後期が始まって四日目、ようやくイズクの謹慎が解かれた。
「ご迷惑おかけしました!」
「デクくん、オツトメごくろうさま!」
「おつかれ」
「オツトメって……つか何息巻いてんの?」
ドアの前で頭を下げ、フシューッと聞こえるほど気合いを入れているイズクの剣幕に、私とお茶子と一緒に喋っていたキョウカが少し困惑していた。
「飯田くん! ごめんね!! 失望させてしまって!」
「うむ……反省してくれればいいが……しかしどうした?」
「この三日間でついた差を取り戻すんだ!」
「あ、良いな。そういうの好き俺!」
普段の穏やかさはどこへやら、焦りを前面に、鼻息荒く宣言するイズクに、シンパシーを感じたのか切島くんがぐっと拳を握った。
「じゃ、緑谷も戻ったところで、本格的にインターンの話をしていこう。入っておいで」
気合いも十分なイズクが復帰して初めての授業。導入もそこそこに、彼が一番気にしていただろうインターンについての授業が始まった。
ドアの向こうに相澤先生が声を掛けると、スラッと外側からドアが開いていく。
「職場体験とどういう違いがあるのか、直に経験している人間から話してもらう。多忙な中、都合を合わせてくれたんだ。心して聞くように」
そこに現れた人影に見覚えがあり、私が目を見開くのと、なにやら後ろで気配が動揺したのは同じタイミングだった。
「現雄英生の中でもトップに君臨する三年生3名――通称、ビッグ3の皆だ」
「雄英生のトップ……ビッグ3……!」
「栄えある雄英生の中の頂点……!」
「学校の中で最もプロヒーローに近い存在……!」
「あの人たちが……的な人がいるとは聞いてたけど……!」
「びっぐすりー!」
「めっちゃキレーな人いるし、そんな感じには見えねー……な?」
突然紹介された三年生の登場に、教室全体が興奮めいたざわめきに包まれる。
「ミリオ先輩、ねじれ先輩に、タマキ先輩」
そんな中、まさかインターンの説明会で先輩たちが登場するなんて思ってもみなかった私が、驚きと共につい小さく名前を呟くと、隣の瀬呂くんに「星合知り合いか!?」とぎょっとされた。
それにつられてだろう、壇上の三人もそれぞれニッと笑いかけてくれたり、手を振ってくれる。タマキ先輩は緊張しているのか、すこし視線をこちらに向けて、わずかに口元を緩めるだけの、ささやかな表情の変化だけだったけれど。
「ちょっと前に知り合って」
「かー! 類は友を呼ぶ!!」
あんまり長々と無駄話をしていると相澤先生に怒られるので、興味津々なクラスメイトたちに手短に説明すれば、席に座ったまま背を逸らして海老反りになった上鳴くんが何やら叫んでいた。すぐに隣の席のキョウカにやめなよ、とたしなめられていたけど。
ミリオ先輩と仮免前に知り合ってから、自然ともう二人の雄英ビッグ3であるねじれ先輩とタマキ先輩とも知り合った。ミリオ先輩の幼馴染であるタマキ先輩、そしてタマキ先輩と同じクラスのねじれ先輩。足がくっつくまでのリハビリ中、シンと一緒にミリオ先輩に色々話を聞いていたら、ねじれ先輩が天喰先輩と一緒にトレーニングルームに突撃してきたのが出会いである。
三人とも、インターンで既に活躍中の身。本来、学校に顔を揃って出していること自体かなり貴重なのだが……。
「じゃ、手短に自己紹介よろしいか?
相澤先生に促された途端、うつむき加減だったタマキ先輩が小さく肩を揺らして反応したかと思うと、ギンッ!! と眼光鋭く私たちを見渡した。
「(一瞥だけでこの迫力――! おおおお!)」
切れ長の三白眼から放たれる眼光と威圧感に、教室全体の空気が震えるような錯覚を起こす。クラスメイトたちが気圧される中、次に先輩が発する言葉をなんとなく想像した私は苦笑した。
「駄目だミリオ……波動さん……。ジャガイモだと思って臨んでも……頭部以外が人間のままで依然人間にしか見えない、どうしたらいい、言葉が……出てこない」
「!?」
空気を揺らすほどの眼光とは裏腹に、弱気な発言をしたかと思うと小刻みに震えるタマキ先輩。そんな彼に、緊張していたクラスの雰囲気がうん? と怪訝なものへ変わっていく。
「頭が真っ白だ、……辛いっ……! 帰りたい……!!」
『(ええ……!?)』
今日一番の大きな声(ただしタマキ先輩的に、であって普通にささやき声に分類されかねない大きさ)で帰りたいとは。本当に極度のあがり症だな、と私は微笑ましく眺められるが、他のクラスメイトたちは、急な変貌ぶりと事前に聞かされていた雄英ヒーロー科トップのイメージがガラガラ崩れ落ちていく感覚に困惑していた。「雄英……ヒーロー科のトップ……ですよね……?」と尾白くんが呟いてしまうのもむべなるかな。
「あ、聞いて天喰くん! そういうのノミの心臓って言うんだって! ね! 人間なのにね! 不思議!」
そんな微妙な雰囲気を吹き飛ばしたのはねじれ先輩。明るく笑ったねじれ先輩は、黒板の方を向いてしまって、こちらを向いてくれない天喰先輩の分も含めて自己紹介してくれた。
「彼はノミの『天喰 環』、それで私が『波動ねじれ』。今日は『
けどしかし、ねえねえところで君は何でマスクを? 風邪? オシャレ?」
「! これは昔に……」
「あら、あとあなた轟くんだよね!? ね!? なんでそんなところを火傷したの!?」
「……!? それは――……」
「芦戸さんはその角折れちゃったら生えてくる? 動くの!? 峰田くんのボールみたいなのは髪の毛? 散髪はどうやるの!? 蛙吹さんはアマガエル? ヒキガエルじゃないよね? どの子もみんな気になるところばかり! 不思議!」
自己紹介……までは良かったのだが、ねじれ先輩のいつもが出た。
最前列の障子くんに近寄ったかと思うと、障子くんが先輩の質問に答えきる前に、最後尾の轟へ興味を移し、と矢継ぎ早に質問攻めにしていく。
「天然ぽーい、かわいー!」
「幼稚園児みたいだ……」
天真爛漫で自由気ままなマシンガントーク。ひょこひょこと動き回って気になったことは全て口に出してしまうねじれ先輩だが、無邪気そのものなので憎めない。初対面の時も私とシンが質問攻めに遭ったが、その時も答えを聞く前に不思議!(にっこり)で終わったので、ある意味上鳴くんとミナの感想はその通りだと思う。
「オイラの玉が気になるってちょっとちょっと――! セクハラですってセンパァアイ!!」
「違ぇよ……」
「セクハラはお前だ」
「ウッ」
ねじれ先輩の登場時から何やら興奮していた峰田が一気に暴走し始めたので、前を向いたまま指輪から血の手を出し、イズクの頭の上を経由して二つ後ろの席の峰田の額に一発チョップを入れる。ハァハァ息を荒くしていた峰田が静かになる直前に、すかさず瀬呂くんが呆れながらツッコミを入れ、峰田の後ろの席のモモが峰田の醜態にドン引きしている間にも、ねじれ先輩はまったくこちらを気にすることなく、尾白くんにねえねえ攻撃を繰り出していた。
そんなグダグダの空気に、さっきから少しずつイライラしていた相澤先生がついに怒気を発しながら「合理性に欠くね?」と呟いた。これだけ授業が間延びしていたらキレてもしょうがない。手短な自己紹介どころか、この調子だとインターンの体験談までたどり着かずに授業が終わりかねない。
「イレイザーヘッド、安心して下さい! 大トリは俺なんだよね!!
前途――!!?」
そんな怪しげな空気を払うようにワタワタと激しくガッツポーズをしていたミリオ先輩が急に耳に手を当てて身を乗り出すが、急な呼びかけに私たちは反応できず、ゼント……? と教室内に沈黙が走った。
「多難――! っつってね! よォしツカミは大失敗だ!!」
「(ダメだ、なんとなく分かってたけど全員スベり倒してる)」
気分としてはツッコミが来いと言うべきだろうか、普段の三人を知っているだけに、私は無言で額に手を当てた。
ハッハッハッハッ‼︎ とミリオ先輩がオーバーリアクションで起き上がりながら明るく笑い飛ばす声が響く中、教室にはいよいよ困惑を隠せない囁きが広がり始める。
「三人とも変だよな……ビッグ3という割には……なんかさ……」
「風格が感じられん……」
「まァ何が何やらって顔してるよね。必修てわけでもないインターンの説明に、突如現れた三年生だ。そりゃわけもないよね。1年から仮免取得……だよね。フム……今年の一年生ってすごく……元気があるよね……」
そんな厳しい感想にも笑顔を絶やさないミリオ先輩の雰囲気が変わる。何やら思案するような呟きに、暴走していたねじれ先輩も、黒板に額をくっつけて俯いていたタマキ先輩も顔を上げた。
「そうだねぇ……なにやらスベり倒してしまったようだし……」
「ミリオ……?」
「君たちまとめて! 俺と戦ってみようよ!」
「え……」
『ええ~~~~~~!!??』
急なミリオ先輩の申し出に、いきなり戦闘……!? とざわめくクラスメイトたち。この流れ既視感あるな……と、私も遠い目をした。
リカバリーガールに足をくっつけてもらった後、リハビリに軽い手合わせをしよう! とミリオ先輩に誘われたことがあったからだ。ちなみにその時、シンも一緒に付き添ってくれていたので、最初は私とミリオ先輩の手合わせを見て、その後シンも少しミリオ先輩に格闘を見てもらったというこぼれ話はあるが……なんで戦おうなんて言い出したんだ?
少し鼻の下を指で擦ったミリオ先輩が相澤先生に目配せをした後、私に向けてウインクを飛ばしてきた。すみません先輩、そのウインクの意図が全然分かりません。
「俺たちの『経験』をその身で経験した方が合理的でしょう!? どうでしょうね、イレイザーヘッド!」
「……好きにしな」