午後、ヒーロー基礎学。2コマ続けて行われるこの授業で、体育館
セメントスが作り出した人工の岩山を、生徒が訓練のために縦横無尽に駆け回ったり、エクトプラズムが複数の分身体を出し、生徒それぞれに指導する様子を、特田はシャッターチャンスを逃すまいと、あちらこちらへとレンズを向けた。
分厚いコンクリートの塊に、収束させた爆破を向けて貫通攻撃を練習する爆豪勝己。
体育館の天井近くまで聳え立つ大きな崖を、脚力だけで駆け上がっていく緑谷出久。
そして、幼馴染である彼らに、出席番号の上で偶然にも挟まれている生徒――星合千晶をカメラに収めようと、特田はファインダーから目を離してその姿を探す。炎やレーザー、電流などが派手にまき散らされ、視覚的に騒がしい体育館全体をぐるりと見回して、少し奥まった場所にその姿を見つけた。
塔のように細長く聳え立つ岩を前に、頂上を見上げて佇む細身の背中に特田がピントを合わせたその時、シャッターが切られる前にその丸く切り取られた視界から姿が消えた。
はっと反射的に特田がレンズを上に向けたと同時に、ファインダーに映り込んだ赤に息を呑む。
体育館のライトを背に、緑谷が個性を使用して駆け上がったのに対して、純粋に筋力と身のこなしだけで数秒かからず岩の頂上に至った彼女は、空中でしなやかに身を捻り、手中に収めた三つ叉の血槍を眼下のコンクリートの山へと振りかぶった。
「
静かな声と共に槍から無数の鎌鼬が放たれ、岩を粉々に砕く。不可視の刃で砕かれた衝撃であちこちへと飛散するはずの瓦礫たちは、鎌鼬と同時に周囲を覆った竜巻のごとき乱気流の層に阻まれ、他の生徒を危険にさらすことなく、岩山があった跡地へと降り積もり、瓦礫の山になった。
翼もないのにゆっくりと足場のない空中を落下し、瓦礫の山へと槍を携えて降り立つ姿にシャッターを切る。
この写真では、恐らく彼女がほんの5秒でコンクリートの塊を風で粉々に吹き飛ばした後だとは読者に伝わるまい。けれど、悪戦苦闘するクラスメイトたちの中で、個性を手足のように自由自在に操り、しっかりとした必殺技として使いこなしている彼女の静謐な横顔は、非常に絵になっていた。すでに何人か現れている彼女の――というかオールマイトの後継としての熱狂的なファンがこの写真を見れば、天使だの神の使いだの言い出すかもしれない。そんな荘厳さを秘めていた。
――フリー記者である特田が、二度ヴィラン連合の襲撃を受けて警備を強化している雄英に取材に入れたのは、重工新聞という大手新聞社のネームバリューと実績あってこそだ。
世の中のジャーナリストたちがこぞって引退した英雄・オールマイトの特集を組む中、重工新聞は遅れを取っていた。オールマイトの関係者は皆揃って口が固く、オールマイトが最後に戦った敵についても警察は最重要機密に指定して、めぼしい新情報は得られない。そんな中、得意先のひとつである重工新聞の編集部相手に、特田は雄英への取材許可を得るべくこう語った。
――つい四か月前、突然雄英の教師となったオールマイトはヒーローとして限界を迎えていた。そんな彼が、神野で「次は君だ」というメッセージを残した。彼はおそらく自分の後継にする人物を雄英高校で探していた。いや……最後のセリフから察するに……その後継はもう決まっている。
神野事件で拉致され、オールマイトが後見人を務めていたことが明らかになった、雄英高校一年A組、体育祭3位の星合千晶さん。彼女こそがオールマイトの後継者でしょう。
体育祭の順位こそ3位ですが、脳震盪での判定負けさえなければどうなっていたか分からないとプロヒーローが口を揃えたほど、魅せる戦い方の彼女は当時から注目を浴びていた。
……彼女の過去を広めた週刊誌の記事は、その人気を逆手に取ったものでしょう。機密を記者に漏らした何者かの目論見通り、乱暴さで人気の低かった爆豪くんよりも心配の声が寄せられていた彼女は一転して、同級生の命を売った悪女として叩かれた。
だが、真相は全く違うものだった……拉致後、ヴィラン連合によって満身創痍の重傷を負っていたにも関わらず、彼女はオールマイトを庇い、心は悪に屈していないと自ら宣言した。その時の黒幕の発言からも、彼女が拉致されたのは爆豪くんと同様、勧誘のためであり、彼女と連合の間に繋がりがないことは明白です。
オールマイトすら苦戦する巨悪に一歩も退かず、怯えず立ち向かうそのカリスマ性に、高い実力と高潔さに、多くの人間がオールマイトの面影を見たんでしょう。誰もが掌を返してそのタフネスを称賛した……。次代の希望、オールマイトの意志を引き継ぐもの。あのまばゆいほどの光は消えず、彼女に引き継がれている、とね。
――そんな彼女は神野事件後、重傷のため病院で療養し、そのまま雄英高校の寮で生活を送っています。事件後、未だ謎多き彼女に取材をと群がったマスコミに対し、警察と雄英は彼女の心身に障るからと、徹底的な情報規制で入院先を明らかにせず、警備体制も万端にしたことで、彼女を取材できたマスコミは居ない。明らかになった彼女の事情に関する検証記事はいくつか小さいのが書かれましたが、どれもこれも誰もが少し調べれば分かる程度の情報ばかりで新鮮味もなく、センセーショナルにはほど遠い。
そこで、雄英生の寮制度発足後の様子をインタビューする目的で、彼女に話を聞いてみるというのはいかがでしょう。彼女に直接インタビューという名目では、流石に警戒の強い雄英に突っぱねられるでしょうが、寮制度に関するインタビューであれば、少しはチャンスがあるのでは、と思いまして。
……とは言ったものの、それは取材許可をもぎ取るための建前。特田には、取引先に思惑を隠してでも確かめたいことがあった。後ろ盾のないフリーの記者ながらも、数々のスクープをものにしてきた特田の勘は、星合千晶はオールマイトの後継者ではないと告げていた。
小雨が降りそぼる中、一年A組の寮のテーブルを借りて、現像した写真を机の上に並べて吟味していた特田はふっと顔を上げる。その視線の先、寮の前庭の軒下で自主練に励む緑谷出久と、彼に指導をしている様子の星合千晶に、近づいてくる人影。その光景に、特田の根拠のない勘は確信に変わった。