人魚姫は英雄の夢を見るか?   作:一星

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次なるは②

 

「んっんー」

 

 夕方。授業を終えて寮に戻ると、賑やかな光景が繰り広げられていた。

 

「このホコリは何です爆豪くん?」

「そこデクだ、ざけんじゃねえぞ! オイコラてめー掃除もできねえのか!!」

「わっ、ごめん。あ……皆部屋のゴミドア前に出しといて、まとめます」

 

 窓辺の床の縁を指でなぞって、掃除機のかけ残しを指摘する峰田に、爆笑する瀬呂くん。それにすかさず爆豪が反発して、共有スペースのゴミを纏めていたイズクへと飛び火した。

 

「なァ、今日のマイクの授業さ……」

「まさかおまえも……?」

「当然のように習ってねえ文法出てたよな」

「あーソレ! ね! 私もびっくりしたの!」

「予習忘れてたもんなァ……」

「一回つまづくともうその後の内容頭入らねえんだよ」

 

「インターンの話さ、ウチとか指名なかったけど参加できないのかな」

「やりたいよねえ」

「前に職場体験させてもらったとこでやらせてもらえるんじゃないのかなあ」

 

「……!? (たった一日ですごい置いてかれてる感……!?)」

 

 自分が知らない話をする周囲のクラスメイトたちに、焦りの表情を見せるイズクに苦笑していると、飯田くんがシュバッ、と滑らかな横移動でイズクの前に出ていった。

 

「と、いう顔だねキンシンくん!」

「キンシンくんはひどいや……あの、飯田くん。インターンって何?」

「俺は怒っているんだよ! 授業内容などの伝達は先生から禁じられた! 悪いが二人ともその感をとくと味わっていただくぞ! 聞いてるか爆豪くん!」

「っるせんだよ、わかってらクソメガネ!」

「ムムッ……」

 

 カリカリしている爆豪と、焦りを見せるイズク。反応こそ違えど、出遅れ感をひしひし感じる今の状況は、二人にとって一番痛いお灸の据え方だ。相澤先生のムチが的確すぎる。

 

 苦笑しながら、ゴミ出しに寮を出ていくイズクを見守っていると、星合、と呼びかけられて振り向く。

 

 

「インターン……もし行けるって事になったら、エンデヴァーの所に行くのか?」

 

 ネクタイを緩めながら話しかけてきたのは轟で。隣に立った彼に、私は即答に困って少しばかり唸った。

 

「まぁ、行けるなら。あそこ以上に経験積める事務所はこの日本に無いわけだし……ただ、そればっかりはエンデヴァーに確認取ってみないと分からないかな……」

「? あいつなら、二つ返事で了承しそうだが……」

 

 難しい顔で言葉を濁した私に、不思議そうに轟が首を傾げる。断る理由が無い、とでも言いたげなその顔に、私は他のクラスメイトたちがめいめいに会話に花を咲かせているのを確認してから、轟に向けて指を上に向けて曲げて手招いた。

 日本とは逆の手招きのジェスチャーだが、A組の皆はこれが欧米版の手招きだと知れ渡っているので、普通に通じる。

 内緒話があると気付いた轟が、こちらにすこし身を屈めてくれたところで、少し背伸びし、手で口元を隠しつつ、ひっそりと耳打ちした。

 

「保須の一件でエンデヴァー、数ヶ月間の教育権剥奪されてるの忘れた?」

 

 囁いてから数秒、妙な間があった。目を見開き、まじまじと私の顔を見つめること数秒。

 

「……あ」

「忘れてたか……」

 

 ぽかん、と薄く口を開けた轟に、やっぱりと額に手を当てて項垂れた。最初のリアクションからして分かってはいたけど。というか保須事件からこっち、騒動が多すぎて忘れていても仕方ないというか。なんなら、私も授業を聞きながら考えていて思い出したぐらいなので、人のことは言えない。

 一応箝口令を敷かれている話なので、他のクラスメイトたちに聞かれないよう、中庭に繋がるドアを開けて、小さな箱庭のようになっている中庭へと下りる。

 

「本来は剥奪期間が半年のところを、私が事前に別行動での個性使用許可を申し出てたから、ってことで、エンデヴァーだけ期間が短いとは一応聞いているんだけど……実際何ヶ月の剥奪処分になったかは知らないんだよね」

 

 ヒーロー殺しを倒したのはエンデヴァーということで世間に報道した手前、エンデヴァーを始めとした、マニュアルさん、グラントリノの監督不行き届きの処分は内々のものであっても、きちんと効力を発している。

 だからこそ、私たち一年生にもインターンが許されたとしても、職場体験に引き続いてエンデヴァー事務所に私が行ける可能性は微妙なラインにある。轟が仮免の補習を終えて仮免をもらう頃には、流石に教育権剥奪も解かれているだろうから、彼は大丈夫だろうが。

 相澤先生の朝の妙なアイコンタクトも、そのあたりを懸念してだったんだろうかと思っているが、帰りのHRでも特に声を掛けられなかったので、真相は謎のままだ。

 

「保須の一件から……二ヶ月と半月か、今」

「うん。だから処分期間によっては、エンデヴァーに断り入れてから他の事務所に行くかも」

「まぁ、それもアリじゃねえか。お前ならよりどりみどりだろうし」

 

 ふん、と鼻を鳴らす友人を見て、口では「それは轟もでしょ」と返しながらも内心で苦笑する。

 

「……(ほんとにエンデヴァーが関わると態度が昔に戻るなぁ)」

「? どうした」

「イーエナンデモ」

 

 仮免に落ちる原因にもなった確執が未だに彼の中に残っていることは気がかりだが、昔に比べればずっといい進歩だ。クラスメイトとも打ち解けられて、やわらかい表情を見せるようになっただけ、ずっと。

 

「候補は考えてあんのか?」

「んー……。事件解決数が多くて初動が早い『ホークス』か、『エッジショット』か……神野と仮免のご縁でギャングオルカの所か……そのあたりかなと」

「ホークスっつうと、常闇が行ったとこか。現No3の」

「うん。でも本拠地福岡で遠いし、常闇くんに話を聞いた感じ、行っても実り薄そうな感じもあるから第一候補はエッジショットかな」

「というか、お前他にもTOP10入りしてるヒーローから指名来てただろ。何でその三人なんだ?」

「いやー……候補が多すぎるんで、メディア露出が多い事務所を除外して、事件解決数でランキングして候補絞ったんだよね……副業に頼らなくても事件解決数だけで活動できてる証拠だし。後は個人的にソリが合わなそうな所は除外した」

 

 職場体験の時、分厚い紙の束になるほどの指名リストから、イズクがお勧めの事務所をピックアップしてくれていて助かった。筋金入りのヒーローオタクである彼がピックアップしてくれた中から、検索をかけてメディア露出が多そうな所を外し、ビルボードチャートで見られる前回の事件解決数のランキング順に並べれば、おのずと私が行きたい事務所は見えてくる。

 個人的にソリが合わなそう、とは言ったが、具体的には、柔軟性に欠けそうな堅物系や熱血系のヒーローは避けた。せっかく授業を公欠にしてでも行くのだ、冷静に話が通じる人がいい。一応覆ったとはいえ、一般市民にも建前が流布され、ヴィランの疑いを完全には払拭できない現状、ネチネチ問い詰められそうな神経質タイプも却下。その点では、ファンとの距離が遠く、隠密行動での活躍が多いミステリアスさが人気のエッジショットの所はポイントが高い。お互いに不必要な深入りをせず、適切な距離で接してくれそう……というのは、数少ないインタビューコメントを見て私が抱いた勝手な印象なのだが。

 

「ああ、それでそのチョイスか」

「そ。ともあれ、先生方の判断待ちかなあ。轟も今週から仮免の講習でしょ?」

「おう。早くお前らに追いつかないとな」

 

 あれこれインターンのことを考えても、先生方が許可してくれないと話にならない。私はさておきと轟に講習の話を振れば、自分の手に視線を落としていた轟は、その手をぐっと握りしめた。静かなやる気に満ちているその姿にニコニコと笑っていると、爆豪は講習どうなんだろうな、と轟は少し気にした風に呟いた。

 

「どうだろ、流石に土曜までに謹慎は解けてるんだし、相澤先生も一人だけ半年出遅れるような措置はしないんじゃない? たかがケンカ、補習の権利剥奪するほどの致命的なやらかしでもないし」

「そうか……そうだな」

 

 そんな風にとりとめもない話をしていると、中にいる面々もわざわざ中庭に出て喋っている私たちに気付く。ミナが何話してるの? とキラキラ顔でひょっこり顔を出したのに苦笑しながら、彼女に近づいた。

 

「内緒話」

「え!」

「というのは冗談で、普通にインターンの話」

「えー」

 

 期待が外れてがっかりしたのか、ぶう、とふくれっ面をするミナの頬をつっついて遊びながら、ドアを開けてくれたミナに続いて、轟と共に中に入る。

 窓越しに見上げた四角く切り取られた空は、重たい湿気を纏って黒々とした暗雲に埋め尽くされていた。

 

 

 

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