「よ」
「オールマイト!」
「オールマイト」
合宿所での無茶な戦いで、腕の骨に爆弾を抱えた緑谷がシュートスタイルに戦い方を変更して以降、主に拳での技が多い
外は生憎の雨。いつもなら寮の前に広がる広い庭先で訓練をするのだが、降り止まない雨のため、二人は大きく屋根が外へ張り出した軒下……ガーデンテーブルを置いてしまえばテラスにも早変わりするそこで、いつも通り鍛錬に励んでいた。
重心がブレる、足先だけで振り上げるんじゃなく、脚の付け根から意識して鞭のように振り上げて。
緑谷とは異なり、OFAを継承したその日から強大な力を身を壊すことなく扱えたオールマイト。身体の鍛え方はともかく、OFAの扱いに関しては、彼は「自分はこうやった」と感覚派な指導の仕方を取っていたが、千晶はその真逆、しっかりした理論を元に指導をするタイプだった。
どういう意図があってこのトレーニングをするのか、蹴るときにはどう筋肉を動かせば効果的な蹴りになるのか。千晶の理論に基づいた指導は、考察を得意とし、とことん自分で工夫して突き詰めていく緑谷の性にも合っていた。
そんな二人に、親しげに掛けられた声。集中を解いた二人が声の方を振り向けば、最近馴染みになってきたトゥルーフォームのオールマイトが片手を振ってこちらへ歩み寄ってくるところだった。
「どうしたんですか、オールマイト」
「実はさっきまで病院で定期検査を受けてたんだけど、朝から検査だったから何も食べてなくてね。小腹が空いて、帰り道にコンビニに寄ったんだ。そしたら店長さんがすごい私のファンでね……沢山肉まんを貰っちゃったんだ。だから、皆にお裾分けに来たんだ」
「わ、ありがとうございます」
「さすがオールマイト……!大人気だ!」
店長の大歓迎ぶりを思い出して苦笑したオールマイトは、わさっ、と手に提げていたコンビニ袋のうち一つを軽く広げて二人に中身を見せる。千晶たちはその中を覗き込み、ほかほかと蒸気を漂わせている四角い包みで満杯になった中身に目を丸くした。
それぞれ袋を一つずつ受け取ると、ずしりと重い。蒸し器にあるだけ持たされたのだろう、A組全員が1個ずつ食べるには少し少ないかもしれないが、夕食前に少し小腹を満たす分には充分だろう。
引退してもなお、その影響力の強さを物語るようなエピソードに、緑谷は自分のことのように喜びに声を弾ませた。
「当然ですよね。オールマイトはNo1ヒーロー……人々にずっと笑顔と勇気を与えてきた、平和の象徴だから……!」
止めなければ延々とオールマイトの美点を挙げて、べた褒めしそうな勢いの弟子の肩を、オールマイトは宥めるようにぽんと叩いた。はた、と我に返った緑谷がその顔を見上げれば、にこりと痩せ細った顔がやさしい笑みに象られる。
「次は君の、……いや、君たちの番だ」
トゥルーフォームが神野以来国民に知れ渡ってからというもの、それまでのマッスルフォームとのあまりのギャップで歩くガイコツと驚かれるほどに、過去の後遺症で痩せ細ってなお。その言葉に秘められた力強さは、まさにこの国を長年支え続けてきたトップヒーローらしさを感じさせるものだった。
そのエールを受け取り、それぞれにオールマイトからバトンを受け取った者である二人は力強く微笑み返した。緑谷は憧れの人からの期待を裏切るまいと、感動と決意に奮起する顔で。千晶は任せてと顔で語るような、見るものを安心させる意志の強さに満ちた表情で。
意欲に満ちた二人の顔を見比べたオールマイトは、嬉しげに緑谷の肩を叩いて「明日からはまた、ビシビシ鍛えるからな!」と破顔した。
*
差し入れを渡すためだけに立ち寄ったオールマイトが寮を後にする頃、昼過ぎから降り続いていた雨はいつの間にか上がっていた。雨に洗い流されて、前庭の芝生や花壇の花が色鮮やかに艶めく中、段々小さくなっていくその背中を見送っていた私とイズクは、ぎぃと背後のドアが開く音に振り返った。
「えらいね、夕食前から自主練かい?」
顔を出した特田さんの問いかけに、戸惑いながらも反射的にはいと返事をするイズクに対し、私は警戒を悟られないようすっと気を引き締める。
すると、ふと目を瞬かせた特田さんは、すん、と軽く鼻を鳴らして「いい匂いがする」と微笑んだ。その表情のあどけなさに、毒気を抜かれてしまう。警戒しているこちらが馬鹿らしくなるというか、今まで見てきたこちらを出し抜こうとする人間の表情とは、あまりにも違う。人を見る目はこれでもあるつもりだ、……だから、人の良さがそこかしこから滲み出ているこの人は、情報の速さを競うジャーナリストにしては妙に斜に構えたところがないというか、色々素直というか。
とどのつまり。
「肉まんですけど……食べますか?」
「ぜひ!」
……どうにも調子が狂うんだよな、この人。
立ちながら食べるのも無作法だと、雨に濡れていない軒下に、私、イズク、特田さんの順に並んで座る。夕食が入らなくなるので丸々一個は食べられないと一人遠慮したら、それなら半分こしよう、と笑顔であたたかい肉まんを差し出してくれた友人の優しさにしみじみと感動しつつ、ふかふかのやわらかい皮にかぶりつく。素朴な皮の下、じゅわりと染み出してくる豚肉の肉汁と旨み、透き通るまで火が通ったタマネギの甘み。甘辛い餡を黙々と咀嚼しながら、話題は先ほどまでいたオールマイトの話になった。
「へえ、特田さんもオールマイトのファンなんですか……!」
「ふ、僕らの世代でオールマイトのファンじゃないやつがいたら、そいつはモグリだよ」
同志を見つけたとばかりに声を上擦らせるイズクに、特田さんはふくふくと笑った。
私はオールマイトがイズクの修行と、来たる雄英勤務のために出動率を徐々に減らして(とはいうものの、近くで事件が起こったら、他のヒーローの管轄といったしがらみそっちのけで救けに行ってしまうので、普通のヒーローに比べれば雲泥の差なぐらいには多いが)いる時期しか知らないので、特田さんが知っている全盛期、AFOと全面対決する前のオールマイトの事は全く知らない。
だから、個人的に素晴らしい人だとは分かっていても、この世界の人たちが諸手を挙げて彼を讃え、熱狂的に支持するほどの敬意は、あまり実感できていないのが正直なところだった。オールマイトのお陰で日本の犯罪率が圧倒的に他国に比べて低いというから、さぞ当時の人々には、彼の負けない姿は救世主のように映ったのだろうけど、その時代を共有していない私にとっては、オールマイトは
「……眩しいほどにカッコよくて、強かった」
だから、特田さんが手のひらに載せた宝物を大事そうに見つめるような眼差しで、オールマイトを讃えるその声と、表情は。……私には、色眼鏡で曇っているようには見えなかった。
「……知ってるかな、18年前に起きた
「勿論知ってます!事故に巻き込まれた24人を、オールマイトが全員無事に助け出したんですよね!」
「生まれる前の事故なのによく知ってるねイズク……」
「あはは」
食い気味に同意したイズクの、事件名を聞いただけで被害者の人数まですぐさま思い出せるオールマイトフリークっぷりに、通常運転だな~と微笑ましさと呆れが半々になりながら、思わず呟いた。生まれる3年前の事件まで調べてるなんて、よっぽどオールマイトのことが好きなんだな、と改めて再確認していると、「……その中にね、私の父親が居たんだ」と静かに呟いた特田さんに、私たちは目を丸くした。
「え……」
「レスキュー隊も二の足を踏むような大惨事だった」
無事に助け出されたと分かっているのに、他人事のように感じていた武勇伝の一つに、目の前の人の身内が関わっていたと聞くと、急に不安に駆られるのが人間だ。戸惑いを見せるイズクと、無言で話の続きを促す私の顔を交互に見た特田さんは、そのまますいと正面の庭に視線を投げた。
「それでも……父親や職員を肩に担いで、力強く大丈夫だと諭してくれたオールマイトに、私は無意識にカメラを向けた。その時の写真が、新聞に載ったんだ。その時、私は家族を救けられただけでなく自分の人生にまで光を当ててもらった。……感謝してもしきれない」
「そう……だったんですか」
「だから、オールマイトの引退は本当に衝撃を受けた。平和の象徴を失ったこの超人社会が、今後どうなっていくのか……」
言葉を濁す特田さんに、隣のイズクが俯いた。項垂れるのではなく、決意を秘めた瞳が輝く横顔を見た私は、手元に残ったわずかな肉まんの欠片を放り込み、咀嚼し飲み込んだ。
「緑谷くん、星合さん」
「はい?」
考え込んでいるところを遮るように名前を呼ばれたからか、声をひっくり返してぱっと顔を上げたイズクに、特田さんは目を細めた。
「希望はあったよ」
「え」
「次は君だ」
特田さんが微笑みながら胸ポケットから出した写真に、私とイズクはぎょっとした。ついさっき、オールマイトが私とイズクの肩に手を乗せたシーンが映し出されていたからだ。慌ててもう一度確認するが、特田さんは今、日中首から提げていた一眼レフを身につけていないし、画角から見て寮の窓越しに撮影されたものだ。さっきのやりとりから特田さんが寮から出てくるまで数分も経っていない。その上、寮の共有スペースに印刷機はないのだが……どうやってプリントアウトしたんだ、この人。
「しゃ、写真!?か、カメラもないのに!?プリントアウトまで!?」
「一体どうやって……」
困惑する私たちに、特田さんはふっと微笑むと、「旅行でスナップを取ることくらいしか出来ない個性だと思ってたんだけどね」と笑いながら私たちに向けて手のひらを掲げる。すると、レンズをズームするようなウィーン、というかすかな駆動音と共に、その手のひらから黒々としたレンズが姿を現した。
「カメラの……」
「レンズ!?」
「どこからでも出せるよ」
特田さんが服を捲った腕から、足から、次々と色も分厚さも異なる様々なレンズが生えてくる。ついには頬からも1つレンズが突き出した。それをものともせず、悪戯っぽくニッ、と歯を煌めかせた特田さんに、私は別の意味で戦慄した。HLのぶっ飛び具合のせいで驚きとかホラーに対する耐性が著しく高い私でも、ちょっと引く光景である。絵面がシュールすぎでは?
この世界に来てまあまあ個性のトンデモに慣れた気でいたが、この人の個性は極めつけだ。なんで人体からレンズが出せるんだ……? 何を原料に? レンズを精製したとき、皮膚や体内の組織は一体どうなって……?
超人社会の人体の神秘に気が遠くなりつつも、確かめようのない他人の身体の事を、あれこれ考えるのも詮索するのも無粋と割り切った私は、分厚い外面で内心の百面相をおくびにも出さずに物わかり良く頷いた。
「なるほど……記者にうってつけの個性ですね。相手に警戒されずに写真が撮れる、と。ちなみに撮った写真はどうなるんです?」
「ああ、胸に現像する部分があってね。そこから撮った写真を選んで出せるんだ」
胸に現像機……。……本当に、世界は案外なんでも起こるな……。
動揺したらどんな顔を撮られるか分かったもんじゃないので、表情に出さないように努める。カメラもプリンターもなしに写真を現像できた特田さんの謎は解けたので、先ほどの写真も腑に落ちた。……知らないうちに変な写真撮られてないだろうな、私。
というかそんなことよりも気になるのは、さっきの写真を出した時に一緒に呟かれた「次は君だ」の言葉。
……まさかとは思うが、この人、本人たちと接触する前から、外部の人間が得られる限られた手がかりだけで、オールマイトの後継者がイズクだと気付いた……? もしそうだとしたら、洞察力が高いなんてもんじゃない。
唖然とするイズクの横で、緩んでいた警戒を強めるように顔を引き締める私。私たちの表情を一瞥した特田さんは、レンズを全て身体の中にしまうと、軒先に下ろしていた足を上げ、手を付かずに立ち上がった。
「神野事件でオールマイトが最後に贈った言葉……次は君だ。その相手は、やっぱり緑谷くんだった。調べていくうちに、類似点が多いのを感じた。発現した個性がパワー系なこと、中学時代、ヴィランに囚われた爆豪くんを、きみが助けようとしたこと。その危機を救おうとしたのが、オールマイトであること。オールマイトが雄英教師になったのに呼応するように、君が入学してきたこと」
「……」
立ち上がった特田さんに倣うように私たちも立ち上がる。
……「やっぱり」ってことは、調べるうちに何らかの確信をもってイズクがオールマイトの後継者だと考えてやって来たのか、この人。
後見人という立場から、私をオールマイトの後継者と見なす人が圧倒的な中、初めてノーヒントで核心に触れてきた特田さんに、やっぱり切れ者で、ただの記者じゃなかったか……と息を詰めた。
一応、まだ特田さんはイズクが後継者だという仮定を確信に変えるほどの情報のピースは持っていないようだ。外野の立ち位置から得られる情報には限りがある。他人に受け継ぐことの出来る
上手く立ち回れば、疑念を晴らすことは出来なくとも、牽制は出来る、のだが。
「プッシ―キャッツの事務所にも行ってきてね、洸汰くんにも会ってきた」
「洸汰くんに……?」
「その話を聞いて、憶測が確信に変わったんだ。君は、オールマイトの後を継ぐものだと」
……あの合宿所強襲の夜。血狂いマスキュラーからコウタを救った一件で、コウタはイズクを慕っている。彼の取材だと言えば、あの人見知りをする子は、素直に答えただろう。まだまだ反動の大きいOFA出力100%を出した、イズクの「オールマイトと同じ技名の一撃」のことを。
ただオールマイトに憧れたから同じ名前を冠する技名を使ったと、しらを切ろうと思えば可能な範囲だ。
ただ……暮れなずむ雨上がりの空、その逆光の中、私たちを振り返った左右で虹彩の異なる青い目が、ひたりとこちらを見据えている。
……これ、カマ掛けてる人間の話し方じゃないな。この人は、自分の論理に確信を持って喋っている。
さてどう出るかと、ちらりとイズクの顔を窺うが、いきなりド正論を突きつけられて、完全に固まってしまっていた。……体育祭で轟に隠し子かと訊かれたときもそうだけど、師弟揃って本当に嘘が苦手だな?
明らかに図星ですと顔に書いて硬直しているイズクから、特田さんの視線は私へと向いた。
「世間は星合さんの方を後継者と思っているようだけど……それにしては、ゆるやかにオールマイトが活動を控え始めた時期と、星合さんが保護されたタイミングが数ヶ月単位で合わない。夏に保護された星合さんが雄英に入るかどうかは、学力の事情や本人の進学先の希望を固めることも考えて、冬まで分からなかっただろうしね。それに、オールマイトの性格を考えたら……大変な目にあった女の子に、トップヒーローの後継者に、だなんて言わなさそうだと思ってね」
全くもってその通りである。
OFAの継承というトップシークレット情報を知らないのに、誰でも集められる情報と、感情に左右されない理性的な常識に基づいて、理路整然とこちらの事情を看破してきた特田さんに内心舌を巻く。
これは下手に反論すると墓穴を掘るか、あるいは喋ったことが彼の確信をますます強めそうなパターンだ。いっそ黙って真偽をはっきりさせない方が、お互いのためかもしれない。イズクの反応がほぼ真実だと訴えているようなものであっても、だ。
「……どうかな、私の推理は」
「……え、あの、その……」
「……」
しどろもどろになって視線を彷徨わせるイズクと、黙秘を貫く私。
対照的な反応をしながらも、はっきり嘘とも正解とも言わない私たちを見下ろしていた特田さんは、その唇に笑みを乗せた。
「……嘘はつけない、か。……いいね。とても、ヒーローしてる!」
逆光を背に、しみじみと、心の底からそう思っているとこちらに伝えてくるような呟きだった。苦笑と納得を織り交ぜたような、複雑で、どこか晴れやかな、すがすがしい笑顔。
答え合わせをしないことを許容するようなその呟きに、私たちは思わず顔を見合わせた。てっきり、白黒ハッキリつけて、売れる記事を書くためにここまで調べ尽くしたものと思ったからだ。
「心配しなくていいよ、裏が取れてない憶測で記事を書くつもりはないから。……悪いのは、雄英生の生活レポート、なんて嘘の取材でここに来た私だ」
「えっ」
心底すまなさそうに言葉を続けた特田さんに、ますます私の困惑は強まった。ハイエナ根性のジャーナリストばかり見てきたせいか、常識的な対応を目の当たりにすると、今までの経験とちぐはぐすぎて対応に困る。
「……本当にすまなかった。でも、どうしても知りたかった。希望が失われていないことを」
「特田さん……」
「これで、社会に不安を抱く人々へ、まやかしの励ましなんかじゃなく、オールマイトが引退しても希望はあるのだと、胸を張って報道を続けられる。……嫌な思いをさせてしまってすまない、でも、ありがとう」
「いえ」
……初めてまともなジャーナリストに会ったかもしれない。目の前で重ねられたイズクと特田さんの手が握手になって上下に振られるのを眺めながら、私は静かに感動していた。
まだ記事が上がるまで油断はできないが……それでも、この人は本当にイズクのことを記事にはしないだろう。そんな風に、珍しく素直に確信できた。人間不信が通常装備の私にしては、珍しいにも程がある手放しの信用。
……だって、この人の言葉と、表情は、あまりにも真摯だ。取材をするために搦め手を使おうとも、子どもの私たちに常に敬意を払って接してくれている。希望が失われていないことを知りたかったと呟く特田さんの瞳は、憧憬を追いかけ続ける、まっすぐで静かな光が灯っている。
……ああ、レオと同じ、信念の目だ。そう思った。
真実がどんな形であろうとも、逃げ出さずに向き合おうとするまなざしが、この人にも備わっている。静謐で力強い面差しに、同じくジャーナリストを目指していた
少々義兄のような胡散臭さも漂わせても、取材対象と報道に対する誠実さ、人道をきちんと持ち合わせた人だと、ここにきて確信した。
私にも差し出された手に、ようやく肩の力を抜いて笑う。一日中ずっと警戒しまくっていたのが、なんだか馬鹿らしくなって、気が抜けた。
そんな風に気を緩めていたからだろうか、特田さんの突然の行動に反応できなかったのは。
「それと、」
「わ」
「うわっ!」
イズクの後、私も特田さんと握手をしたその時。離れるだろうと緩めた手を逆にぐっと掴みながら引き寄せられ、私はたたらを踏んだ。逆の手でイズクも抱き込んだ特田さんは、私を引き込むために肩に触れていた手を離し、レンズを出した手を私たちに向けて翳す。
パシャリ。今日何度も耳にしたシャッター音が、夕日の光を弾いてきらめくレンズから鳴った。
私とイズクを前列に、後ろに特田さんという構図での突然のスリーショットに唖然とする私たちからすっと身体を離し、特田さんは長い足で一段下の前庭に下りた。ひらり、と振られた手の中のレンズが体内にしまい込まれる。
「この写真、私の身体の中で大切にしまっておくよ。君の……いや、君たちの本を出版するときまで。写真のタイトルは……そうだな、新たな平和の象徴たちの若かりし頃! なんてどうかな」
不意打ちを食らった衝撃からじわじわ回復していた私たちは、冗談めかした言葉で、けれど将来そうなるだろうという願いのこもった、真剣な特田さんの言葉に笑みを浮かべた。
オールマイトの後継者がイズクだと気付いていてなお、イズクとセットでいつか本を書きたい、なんて言ってくれたその好意に。
そして、オールマイトの意志を受け継ぐ者として、象徴たち、と複数形であえて言ってくれた、その敬意に。
「そうなれるよう、精一杯努力します!」
「精進します」
「がんばれよ、ヒーロー」
「はい!」
誠意には誠意で応えなければ、ヒーローらしくないでしょう?
誰にともなく心中で呟きながら、特田さんの発破にしっかりと頷けば、特田さんは目を細めて、ぴんと立てた人差し指と中指をこめかみの横でぴっ、と振った。
「じゃあ、もう取材の終了時間だから、私はこれで」
立ち去っていくその背に、イズクがぐっと腰を折って深々と頭を下げる中、私は大きく足を踏み出して庭に飛び降りると、その背中を追った。着地した衝撃で、濡れた芝から跳ねた飛沫で足が濡れるが、構わずに特田さんに駆け寄り追いつく。
「特田さん!」
「ん?」
「今日は色々と不快な態度を取ってしまって、申し訳ありませんでした」
私が追ってくるとは思わなかったのだろう、拍子抜けした顔で振り返って立ち止まってくれた特田さんに、数歩の距離を空けて立ち止まった私は、先ほどイズクがそうしていたように、深々と頭を下げた。
レンズを向けられたら急に移動したり、絶妙に顔を背けたり、誰かの影に隠れたり。ピンボケするよう逃水まで使った。
警戒するあまりファインダー越しの視線を避けまくった上に、近づかれたら警戒心を漂わせていただろう私は、普通に考えて態度が悪すぎる。特田さんが珍しく、本当に、きちんとした常識あるジャーナリストである以上、印象が悪いまま別れるのは居心地が悪かった。
誠意には誠意を。誤解は早めに謝る方が、後々後腐れがなくて済むのは、ライブラの秘書として世界中の有力者と交渉しまくっていた頃からの教訓である。
「ああ、いや。気にしなくて良いよ、憶測で名誉毀損レベルの記事を書かれた君にとって、あんな事があった以上、当然の警戒だと思うしね。校長先生や相澤先生からも、君の写真は記事に載せないようにと念を押されたぐらいだから、予想はしていたし」
「……ありがとうございます。そう言って頂けると、気が楽になります」
「……同業者が礼を欠いてすまないね。未成年のプライバシーをみだりに詮索するなんて、悪辣でしかない」
自分のことのように眉を下げ、苦しげに顔を顰める特田さんの表情に、確信を得た私はぐっと喉奥に溜まった唾を飲み込んだ。
「今までの失礼を棚に上げて言うのもなんですが……あの、特田さんの名刺、貰えますか」
「うん? 良いけど、またどうして」
「……知っての通り、私はジャーナリストに良い思い出がないので、マスコミ嫌いはよほどの事がない限り治らないと思います」
「……」
「でも一方で、インターンを経験して、ゆくゆくはプロヒーローになっていく以上、マスコミと無縁でいられないのも事実です。……だから、今のうちに信用できるジャーナリストの伝手が欲しいんです」
「……私が悪い大人だとは思わないのかい? 口約束を反故にして、今日得た情報を売る悪い記者かもしれないよ」
「悪い人間は自分からそんなこと聞きませんよ。……それに、基本的に私は人間不信なので、口だけの人間かそうでないかぐらいは見極めるだけの人を見る目はあるつもりです」
数秒、無言で特田さんと見つめ合う。本当に良いのかい?と念を押すような視線に是を態度で示し続ければ、先に両手を掲げて折れたのは特田さんの方だった。
「……わかった、降参だ。嘘の口実で君たちに迫った負い目もあるし、私としても君たちがどんなヒーローになるか、今からワクワクしてる。……そうだな、君がプロヒーローになった暁には、私に独占取材をさせてほしいな」
「私に利がありすぎる条件ですね」
「アハハ、大人の見栄だと思って受け取ってほしいな。あと、記者として、君への個人的な罪滅ぼしみたいなものだよ」
「頂戴します」
両手で手渡された真っ白い名刺。秘書時代に散々繰り返した名刺交換は今は出来ないが、受け取った白い紙片を両手で受け取り、大事に手の中に収めた。
「それじゃ、がんばって」
「はい。……記事、楽しみにしていますね」
任せて、と明るく笑った特田さんに、私もへらりと笑った。クラスメイトや先生以外で、学外の人を相手にこんなに気を抜いて笑うのは、本当に久しぶりなことだった。
「デクくん、千晶ちゃん、夕食の時間やよ」
「あっうん」
「千晶ちゃん、記者さんと何話してるんだろ……?」
「何だろうね……、あ、戻ってきた」
「千晶ちゃーん!ご飯やよ~!」
「ありがとう、お茶子」
「……ん?なんかいいにおいする」
「あ、さっきオールマイトから差し入れ貰ったんだ」
「なに?」
「肉まん」
「肉まん!?早く皆の所もって行かんと冷めてまう!みんなー!オールマイトから肉まんの差し入れー!」
「おー!」
「あざーす!!」
特田さんアニオリキャラだけど逆輸入されてほしいほどの良キャラだなとしみじみ……。