶ月であの成長ぶり。君たち生徒の証言を考えれば、あの合宿襲撃からのシナリオはAFOの助言なしに死柄木が単独で計画したもの。このまま野放しにすれば、第二のAFOのような存在になりかねない」

 

 それには大いに同意する。あれはもう、放置できる小者ではなくなった。実力としては大した脅威はない。権謀術数でも上回れる自信がある。だが、AFOの置き土産が厄介だ。先生が憎い相手によって手の届かない場所へ行ってしまった、その事実が死柄木をより狡猾怜悧にしていく。早く潰さなければ、本当に第二のAFOになりかねない。

 

「早急な逮捕のために警察もヒーローも全力で動いているが、散発的なヴィランの活性化もあって、中々奴らの尻尾を掴めていないのが実情だ。……そこで、君の知恵と能力を借りたいというのが、上層部と公安部の意見だ。

 ……保須事件の時、エンデヴァー経由で警察に参考資料として提出された、星合君のプロファイリング。あれは警察上層部ですら唸るほどの精度だった。恥も外聞も捨てて、未成年の学生に協力依頼を出すほどに」

「俺も見せてもらったが、ありゃあ相当な特殊スキルだ。お上から声がかかるのも分かるぜ、ヒーローや警察ですら、あんなに些細な情報からヴィランの人格・個性傾向・行動傾向分析ができるやつを見たことがない。しかも、分析から予測した出没予想地点は最後にヒーロー殺しが出た場所と一致したんだろ? ネットの写真だけであの精度なら、警察の協力者として、警察やヒーローが行った聞き込みや取り調べから得た情報を加えたら、お前さんにかかれば未来予測レベルになるだろうよ」

「……もちろん、あくまで提案であって、強制ではない。今回の要請はいくらなんでも強引すぎるし、配慮に欠けている。神野で一番精神的にも、肉体的にも深手を負った君に協力しろと頼む事自体、私はどうかと思ってすらいる」

 

 塚内さんの言葉の端々に上司への険を感じる口調。グラントリノのどこか皮肉げな声音。それらの言葉を受け止めて、ぎゅっとシーツを握りしめた。きっと、私にこの話を持ち出す前に既に三人は話し合って、それでもなお私に話すべきだと、私の意思を優先すべきだと判断したのだろう。……三人とも、反対していても。

 淡々と聞こえてしまうほど事務的に喋る塚内さんとは対照的に、それまで口を貝のように固く閉ざしていたオールマイトが、溜め息の上に言葉を乗せるように唇を動かした。

 

「……それに君は今、学生だ。今しか過ごせない時間を大事にしてほしい。元々そのために雄英に入ったんだ、千晶くんが無理に頑張る必要はないと思う。

 これから寮生活が始まるし、仮免試験もある。片足もくっつける予定とはいえ、万全じゃないだろう? だから今はヒーローに任せて」

 

 

 任せて? 

 流れる水のように言葉を受け止めていた私は、その言葉にぐ、と奥歯に力を入れた。

 

「任せて、後手後手に回って。それで手遅れになる方が、私はこわい」

 

 急にオールマイトの言葉を遮った私の目と、落ち窪んで暗い眼窩の中で光るオールマイトの青が重なる。そのまま視線を下に下ろせば、民衆がつい最近まで信じ、頼っていた筋骨隆々の腕はなく、ほとんど肉を感じない骨張った細い両腕を、包帯が肌を隠すようにくまなく覆っていた。

 その腕に、あの夜の私は、操られていたとはいえ血法のナイフを振り下ろしかけていたのだ。切れ味抜群の血刃は、轟が決死の叫びを上げてくれていなければ、恐らくは腕を半分切り落とすか、もしくは神経のいくつかをダメにさせていただろう。そう考えると、今でも血が凍りそうになる。

 

「ごめんなさい、私を気遣ってくれているのは、すごく伝わります。私の生活を守ろうとしてくれるのも」

 

 でも、とひとつ言葉を差し挟む。

 

「……もっと出来ることがあったのに、これはヒーローと警察の領分だからって、権限がないからできないって自制したせいで、大事なものを取りこぼす方がよほど、怖いです」

 

 私は知ってしまった。当たり前のように続くおだやかな日常を、打算も企みもなく、ただの「星合千晶」として関わってくれる友人たちのやさしさを。こうして見守って、守ろうとしてくれるオールマイトや先生たちのあたたかさを。

 だから、それを私から奪おうと、壊そうとするあの連中を、私は決して認めない。

 

「きっと、死柄木たちが全員逮捕されるまで私は安心できない。これまで通りに生活したって、頭の隅でずっと警戒して過ごすと思います。……今までがそうだったから」

 

 常に懐疑的な目で、世界を見る。

 後ろ手にナイフを持ちながら、うわべだけの友好を持ちかけてくるような人間ばかりを相手取る生活を送ってきた私が、自然と身につけた処世術がそれだった。信じるために疑い続ける。予防線を張って、もしものために、使うときが無ければいいと思いながら布石を打つ。そうすることで、私は薄氷の上を歩くような危うさの中、生き残ってきた。

 この世界に落ちてきたことで緩んでいたその警戒心は、USJ事件、保須事件、神野事件とヴィラン連合の襲撃が重なる度に、元の鋭さを取り戻しているように思えた。

 目の前にいる人間に不審な動きはないか、ささやかな違いや変化、違和感はないか。違う誰かの変装ではないか、内通者ではないか。学校の外で妙な事件は起こっていないか、ネット上で気に掛かる噂は上がってきてはいないか。

 友人であっても、恩師であっても。関わり、視界に映るすべてを疑うわたしがいる。たとえそれが友人たちへの不信と取られようとも、自分の醜悪さに嫌悪しても。それが守りたいものを守ることに繋がると信じている。

 

 何も心配せずに学生として過ごせばいいと許すオールマイトたちの気遣いは、本当にうれしい。

 けれど、ただの学生として暢気に過ごせるような純粋さを、私がとうの昔に失ってしまっていた、それだけの話だ。

 

「だから、決めたんです。もう、遠慮してやらなかったことを後悔するのはやめようって。私としても、正式に協力者になることで、より多くの情報を得られるのなら願ってもないことです」

 

 たとえオールマイトたちの気遣いを無下にするとしても、協力者となることで再度の襲撃を未然に防げる可能性があるなら、ヴィラン連合の一刻も早い逮捕に繋がるなら、断る理由は無かった。

 学生生活を多少犠牲にしたとしても、長期的に見れば、その方がオールマイトたちの憂いを取り除けるだろうという確信があったからだ。連合だけが警戒すべき敵だとは思ってはいないが、この世間の変化を生み出した起爆剤の彼らを逮捕すれば、少しは安心して過ごせるだろう。

 それにしても、ヒーロー殺しの時に作った資料が、まさかこんな形で役に立つとは思ってもみなかった。

 あの資料が公安まで届いたのは、恐らくはエンデヴァーが重要資料として警察に提出したからだろう。ヒーロー殺しを逮捕した直後、警察にプロファイルを見せていいか訊ねられた記憶がある。もう使うこともないので、お好きにどうぞと一式丸投げしたのが、回り回って公安からのヘッドハンティングに繋がろうとは誰が思うか。

 

「……無理をしてないかい?」

「いいえ。大丈夫ですよ」

 

 オールマイトのその問いかけは、心配と確認の意味がこもっていて。私は普段通りに笑った。

 HLに居たときに比べればこの程度、無理のうちにも入らない。

 

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