限定条件付きで一年生のインターン許可が下りてから数日。仮免取得までは土日含めてみっちりと訓練ずくめだったため、久々にゆっくりとした週末を過ごすクラスメイトが多い中。朝早くからなにやら大急ぎで寮を飛び出していったイズクや、仮免講習のある爆豪と轟といった何人かが外出していく。
私といえば、昨日の授業を休んで病院を受診して、左足のメディカルチェックとリハビリ、自己輸血用に血を抜いてきたので、大人しく自室で昨日の授業分の範囲を自習して、ストレッチや筋トレに励んでいた。
すっかり日も傾いてきた夕方、お茶を淹れるべく一階の共有スペースに降りると、何人かのクラスメイトがソファーに座ってくつろいでいた。
「インターン先決まったんだぁ、良かったねデクくん!」
「すごいじゃん!」
「おめでとう、緑谷くん!」
「はは、ありがとう」
「すげぇよな、なんたってあのサー・ナイトアイの事務所だろ!?」
「おめでとう、イズク」
「あはは……」
「……?」
次々投げかけられる祝福の言葉に乗じて私も加われば、イズクは照れたように頬を掻いたあと、静かに斜め下に視線を落とした。
インターン先で何かあったのか、なにやら心底嬉しそうではないイズクの反応は気になるが、イズクのインターン先が決まったのは喜ばしい。グラントリノは職場体験で「教育権はオールマイトを育てるためだけに取った」と言っていたから、今回のインターン許可の条件……インターン受け入れ実績はほぼ皆無だろう。だからグラントリノの所にインターンでは行けないだろうと思っていたのだが……。
サー・ナイトアイ。確かミリオ先輩が行っている、オールマイトの元サイドキックのヒーローだったはずだ。オールマイトに紹介してもらったのかな? と思っていたら、通形先輩の推薦だろ?という砂藤くんの声が聞こえて納得した。
とはいえ、インターン許可条件が厳しくなった分、インターンに行きたくても行き先を見つける方が難しいらしく、お茶子がしょぼんと肩を落とした。
「学校側から……ガンヘッドさんのインターンの実績が少ないから駄目って言われた……」
「私もよ……セルキーさんのところに行きたかったわ」
「フォースカインドさん……インターン募集してねえんだもんな」
「つーか元から敷居が高いんだよ……」
「インターン受け入れ実績が高いプロにしか頼めないからなぁ……」
お茶子に梅雨ちゃん、切島くんの職場体験先もダメだったらしい。私のように、事務所側からアプローチがある方が珍しいというマイク先生の言葉は慰めではなく本当だったようだ。主治医からのゴーサインと、安全性のためにデザインを丸々刷新したコスチュームが届くのを待つのみで、インターン先は決まってしまっている私は何も言えず苦笑するに留めた。
「仕方ないよ、職場体験と違ってインターンは実戦。何かあった場合……」
「――プロ側の責任問題に発展する」
「相澤先生!」
尾白くんが場を取りなすように言いかけた言葉の後を、玄関から姿を現した相澤先生が引き継いだ。授業のない日曜日は滅多にこちらには来ないのに珍しい、いやわりと最近多いか? と瞬きをしていると、シンの指導帰りなのか、いつもの黒ずくめに猫背、捕縛布を首に巻いた先生はゆるりと首を回して常闇くんに視線を向けた。
「リスクを承知でインターンを受け入れるプロこそ本物。常闇、そのプロからインターンの誘いが来ている。九州で活躍するホークスだ」
「ホークス!?」
「ヒーローランキング3位の!?」
「スゲェ……!」
トップヒーローからのインターンの誘いの話に、周囲が色めき立つ。常闇くんは職場体験でもホークスから指名があったそうなので、その繋がりでインターンにも呼ばれたのだろう。
「どうする、常闇」
「謹んで受諾を」
「わかった、後でインターン手続き用の書類を渡す。九州に行く日が決まったら教えろ。公欠扱いにしておこう」
静かに頷き了承した常闇くんに、相澤先生もてきぱきと話を進めていく。
……しかし、前にホークスの事務所でのことを聞いたとき、ホークスが速すぎるあまり、あまり実のない体験になってしまって少し怒っていたから、インターンに行くかは悩むと思ったのだが……即決とは。むしろリベンジに燃えてる?
「よかったな、常闇」
「恐悦至極」
「それから切島、ビッグ3の天喰がお前に会いたいそうだ。麗日と蛙吹も、波動から話があるらしい。明日にでも話を聞いてこい」
「「「!!」」」
相澤先生の思わぬ言葉に、ぐったりとソファーの背もたれに上体を預けていた切島くんが驚きに跳ね起き、お茶子と梅雨ちゃんが顔を見合わせる。話の内容が気になって明日まで待てない!と、心なしか足取り軽く三年生の寮へと向かっていった三人に、いいな~!と瀬呂くんやミナが羨ましそうに笑っていた。他人を羨ましがっても、妬んだりしないところがこのクラスのいいところだ。すがすがしいというか、頑張ろうと奮起する燃料にするところが。
「千晶も早くインターン行けるといいねぇ」
唯一場に残った女子であるミナが、コーヒーを淹れたマグを持って立ったままだった私を見上げて笑いかけてきた。それに軽く頷く。
「ドクターストップがどこまで続くかが問題だけど」
「週一で採血とか大変だよな~」
「足はもう大丈夫なのかい、星合くん」
「うん、左足のリハビリは来週で最後だろうって」
「それは良かった!」
自分のことのように無邪気に喜んでくれる飯田くんたちに癒やされる。まだ少し雑談したい気持ちもあるが、復習やらまとめたいことやら、やっておきたいことが部屋には山積みだ。話もほどほどに、部屋に戻るよと声を掛けてクラスメイトたちの輪から離れた。
それとほぼ同時、なぜか珍しく轟の近くにいた爆豪(何回も轟が同じことを言っていたのか、何度も同じ事言うんじゃねえわうっとおしい! という怒鳴り声は聞こえていた)がドカドカと足音荒くこちら……男子棟と女子棟それぞれにあるエレベーター二基のあるホールへと歩いてくる。エレベーターが降りてくるのを待つ間、爆豪の方をずっと見ていたらとばっちりを食らいそうなので、こちらに来るのを確認してすぐにエレベーターに向き直る。
すると、間を空けて隣に立った爆豪が、珍しくこちらに声をかけてきた。
「雪女」
「ん?」
まさか話しかけてくるとは思わず、爆豪の方に視線を向ける。頭上の階数表示を見ていた彼は静かに呟いた。
「夜にちょっとツラ貸せや、……話がある」
「……珍しい」
「クソデクとオールマイトのことで話があンだよ」
用もねえのに話しかけるかボケ、と息を吐くように罵倒する姿に苦笑した。
誰かがちょうど降りてくるところなのか、途中の階で少し表示ランプが止まる。話題が話題だけに盗み聞きを警戒して、ぐっと声のボリュームを絞った爆豪にならい、私もリビングにいる面々には聞こえないであろう小声で囁いた。
「時間と場所は? こないだの事もある、夜間外出はまずい」
「わぁっとるわ。……23時に
「思ったより高評価だなぁ……。互いの部屋に行くわけにもいかないし、リスクはあるけどしょうがない、わかったよ」
イズクとオールマイトの話、と聞いて思い至るのはただひとつ。爆豪が知らないはずの彼らの師弟関係、あるいはOFAのこと。
彼の幼馴染ほどではなくとも、入学当時からなぜかライバル扱いな上にやたら毛嫌いされ、教室の座席が前後なのにまともに交わした会話といえば、体育祭の舞台裏での問答の一回きり。そんな相手に、爆豪が信条をねじ曲げてでも話しかけてきたということは、見ないふりで放置できないほど大事な話に他ならない。
加えて、つい先日爆豪とイズクが仮免試験が終わった夜にやらかした、真夜中の幼なじみでの
爆豪の中で意外に自分の能力が高評価なのに驚いたが……彼の言う通り、たとえプライベートな閉鎖空間ではなく、クラス全員で共有するスペースで機密クラスの話をすることになっても、私なら気配の接近を察知できる。頭の片隅で常に警戒している限り、誰かが風呂場や洗面所に居たとしても、気配と血法による広範囲索敵で気付く。エレベーターの駆動音を聞き逃さない限り、立ち聞きされるリスクは限りなく低い。爆豪自身も気を張りながら喋るだろうから、二人して立ち聞きを見逃すことはないだろう。
眼前でポーン、とエレベーターの籠が到着したことを知らせる音が鳴る。数秒遅れで開いたドアから姿を現したモモとキョウカと入れ替わるようにエレベーターに乗り込み、五階のボタンを押した。
ドアが閉まる直前、爆豪の赤金の目と一瞬視線が交差する。
「(また後で)」
口パクで伝えた言葉は届いただろうに、返ってきたのはフンと鼻を鳴らす音だけだった。