翌日、からりと晴れた秋晴れの朝。普段通りの朝に、普段通りではない展開が待っていた。
朝食のために共有スペースに降りていた私たちは、いつものツナギではなく、黒シャツ黒ズボンというラフなスタイルの相澤先生が顔を出し、集合と言われたことで何だ何だと先生の前に集まった。
そうして告げられたのは――
「取材!?」
「ああ、お前たちに新聞社の取材が入る」
急な新聞社の取材の話だった。
また物間が「A組だけ注目を浴びて……!」と対抗心を燃やしてきそうだなと遠い目をした私とは異なり、クラスメイト達はわっと歓声を上げた。
「すごいねデクくん!」
「う、うん……!(ち、ちかい……!)」
「なんか照れるな!」
「なんでだよ……」
「体育祭、全国中継されてたでしょ」
「おめかししなきゃ!」
「だよね~!」
きゃっきゃと盛り上がるものの、相澤先生の「浮かれるな」の一言で、お喋りが止み、条件反射的に直立不動の体勢を取った。訓練されすぎている。
「取材内容は寮生活を始めとした生徒の暮らしぶりをレポートする、だそうだ。お前たちが元気に生活していることを、保護者の方々にも知ってもらおうと考えた校長が特別に許可を出した」
「急ですね……」
「本当に急な伝達だったんでな」
正直に思ったことをそのまま呟けば、相澤先生も面倒くさそうにガリガリと後ろ頭を掻く。一年生も限定的にインターンを実施するということでマスコミの対応で忙しいだろうに、目的こそ違えど取材が入るとは。校長先生、よく許可出したな。
相澤先生の負担が大きいなあと心配していると、後ろで何やら峰田がコソコソと喋っていた。
「取材に来るのって女子アナかな」
「テレビじゃなくって新聞社だっての」
「よく考えたら女子アナってスゲーネーミングだよな!?女子のんぐっ」
「だからそういう真似は絶対にするな」
何度注意しても学ばない峰田の下ネタ発言に、先生の教育的指導が唸りを上げた。瞬く間に先生の首元から放たれた捕縛布が身体ごと物理的に峰田の口を塞いだが、その状態は長くは続かなかった。玄関から共有スペースに続く短い廊下から、聞いたことのない声が和やかに相澤先生を窘めたからだ。
「そういうのやめましょう、相澤先生」
「!」
「私は寮生活をしている雄英生の、生の姿を取材したいんです」
現れたのは、ネイビーブルーの癖毛頭の、長身に丸眼鏡の男性だった。ひょろっとした痩躯は猫背ぎみだが、ブラウンのジャケットに合わせた清潔感のある身なりにやわらかな口調が、ぱっと見の印象だと神経質そうにも見える顔立ちを温和に見せている。明るい場所にいるのに、瞳孔が左側だけ大きく広がったままで、色もオーキッドグレイという特殊な左右非対称の目なので、目に関わる個性だろうかと少し考えた。
「特田さん、まだ入っていいとは……」
「取材は午前八時から午後六時まで。もう始まってますよ?」
手首に巻いた腕時計を指差して、相澤先生の苦言を言いくるめる男性。彼を探るように数秒見つめた先生は無言で峰田の捕縛を解いて一歩下がった。同時に促されるようにして、特田さんと呼ばれた記者は私たちの前に向き直る。
「みなさん、記者の特田です。今日は一日、よろしくお願いします」
『お願いします!』
「特別何かをして頂く必要はありません。普段の皆さんの姿を、カメラに収めさせてください。たまに質問したりするかもしれませんが、その時はよろしく」
にかっ、と擬音語がつきそうなほど軽やかに笑った特田さんに、ミナがぱあっと顔を輝かせた。
「わぁ! さわやかイケメンだ!」
「女じゃねえのかよ……」
「困っちゃうね、僕は常に輝いてるから、格好の被写体になっちゃうよ」
「すげえな青山……」
興奮する子、落胆する子、自信満々な子。反応はそれぞれだが、私はじっと特田さんの様子を砂藤くんの陰から警戒気味に窺った。それとなく盾にしても邪険にしたりしない砂藤くんの優しさがありがたい。
しかしなんというか……うまく表現できないが、爽やかに一物腹に抱えてそうというか、何かしら思惑を持ってここへ来た感じがする。うちの義兄の、仲間以外へ向ける外面によく似ているのだ、この人。いわば営業スマイル。
「校長先生から伺っているとは思いますが、取材への干渉はどうかご遠慮ください。私は……」
少し小声で相澤先生に念押しする特田さん。その言葉を遮るように、相澤先生が軽く片手を上げた。
「わかってます。何かあれば連絡をください」
「はは、何もありはしませんよ。一年A組の皆さんは、将来有望なヒーロー候補じゃないですか」
少し警戒を見せる相澤先生をいなすように笑い、不敵な微笑みを見せる特田さん。そんな真意の読めない彼に、相澤先生が念のためと飯田くんに言伝するのもむべなるかな。
「……飯田、何か問題があったらすぐ連絡しろ。いいな」
「分かりました! この飯田天哉、一年A組学級委員長として責務を全うするしょぞ……」
「それでは! ええと、皆さんこれから何を?」
張り切って返事をする飯田くんの言葉を強引に遮るように話を進めた特田さん。言葉を遮られた飯田くんは少し戸惑ったものの、次の予定を聞かれてピシッと直立不動の姿勢をとった。
「朝食です!!」
「そ、そんなに緊張しないで。私は居ないものと思って、普段通り生活してください」
張り切りすぎてガチガチに角ばった対応の飯田くんに苦笑する姿は、良識ある大人そのものだが……悪意は感じないけど信用ならない以上、言動には注意しておこう。
飯田くんの鶴の一言で、いつも通りクラス全員でランチラッシュのお弁当を机に並べたり、箸を配ったりと慌ただしく動き始める中、相澤先生に手招きされた。
「分かっているとは思うが、あの記者には注意しておけ。生徒の生活を取材という名目だが、オールマイトに続く希望と民衆に見なされているお前を探る目的の可能性もある」
「わかりました」
何事かと近寄れば、身を屈めて囁くように忠告された。早速胸に提げたカメラを構えている特田さんに視線を一瞬投げてから、私を少し心配そうに見下ろす相澤先生に、しっかりと頷く。
AFOの逮捕に一役買ったことで、ヴィラン連合に狙われるだけでなく、建前ででっち上げた架空のヴィランが襲撃してくるリスクが高くなっている状況も考えてくれているのだろう。時折建前を忘れそうになるが、相澤先生は忘れず心配してくれるのだから、見た目や普段の非合理さを嫌う態度とは裏腹に、本当に配慮が細やかな人だと思う。必要な嘘とはいえ、騙していることに罪悪感は付き纏うが。
その後も特田さん同伴の元、食事をして普段通り登校。今日は午前にセメントスの国語やプレゼントマイクの英語、ミッドナイトのヒーロー史を学び、午後からはヒーロー基礎学でそれぞれ必殺技開発という時間割だ。
私や相澤先生の心配をよそに、特田さんは本当に授業の邪魔にならないよう配慮して動きつつ、時折カメラのシャッターを切っていた。休み時間に普段の生活について他の子たちに当たり障りなく質問する姿からも、強引に何かを聞き出そうとするいやらしさは感じない。私にべったり張り付くでもなく、あくまでクラスの一員として、イズクたちと一緒に居る時に訊ねられ、質問も取材内容の範囲を逸脱しない。本当に雄英生の生活の様子を記事にするためだけに動いているようにしか見えない。
疑いすぎか……? と何度か思うものの、違和感は拭えない。たまに視界の外から視線が飛んでくるし、注目はされているのを感じる。
少々気詰まりな午前の授業を終えて、イズクたちと一緒に食堂に向かう途中。大きなため息と共に、だらりと強張った肩の力を大げさに抜くと、隣を歩いていた轟が珍しいなと呟いた。
「ん?」
「滅多にないだろ、お前がデカいため息吐くの。気疲れか?」
「あー……そんなとこ。見られてる感じがするとどうにもね」
無意識に力が入っていたのか、軽く肩を回すとゴキリと鈍い音がした。ぐっと肩に力を入れて、息を吐き出すのと同時にストンと落とす。そうやって身体をほぐしていれば、少し昔を思い出すような目で轟が視線を普段より少し上に泳がせた。
「メディア嫌いだもんな、お前。今回もカメラ避けてたし」
「神野の一件が例外なだけで、基本的に注目浴びるのもメディアに騒がれるのも苦手だから」
「でもインターン始まったら、そうも言ってられないんじゃねえか」
「その時はその時で当たり障りなく躱して逃げるから」
ぐっ、と拳を握って言い切ったのが琴線に触れたのか、ゆるやかに轟の口の端が持ち上がった。
「筋金入りだな」
「えぇ……そこで笑わないでよ……死活問題なんだって、本当に」
本当に最近、轟が少しずつほのかな笑みを浮かべることが多くなって嬉しいが、そんなところで貴重な笑顔を使わなくても。窓から差し込んでくるまぶしい残暑の日差しで生まれた逆光の中、轟がふく、と声を殺しながら肩を揺らして笑い続けるので、半目で睨んだまま片眉を跳ね上げた私は、じゃれるような強さでぽかりとその肩を小突いた。