「お? 星合、どっか出掛けんの?」
寮生活が始まって3日目、昨日から始まった圧縮訓練に燃えるクラスメイトたちが制服や体操服に身を包んで、朝食の後片付けをしたり、身だしなみを整えたりと、各々寮を出る準備を進める中、一人私服姿でエレベーターから降りてきた私を見て、近くに居た上鳴くんが首を傾げた。
「うん。警察に事情聴取。入院中は体調ボロボロでそれどころじゃなかったから」
「うへぇ、大変だな……」
「気を付けて行ってきてね、千晶ちゃん」
なるべく深刻そうに聞こえないように、普段通りを装って言った言葉を、上鳴くんとこちらを振り返った梅雨ちゃんは励ますような穏やかな声で気遣ってくれた。
左半身を支えている松葉杖に一瞬だけ視線を向けた彼女は、寮に入ってからというもの、片足が不安定な私を気遣ってあれこれと手助けしてくれている。過剰に心配するでもなく、本当に必要そうなときだけ、私に気を遣わせないように本当にさりげなく手を差し伸べてくれる。気張らず、自然に他者を気遣えるところが、梅雨ちゃんの素敵なところだ。幼い弟妹がいる姉らしい気遣いは、性格の方向性は全く違うが、向こうの世界に居る姉弟子たちやK・Kを思い起こさせる。
少し一人でやるには不自由だなと思う動作を手伝ってくれる梅雨ちゃんの優しさを、変に遠慮すると気遣いを無下にしてしまう。なので、ありがたく手を借りている。
きっと警察署への移動で起こる不自由を心配してくれただろう梅雨ちゃんの、何気ない言葉に、私もゆったりと目を細めた。
「ありがとう、梅雨ちゃん。多分お昼跨ぐだろうし、私の分のお昼は食べたい人で分けてくれていいから」
「おー、了解」
「いってらっしゃい」
私たちのやりとりに気付いた他のクラスメイトたちも、いってらっしゃーい、と口々に声で、手振りで見送ってくれる。私も緩く手を振ってそれに応え、寮の玄関を潜った。約束の時間まで少し余裕があるので、のんびりと雄英ゲートを目指す。松葉杖を使って歩くのも多少は慣れたが、普段の歩くスピードと比べれば段違いに遅い。
普通に歩いているときには気にも留めないようなことで時折難儀しつつ、ゆっくりと歩いて到着した正門前の道路には、白い車が一台駐まっていた。運転席を覗き込めば、近づく気配に気付いて顔を上げた塚内さんと目が合う。すぐさま車を降りておはようと微笑んでくれた彼の手を借りて、後部座席に乗り込んだ。隣に松葉杖を積み込み、運転席へと戻った塚内さんに今日はお願いします、と小さく頭を下げると、バックミラー越しに保護者は小粋に肩をすくめた。
「こちらこそ、よろしく頼むよ」
本来、警察署で事情聴取をするだけなら、雄英教師が警護として一人同伴するはずだった。全寮制は生徒の安全を第一に決められたものであり、特に幾度となく襲撃を受けたA組の中でも、重傷を負わされ続けている
けれど車内には二人だけ。万全ではない無資格のヒーロー候補生と、職務において個性を行使しない警察官だけで向かっているのは、できる限り私がそこへ行ったという事実を知る人間を少なくするため。それほど機密性の伴う行動を求められる場所。
行き先は、この国の中枢が集中する地域。霞ヶ関に所在を置く、警察庁だ。
アポイント有りの来庁者とあって、受付から目的の部屋まで案内されるまで、至ってスムーズだった。付き添いの塚内さんとは一旦別れ、女性職員と共に上階へ向かう。
平日の警察庁には当然人の往来があり、時折足早に歩く職員の人たちとすれ違った。警察組織の中でも選り抜きのエリートが集うこの場所で、私服で歩く外人の少女は目を引くのだろう、時折視線が尾を引くようにまとわりついた。
本来は制服などのフォーマルな格好で来るべきなのだろうが、先方から足の具合もあるだろうから楽な格好で良いと言われたので、言葉に甘えている。
とはいえ、流石に限度はわきまえるべきだろうと、カジュアルフォーマルに近い、いつもの極力肌を晒さないスタイルにした。
違いがあるとすれば、まだ完全にくっついていない足を締め付けないよう、よく履くスキニーではなく、珍しくシフォン地にプリーツが細かく入ったガウチョを纏っていることぐらいか。松葉杖生活では、細身のズボンでは脱ぎ着しにくいので。
エレベーターでも、同乗した人全員が私の顔を見て一瞬瞠目するものの、妙に親しみを込めて好意的に微笑まれるか、動揺を隠すように口を一文字に引き結ぶかのどちらかで、ここでも反応は両極端だった。
「(それにしても、初めて来た気がしないな)」
館内を歩けば歩くほど、物珍しさよりも既視感の方が勝つ。初めて足を踏み入れたはずなのにそんな気がしないのは、元の世界の警察庁に足を踏み入れることが何度かあったせいだろう。
世界こそ異なれど、「個性」などの例外を除いて、世界地図も言葉も文化も似通った二つの世界だ。公的機関となれば建物の構造も、雰囲気も、働く人間の動きも、どこかしら似てくるのだろう。
向こうの世界に残してきた同志に思いを馳せていた私の硬い表情を見て、ポーカーフェイスで案内してくれていた女性が緊張しているのかと微笑ましそうに横目で見ていた事には、ついぞ気付かなかった。
「失礼致します、星合千晶さんをお連れしました」
庁舎の上層階、複雑なルートを辿って案内された部屋は、会議室のようだった。それまでの飾り気のない白一色の廊下から一転して、磨き抜かれた飴色の木目がやわらかく光を跳ね返していた。
入りたまえ、と内側から聞こえたテノールに従い、部屋に一歩踏み込む。光を取り入れる、ほぼ壁一面の窓から差し込む残暑の淡い光を背に、厳格ながらも品のある中年の女性と、ひどく細い三白眼にクマを作った、七三分けの男性が立っていた。
日頃の癖で、ぐるりと室内を視線だけで一瞥した私は、その二人の顔をじっと見つめた。
「お忙しい中、貴重なお時間を頂きありがとうございます」
「……本来ならこちらが出向くべきところを、身体の回復も万全でないうちに呼びつけて申し訳ないのはこちらです。どうぞ掛けてちょうだい」
ドアを開けてくれた女性が引いてくれた椅子に腰掛け、出迎えてくれた男女に真っ直ぐに向き合う。ヒーロー公安委員会会長と副会長と名乗った二人に、こちらも軽く頭を下げる。
軽い自己紹介と、協力者になったことへの感謝の言葉の後、すぐさま、本題へと会話は移る。
「君にお願いしたいのは、主に我々警察が集めたヴィラン連合に関する情報の分析とプロファイリングだ。ヒーロー殺しのプロファイリングのような、人格・行動・個性分析をお願いしたい」
「連合の潜伏場所や、連中に裏で協力している人間の情報については、現在公安の手の者が調査しているから、それも分かり次第こちらから伝えるわ。……雄英の学業と並行での作業になるでしょうから、あなたには負担を掛けてしまうけれど」
「連中を捕まえるためなら、その程度の労力は惜しみません。ヒーロー殺しの時も学業と並行でしたし、問題ありません。分析中に詳しく調査して欲しい情報がある場合はお伝えしても?」
「……構わないわ。ものによっては承諾出来かねる場合もあるけれど」
「流石に機密情報まで強請りませんし、疑いが晴れない身のままなのは重々承知しているので、その辺りはわきまえているつもりです」
話し合いはスムーズだった。お互いの認識をすり合わせて、求められていることを把握して、疑問を投げかければ即座に返答が返ってくる。いっそ事務的ですらあるやり取りだが、不満はなかった。
渡された資料に素早く目を通し、ペラペラと高速で紙を繰っていた私と、並行で説明してくれていた二人の間にふと沈黙が落ちた。怪訝に思ってそっと視線を上げれば、会長がふうと溜め息を吐いた。
「
「私が貴方がたの立場ならそう考えますから。貴方がたは私が
「……君は、君の事情をマスコミに洩らしたのが、雄英教師ではなく警察側の人間だと確信しているんだな」
「……週刊誌に載った私の記事と、保護された当時の私が警察に書いてお渡しした資料の文章。一字一句、同じ言葉回しと単語で書かれてたの、気付かれましたか?」
「ああ。…………まさか」
静かに頷いた矢先、私が言わんとするところを察してくれたらしい。話が早くて助かる。じわじわと目を見開いてこちらを凝視してくる二人に、大げさに肩を竦めた。
「……お察しの通り、雄英に提出した文章は内容こそ一緒ですが、厳密には言葉回しと単語が少々違う作り方をしています。警察へ提出した方は公式な調書ですから正確な文章にしていますが、雄英の教師陣に見せる分に関しては、根津校長に許可を得た上で、あえて表現を一部変えたものを先生方へお渡ししました」
例えば、『神父』と『牧師』は厳密には別物だということをご存じだろうか。
宗教色が薄いというか、冠婚葬祭以外にあまり宗教と関わらない文化の日本人には馴染みがないだろうが、仏教にも各宗派があるように、キリスト教とひとまとめに言ってもいくつかの宗派に枝分かれしている。『
カトリック派は司祭を神父と呼び、プロテスタントは牧師と呼ぶ。私が過ごしたのはカトリック派の教会が運営していた修道院だ。詳細な理由は長くなるので省くが、プロテスタントにはそもそも修道院と呼ばれるような、聖職者が共同生活をする施設はない。
なので、雄英側に渡した書類の『牧師に発見され、修道院で幼少期を過ごした』という表記は、記事として載せるには誤謬だらけということになる。
時間を掛けて精査すれば、私の誤訳か意図的な書き換えか、どちらにしろ訂正が必要な文章だと気付くはずなのに、あの記事は警察側に提出した書類の原文そのままが転載されていた。
「それ以外にも色々仕込みをしましたが……情報を流されたライターも出版社も、よほどスクープが欲しかったか、雄英の記者会見前に記事を出したかったんでしょうね。多少の校正で表現の誤りを正される可能性があるにしても、雄英版の細かな仕込みを避けて、全て『正しい』表記を一字一句変えずに記事にしたとなれば、警察側の人間が洩らしたと考えるしかなくなるわけです。私の言葉では疑わしければ、根津校長に確認を取って頂ければ、雄英版の文書と共に証言して下さるかと」
私を社会的に殺すために情報を流したのに、逆に自分の居場所を悟られる原因になろうとは、当の内通者は夢にも思わなかっただろうが。
いけしゃあしゃあと説明する私に、副会長の視線が刺さった。
「……最初から、こうなる可能性を読んでいたと?」
「……こうならなければ良いなと思っていましたよ」
結果、予想通りというかなんというか、裏切られたわけだが。
これが本格的にテーブル上で腹の探り合いになる交渉なら、ここでキッパリと国家権力だろうと油断ならないから保険として仕込んだと皮肉るところだが、相手は今後、共同戦線を張る協力者だ。敵愾心や警戒を煽っても意味がない。
日本人好みのオブラートに包んだ回りくどい言い回しで追及を躱し、話をまとめにかかる。
「今、あの記事を書いた記者と出版社を、代理人を立てた上で起訴してます。示談内容に情報元を明かすことを盛り込めば、遅かれ早かれネズミが誰かも分かるでしょう。……記者や内通者が逃げたり自殺したりしなければ、ですが」
「その件についてはこちらも調査を進めるわ、……こうして話していると、本当にあなたが敵の手に堕ちなくて良かった」
「はは、それは光栄です。……お褒めに預かったところでなんですが、ひとつお願いを聞いて頂いても?」
「? 何だ」
「オール・フォー・ワンとの面会、取り付けて頂けませんか」
流石に判断に迷ったのだろう、再び室内に沈黙が落ちた。二人ともポーカーフェイスこそ崩さなかったが、身体が少し強張ったし、呼吸のリズムが少し狂った。まあ普通、散々自分を痛めつけた相手に会いに行きたいと言うこと自体、正気の沙汰じゃないとは自分でも思うのだが、必要なことなのでしょうがない。
「……理由を聞いても良いかしら」
「色々聞きたいことがありまして。面会したい理由なんてそれ一つしかないでしょう」
「……警備上、あなたが面会するのは許可出来ないわ。オールマイトに質問事項を頼むのでは駄目かしら」
会長の表情は硬い。その堅固な拒絶の意思を感じ取って、やはりダメかと表情を変えないまま内心で落胆する。ただでさえ被害者と加害者の対面は外聞が悪い。それに私と奴が対面することで、奴に外の情報を与える切っ掛けになったり、反対に、私が奴の話術で今度こそ病んだりする可能性がないと言い切れない以上、公安からの信頼がマイナスの今、到底受け入れられる頼みではないだろう。
が、そうと分かっていても、退けない理由がこちらにもある。
ある意味想定内な会長の返答に、平然を保ったまま困ったそぶりで顎に指を当てた。
「それも考えたんですが……どちらかというと『AFOが答えた内容』より、『直に対面して得られる総合的な情報』が欲しいんです。AFOはよく口が回りますから、信用出来ない上っ面だけの言葉より、些細な表情の動き、声のトーンなどを併せて知りたいんです。オールマイトに後で面会のことを聞いても、どうしたって人間の記憶は薄れますし、これは私には話すべきじゃない、なんて遠慮とかでフィルターが掛かって、重要な情報を取りこぼす可能性があるので面会が一番良いんですが……。
……どうしても面会が難しいのであれば、せめてオールマイトの面会中の動画を頂けませんか。どんな内容でもノーカットで、複数視点からの映像を」
しおらしく、申し訳なさそうに眉を下げて、「これもプロファイリングに必要なのだ」と暗に仄めかせば、無表情からも読み取れる彼らの感情が、ほんの少し妥協側に傾くのが見えた。
彼らは職務上、ヴィランの逮捕と国民の安全に繋がるのであれば、あらゆる手段を模索する立場だ。すぐには頷けない案から、許可が下りそうなギリギリのラインまで妥協されれば、頭ごなしに拒否できないのが人間の心理でもある。
いくら信頼度が低かろうと、それはそれで取れる手段もあるのだ、こちらは。最悪、こちらに
「……良いでしょう。検討してみます」
「よろしくお願いします」
目的の為なら手段は選んでいられない。
にこ、と会長へ向けて微笑んだ自分の顔が、
元の世界で警察庁出入りしてた理由は「ライブラ秘書嬢の異世界渡航」のExtra01「銀の弾丸」を読むと分かります(ダイマ)。