「ケンカして」
「謹慎~~~~!!??」
翌朝、カレンダーは9月になってもまだセミの鳴き声が聞こえる残暑の中、久々に制服を身に纏うクラスメイトたちの中で、私服のTシャツとズボン姿で共有スペースの掃除をしている二人が異様に浮いていた。
馬鹿じゃん、ナンセンス、骨頂~~! と口々に茶化され、ぐぬぬ、と顎を突き出して唸るものの、うるせえとは一喝しない爆豪と、ちょっとしょげ気味に項垂れているイズクに苦笑する。よほど相澤先生に灸を据えられたか。
爆豪が4日、イズクが3日の寮内謹慎。その間に毎日朝晩の共有スペースの掃除と反省文提出を言いつけられたと聞いて、ある意味それだけで済んで良かったな、というのが私の素直な感想だった。共有スペースはかなり広いとはいえ二人がかりだし、それが終わればほぼ日中は空き時間になる。その分授業に出遅れるので、地味に痛いロスだろうが。
「えええ、それ仲直りしたの?」
「仲直りっていうものでも……うーん、言語化がムズい」
「よく謹慎で済んだものだ……! ではこれからの始業式は君ら欠席だな!」
「爆豪、仮免の補習どうすんだ」
「うるせぇ……てめーには関係ねぇだろ」
「じゃあ掃除よろしくな~!」
心配する声、茶化す声。それぞれらしく二人に声を掛けながら、ぱらぱらとクラスメイトたちが学校へ向かって出発していく中、イズクの肩をぽんと叩いた。
「頑張って」
「あっ、うん!」
千晶ちゃーん、とお茶子が玄関から呼ぶ声に今行く、と返して小走りで玄関へと向かう。背中に二つ視線が突き刺さっているのに気付いたが、あえて後ろは振り返らなかった。
「皆いいか!? 列は乱さず、それでいて迅速に! グラウンドへ向かうんだ!」
「いやおめーが乱れてるよ」
「委員長のジレンマ……!!」
本格的に後期が今日から始まるとなれば、学校行事は当然つきまとう。簡単な
委員長として張り切る飯田くんが交通整理よろしく、真っ直ぐに伸ばした腕をシュバ、と勢いよく振って誘導しているが、そんな真面目な彼に、瀬呂くんの冷静な突っ込みが入った。
「入学式出れんかったから、今回も相澤先生何かするんかと思った」
「まー、4月とはあまりにも事情が違うしね」
出席番号順で列を成して歩く中、前の方にいるお茶子と尾白くんの会話を聞きながら、私もいつもの賑やかな前後がいないせいで至って平和に、峰田やトオル、モモとぽつぽつと会話しながら玄関にたどり着くと、いかにも話がありますと言いたげに下駄箱にもたれ掛かっている物間がいた。なんだその体勢。
「聞いたよA組ィイ! 二名!! そちら仮免落ちが二名も出たんだってええ!?」
「B組の物間! 相変わらず気が触れてやがる!」
わざわざこっちに来てまで煽りに来なくても。
恐らくA組全員一致で思っただろう、安定の顔芸で迫り来る物間に対して、上鳴くんの容赦ない辛口な言葉が飛んだ。
……USJ事件前のバスでこぼしていた、爆豪に対しての評価もそうだけど、意外にも的確に辛口評価するんだよなぁこの子。周りをよく見ている。
「さては、またオメーだけ落ちたな」
そんな物間の煽りに既視感を覚えたのか、ひらめいたとばかりに切島くんが顎に手を当てる。その言葉で、期末試験で物間だけがB組の唯一の補習対象だったことを思い出せば、本人は「ハッハッハ!!」と腹を抱えて笑った後、スンッ……と笑いを収めて私たちに背を向けた。
いや受かったのか落ちたのかどっちだよ、とよく分からないリアクションに困惑していると、B組の皆がぞろぞろと遅れて到着してきた。
「こちとら全員合格、水があいたねA組」
ドヤッ、と自慢げに口角を吊り上げて勝ち誇るのは物間だけで、彼の後ろにいるB組は至って普段通りだ。鉄哲くんが切島くんに向かってフレンドリーに手を振っていて和む。
「……悪ィ、皆……」
「いやいや、向こうが一方的に競ってるだけだから気に病むなよ」
くっ、と悔しげに俯く轟に、すかさずフォローを入れる切島くん。私も気にするなと肩をぽんぽん叩いていると、「というか!」と物間を脇に押しのけて、イツカとセツナ……
どこか怒っているような焦っているような心配しているような、色んな感情がごちゃ混ぜになって一見怒っているようにも見える顔の彼女たちに面食らっていると、ズビシ! とタイツを履いた左足を指さされる。
「足! 神野でヴィランに切られたんじゃ……」
「ああ、うん。切断された左足回収して、自分で縫ってリカバリーガールの治癒掛けてもらった。……気持ちは分かるけど、そんなにドン引きされると傷つくなぁ」
イツカたちだけでなく、話が聞こえたらしいB組男子まで真っ青な顔で顔を一様に引きつらせているのを見ると、普通にはほど遠い、己の規格外を改めて思い知らされて、苦い気持ちになる。いや、同じリアクションはA組の皆と再会した日にもされたけども。
「暗くてハッキリ見えなかったけど、やっぱあれ切断だったんだ……」
「ていうかあんた、簡単に言ってるけど普通に神業じゃん……? 皮膚も骨も神経も筋繊維も、全部元通りになるようにピッタリくっつけるって、
「元々自分の身体は隅々まで把握できるようにしてたからさ、そんなにハードル高くなかったんだよね。他人に施術するのは流石に技術と資格がないから出来ないけど」
自分で自分の身体を完全に把握できるからこそ、
職場体験の時、飯田くんにお兄さんの脚の事を聞かれて無理だと答えたのに、自分には出来たことへの後ろめたさから、テクスチャのように作った上辺だけの笑みを貼り付けながらも、視線は下に流れてしまう。ちょっと怖くて後ろを向けない。彷徨った指が、クラウスからもらった指輪に無意識に触れた。
が、そんな私の感傷をよそに、B組の皆の反応はからりとしていた。
「いや十分スゴいから」とツッコミを入れるのがイツカ。
「ていうか笑顔で言うことじゃないノコ」べっ、と舌を出して少し怒っているのが
「でも無事でよかった」と小さく笑うレイコに、
「……ん」同じく、にこり、と珍しくユイが花がほころぶようにちいさく笑った。
「ええ、本当に」と頷きながら手を祈りの形に組んだイバラ、
「ニュース見たとき、もう会えないかと思ったし」と唇を突き出すセツナ。
その後ろで、コクコクと勢いよくポニーが頷いていた。
それぞれの顔に心配はあれど、嫌悪や遠慮、気まずさなどの感情は読み取れなくて。
心配したんだぞ~! と肩を組まれ、抱きつかれて、わちゃわちゃと団子状態に固められる。その勢いとスキンシップに戸惑っていたら、セツナの肩越しに、ものすごく優しい顔でB組の男子陣に見守られているのに気付いて固まった。気恥ずかしさのあまり視線を明後日の方に泳がせた先では、A組の皆も同じような顔をして、いよいよ私は耐えきれずにセツナの肩に顔を伏せた。胸がむずむずするような感覚に口元をきゅっと引き締める。そうしていないと、だらしない顔を見せてしまいそうで。
「皆、……やさしいね」
「ダチの心配するのは当たり前でしょ」
「……うん。ありがとう」
何を当然のことを、と怪訝そうに片目を眇めるセツナに、顔を上げた私は、静かに笑った。
……それが当たり前の環境にいなかったからこそ、自分がそう言ってもらえる対象であることが、この上なく嬉しいのだ。
「ブラドティーチャーによるゥと、後期ィはクラストゥゲザージュギョーあるデスミタイ。楽シミしテマス!」
すこししんみりしてしまった私の内心とは裏腹に、HRでブラド先生に言われたのだろう、ポニーが少し嬉しそうにカタコトの日本語で喋ったのに、すっと伏せていた目を開く。ほんの数秒の感傷だ、多分周囲には気付かれていないだろう。現に、団子状態が解除され、ポニーの言葉に切島くんが目を輝かせている。
「へぇ、そりゃ腕が鳴るぜ!」
「つか外国人さんなのね、うちの星合と同じで」
「日本語ペラペラすぎて外国人感薄れてるけどな」
「しばらく英語で喋ろうか?」
小突いてきた峰田に向かって、冗談半分で圧を込めつつにっこり笑うと、勢いよく首を振られた。君、成績良い方だろうに。そんな拒否しなくても。
「お前英語の音読の時はそうでもないけど、ガチ喋りしたら超速いじゃん」
「あー、スペイン訛り出るからなぁ。早口で巻き舌になるから聞き取りづらいか」
「そうそれ! 英語じゃない言語に聞こえてくるんだよ」
秘書嬢をしていたとき、スポンサーには訛りなどの違いで侮られたり不快を与えたりしないために、相手によってイントネーションも色々使い分けて喋っていたのだが、ライブラのメンバーと喋る時は、普段、気楽なスペイン訛りの英語で喋っていた。元々HLはNY時代から多国籍の街であるし、ライブラに所属している面々の国籍もバラエティ豊かだ。それぞれの訛りも千差万別、むしろその違いを笑って許容するぐらいの度量ある人間ばかりだった。順応性が高いとも言う。
が、スペイン語の特徴ともいえる早口と巻き舌はなかなかに曲者で、スペイン人が外国語を喋ると、この二つが邪魔をして別言語に聞こえてしまうのはよくある話だ。
そのため、英語の授業で音読を指名された場合、極力、教科書通りのアメリカ英語で読み上げるようにしている。聞き取りづらかったら音読の意味がない。
そんな風に雑談していたら、物間がポニーにひそひそと耳打ちしているのが目に留まった。口の横に手を立てているから読唇術が使えないが、恐らく物間の表情からしてろくなこと吹き込んでないぞ、あれ。
「ボコボコォにウチノメシテヤァ……ンヨ?」
「うわ案の定」
「変な言葉教えんな!」
意味の分からない言葉を吹き込まれて、これでいいのかな? と、私たちと物間に交互に視線を向けて困惑しているポニーの後ろで、アハハハハと笑いながら首をかっ切るジェスチャーをする物間。それを目潰しで窘めるイツカ。姉御は強い。
そんな風に2クラスが長時間、靴も履き替えずに下駄箱前でたむろしていたせいで、聞き覚えのある声が後ろから飛んできた。
「オーイ、後ろ詰まってんだけど」
その声にぴゃっと飛び上がったのは飯田くんである。慌てて私たちを下駄箱へと誘導しはじめる。
「すみません! さぁさぁ皆、私語は慎むんだ! 迷惑掛かっているぞ」
「かっこ悪ィとこ見せてくれるなよ」
「シン」
「よ」
声の下の方を見れば、人混みの中から一歩進み出ているシンがいて。数日ぶりに見る姿にひらひらと手を振れば、小さく手を振り返してくれる。
シンとよく一緒に居るのを見かけるC組の男の子と女の子(よく顔を合わせるのに名前を聞きそびれたままになってる)もおーい、と屈託無く手を振ってくれるのに対し、その後ろでこちらをチラチラ窺うC組の中には、私を見て引きつった顔をしていたり、気まずそうにしていたりする子もいた。
それを見て苦笑する。……あれが普通の人間の反応だ。A組もB組も、普段からの親交があってとても優しい子たちばかりだから、やたら妙な気を遣われなかっただけで。
そう自分に言い聞かせながらも、彼らの反応に落胆している自分に気付いて、少し愕然とする。ちくりと棘が刺さったように、ほんの少しの痛みを覚えた心に苦笑いをして、彼らから視線を外した。
……あんまり変に気を緩めないでおこう。期待して裏切られて、傷つくのは自分だから。
外用のローファーに足を入れて、足早にA組の列に戻る。背中に張り付く視線を無視していると、少し見ないうちにゴツくなったような、とシンのことを不思議がる瀬呂くんの呟きが聞こえて、思わずしたり顔で笑った。