人魚姫は英雄の夢を見るか?   作:一星

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paradox

 

 

 その後、いくつか情報共有の手段や報酬についてなどの打ち合わせを済ませ、神野で凍らせたキメラ脳無の解凍をするべく千晶が会議室を退室し、数分も経たないうちにドアがノックされた。失礼しま~す、と気の抜けるような緩い声と共に入室してきた茶髪の男に、二人は視線を向けた。

 

「いやぁ、交渉上手ですね、あの子」

「……盗み聞きとは感心しないわね、ホークス」

 

 いつの間にか会議室に紛れ込ませていた、小さな雨覆(羽根)を指先でくるくると弄りながら、千晶が消えた方向の廊下を振り返る男に、二対の据わった視線が突き刺さる。すぐにおどけたように両手を掲げて白旗を振った男、ウイングヒーロー・ホークスはからりと笑った。

 

「アハハ。いやでも、自分の欲しい物を得るために話の主導権握って、こっちの罪悪感と同情煽って、それから簡単に呑めないハードル高い条件から下げて妥協させるように誘導って、あれだけ自然に出来る女子高生ってスゴくないです?」

 

 無言の圧力を笑顔で躱すホークスに、咎めるような視線をやめた副会長は嘆息交じりに同意を示した。

 

「……その点に関しては同意だ。我々の目的を彼女が見透かしていたように、我々があえて彼女の交渉に乗ったのも気づいていたな、あれは」

「内通者対策を周到に仕込んでいたあたり、用心深い性格なんでしょう。あの経歴なら無理もないことだわ。もっとも、あれは序の口で、我々に気づかせないほどもっと巧妙な交渉も本来は出来るのでしょうけれど」

「こっちも向こうも品定めしてたってワケですね」

 

 協力者という呼称が薄ら寒く思えるほど、今日の話し合いは緊迫していた。表面上こそ友好的であっても、温度の通わないやり取りでは、ただ腹の内を探り合う交渉でしかない。

 

「……塚内やオールマイト、エンデヴァーが高く推すのも納得だな。実力、精神、頭脳。全てがあの歳で一流クラスとは恐れ入る」

「神野で受けた仕打ちを生ぬるいと言ってのけちゃうぐらいですもんね。フツー心折れるか、再起不能でしょうに。しかも自分で足くっつけるって。あん歳で欠損対策してるとか怖か~。あの調子じゃ休学もせずに通うんです?」

 

 首の後ろで手を組み、人によっては軽薄ともとれる声のトーンで笑うホークス。そんな彼の明るい声に反して、公安の二人の視線は冷ややかだった。

 

「……足の件はごく一部しか知らない話だ、何処で聞いた?」

 

 

 この多様な個性があふれる超常社会にあっても、治癒系の個性は滅多にお目に掛からない上に、医師としてその個性を十全に扱える者は数えるほどしかいない。ヒーローになるよりも遙かにハードルが高い上、他者の病や傷を癒やすような経験を積む機会が、圧倒的に限られるからだ。

 他者に治療目的で個性を使用する場合、個性に応じたふさわしい専門知識の習得を義務づけられる。自分の傷や、他者に対してもただのかすり傷をこっそり治すだけであればお咎めはないが、クリニックの立ち上げなど、個性使用によって金銭が発生する場合は、国家資格の医療系個性使用許可免許が必要になる。治癒系個性を持たない通常の医師や看護師の立場を守り、過大広告による詐欺や、ヤブ医者による健康被害を発生させないための措置だ。

 そのため、医療系個性使用許可免許は通常の医師免許に等しい膨大な知識量を要求される。本人の意欲と個性と頭脳が揃わなければ、治癒系個性を活かして社会に貢献、というのはなかなか難しいのが現状だ。極めてレアな個性である「再生」に至っては、他人に使用できない例が圧倒的に多い。

 その上、個性を軽はずみに使用することを規制している今の社会では、治癒系個性の持ち主が、己の個性を成長させるような機会には滅多に恵まれない。

 

 そして、個性が身体機能の延長線上である以上、治癒系の個性は「身体が本来持つ治癒能力の活性化、もしくは底上げ」がほとんどで、外科に関しては依然、医師それぞれのスキルに依存していた。

 まれに「なんでも縫える個性」の医師もいるが、数はさらに少ない。なにしろ、そういった個性の持ち主は医療以外にも個性の活用法が色々考えつくからだ。被服や建築、芸術方面にはとくに重宝される。よほど確固たる意志と高尚な志の持ち主でもない限り、困難と苦難が多く待ち受ける医療の道を選ぶ人間が少ないのは自然なことだった。

 

 だからこそ、四肢欠損を修復など、どんなに優れた治療系個性の医師であっても、外科医師であっても不可能に等しい神業だ。組織がくっつかなければ、活性の効果が及ぶのは断面までだ。外側を縫合したとて、分断された神経や組織、血管がひとりでに繋がるわけではない。緻密な構造をしている人間の断面に糸を通して縫合など、極限の集中を必要とする繊細極まる作業を誰ができようか。まして、他人の神経に針と糸を通せるわけがない。どんな二次被害が出現するかわかったものではないからだ。もしそれが出来たとしても……切断された四肢に血流が流れなければ、ただ時間経過と共に腐り落ちるだけの肉塊でしかない。

 

 

 ゆえに、星合千晶が切断された左足を自力で縫合したという一報は、公安にとって吉報であり、凶報でもあった。

 有能で前途ある若者の未来が閉ざされなかったことへの安堵と同時に、そんなことまで可能なのかという個性の練度と万能に等しい汎用性への驚愕。そして、欠損すら縫合できてしまえる彼女の技術の希少性が、より彼女の身を危うくすることへの焦燥を感じずにはいられなかったからだ。

 

 だからこそ、公安としては、できれば今までの彼女の事情と同様に、この事実も箝口令を敷いて内密にしておきたかった。

 だがしかし、神野事件の夜、AFOに立ち向かう彼女の左足が、その大腿の途中から真っ赤な血液で(かたど)られていたことは既に全国に中継されてしまっているため、片足を欠損したこと自体を隠し通すのは難しい。

 中継は攻撃の余波を受けないようにと上空のヘリからの撮影で、AFO、そしてキメラ脳無との激闘は目にも留まらないほどの超高速で行われたため、中継を見ていた多くの人々は、その不格好な左足がヴィランによって欠損しており、血液だけで辛うじて補っていたことには気付かなかっただろう。

 だが、彼女を警戒し、注目する人間であれば――聡ければ聡いほどに、彼女の主力武器である片足が失われていることに気付いただろう。武器を失い、居場所を失くした少女など手に入れるには容易いと、己の欲のために手中に収める算段をしてほくそ笑んだ者もいただろう。

 

 そんな予想に反し、休学にも退学にもならず、さほど時を置かずに仮免を取得し、仮免ヒーローとして彼女が華々しく活躍したならば、どうだろう。失った片足はどうしたのか、気にならない方がおかしい。

 エクトプラズムのように、ヒーローの仕事で四肢の一部を欠損してなお、ヒーローを続ける者もいないわけではない。だが、義足を得て、それを使いこなし戦線復帰するまでには、当然ある程度の時間が必要になる。身体の一部を失ったことを受け入れ、義足という新たな足を馴染ませるまでに必要な時間を掛けずに即復活すれば、疑問に思うのは当然だ。

 彼女が表舞台に姿を見せれば見せるほど、彼女を狙う輩も遅かれ速かれ気付くだろう――失われた片足は誰かの手により繋ぎ合わされ、元に戻ったのだ、と。その結論に至ったと同時に、繋ぎ合わせた神業の持ち主捜しが始まるだろう。

 

 星合千晶の過去が暴露されたように、どれほど対策を練っても人の口に戸は立てられない。箝口令を敷くこと自体が、敵に知られたくない何かがあることの証拠にもなり得る。秘密があるということ自体を隠せないのであれば、公安に出来るのは可能な限りの情報統制――主に彼女を嗅ぎ回ろうとするマスコミを、彼女が療養している病院から遠ざけ、彼女の神業を大々的に報道されないように秘密裏に根回しを行うことだけだった。

 

 個性、プロファイリング能力、頭脳、縫合技術エトセトラ。それらが全て一流という破格のステータス。

 味方であればこれほど心強いものはなく、それは同時にヴィランにとっても魅力的に映るということを意味する。何よりも、敵に回れば、これほど恐ろしい相手もいない。

 たとえ、彼女に首輪を着けてでも、絶対に敵に堕としてはならない人間だと公安上層部に決意させるには、十分すぎるほどの理由があった。

 

 マスコミの口封じは徹底的に行われたため、病院関係者と彼女に縁の深い雄英教師陣しかまだ知らないはずの事実。それをこの目ざとく耳ざとい青年が知っていることに、二人は疑念の目を向けた。

 そんな視線にぴし、と動きを止めたホークスが、口が滑ったとばかりに立てたジャケットの襟で口元を隠すポーズを取ると、それ以上は口を割らないと今までの付き合いで十二分に察した副会長は深い溜め息を吐いた。

 

 

「……スパイの件で彼女もこちらへの警戒度を上げているとはいえ、敵意はなかった。自分が神野事件で受けた肉体的・精神的・社会的なダメージを横に置いてでも、利益不利益を天秤に掛けて、こちらと協力すべきと考えられる冷静さも含めて、声を掛けて正解だろうな」

 

 溜め息交じりに呟く副会長の男に対し、ヒーロー公安委員会会長は難しい顔を崩さないままでいた。ガラス窓から一望できる眼下の街並みをじっと見つめ、きっぱりとした声で呟く。

 

「……協力的で、噂以上の有能さとはいえ、だからこそ油断は出来ないわ」

「……というと?」

 

 零された意味深な呟きに、ホークスが続きを促すように合いの手を入れた。軽やかなその声の響きに反して、ゴーグルの奥で閃く眼光は、獲物をひたりと見つめるような鋭さと静かさに満ちていた。

 不明な点が多いのよ、と心なしか冷えた部屋の空気を切り裂くように、会長の固い声が飛ぶ。

 

「オールマイトに発見される以前の彼女の足取りが全く追えないの。去年の全ての入国履歴を洗ったけれど該当なし。ヴィラン連合のコンプレスのような、人間を圧縮して秘密裏に持ち運べる個性でも使われたのか……それとも、トガヒミコのような完全擬態系の個性持ちが関わっていたのか……」

「本人に聞かなかったんです? 彼女を攫ったヴィランもマークしなきゃでしょうに」

「取り調べの記録を読んだが、その辺りの記憶は曖昧だと答えたそうだ。彼女の保護当時、彼女の答弁の真偽判断に、相手のバイタルを読み取って、話した内容の真偽が分かる個性の警察官が取り調べに当たったが、全て本当だったと証言している。精神鑑定も自尊心がやや低いだけでほぼ正常だったこと、全身の傷が自傷によるものにしては迫真過ぎることから、妄言や自作自演の線は薄いと処理された」

 

 暗に彼女を監禁していたヴィランの詳細も分からないという状況に、ホークスが喉の奥で低く唸った。

 

「あー……アレか、神野の時みたいにヴィランに操り人形にされてたパターンですかね。自分のさせられた事だけ鮮明で、下手人とかの詳しい情報がぼやけてしか認識出来ないタイプの洗脳系個性持ちとか?」

「そう仮定すると、神野の件でAFOの洗脳個性に抵抗出来たという話も納得がいく。……可能性は高いだろうな」

「明らかなのは、あのAFOの衝撃波を完璧に受け流せる実力の彼女を、長年逃げないように手綱を取って監禁できるようなヴィランが存在するという事だけ。彼女を取り返そうと動く気配も無いのが不気味だわ」

「厄介ですね……敵の詳細が分からないんじゃ調査しようがない」

 

「不可解な点はもう一つ。保護された当時、大使館経由でスペイン当局に彼女の戸籍について問い合わせたけれど……過去から現在に至るまで、スペインの戸籍に彼女の名前がなかったの」

「捨て子だったんでしょ? 彼女。やむを得ず未登録だった可能性は?」

「勿論その線も探った。が、それ以上の捜索は不可能だった」

「育ったという教会自体は実際に存在していたけれど、八年前にヴィランが市街地で暴れた煽りを受けて教会は全壊、ミサに訪れていた一般人を含め重傷者と死者が多数。併設されていた修道院も、人手不足と資金難で建て直しは難しく、そのまま閉鎖されたそうよ」

 

 八年前といえば、記事に載っていた星合千晶が誘拐された年と重なる。完全に無関係とも思えず、ホークスは剣呑に目を眇めた。

 

「……八年前……無関係の騒動の煽りを受けたと見せかけて、その時のゴタゴタに乗じて誘拐されたと?」

「その可能性が高いわ。そうでなければ、身内でなくとも出せる失踪届が提出されるはずよ。ヴィランが後継者にと欲しがるほどの才能の片鱗が出ていたのなら、相応に周囲からも頼られていたでしょうし」

「……」

 

 口元をジャケットの大きな襟の内に隠したまま、ホークスは一瞬眉を跳ね上げてから、うっかり感情を表に出した自分を取り繕うように、そっと視線を二人から逸らした。隠した口元がひん曲がっている自覚があった。

 

「当時の彼女を知るシスターや、同じ修道院で育った子どもに情報を聞ければ良かったが……個人情報に関わるからと、情報提供は断られた。年数が経っていて当時を知る人間も少ない。居ないはずの人間のために、過去の惨事を掘り起こすのは躊躇われたんだろう」

「はー、それで経過観察処分ですか」

 

 納得したように嘆息したホークスに、副会長の男は頷いた。

 これらの謎が、星合千晶という少女の立場を複雑たらしめている。完全な白とも黒とも言いがたいグレー。怪しい点はあるのにそれ以上探ることができない。真偽を突き止めるためのピースは欠けており、ほんの僅かな状況証拠と、彼女の証言からしか推し量ることができない。その証言も警察官が個性をもって白と断定していても――立場上、完全に警戒を解くわけにはいかなかった。だからこそ、経過観察処分という首輪を着けて、彼女はオールマイトの庇護下で、警察の監視対象として今も過ごしているのだ。

 

「当時の怪我や栄養状態の酷さから、すぐに本国に送還出来ない状態だった上、身寄りも国籍も無いとあってはな。不可解な部分も多く、監禁していたヴィランも逮捕できていない以上、野放しには出来ない。かといって、明らかに関連性が疑われる事件が起きていない以上、罪もなく拘束はできないだろう」

 

 頼れる身寄りも無く、帰りたかっただろう居場所は奪われ、戸籍未登録により故国から見放されたに等しい少女をどうして放り出せよう。

 彼女から事情を聞き、哀れに思ったのだろう。路頭に迷わせるわけにはいかないと、彼女を引き取ると自ら申し出たオールマイトに、否を唱える人間はいなかった。ヴィランに引き続き狙われる身の上である以上、安易に養護施設に預けるわけにはいかない。身元請負人として、オールマイトは適任だったのだ。

 

「オールマイトを頼る様子もあり、人格も怯えと自尊感情の低さ以外はまともそのものなら、普通の生活を送らせて様子を見たほうが、精神衛生上良いという所轄の判断は間違いじゃないわ。事実、雄英での教育期間中に不審な様子はなし。知識獲得に貪欲で勤勉、真面目そのものだったそうよ。ヒーロー科を志望したのは意外だったけれど。今も変わらず過ごしているようだから、杞憂で終わればそれで良し、というスタンスだった」

「だが、彼女が雄英に入学後に現れたヴィラン連合は、彼女に目をつけた。有用性があるとAFOが認めたほどだ、一種のステータスとしても、その能力の高さとしても、乱暴な手を使ってでも引き入れたいという輩は後を絶たないだろう」

「神野事件でのAFOの口振りと、直々に排除しようとした事からも、ヴィラン連合のスパイではない事は今回ハッキリしたけれど……彼女がヴィランじゃないと確定したわけじゃないわ。だからこそ、協力を仰ぎながら監視し、白か黒かを見極めていかなければならない」

「……ンなことまで俺に話して良いんです?」

 

 星合千晶に対する公安の意思をつまびらかにした二人に、ホークスはがしがしと後ろ頭を掻いた。極秘任務を何度か頼まれたことはあれど、自分と無接点の少女について、ここまで情報を明かす意図がわからなかった。雨覆を忍ばせたのも、個人的な興味本位だっただけに。

 

「あなただからよ、ホークス」

 

 あなただから。

 声を大きくする事こそなくとも、念を押すような響きを込めた言葉。とうとうホークスは落胆と納得を織り交ぜた表情を取り繕わず、両手を大げさに顔の横に掲げた。

 

「あー、そういう。分かりましたよ、頭の隅に留めときます」

 

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