人魚姫は英雄の夢を見るか?   作:一星

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嫌いですらない透明のこと②

 

 一学年ごとに4科11クラスある雄英は、三学年が一堂に揃うとなると相当な人数が集まる。グラウンドにクラスごとに一列で並んでも、33クラス分となれば横幅も取る。

 

 入学式を相澤先生判断でスキップした私たちA組には、新鮮な学校らしい行事。

 だが現在進行形で壇上で話す根津校長のあまりにも長い話に、最初はピシッとしていた集会の空気も中だるみしていた。ただ長いだけならまだしも、流石に生活習慣(ライフスタイル)の乱れによる毛艶の低下の話を延々とされるのは、反応に困る。

 が、長話が好きとはいえ、個性が『ハイスペック』の根津校長。無駄話を何の意図もなく話すはずもなく、生活習慣の乱れから話は夏休みに起きた事件、神野の悪夢について軽く触れた。神野、というワードこそ出さなかったものの、連想するほどの大事件といえば神野の一件しかない。神野の話に差し掛かったあたりから他のクラスからじっとりとした視線を向けられているのを感じつつ、根津校長の話に耳を傾ける。

 

「柱の喪失。あの事件の影響は、予想を超えた速度で現れ始めている。これから社会には大きな困難が待ち受けているだろう。特に、ヒーロー科諸君にとっては顕著に表れる。2・3年生の多くが取り組んでいる”校外活動(ヒーローインターン)”も、これまで以上に危機意識を持って考える必要がある」

校外活動(ヒーローインターン)……?」

「職場体験の発展系のようなものかしら……?」

 

 耳慣れない気になる単語に私たちは首を傾げるが、根津校長の話はお構いなしに進んでいく。

 

「暗い話はどうしたって空気が重くなるね。大人たちは今、その重い空気をどうにかしようと頑張っているんだ。君たちには是非とも、その頑張りを受け継ぎ、発展させられる人材になってほしい。経営科も、普通科も、サポート科も、ヒーロー科も。皆、社会の後継者であることを忘れないでくれたまえ」

 

 その後、生活指導のハウンドドッグ先生が怒りで我を忘れて、人語ではなく猛犬の吠え声にしか聞こえない怒声で注意事項を伝える(勿論伝わるわけがないので、その後ブラド先生が「昨晩喧嘩した生徒がいました、慣れない寮生活ではありますが節度を持って生活しましょう」と代弁してくれた)という光景が繰り広げられたものの、概ね無事に始業式は終わり、学年ごとに順次クラスへ戻ることになった。

 

 

 三年、二年が校舎に戻り、それでは一年も、とアナウンスが校庭に響き渡る。私もお茶子や梅雨ちゃん、イツカやイバラと言葉を交わしながら校舎を目指すべく人の波に従って歩き始めたその時、集会中からずっと感じていた、ねばつくような視線が向けられていた先から、不意に声が上がった。

 

「なんでまだヴィランが雄英に居んの?」

「ねー……こわ~……」

「寮生活になってあたしらの夏休みの予定全潰れしたのも、オールマイトが引退したのもさあ、全部回り回ってアイツのせいじゃんか」

「オールマイトかわいそ~~」

「退学になってればよかったのに」

 

 きゃはは、と悪意に満ちた、あざ笑うような甲高い声が背中に刺さる。ざわめきの中でもはっきり聞こえるような、こちらに聞かせようとしているあからさまな大きさの声に、私はすとんと、一瞬で心の温度が全て削げ落ちたのを感じた。

 

 ……ああ、やっぱり。此処でも、そうなるか。

 

 落胆と諦念が腹の底に落ちて、ぐるぐると靄を生む。

 いかに雄英が偏差値75の有名国立高校といえど、通うのは多感な思春期の高校生だ。合宿所から拉致され、監禁されて暴行を受けていた時、建前を世間に公表したとヴィランに嘲笑われた時から、いずれはこうなるだろうと覚悟はしていたから、ショックはない。

 ただ、ここずっと優しい世界で息をしていたから。きっと今の私は、うまく顔を取り繕えていないのだろう。

 感情の削げ落ちた、石膏で固められたように途端に動かなくなってしまった表情筋のまま、本当に小さく溜め息を吐く。そのまま無視して歩き出そうとしたものの、隣を歩いていた友人たちの方が、暴言に反応してしまった。

 

「なっ……!」

「ちょっと、その言い草は……」

「お茶子、イツカ」

 

 眉を吊り上げて声を上げ、なんなら声のした方に今すぐ率先してズカズカと詰め寄りそうな二人の名前を呼んで制止する。まあるいヘーゼルの瞳と、長い睫毛に縁取られた新緑色の瞳が、その底に苛立ちの炎を揺らしてこちらを振り返った。それをしっかりと見て、小さく首を振った。

 

「気にしなくていい」

「なんで!? あんな酷いこと言うん、許せんよ……!」

「そうだよ、幾らなんでもアレは見過ごせないよ」

 

 なぜ止めると言いたげに、自分のことのように気炎を上げる二人だけでなく、他の子たちも嫌悪感を珍しく表情に出して、私の背後で呑気にきゃらきゃらと笑っているらしい元凶を見つめている。

 私のせいで優しい彼女たちに不愉快な場面を見せてしまったことに苛立ちを隠せないまま、冷ややかに投げた私の言葉で、場の空気が凍った。

 

「……ろくに知りもしない相手を、裏取りしてないあやふやな記事一つで分かったような気になって、正義感を振りかざすことで自分のストレスを解消しようとするような連中だ。自分が相手の立場に立った時にどう感じるかさえ想像できないなんて、想像力もなければ思慮も思いやりも足りない。人間性が低レベルすぎて相手するだけ無駄。お茶子とイツカの時間がもったいない」

 

 あまりにも低レベルすぎて、既にぶつけられた言葉が、声が、耳を通り抜けて記憶に保存されるどころか翻訳すらせずに上滑りしている。

 溜め息と一緒に、女子生徒を一瞥もせずに吐き捨てれば、随分と冷たい声が出た。久々だな、このトーンの自分の声聞くの。目も死んでいるだろうな。そんな風に、ふと、他人事のように考える。

 

 その言葉に女子生徒三人が気色ばんだような気配があったが、なにかしら喚いている言葉は耳障りすぎて、言語翻訳するのすらおっくうになった頭が、さっさと無意味な雑音として処理し始める。

 そんな路傍の石よりどうでもいい通行人A~Cよりも、心配そうにこちらを見ている梅雨ちゃんやイバラ、近くにいたクラスメイトたちの方が、よほど私には大切だ。いざこざになって、これ以上相澤先生たちに心労と迷惑を掛けるのも憚られる。この程度は自分であしらえるのだし、お茶子たちを巻き込まないようにしなければ。

 

 そう考えて、彼女たちを校舎の方へ先に行ってもらうよう、優しく押して促す。皆何か言いたげな顔をしていたが、私は大丈夫だという意味を込めて微笑んだ。私の思いを汲んで、少し下がってはくれたが、動こうとはしないところを見るに、待っていてくれるのだろう。不快だろうに、ひとりじゃないよ、一緒にいるよと無言で伝えてくれる彼女らの、なんて優しいことか。

 

 それに比べて。

 

 未だにぎゃあぎゃあと後ろで喚いている女子生徒(モブ)三人の声が、もうノイズとしてしか認識しないとはいえ、ひどく煩く感じて、ぬるりと背後を振り返った。

 久しく解放していなかった殺気を瞬間的に三人にだけ感じ取れるように解放し、一気にぶつける。ざわりと空気が揺れるが、待ってくれているお茶子たちの顔色は変わらず、心配そうなまま不思議そうにこちらを見ているだけなので、うっかり操作を誤って影響を受けてはいなさそうだ。

 クラウスはうっかり気合いを入れたり、感情が高ぶったりすると周囲に闘気を垂れ流しにするが、冷気を操る私にとっては、気を任意の方にだけ飛ばすのはお家芸に等しい。

 

 一般人が相手だ、後で難癖つけられるのが面倒なので、昏倒したり腰を抜かしたりするレベルにならないようにかなり抑えた殺気だが、耳障りなさえずりを止めるだけの威圧には十分だったらしい。唇を震わせて、顔色がどんどん真っ青になっているが、自業自得だ。ストレスの捌け口として手を出した相手が悪かったとしか言いようがない。その手の精神攻撃にいちいち傷つくような柔いメンタルは、とうの昔に捨ててきた。

 相手をするのも億劫なので、無視して気が済むまで放置しておこうかと思ったが、気が変わった。

 建前をバラしたヴィランどもがそもそもこの状況の原因だというのに、なぜ彼女たちの気が済むまで、私がサンドバッグになってやらなければならないのか。理不尽もいい加減にしろ。そう考えると、無性に腹が立つ。じりじりと胃の底が焼け付くような不快感を覚えた。

 

 少しは痛い目を見ないと、この手の人間は理解できずに、誰かを傷つける快感にずぶずぶと溺れて、心根が腐って堕ちる。たとえ自業自得であったとしても、自分が理由で誰かが道を踏み外すような事態になるのも寝覚めが悪い。面倒だが、仕方ない。こういう連中は早々に戦意喪失させるに限る。

 だから最終的には私のために、心は折らずに、反抗心だけ踏み潰させてもらう。

 

「他人を傷つける言葉を吐いておいて、平然としてられるなんて……随分脳天気に生きてきたのね、あなたたち。自分の生命や日常が脅かされないと理解できない? 他人を扱き下ろして自分を高く見せないといられないなんて、寂しい人生ね」

 

 私も自分のことは言えないが、誰かを攻撃しなければ自己を保てないほどに疲弊した自尊心など、哀れなだけだ。誰にも認めてもらえないまま、ヒステリーと攻撃性だけが際限なく膨張していく。誰かが認めてくれた経験があるなら、それで心が少しでも満たされたことがあるのなら、そんな周囲も傷つける自傷行為に手を染めずとも、普通に歩いていけるだろうに。

 

「不愉快だから、黙ってとっとと失せてくれないかな? 私の堪忍袋の緒が切れる前にさ」

 

 何か突き刺さったのだろう、顔を泣きそうに歪めた三人を冷たく見下ろし、背を向ける。

 もうこれ以上の対話は必要ない。これで矯正されないのであれば、もう私が何かする義理はない。私を尊重してくれる相手ならまだしも、敵意を向けてきた人間にてらいもなく手を差し伸べられるほど、私は善い人間ではないのだから。

 

 ぐしゃぐしゃとうなじのあたりの髪を引っかき回して、ため息交じりに待ってくれているお茶子たちの元へ戻る。微妙な空気にしてしまった自覚はあるので、かける言葉に迷っているような様子の彼女たちに詫びた。

 

「ああいう連中は放置しとけばどうせそのうち飽きる。嫌な思いさせてごめん、皆」

「……私たちは良いのよ、千晶ちゃん。友達のために怒るのは、当たり前だわ」

「無理はなさらないで下さいね……」

「私でよければ、いつでも愚痴に付き合うからね」

「大丈夫、大丈夫。あれぐらい小鳥のさえずりぐらいのかわいいもんだし」

 

 山ほど食らってきた殺意や、ドン・アルルエルの「負けずに制限時間を凌ぎ切ったら望みを叶えてあげるけど、時間内にゲームに負けたら、対価に脳味噌貰うから永遠にゲームし続けようね」な契約などに比べれば、口先だけの彼らなど随分かわいらしい。

 心底そう思っての発言だったのだが、なぜか皆一斉にきゅっと口を引き結んだ。うん? 

 

「そういう!」

「問題じゃ!」

「ないでしょおおおお!!」

「ウワッ」

 

 ずっと話を聞いていたのか、急に飛び出してきたトオルとミナに潰されそうになった。タックルしてきた女子二人に吹っ飛ばされずに咄嗟に受け止めた私は偉いと思う。

 

 

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