人魚姫は英雄の夢を見るか?   作:一星

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unheimlich

 

「……っていうことがあって」

「ふーん……流石ヒーロー科、濃い面子だな……」

 

 お昼時、食堂・LUNCHRUSHのメシ処に来ていた私は、高校最初の友達であるシンと落ち合って食事を摂っていた。

 普通科とヒーロー科では授業時間に差があり(普通科は6限終わりだがヒーロー科は7限まである)、帰りの時間も合わずに喋る機会が少ないため、ならば昼に、という話になったのだ。

 シンも大概物静かなタイプだが、やはりヒーロー科の様子には興味があるのか、食べ始めて早々近況を尋ねられていた。食事中は全く喋らない轟とは正反対である。

 

「けど、入学二日目にして戦闘訓練か……やっぱり普通科とヒーロー科じゃ雲泥の差だ」

「普通科はどんな感じ?」

「別に……中学とさほど変わらないよ。ヒーロー科みたく実習や演習があるわけじゃないし……」

「そっか……」

 

 皿に残ったチャーハンに目を落としながら、こちらの方は向かずにぼそぼそと喋るシンにどう返したものかと戸惑っていると、ふいに「でも」と打って変わって語気を強めた声が響いて、パッと顔を上げた。

 

「担任に聞いたら……5月の雄英体育祭で、リザルトによっちゃヒーロー科編入もアリらしいから、それ狙うつもり」

「雄英体育祭……?」

 

 ぐっ、とスプーンを握る手に力を込めたシンの意気込みは伝わるのだが、私は何故体育祭のリザルトでわざわざ一般試験でヒーロー科と普通科を分けたものをひっくり返すシステムがあるのか分からず首を傾げた。

 

「まさか観たことないのか……って、お前、外国に住んでたんだったか」

「あ、うん。去年の10月に日本に来たから」

 

 ギョッとした顔をされるが、シンも私の顔を見てすぐに私が日本住まいじゃないことを思い出したのだろう。私、そのままラテン系の顔をしてるから。生国がスペインだと言うと、太陽の国なのに色が白いねとよく言われるが、そもそも幼少期の大部分を地下洞窟での修行に費やしたのだから、太陽の下で無邪気に遊んで日焼けする暇などほぼ無かった。

 

 本当はそもそも世界線が違うのだが、シンには一応スペイン生まれで、去年まで紐育(ニューヨーク)に住んでいたと伝えてある。もちろんヘルサレムズ・ロットなどという地名は一切出さずに。

 とはいえこの世界の紐育のヒーロー事情などを聞かれてもさっぱりなので、なるべくボロを出さないよう外国の話題は出さないよう気を付けている。……今後イズクに外国ヒーロー事情を根掘り葉掘り聞かれたらどうしよう。あの知的探求心と洞察力は隠し事の多い私にとってはある意味脅威だ。嫌いじゃないどころか、むしろ好感が持てるあたり、突き放す選択肢が取れないのでタチが悪いのだが。

 

「なら仕方ないか……。外国じゃどうなってるかは知らないけど、雄英(ウチ)の体育祭は日本のビックイベントの一つ。かつてのオリンピックに代わると言われてるくらいの熱狂ぶりで、その日は日本中からこの雄英に人が詰め掛けるし、全国のトップヒーローも当然、スカウト目的で見に来る。ヒーローを目指す人間にとっちゃ、年に一度、たった三回の大きなチャンスだ。体育祭で目立ってトップヒーローに目を留めてもらえれば、一気に将来の道が拓く」

「……す、すごいんだね」

 

 淡々としながらも、どこか熱のこもった声で説明してくれたシンに返せたのは、そんな少し間の抜けた返事だった。

 

 だってしょうがない――オリンピックに代わる体育祭って一体何なんだ。

 

 4年に一度のスポーツの祭典、あらゆる国家が総力を挙げて、莫大な経済効果と国力誇示を狙って開催国に手を挙げ、誘致しようと審査委員会に全力でアピールしに行くのはまだ序の口。誘致が決まればお祭り騒ぎだし、それに伴って様々な分野の企業が盛大に動く。世界中からトップクラスのアスリートが集まり、国家の威信と自分のプライドを賭けて戦う姿は、人種を越えて熱狂を呼ぶ。

 HLに渡ってからは「外」のオリンピックなんて有料チャンネルの特番でしか眺められなくなってしまったが、HLという異界の入り口にNYC(ゴッサム)が呑み込まれて崩壊してぐちゃぐちゃに再構築されても、なおオリンピックは世界最高峰の祭典だったのである。

 ……それをこの世界では、とある島国の、いちハイスクールの体育祭が担っていると言われてもピンとこないのは、私が育った文化体系が微妙に異なる異世界人(エトランゼ)だからなのか。異文化コミュニケーション以前に相互理解で苦労するのは、こういった異世界による文化の違いである。世界の壁、分厚い。

 

「一般試験じゃ“個性”との相性が悪くて無理だったけど……体育祭で、絶対にチャンスを掴む」

「うん。……シンならきっと出来るよ、君ならきっと、大丈夫」

 

 スプーンを握ってはいない方の手を開いて、ぐっと握りしめたシンに、私は少し迷ってから、静かに言葉を紡いだ。

 シンの“洗脳”がどこまで範囲を及ぼすものかは知らなくても、恐らく対人戦になる体育祭なら、きっとA組にも引けを取らない成績が叩き出せるだろう。……純粋な戦闘能力での差が出るかもしれないが、その状況に持ち込ませないことがシンの能力の恐ろしさでもある。……敵に回したら恐ろしい人、ココにも居た。

 そういえばシンの反応が無いな、と思って顔を上げると、何故かじっとりとした視線を向けられていた。

 

「?」

「お前……元からの気質か、それとも外国育ちのせいかは分からないけど……たまに直球でとんでもないこと言うよな」

「えっ!?あれっ!?」

「そして無自覚か……(こーいうのを天然ジゴロっていうのかもな……)」

 

 

 そんな会話を繰り広げていた、その時だった。

 

 ウウーッ!!!と、けたたましく警報が鳴ったのは。

 

 

「!?」

「何だ、警報!?」

『セキュリティ3が突破されました、生徒の皆さんはすみやかに屋外へ避難してください』

「な……」

 

 館内にけたたましく鳴り響く警報に、和やかだった食堂が一転、大パニックに陥った。

 

「セキュリティ3って何ですか?」

「校舎内に誰か侵入してきたってことだよ!三年間でこんなの初めてだ!君らも早く!」

 

 そう遠くない場所に座っていたらしい飯田くんと上級生の会話が聞こえ、状況を把握した途端、私の視界の隅にどっ、と食堂の奥側から非常口に向けて押し寄せてくる生徒の波が見えた。

 やばっ、と血相を変えたのは私もシンもほぼ同時。あの波に呑まれたら押し潰される未来しか見えなかった私は、注文受付の上の渡り廊下が比較的人通りが少ないことに気付き、慌ててシンの腕をひっつかむと、逆の手で中指の指輪の針から出血させた血を操り、2本の太い血糸を編み上げた。

 

「血法・籠目(かごめ)!」

 

 ザップが横着してたまに物凄く省略した技名を叫ぶように(あれを技名と呼んでいいのか甚だ疑問だが)、私も非常事態のため、色々諸々の詠唱を省き、無理やり血圧(テンション)を上げる。

 無理やり出力を上げて、普段より頑丈に編み上げた糸の片方をシンの胴体に巻き付かせて振り落とさないよう固定。もう一方の血の糸は渡り廊下の柱に瞬時に巻き付け、一気に収縮させる。すると、その反動で私たち二人の身体は宙に浮き、釣り人に吊り上げられる魚のように、間一髪人混みの波に呑み込まれる寸前で2階の渡り廊下に脱出することができた。

 私は自力で着地、シンは多分反応しきれていないので、そっと床に降ろしてから糸を解いた。やったことはさながら某映画の蜘蛛男(アメコミヒーロー)である。

 

「あっぶな……!潰されるところだった……!」

「(……今、一瞬何が起こったか全然分からなかった……!!)」

「……シン、大丈夫?放心中?ゴメン、出来る限り負担がかからないように引き上げたんだけど」

「……あ、いや、大丈夫」

 

 人間は急激なアップダウンに対し脆くできているため、胴体を締めあげて一本釣りというのは、牙狩り(私たち)みたいな常人より頑丈でないひとに行う際はかなり神経を使う必要がある。感覚としては、首根っこをいきなり掴まれて引き上げられたら苦しいのと同じだ。

 そのため、速さは犠牲にして正確さと収縮の際の衝撃をいかに緩和するかを考えて今の救出作業をしたのだが、床に尻餅をついたまま茫然自失といった表情で固まっているシンに、気分が悪いのかと心配になったのだ。

 

「そ?気分悪くなるみたいなら言ってね……それにしても、うわぁ……人がゴミのようだ……」

「お前なんでそんな懐かしいネタ知ってんだ……うわ、ひでぇ」

 

 慌てて階下を手すり越しに見下ろせば、圧倒的人口密度に私は思わずギャグめいた言葉を洩らした。立ち上がったシンが隣に移動しながらツッコミを入れてくるが、彼もまた階下の様子を見ると顔を顰めた。

 ちなみにジ○リはあの見た目だけど意外に可愛いもの好き(たまに養ってもらっているお礼と健康のために少しずつ食べられるように工夫を凝らしたお弁当を作って渡しているのだが、決まって持ってくるお弁当包みが物凄くファンシー)、そして映画が趣味のオールマイトに「これ日本が誇る名監督の名作なんだけど、ゼッタイ千晶くんでも面白いと思ってもらえると思うから観よ!?」と珍しく興奮した様子でプッシュしてくるので、半信半疑で大鑑賞会を開いたら思いの他面白くて見入ってしまったのである。日本凄い。

 

 サブカルの類に無縁な人生を送ってきたので、オールマイトや先生方から与え、教えられる普通のティーンの過ごし方は、世界を救い、混沌から守ることしか脳に無かった私の灰色の人生を愉しみで塗り替えるかのように、どれもが新鮮で楽しかった。きっとオールマイトも先生方も、私の無邪気な様子を見るのが楽しくて、あえて構いたがりを発揮していたのかもしれないが。

 ちなみにジ○リで好きなのはトトロと魔女宅とハウル、あと大穴でパン○コパンダである。冒頭でチラッと出てくる名脇役の警官のお兄さんが面白くて好きだ。

 オールマイトは「……よく考えると千晶ちゃんシータっぽいよね」と謎の発言をしていたけども、残念ながら私は空から落ちてきた女の子ではない。魔法陣経由で異世界から落っこちてきてはいるが。というか私がシータだとパズーが誰になるのか……拾ってくれたのはオールマイトだけど。しかしそうなると「三分間待ってやる」のあの人は堕落王になってしまうのだが……堕落王の方が凶悪だな、うん。

 

 

「もはやパニック――飯田くん?」

 

 狭い入り口に大量の人間が一気に出ようとしてもみくちゃになっている階下、その中からふわりと浮いて抜け出したのは、見覚えのある顔だった。浮いた反動でぽろ、と落ちた眼鏡を気にすることなく、何かをしようとしている飯田くん。私はそんな彼の挙動を目で追いながら、置き去りのまま人混みの中に落ちていこうとする眼鏡を瞬時に伸ばした糸でキャッチし、手元に引き寄せる。こらそこ、カメレオンとか言うな。

 

「浮いて、何する気――ッ!」

 

 シンが訝しげな声を上げながらも様子を見守る先、飯田くんはズボンを膝下までまくり上げ、ふくらはぎのエンジン器官を露出させると、空中でブーストを掛けた。DRR、とエンジンが掛かる音と共に、遠心力に引っ張られて回転しながらも、出入り口にすっ飛んでいく。そんな彼は出入り口の上、『EXIT』の看板の上の壁に半身を思い切り打ち付けながらも、『EXIT』の標識と共によく描かれるマークの人みたいなポーズで大声を張り上げた。

 

「大丈――夫!ただのマスコミです!なにもパニックになることはありません、大丈ー夫!ここは雄英!最高峰の人間にふさわしい行動をとりましょう!」

「あ、沈静化した」

 

 飯田くんの呼び掛けがインパクト大だったのか、すし詰めになっていた集団が、ようやく落ち着きを取り戻して飯田くんを見上げていた。茫然としていたのかもしれないが、それでも一旦落ち着きを取り戻しさえすれば、後は自己判断で動けるだろう。大人しくなった階下を眺めてから、私は未だに出入り口標識の上に居る飯田くんに顔を向けた。

 

「飯田くーん」

「!星合くん!」

「そこからメガネなしで下に降りるの大変でしょ、今引っ張り上げるからじっとしてて」

「!すまない、頼めるだろうか。しかし、俺はかなり重いと思うのだが大丈夫か?」

「No problem.もっと重い物も持ち上げたことあるから大丈夫」

 

 たとえば、軽くトンはあるような異界産戦闘用パワードスーツの撤去とか。

 まるで女子のような心配をする飯田くんにふっと笑って、もう一度指から血糸を錬成した私は手を軽く振って、二本分の血の糸の先を飯田くんの胴体に巻き付けると、手のひらを上に向けた状態で手招きをするような仕草で、血の糸を引き寄せた。飯田くんは重いかもしれないと言っていたが、お茶子の個性のお陰か、思ったよりも糸に掛かる負担はずっと少なかった。

 階下でスゲェ個性、と口々に囁く声が聞こえたが、凄いのは引力をゼロにして体感する重量を軽くしてしまうお茶子のほうなので、微妙な顔で聞こえないふりをした。作業中、人混みの中に居るお茶子とイズクを発見したが、こうも上に注目が集まっていると、イズクはともかくお茶子はスカートなので、飯田くんのように救出できないのが残念である(さっき私が恥ずかしげもなく飛び上がれたのは、誰も彼もが出入り口を見ていたことと、多分見上げていても中身が分からない程度には速いスピードで持ち上げたからである)。

 2階渡り廊下に飯田くんを降ろし、すぐさま巻き付けていた血糸を緩め、一気に解いて再び自分の体内へ戻した私は、血を垂らしていたのとは逆の手に持っていた彼の眼鏡を手渡した。

 

「はい、コレ」

「!ぼ……俺の眼鏡、回収してくれていたのか」

「うん、あのままだと壊れると思って」

「すまない、何から何まで……」

「気にしないで。さて、戻ろうか。下も落ち着いたみたいだし、ご飯も途中だし」

 

 私たちが視線を再び階下に戻すと、少しずつ人混みがバラけ、食堂は普段の賑やかさを取り戻しつつあった。

 

「(……ただ、どうやってマスコミはセキュリティを突破できたんだろう……)」

 

 僅かな疑問と、言い知れない胸騒ぎを、数人の生徒や教師に残しながら。

 

 

 

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